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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部6章『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
97/213

#8

 「当たり」を見つけることが出来たのでアルカンシェルの所へ戻ることにした。当然、施設の入り口に置いたままにしていたアイリスのトランクも回収する。これは私にとって唯一の財産で、大切な人の思い出だからね。

 それに中には何食分かのスラリー(どろどろ)も入っている。サバイバルキットを見つけた時は生きることを諦めかけていたけど……今は、アルカンシェルのおかげで少しだけ前を向けた気がする。

 大丈夫、私は旅を続けられる。そう思いながら通路を進んでいると……急にふわりと体が浮いた。気分が軽くなったから?いや、そんな筈がない。これはまるで航宙船の内部みたいに重力が急に弱く……もしかして重力制御が切れた?でも、どうして急に?


「G15、聞こえる?」


 応答は無い。彼女が最初に声をかけてきたエリアはもう少し先だ。多分ここは制御外か、通信システムが故障しているエリアなんだろう。そう考えた私は、壁や天井を蹴って反動を付け、低重力となった施設の中を急ぐ。

 これまで静まりかえっていた施設内に私が移動する音と……そして遠くから重く響くような音が聞こえる。


『――スティエル、緊急事態発生――セレスティエル、緊急事態発生』


 管制室に通じる広い通路へ入ると、G15が私を呼んでいる声が聞こえてきた。緊急事態の言葉に全身に緊張が走り、壁に手をついて一度勢いを殺してG15の話に集中する。

 ああ、こんなに頭がクリアになっている感覚は久しぶりだ。心の奥底の澱みはまだ消えないけど、それでも今の私は、私の心と体は、まだ動くことが出来ている。


「どうしたの?」

『モスボール処理解除の余波で施設管理システムにサージ電流による障害が発生。重力制御装置に異常。地上部セクターC10からD13にかけて大規模崩落が進行中。ドックへの影響が推定360秒以内に発生』


 長く止まっていた時を動かしたから、均衡が崩れた……?

 遠くに響いていた音が少しずつ近づいているような気がする。低重力だから崩壊速度は緩やかだと思うけど、崩れた壁や天井が一斉になだれ落ちてくることを考えるとぞっとする。

 巻き込まれたら大変……いや、大変なのは私じゃなくてアルカンシェルか。たぶん私は潰されてもいつかリブートするんだろうけど……アルカンシェルはそういう訳にはいかないからね。せっかく相棒ができたのに、旅に出る前に失うなんてありえない!


「アルカンシェルは?出られる?」

『緊急発進プロトコル、作動……まもなく発進可能』

「航路情報とか最適化は?」

『発進後に処理を継続可能。ただし当ユニットによる支援は不能。推定残り時間340秒』


 つまり「あなた」には頼れないから、自分でやれって事だね。


「わかった、340秒以内にたどり着――」


 そう言いかけた途端、直上から鈍い音が響いた。ここが崩れる……!?

 落下軌道が目で追える程ゆっくりと崩落する瓦礫。一見すると回避しやすく見えるけど、無数の瓦礫がバラバラな軌道で墜ちてくるから安全なルートを見極めるのは難しい。それに低重力じゃ私も急な移動や方向転換ができない。闇雲に飛び出しても瓦礫の落着までにここを通り抜けられる保証がない。そして一度勢いを付けた方向が間違いだったら……崩落に巻き込まれると、貴重な時間を失う……!

 落下物の軌道を見据え、慎重に回避方向とタイミングを見定める。……今だ!


 まるでスローモーションのように瓦礫がなだれ落ちる。不思議なものだよね。少し前まで、私は何も考えられなかったのに。今はこんなに……生き生きしてる。今の私は「死」そのものは怖くない。でも、安易な「死」はだめだ。

 自分で旅を終わらせてしまったら……アイリスとの約束を破ることになる。私は旅を続けないといけないんだ。もし、不可避の事故で命を落としたならそれは旅の終着点として、仕方のない事だったって、あの世とやらでアイリスに笑って報告できる。

 でも、足掻けば生き延びられる場面で、悲しみに飲まれたまま何もせずに黙って諦めるのは……絶対にダメだ。だから私は飛ぶ。トランク(アイリスの思い出)を抱きしめ、通路の奥(未来)を目指して。



 その後も何度か崩落の危機に巻き込まれそうになりながら、アルカンシェルのドック前にたどり着いた。G15がカウントする残り時間は37秒……間に合う。そう思ったのに。


 ――ドックの入り口が崩落した構造材なような、金属質の瓦礫で塞がれている。


「G15、入り口が崩れてる!中は大丈夫?」

『ドック内の損傷は軽微、アルカンシェル発進準備完了』


 あとは私が乗れば出発できるのに……!

 こんなとき、どうすればいい?アイリスなら、どうした?故郷での、そしてペレジスでの――アイリスの姿が脳裏に浮かぶ。そうか!……ありがとう、アイリス。どうすべきか、判ったよ。


 私はベルトに挟んだままだった、アイリスのブラスター、Xthを引き抜き、貴重な10秒を掛けて――


[MAXIMUM CHARGE]


 ――チャージした一撃を、瓦礫にたたき込む!


 エネルギー弾が瓦礫に直撃した瞬間、朱の閃光が散り爆音が響いた。破片が空中を舞い、目を焼くほどの光が通路を照らし出す。結果を確認する時間を惜しんで、私は舞い上がった瓦礫の中へ飛び込んだ。瓦礫の破片が体中を叩くけど、今はここを通ることが最優先だ。破砕によって出来た隙間に強引に体とトランクを押し込む。……抜けた!

 そう思った瞬間、気がついた。私、ブラスターを握ってない……。振り向くと、壁の向こう側に……通路の奥の暗闇へと漂っていくアイリスのブラスターが目に入った。取りに戻らないと……!


『セレスティエル、ドック崩落開始まで推定10秒……9……8……7……』


 そんな私の思いを断ち切るようなG15の声。私は――。


「ごめん、アイリス!」


 ――アルカンシェルへ向かって、跳んだ。

 一筋の涙を、その場に置き去りにして。



 私が後部ハッチから船倉に飛び込むと同時に扉が閉まった。既にドック内の崩落が始まっているから、まだ一息付けない。発進のためにブリッジに急がないと……。気が焦る私に、いつも通りの平坦な声でG15が語りかけてきた。


『セレスティエル、乗船確認。こちらでリモート発進させます』

「ありがとう」

『メインゲート開放、グラビティドライブ始動。アルカンシェル、急速発進』


 私がブリッジに向かっている間に、G15が遠隔操作で私を送り出してくれる。本当は「彼女」ともう少しゆっくりと話をしたかったんだけど。途中、ラウンジのソファにトランクをそっと置いて上階のブリッジへと急ぐ。

 いつ発進したのかも判らない程滑らかな機動でアルカンシェルは宇宙へと滑り出していた。ブリッジの窓越しに、星々がゆっくりと流れてゆくのが見える。

 後ろを振り返ると、船体のむこうにドックが崩落しているのが見えた。なんとか、無事に脱出できたようだ。ほっとした私はブリッジのシートに体を預けてぐったりとした。


「G15、まだ聞こえる?」

『肯定。セレスティエル、航行の無事を祈ります』

「色々とありがとう。また、会える?」

『否定。当衛星は重力アンカーを喪失し、現在漂流中。また機密保持のため隠蔽装置(クローキングデバイス)は解除不能。よって次回の遭遇は事実上不可能』

「そっか……残念」

『……セレスティエル。あなたが、我々の……人類の希望です』

「だから、それはいい。人類はもう、平和」


 私の言葉にG15は答えない。機械である彼女は、人類に与えられた使命以外の事は考えられないのかもしれない。でも、私は伝えたかった。私が生きている世界は……悲しいこともあるけど、それでも平和だよって。

 そして彼女の言葉には、少しだけ使命とは違う何かが含まれていたように感じられた。きっとそれは、気のせいじゃないはず。

 もう通信圏外かと思いつつ、頭の片隅に残っていた疑問を口にする。


「あなたの正式な名前、聞いてなかった」

『……私の正式名称は「グリーフ15型」です。これは開発者であるDr.エレオノーラ・グリーフの名にちなむものですが……管理AIの名称として適切ではないという指摘が寄せられたため、通常は短縮形でG15と呼称されています』


 得意げに技術情報を話していたときと同じような、流暢な回答。でも少しニュアンスが違う。きっと、これまでにも何度も同じ質問をされて、同じ回答をしていたんだろうな。そう思うと感情のこもらないはずの機械的な応答の中に「彼女」の辟易した気持ちが込められているような気がして、少し愉快な気分になった。


 あと、Dr.グリーフって録音の中で痴話喧嘩してた女の人だよね?もしかしてG15の性格って面白みが無いって言われてたあの人に似たのかもしれないね。そんな事を思った。


 アルカンシェルが加速を開始したのを感じつつ、私はもう二度と会うことの無い彼女(G15)へ、最後の言葉を贈った。


「じゃあ……さようなら、悲しみ(グリーフ)

遺失技術の超光速船「アルカンシェル」を手に入れたトワの旅は続きます

次回はトワが下船した「パジャー1」を舞台とした、ある少女の物語をお届けします


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