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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部6章『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
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#2

 機関部へ至る通路からその一部始終を見ていたプレストンは、通路へ出てきたカレンを無言で見つめた。カレンも足を止め、プレストンを見返す。どちらも言葉を口にしないが、カレンは事情を説明しないとこの場を立ち去れないと観念したのか、軽く息を吐くと口を開いた。


「前に、古い船に一人で乗っていたんです。故障だらけで……生きるために技術を身につける必要がありました。だから、技師として働いた事はありません」


 プレストンはその言葉が意味することを脳裏で考える。旧式の無人船にでも乗ってしまったのだろうか?そういえば初対面の時にカレンが言った「船を乗り間違えて」とい言葉。不自然だと思ったが……無人船なら乗り間違いもあるかもしれない。

 自分の中でそう推論したプレストンは頷くと、カレンに「大変でしたね」とだけ告げる。

 実際の所、プレストンの想像していたことは半分も当たっていなかったのだが……両者ともその事実を知る事もないまま、カレンは軽くお辞儀をすると通路へ向かって跳ぶ。だが、少し進んだ所でカレンは手すりをつかみ慣性を殺すと、プレストンを振り返る。


「壊れたものを直そうとしても、全てが元通りになるわけではないですよね。場合によっては不要な部分を排除した方が早いと思いませんか」


 自分が切除したケーブルを示し、プレストンにそう告げる。カレンの言葉が修理方針を示しているのか、それとも彼女の人生哲学なのかとプレストンが思案している間に、カレンは通路の奥へ姿を消していた。



 次の日、プレストンはいつものように窓の外を見つめるカレンの横を通り過ぎようとした。窓の外には代わり映えのしない宇宙の闇に散らばる無数の星々が静かに輝いている。

 昨日の事を思い出し、プレストンは何気なくカレンに声を掛けてみた。


「これだけ広い宇宙なら、どんな未来でも見つかる。そう思えませんか?」


 その言葉は以前カレンが呟いた居場所のなさを嘆く言葉に対する、プレストンなりの答えだった。自分に投げかけられた言葉にカレンはしばらく黙っていたが、小さく肩をすくめると……微笑むことに慣れていないのか、どこか作り物のようにも見える笑みを浮かべた。


「……そう、ですね。期待してみるのも、悪くないかもしれません」


 だがカレンの言葉には僅かな希望が宿っているように見えた。昨日の経験を通じて彼女が少しでも自信を得ることが出来ていれば……。プレストンはそう願った。

 カレンは再び黙り込んだが、その横顔はどこか穏やかに見えた。プレストンは彼女の変化を感じ取り、「きっと、彼女は前を向き始めた」と思い込んだ。

 だが、プレストンが目を離した次の瞬間、カレンの目は一瞬だけ暗い何かを宿していた。



 目的地であるヴェリザンまであと数日となったある日。バジャー1は大きな危機に直面していた。

 空調装置の故障。酸素供給こそ機能しているが、排熱もままならない航宙船内では空調故障は生命の危険がある重大な事故だ。今のところ一部ブロックの空調が止まっているだけだが、放置しているとヴェリザン到着までに船内全ての空調が止まってしまうかもしれない。

 手すきの船員達は各自で空調の修理を試みるが、十分な補修部品がない状況では打てる手も少なく、船内は生活領域を縮小するという消極策しか打ち出せない状況にあった。


 ラウンジで状況を報告する船員達の話を聞いていたカレンはブリーフィングの最中、いつの間にか姿を消していた。そのことに気付いたプレストンは仄かな期待を抱きつつ、船員達に現状維持の指示を行う。

 そしてブリーフィング終了後、船尾付近の閉鎖ブロックへ向かったプレストンが目にしたのは期待していた光景と、思いも寄らぬ光景が入り交じったものだった。


 真っ先に空調が止まったのはカレンが一人籠もることが多い船倉だった。カレンはそこで空調装置を解体し、持てる技術力を駆使して修理を試みていた。

 サウナのような高温環境ではコスモスーツを着ていても長くは耐えられない。ましてや、機能不全の旧式スーツでは。なのでカレンは上半身をはだけた状態で修理を行っていた。


 息苦しささえ感じさせる熱気に満ちた通路をプレストンは急ぎ、彼が船倉に顔を出したのは……船倉の空調装置から少し生ぬるいがそれでも冷気を感じられる風が吹き出し始めた時だった。


「見事な手並みですね。……おっと、失礼」


 カレンの修理技能を褒めたプレストンだが、彼女が肌を露出している事に気付き、慌てて目をそらす。カレンは気にした様子も無く、自分のために修理をしたと静かに答えた。プレストンはその言葉を聞きながら、彼女に疑問を投げかけるべきかどうか思案していた。


 カレンの右肩にある、ひどい傷跡についての疑問を。


 怪我や火傷なら詮索することは無い。だが……その傷は明らかに人為的な……それも刃物による切り傷にしか見えなかったからだ。プレストンが沈黙している理由を理解しているカレンだが、今回は自分から話す気にはなれないのか黙ってプレストンを見つめている。

 沈黙に耐えかねたプレストンは口を開き、その傷はと問うた。


「アマテラス……」


 カレンが答えた言葉は、名前のようであった。その言葉が意味するところはプレストンには判らなかったが、それでも言葉が持つ響きに何故か女性的なものを感じた。怪訝な表情で見つめるプレストンに気付いたのか、カレンは軽くため息を付くと改めて説明をおこなう。


 自分がとある鎖国状態にある惑星の出身であること。惑星は宗教国家が統治しており、神官やそれに連なるものが権力を握っていること。カレンの両親はその中でも最高位の神官……すなわち惑星の支配者であったこと。


 カレンの語る過去にプレストンは圧倒された。何か過去がある少女だとは思っていたが、まさか宗教国家の支配者令嬢(プリンセス)だったとは。

 しかしそんな令嬢に大きな傷があることが理解できない。そう感じていると、カレンが傷の由来を語り出した。


「儀式で……二振りの刀を使って舞を奉納するんです。父と、母がそれそれの刀を持って」


 儀式の刀と聞いてプレストンはカレンの肩の傷に目をやり、思う。やはり刀傷だったか、と。カレンは続ける。幼い彼女がその儀式の邪魔をしてしまった事。両親……特に母親がそのことに激怒したこと。そして……。


「私の傷は母が……アマテラスが、付けたものなんです」


 アマテラスという名はカレンが最初に口にした言葉だ。プレストンはそれが母の名であろうと推測した。

 カレンの肩の傷は母によって付けられたもので、おそらくそれはカレンの心にも大きな傷を残した事だろう。カレンは続けた。アマテラスは理想の象徴。だから私は……理想や未来を信じることが出来ない、と。


 母親が理想の象徴というカレンの言葉はプレストンを少し混乱させたが、宗教的な意味があるのだろうと無理に自分を納得させる。込み入ったことを聞いたと謝罪するプレストンに、身なりを整えていたカレンはいつものように黙って会釈をすると無言のままその場を立ち去ろうとする。

 以前とは逆に、今回はプレストンが彼女に声を掛けた。「その傷は治さないのか」と。


「治さない方が、いいんです。……この傷があるから、私はここにいます」


 プレストンは彼女の言葉の意味を測りかねながらも、あえて深く追及せず、ただ穏やかな声でその傷が痛まないことを祈ります、とだけ告げた。カレンは振り返らず、そのまま通路へ姿を消した。


 ――カレンが「修理」した空調装置の修理痕が動作不良を起こした基板の破壊と、迂回路設定によるものであった事にプレストンが気付くのはずいぶんと先の事だった。



 船内時間で2ヶ月近い航海を終え、バジャー1はヴェリザンの衛星軌道に到達した。なにやらVIPが到着したとの理由で軌道ステーションの管制官から入港待ちを指示されたバジャー1のクルー達は一時の休息を行っていた。

 カレンはラウンジで一人、ホロディスプレイに映る惑星の姿を見つめていた。軌道上から見下ろす広大な大地には二つの大きな都市が見えている。だが、大きい方の都市はその半分が黒ずんだ傷跡のような……まるで廃墟であるように見えた。


「この星は……一体……?」


 カレンがぽつりと呟くと、隣のテーブルで打ち合わせをしていた船員が、ヴェリザンという惑星の名前と、ここがパンデミックと騒乱によって一度滅びかけた惑星であることを教えてくれた。

 救われた惑星と言う言葉にかすかに反応するカレン。だがその瞳に浮かぶのは希望というよりも疑念だった。


「オレたちが運んだ物資が無いと復興後も疫病の不安が収まらないみたいだけどな、まぁここの連中はそれでも立ち直りつつあるみたいだぜ」


 そう言って笑う船員に軽く会釈し感謝の念を伝えたカレンは再びホロディスプレイに視線を送る。黒い傷跡のような廃墟の光景は、彼女の中に奇妙な――「未来」の既視感を呼び起こしていた。


「壊れた、もの……」


 彼女のが無意識に漏らした呟きは小さく、誰の耳にも届かなかった。


 やがてバジャー1は軌道ステーションに入港し、物資の搬出が始まる。指揮を執っていたプレストンは、船室からバッグを担いだカレンが漂い出てきた事に気がついた。

 カレンもプレストンに気付いたのか、エアロックの端で一旦止まり、プレストンに向き直り「お世話になりました」と礼を告げる。プレストンにはその言葉が、これまでの彼女の淡白な話し方とは違い、少しだけ力がこもっていたように感じられた。


「ここで下船するのですか?もっと乗っていてくれてもかまいませんよ。優秀な技術者なら大歓迎ですから」


 プレストンの言葉はカレンの想像していたものと違ったのか、彼女は一瞬戸惑ったような表情を浮かべる。だが、カレンは少し微笑んで首を振った。


「働いてみようと思うんです。この星で、技師として」


 技師として、と言う言葉にプレストンは軽い驚きを感じたが、一方でそれなら彼女は十分に生計を立てられるだろうと納得もした。ただ、この星は……まだ不安定な状況だ。彼女が望む仕事があるかどうかも判らない。そう思ってプレストンが身の振り方を聞くと、カレンはこともなげに告げた。


「……壊れたものを直す仕事です。ここなら、その機会も多いでしょうから」


 確かに、それなら一度壊れかけたこの惑星を選ぶのは正解だ。笑いながらそう告げるプレストンは、彼女の視線がわずかに逸れた事に気がつかなかった。

 カレンは改めて礼を言うとバッグを持ち直してステーションへの通路を進む。そして、一度だけ振り返って……プレストンとバジャー1に軽く手を振った。


 プレストンはその仕草を見て、彼女は自分の道を見つけたのかもしれないと考え、心の中で小さな満足感を感じた。



 軌道ステーションを進むカレンの前に、人だかりが出来ていた。先ほど船内で聞いたVIPとやらがいるのだろうか。人混みを煩わしく思いながら、カレンはその場を迂回しようとする。


「――レイラ・クロウリーさん、今回の凱旋公演、ヴェリザンの皆が期待しています!是非コメントを!」

「はい、久しぶりに故郷の皆さんに私の演奏を聴いて頂きたいです――」


 そういえばここは「元」芸術の星だと船員が言っていた。音楽家……自分には関係の無い人間だ。そう思ってカレンはその場を足早に通り過ぎようとする。が、レポーターらしき男性の声に足が止まった。


「お母様の方も、講演活動が順調と伺っておりますが、何かコメントを!」

「私は特に。娘の付き添いですから――」

「もうママ、ちゃんとコメントして!」


 ……母娘。自分が求めても得られなかった関係が、そこにあった。互いに笑い合う幸せそうなやり取りにカレンは胸の奥にある何かが掻きむしられるような感覚を覚えた。紅の瞳を一瞬細め、仲睦まじい母娘の姿を睨み付けると……カレンは呟きをその場に残し、足早にその場を去った。


「――幸せが簡単に手に入るなんて。羨ましい限りね」




 惑星ヴェリザン、旧都――かつてこの星の中心であり、今では朽ち果てた廃墟が立ち並ぶ場所。30年以上前にパンデミックと混乱が襲い、人々が去ったまま放置された、壊れた都。

 その廃墟の中にぽつんと立つ、半壊した建物にカレンはいた。天井の一部は剥がれ、壁にはひびが走っている。窓枠にはひしゃげた鉄骨がむき出しになり、外から吹き込む風が時折低い唸り声のように響く。

 ここにはかつての賑わいを想像させる気配はどこにもない。


 カレンは鏡の前に座っていた。鏡は古く、無数のひび割れや曇りが彼女の姿を歪めて映し出している。黒いコスモスーツをはだけると、白い裸身が露わになる。右肩に残る傷跡は……プレストンが見たときよりもずいぶんと薄くなってた。


「……直せるのかしら。こんな風になっても……」


 彼女は半ば自分に問いかけるように呟いた。だが、その言葉に答える者はない。旧都の光景は彼女が「幻視」で視た破壊の痕跡と似通っているが、ここではない。なぜならこの破壊は彼女がもたらしたものではないから。そして、今の彼女は哄笑などしていないから。

 窓の外を見れば、遠くに新都の明かりがぼんやりと輝いている。それはまるで星の光のように冷たく、彼女のいる旧都とは違う世界を映し出しているかのようだった。


「……どうせ、壊れたものには誰も期待しない」


 カレンの声は低く、冷たい確信に満ちていた。バッグの中からカレンは小さな刃物を取るとその切っ先を見つめ「アマテラス」と呟く。

 頭を振った彼女は手に取った刃物を右肩の傷にそっと当てた。金属の冷たさが肌をなぞり……新たな血がゆっくりと滲み出る。


「消えないで……」


 呟いたその言葉は、傷跡に対する願いなのか、それとも自分自身に向けられたものなのか。鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。そこには感情のない瞳と、薄く歪んだ微笑みがあった。


「直らないものは……壊すしかないのに」


 カレンは窓から見える新都の明かりを一瞥すると、すぐに視線を外した。その光がまるで自分を嘲笑っているかのように感じられたから。彼女は短く息を吐き捨てるように呟くと、血が付いたままの刃物を無造作にポケットへと押し込んだ。


 そして……廃墟の中に足音を残しながら、彼女は静かに闇へと溶け込んでいった。

次回からは第1部最終章をお届けします

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