インターミッション『交差軌条』バジャー1-燈虚の星船 #1
番号で管理される資源採掘用の準惑星。その隣接宙域に浮かぶ軌道ステーションでは薬品の生産に利用可能な希少鉱物が準惑星から次々と搬入されていた。その物質は惑星ヴェリザンが喉から手が出るほど欲しているもので……バジャー1はその物資をヴェリザンへ届けるため、この宙域を訪れていた。
「社長、今回は大変でしたな……」
「まったくです。船員が一人足りなくなるだけでこれほど手が回らなくなると思いませんでしたよ……」
船のオーナーであり、バジャー1を運営する会社の社長でもあるプレストン・バジャー船長は、副長のぼやきに苦笑交じりで頷いた。
もともとバジャー1は、拠点を置くペレジスと交易相手であるヴェリザンの間を定期運行する輸送交易船だ。しかし、偶然と運命に導かれた彼らは通常ルートを外れてクレリスへ赴くこととなった。そして、そこでの悲しい別れを経て、ヴェリザン経由でペレジスに戻る準備を進めていた。
そんな最中、ヴェリザンのミラー大統領直々の依頼が舞い込んだ。希少鉱物を準惑星から輸送する緊急任務。しかし間の悪いことに、軌道ステーションでの積み込み作業中、船員の一人が負傷し、地表での療養を余儀なくされてしまった。
代わりの船員を確保しようにも、慢性的な人手不足に悩むヴェリザンでは思うように人材が見つからない。結局、プレストンは無理を承知で人員不足のまま準惑星へと向かった。
しかし、そこからの2ヶ月間あまりの航行は想像以上に過酷なものだった。副長のぼやきに耳を傾けながらも、プレストン自身もそれを痛感していた。
「ここで人員の補充は……」
「無理ですな。ヴェリザン以上に人がいませんからな」
副長の言葉を聞くまでも無い。この準惑星は地表で人が生活できる環境ではなく、採掘スタッフをはじめとした全ての人間は軌道ステーションで生活している。つまり、暇を持て余した民間人や、仕事を探している船員などといった余剰人材がいるはずの無い場所なのだ。
帰路の苦労を思い、ため息をつくプレストンだが、軌道ステーションでの停泊中に思わぬ出会いが彼を待ち受けていた。
「すみません」
ヴェリザンへ輸送する物資の搬入作業を監督していたプレストンは、横合いから掛けられた声に一瞬懐かしいものを感じた。
感情のこもらないどこか平坦な声は……声質こそ違うものの、かつてこの船に乗り合わせ、失意のまま船を下りた少女を思い起こさせるものだったから。プレストンが振り向くと、そこには長い黒髪の少女が立っていた。
年の頃なら17、8ぐらいだろうか。見慣れない黒いコスモスーツの上から黒いコートを羽織り、肩には古びたバッグを背負っている。プレストンは黒いコスモスーツが最新式のものかと思ったが、よく見るとそれはどうみても古ぼけた旧式のもので、宇宙服として機能するのかも怪しい装備であることに気がついた。
そんな風変わりな衣装と併せて全体的に黒っぽいイメージだが、彼女の肌は抜けるように白く、また瞳は血のように赤かった。無表情でなければ、誰もが振り返るほどの美少女だが……。どうしてそんな少女がここに?そう思うプレストンに少女が続けた。
「手持ちは少ないのですが……この船に乗せていただけませんか?下働きでもなんでもします。食事当番でも掃除でも、役に立てるよう頑張ります」
感情の乗らない彼女の言葉には切羽詰まった様子はなく、むしろ何かを諦めたような響きがあった。プレストンは目を細め、彼女の全身を見渡した。疲れた表情、わずかに揺れる手先、赤い瞳の奥には孤独と迷いが隠れているように思えた。
「下働き……ですか?」
プレストンは腕を組んで考え込む。この少女を乗せることに特別なリスクはなさそうだが、どうしてこんな行き止まりの星に?見たところ彼女は何らかの仕事をしている風でもない……つまり、この軌道ステーションの人間ではなさそうだった。理由を問うプレストンに少女はこともなげ言う。
「船を乗り間違えてしまって。ここで3週間、足止めされているんです」
何を間違えば場末の資源採掘場へたどり着くのかと口に仕掛けたが、記憶の少女……トワも、同じような事をしようしていた事を思い出した。
あの時、自分はトワを止めることができず、そのことは彼の心に後悔の念を残す事になった。なら……トワを救う代わりに、この少女の手助けをしてやっても良いか。そう考えた。
「わかりました。人手が足りていないので、こちらも助かります。臨時船員として雇いますので船賃は不要ですが、仕事はしてもらいます。それでいいですか?」
「はい、もちろん。ありがとうございます」
そう言って頭を下げた少女の所作は非常に洗練されており、見た目と相まって高貴な出自であることが見て取れた。
「お名前を伺っても?」
「カレン……カレン・キサラギです」
プレストンはその名前を反芻する。カレンという名はともかく、キサラギという姓は耳慣れない。やはりどこかの惑星のやんごとない家系のお嬢様か……。そんな事を思いながらプレストンは副長を呼び、カレンを臨時雇用することを伝えると共に船内への案内を任せることにした。
プレストンは彼女に背を向け、積み込み作業の続きを指示しながら心の片隅でカレンの事を考えた。この少女は本当に手違いでこの場所へ流れ着いたのだろうか?それとも……何か目的があるのだろうか?
積み込みが終わり、必要物資の補充を終えたバジャー1は速やかに軌道ステーションを離れ、ヴェリザンへの帰路に就いた。カレンに割り当てられた仕事は新人のデッキクルーと同じような船内雑務の担当だった。
手際が良いとは言えないが、カレンは言いつけを守ってよく働いた。決して熱意にあふれる積極的な働きぶりではなく、船賃分だけの労働をこなしていれば誰も文句は無いだろうと言わんばかりの態度ではあったが。
仕事が無い時間帯、カレンは船の窓辺を好み一人で外を眺めていた。亜光速で飛ぶ航宙船の船窓は星の光すら満足に見えない純粋な闇に近い。そこに浮かぶかすかな星々を、時折呟きを漏らしながら一人遠くを見つめるカレン。その姿はなまじ彼女が美人であるが故に、乗員たちに声を掛けることを許さないようなオーラを醸し出していた。
そして航行が始まって数日経ったある日、たまたまカレンの横を通り過ぎようとしたプレストンは彼女が漏らすつぶやきを耳にする。
「こんなに星があるのに、どうして誰も私を信じてくれないんだろう」
窓に映る彼女の顔は漆黒の宇宙を移し込んだように暗い影が落ちていた。プレストンには彼女の言葉が寂しさによるものではなく、純粋な疑念を述べているように思えた。もしかしたら、彼女が場末の軌道ステーションにいたのは自分の事を信じて貰える居場所を探して流離っていたのかもしれない。
プレストンはその言葉に、ここがあなたの居場所になりうると声を掛けようかと思ったが、カレンの言葉は自分に対するものではでないことは明らかだったのであえて何も言わずにその場を後にした。
求められれば手を差し伸べるが、向こうが求めないのであれば無理に手を差し伸べるべきではないと考えて。
いつものように空いた時間に窓辺で宇宙を眺めていたある日、カレンは不意に過去の記憶の断片に囚われた。
「あなたは選ばれた存在なのに。どうしてそれにふさわしくあろうとしないの!」
厳しい声と共に脳裏に浮かぶ醜く歪んだ母の顔と、彼女が向ける純白の刃の記憶。信仰と期待。憧れと嫉妬。感情が渦巻く母の声色の中にあった、冷たい愛情。それは幼き日のカレンにとって、求めてやまず……そして、手が届かなかったものだった。
母の面影が映る窓にカレンは手をそっと触れる。
「何がふさわしいか、自分で決められないなんて……。そんなに不自由なら、選ばれないほうが良かった。私は選ばれたくなかったのに」
小さな声で呟き、窓からそっと手を離す。その表情に浮かぶ涙は、すぐに彼女自身の手で拭われた。
「選ばれた」カレンには、彼女と両親しか知らない秘密の力があった。
その日、仕事を終えたカレンの姿は割り当てられた寝床ではなく船尾に近い船倉にあった。そこは貨物や冷凍睡眠ポッドが置かれた場所で、用事の無い人間が滅多に立ち入らない場所――つまるところ、カレンが船内で一人でいられる場所だったから。その一角で久しぶりに母の事を思いだし、眠れなくなったカレンは一人膝を抱えて座り込んでいた。
母の記憶が呼び覚ますカレンの「力」。意識を閉ざそうとするほど、不意打ちのように心の中に映像が広がる。
――燃え盛る炎。崩壊する建物。逃げ惑う人々。その中心に立つのは、哄笑する自分の姿だった。
「壊れていく……全部、壊れていく。……違う……私が、壊すんだ……」
自分が見た光景の意味を思い、カレンは震える手で自らの肩を抱く。それが未来のいつかに起こる、避けられない運命であることは理解していた。そしてその光景が意味する未来の予感よりも、強烈な光景そのものがカレンに恐怖を感じさせる。
「未来なんて……視たくないのに……」
無人の船室に小さなつぶやきがこぼれ……やがて押し殺したような泣き声が響いた。
同じ夜、船長であるプレストンは船内に設けられた自室で一人、物思いにふけっていた。まず思い浮かべるのは今回の航行に同乗している少女、カレンの事。
彼女は悪人や危険人物には思えないが、それでも彼女が抱えた闇が大きいことは彼にも感じられた。彼女が望むのであれば、力になってやりたいところだが……と考え、ふとかつて彼が手を差し伸べられなかった少女の事を思い出す。
「似ていますよね……カレンと、トワさんは。どうして私の船にはあんな悲しい目をした少女ばかり乗るのでしょうか……」
トワ。ギルドに所属する優秀なクリスタルシンガーで、惑星ヴェリザンを救った英雄の一人。だが、彼女は……姉を亡くした。私の、この船の中で。
トワの姉であるアイリスを救えなかったのはプレストンにとっては悔やんでも悔やみきれない出来事だった。たとえそれが不可避の出来事であったとしても。
だから彼は、せめてトワの助けになりたいと考えた。アイリスの葬儀やトワが目的としていた場所への付き添い。大した事ではないが、姉の死に自失状態だったトワに対して少しは手助け出来たと自負してはいる。
だが。最後の最後でトワは彼の助けを拒絶した。行く宛てもない旅に出るトワを自らの船で故郷へ送ろうと提案したプレストンだが、トワはそれを拒んだのだ。
「心遣いに感謝します。でも……私は旅をしないといけないから……遠くへ。どこまでも」
そう答えたトワの瞳には深い闇が宿っていて、救いの手を振りほどくとどこへ墜ちていくか判らないほどの危うさを秘めていた。だが……それでもプレストンはトワの意思を尊重し、彼女の手を無理には取らなかった。
それがどのような結果をもたらしたのか……そして、トワが今も旅を続けているのか、それともどこかで命を落としたのか……プレストンに知る術はない。
思い悩んでも仕方ない。悩むぐらいなら……今度は少しぐらい強引にでも、手を取ってみても良いかもしれない。そんな事を想いながら、プレストンは眠りに就いた。
人手不足の影響はパジャー1の機関部にも及んでいた。航宙船の推進装置であるレゾナンスドライブは本来メンテナンスフリーな設計になっているが、この所まともにドック入りしていないバジャー1の機関部は若干の不調を抱えていた。
その対応に割ける人員の不足はメンテナンス不足の機関がさらに不調を累積させていく危険性を意味していて……今日もまた機関士が調子の悪いサブユニットを相手に悪態をつきながら作業を行っていた。
修理のために開かれた配線パネルの中では赤い警告灯が複数踊るように明滅している。どこもかしこも劣化が進んでいて、マニュアル通りなら配線調整で済むはずの修理が、もはや手の付けようすらない状態になっていた。修理キットを握りしめ悪戦苦闘する機関士が警告灯の数を見て苦虫を噛み潰したような顔をするのも仕方のない事だった。
手を止めて溜め息をつく彼の背後に手提げ鞄を持ったカレン立っていた。どうやら当直中の船員に食事……スラリーのパックを届けて回っているようだ。機関士の様子を見たカレンは淡々とした声で問う。
「調子が悪いのですか?」
「ん……ああ、あんたか。配線の殆どが傷んでてな……修理部品も不足してるから、正直お手上げだ。飯でも食ってからどうするか考えるが……」
スラリーを受け取った機関士がそう言って制御パネルの前から離れると、入れ替わるようにカレンがパネルの前に立った。いつも身に纏っているコートのポケットをまさぐったカレンは小さなツールを取り出した。
機関士の目には彼女が手にしたツールは歴史の教科書に載っているような骨董品にしか見えなかったが、カレンはその骨董品を手に、躊躇せず配線を切断する。
「待て!お前、何やってるんだ!そんな事したらドライブが止まっちまうぞ!」
慌てて制止する機関士を無視して、カレンは次々と配線を切断していく。機関士は最悪の事態を想定して慌てるが、カレンは冷静に切断した回線を他の経路へと繋ぎ替えていく。彼女の手が一通りの作業を終えた後……パネルの警告灯は落ち着きを取り戻していた。
「動かない原因はここで短絡しているから。余計な部分を切り離して、最低限の回路は維持しました」
短く説明するカレンの言葉に機関士は唖然としながら状況を確認する。確かに彼女が言うように簡素な応急処置ではあったが、必要最低限の動作が保証される配置に修正されている……ただし、普通の技術者なら絶対にやらないようなイレギュラーな方法ではあったが。
やり方はともかく、手際と思い切りの良さに驚いた機関士がカレンに技師の経験があるかと問うが、彼女は無言で首を横に振る。熟練技師並の手際で修理をする素人。そんなものがいる筈が無いと毒づく機関士を残し、カレンは静かにその場を立ち去った。




