#6
現在の人類が求めてやまない夢の船を目の前にしながら、私の心には悲しみしかなかった。
この船がもう少し早く見つけられていたら。冷凍睡眠をする必要なんて無くて、アイリスも命を落とさずに済んだのに。過ぎたことなのに、そんな考えが頭に浮かんでしまう。
『――アルカンシェルに搭載されているFTL航法ユニットは通常より小型のジャンプドライブですが、小型にもかかわらず高効率のため1度で最大で75パーセクまでのジャンプを連続実行可能です。ただし恒星の重力圏外でのジャンプが推奨されるため、実際にはジャンプ前後に約1光日の移動が必要とされます。結果として75パーセクの移動には48時間が必要に――』
これまでの単調な応答が嘘のように流暢なG15の説明が続いていた。一瞬、録音再生が始まったのかと思ったけど、声はG15のままだ。まるで人が変わったように、アルカンシェルの性能を誇っているように、まるで自慢話をしているかのように思える変化だ。
もしかしたら「彼女」には感情があるんだろうか?そんな事も一瞬脳裏に浮かんだけど、G15が話す説明の内容があまりにも強烈で、すぐにそんな考えは霧散した。G15の語る説明は私には理解できない……いや、理解はできるが納得の出来ない言葉ばかりだ。
「75パーセクを2日で?亜光速だと200年以上かかる」
G15の説明に、そんな独り言が漏れた。だが、G15は私の言葉が聞こえないかのように話を続けている。もしかして、暴走状態になっているんじゃないだろうか。そんな心配すら脳裏に浮かぶ。
『――なおアルカンシェルの通常推進は汎用的な重力制御式で、船内重力は常に1Gを維持しています。またアルカンシェルに搭載されたグラビティドライブには当研究所による独自改良が施されており、航宙、航空の双方で従来型よりも27%の高効率化が実現されて――』
G15の説明はなおも続いている。ああ、やはりそっちもか……。FLT以外にも違和感はあった。航宙船とは宇宙空間で運用するものなのに、アルカンシェルにはエアロプレーンのようなランディングギアや船尾ハッチがあった。そして船内に設置されていた、無重力や低重力での使用に適さない応接セットやシャワー、そしてトイレも。
そもそも流線型のボディ自体、空力を考慮する必要のない航宙船には不要なものだ。無重力であるはずの船内に階段があるというのも普通に考えればあり得ない話だし。
つまりこの船は、現代では大型の機動要塞でも擬似的にしかできない重力制御をごく当たり前に行えている。それも、こんな小さな船体で!おそらくその技術があれば大気圏内飛行や……大気圏突入や離脱すらもこなせるのだろう。
これがロストテクノロジーというやつなんだろうか。まったく、ありえない事だらけだ。今の技術レベルから見ればこの船はまさに――化け物だ。
そう思った瞬間、全てのピースが収まるところに収まった気がした。ああ、そうか。G15はこの船がセレスティエルのための船だと言った。つまり、化け物のために用意された化け物の船。そういうことなのか。全くもってお似合いじゃない、私とこの子は。
なら私がする事は一つだ。この子を目覚めさせるのは、私自身のためでもある。まるで知識とアルカンシェルを自慢するように早口で再生するような解説を終え、満足したかのように沈黙したG15に声を掛けた。
「歌は、私の好きに歌っていい?」
『肯定。共鳴波によりアルカンシェルはエトワールと絆を結ぶ』
「えらく詩的だね。わかった、やってみる」
船内に戻り、ブリッジに移動した私はコスモスーツを脱ぎ、上半身を露わにした。大きさ的にはヴェリザンで調律したオルガン用C3より遙かに小さいけど、古代の航宙船に搭載されたC3だ。念のため、私に出来る最大の方法で調律を行うための準備を整える。
軽く息を吸って、調律のための基本歌唱を軽く口ずさんでみた。……大丈夫だ、ちゃんと歌えている。少し前まで歌えなかったことが嘘みたいに、歌は私の中に戻ってきていた。
改めて鈍色のC3を抱擁しようとした時、C3に映った私の顔が目に入った。虹色の瞳で見つめ返す、いつも通り――でもずいぶんとやつれた、無表情な私。……瞳の色が、戻っている?言葉の自由を失った代わりに私はまた「歌」を歌えるようになったのかな……。そんな事を思いながら、アルカンシェルの魂をそっと抱きしめる。C3の冷たい感触が心地良く感じる。
大きく息を吸い、私は歌い始める。祈りを込めて。
――ねぇ、起きて、アルカンシェル
――私ね、大事な人と一緒にいられなくなっちゃったよ
――でも、あなたとなら一緒に旅ができるかもしれない
――だから、起きて、アルカンシェル
――私を、ひとりにしないで
――お願い、アルカンシェル
歌声が船内を満たし、虹色の光に包まれていく。ああ、私は……確かに歌えている。
>>Towa:2 hours later
アルカンシェルの起動は成功した。といっても船内の様子が何か変わったようには見えず、単にC3が鈍色から……何故か不思議な虹色に変わっただけだったけど。
G15が言うには、絆を結んだ私に合わせて船の最適化が行われるらしく、その作業が完了するまでは目立った変化は出ないとの事だった。
久しぶりに歌ったせいか、どっと疲れが出た私は船外に出てドックの床に大の字になって寝そべっているところだ。我ながら現金なもので、歌った事で心の中に溜まっていた何かが少し軽くなった。G15は「エトワールとは歌」って言ってたけど、その意味がちょっとわかったような気がした。
歌う前に感じていた空腹は……アルカンシェルの船内にあった良くわからないブロック状のものが食べられるとG15に聞いたので、それを食べてしのいだ。何千年も前のものが食べられるのか不安だったけど、思ったよりずっと美味しかった。
どうしてこれが現代には存在しないんだろう、と思うぐらいに美味しかった。そして休憩しながら、私はG15にセレスティエルについて色々と聞いた。
メモリ破損の影響もあって断片的なG15の説明は難解だったけど、判る部分をつなぎ合わせて私に理解できた内容は――セレスティエルとは人類の「敵」と相対する為に造られた、人類にとっての希望となる存在だということ。
「私が人類の希望。照れる」
『質問内容が不明』
「……質問じゃない」
セレスティエルやエトワールは個人の名前ではなく種としての名前に近いということ。そしてセレスティエルにはいくつか人間と異なる特徴があると言うこと。
例えば、冷凍睡眠や病、薬品や毒物などの状態異常から生命を守る、完全に近い耐性。そして……信じられないこたに蘇生の力まであるらしい。どうやら私、頭がもげたり体に大穴が空いたりしないかぎり、死んでもリブートするらしいんだ。なにそれ怖い。
「じゃあ全身致命傷、出血多量でも?」
『傷の修復に相応の時間を要しますが、蘇生は可能』
……ということは。この星に墜ちた時……私は一度死んでたのかもしれないね。服の様子を見れば、どうみても致命傷だったし。そして、時間が経過して……死んだはずの私はリブートした。
旅を続けるという私の目標を果たすには好都合だけど、人前で死んで生き返ったら化け物扱いされてしまう。いや、化け物以外のなにものでもないけど……いざとなったらアルカンシェルと逃げればいいかな、と思えるようになった。あと、これは驚いたというかなんというか……。
『セレスティエルは不老。最適な年齢で老化を停めることが可能。不死ではないが、不老不死に限りなく近い』
「……テロマーよりも?」
『セレスティエルの遺伝子はテロマーを参考に造られた。実測値データは不明ながら、同等の寿命を持つ可能性』
どうやら私、アリサと同じぐらい長く生きられるらしい。しかもたぶんアリサには無いリブート能力付きで。
ペレジスでアリサと出会った夜、私じゃアリサを長く支えられない……と思ったけど、実は平気で支えられたようだ。アリサの助けになれないと悩んだ、あの夜の逡巡はなんだったんだろう。
後は何を聞いておけばいいだろうか。アルカンシェルのメンテナンス法とか……?そんな事をぼーっと考えていると、G15の方から声を掛けてきた。
『セレスティエル、貴女に感謝を』
「いいよ、別に。それより、この船もらっていい?」
『否定』
「くれないの?そこは肯定すべき」
『否定。この船はセレスティエルの為の船。貴女自身の所有物は譲渡不能』
「ああ、そういうこと……」
真面目なのか、冗談を言っているのか……G15という存在の事は良くわからないけど、私はなんとなく「彼女」の事が好きになりかけていた。なにせ、この星で話が出来るのはG15だけだからね。
「それで、アルカンシェルはすぐに飛び立てる?」
『肯定。ただし乗員のための各種物資が必要』
「各種物資って何?」
『食料、水、娯楽』
「最後のは必要ない」
『記録音声#000024再生開始』
『――だから言ってるだろ!人生には娯楽がないと生きていけないんだよ!Dr.グリーフ、そんなだからおまえは面白みが無いって言われるんだ!』
『余計なお世話です、Dr.ランドルフ。だいたいあなたはいつも――ちょっとG15、何を録音してるの?プライベートの録音は禁止です!』
『再生終了』
「いや、再生終了じゃなくて」
なんで痴話喧嘩の録音を聞かされたんだろう、私。まぁ娯楽はともかく、水と食料を補給すれば旅を続けられる事は判った。でも、どこに行けばいいんだろう。これまでは目に付いた船に乗れば、船は勝手にどこかへ連れて行ってくれた。でも……アルカンシェルに乗ったら、私は自分で行き先を決める必要がある。
私は……どこへ行きたいんだろうか。身を起こすと胸元で三つのペンダントが揺れて小さな音を立てた。
アイリスのギルド章。
そうだ、これを……お義父さんに返しに行かないと。そして、謝らないと。私がすべきこと、行くべき場所が決まった。
「G15、最初の目的地を設定したい」
『了解。惑星情報を検索します。惑星名を入力してください』
「CM41F3C……だけど、どう入力する?」
『最適化作業中のため、当ユニットからアルカンシェルに伝達します』
気が利くね、G15。こういう話し相手がいると旅も楽しそうなんだけど。アルカンシェルと一緒に付いてきてくれないかな……。そんな事を考えていると目の前の空間にホロディスプレイが投影された。
『アルカンシェルとの通信を中継します』
『Planet-CM41F3C- Spatial Coordinate Search...』
『No applicable data』
音声で対話できて気が利くG15とは違い、アルカンシェルは文字インターフェイスでのやりとりしか出来ないらしい。不便な仕様だなぁ……。同じ技術レベルのはずなのに、違いがあるのはアルカンシェルが実験船だから?それとも寝起きだから?
いや、今はそんな事よりも重要な事があった。画面に出てる文字だ。該当情報無し、つまり私の故郷の座標が見つからないとの回答だ。アルカンシェルは化け物レベルの船だと思ったけど、本当はちょっとダメな子なのかもしれない。
「G15、座標が見つからない。G15のデータで調べて、アルカンシェルに教えて」
『惑星情報検索……該当なし』
「G15にも判らない?」
『肯定。推定理由:航路情報の更新が長期間行われていません』
「ほほう」
ここの施設もアルカンシェルも、大昔に作られたまま放置されていた様子だし、最新の航路情報なんて持っている筈が無い。そして……私の故郷は入植が始まってまだ数十年。むしろデータがここにある方がおかしいんだ。だめな子とか思ってごめん、アルカンシェル。




