香港、その歴史的役割の終焉1
かつて、魔都と呼ばれた上海が近代中国を舞台にした長い混迷の時代から、国共内戦で中国大陸の覇権を握り、かつての上海に代わり香港全盛の時代を迎える事になった。
台湾に渡った国民党と中華人民共和国が直接交流を持てないため、香港が両国の事実上の中継点になった。
これにより、香港は国際社会でも有数の存在になった。
かつての上海は現在の香港、と呼ばれる時代が到来した。
この時から香港の歴史の新たな1ページが、始まる。
まずは、日本軍を駆逐する事。
イギリスに勝利した日本軍は三光作戦を敢行。
香港を破壊つくした、
これを見た連合軍は、中華民国を支援し香港から日本軍を駆逐した。
太平洋戦争末期になり、日本軍は南洋諸島の委託地域から、アメリカ太平洋艦隊に敗戦を重ね、ついに日本本土爆撃機の制空良港も明渡してしまった。
おりしもB29爆撃機搭載の空母も南洋諸島に到着。
ここからB29の本土襲来が本格化する。
日本の建造物の殆どは、木製だったので、
米軍は京都、皇居を例外として、日本の主要都市を爆撃した。
母親が高松に疎開していた時期は、神戸大空襲の時期だったとか。やがて第二の大本営が広島に移った時期、三菱重工等スクリュー技術が発達していた事もあり主力戦艦を建造していた広島が第二の軍都になった様です、
アメリカは終戦卒後の国際世界の覇権を有利に運ぶため、ソ連と競って、核開発を進めてましたが、ソ連が、まずナチス・ドイツに勝利し、日ソ不可侵条約の一方的破棄で満州国に進軍したからか、どうか定かでは無いですか、アメリカが最初に原爆を実践で落下し、長崎県にも落下し、陸軍の中には、本土徹底抗戦を天皇に進言しましたが、天皇の英断の結果、沖縄地上戦を除けば、本土徹底抗戦は回避されたのです。




