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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部6章『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
94/211

#5


 ……お腹が空いた。

 いったいどれだけ座ったまま放心していたんだろうか。頭の中は絶望で一杯なのに、お腹の中は空っぽ。船で見つけたサバイバルパックは……そうか、施設の入り口に置いてきてしまった。もう、取りに戻る気力もわかない。

 ここで……旅を終わらせても、いいかな。そんな考えが頭をよぎり、大きくため息をついた。その呼吸音が引き金になったのかG15が声を掛けてきた。


『セレスティエル、他に質問が無ければアルカンシェルの起動を』

「起動?私が?」

『肯定。この船はセレスティエルのための船です。そして起動はエトワールにのみ可能』


 G15はずっとこの時を待ってたんだっけ。そっか、じゃあ最後に誰かの役に立つ事ぐらいはしてもいいかな。少し投げやりな気持ちを抱えたまま、私はよろよろと立ち上がった。


「どうするの?」

『アルカンシェル船内の中枢クリスタルに共鳴波を注いで下さい』

「共鳴波?」

『あなたの認識では「歌」と呼ばれるものです』


 歌……よりによって、歌か。私、もう歌えないのに。最後まで役に立てないのか。ずっと待ってたG15に私が役に立てないことをちゃんと謝らないと


「ごめん、G15。私、歌えない」


 口にした瞬間、違和感を感じた。あれ?私……また言葉がちゃんと出なくなってる……?そういえばさっきも私の口は思い通りの言葉を紡げていなかったような……?


『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』

「よく分からない。けど、私は歌える?」

『肯定』

「わかった。なら試す。失敗したら、ごめん」

『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』


 G15は同じ台詞を繰り返す。エトワールとは私のことだろうけど、私自身が歌ってこと?確かに歌は私には大事なものだけど……。G15が何を根拠にそういっているのか判らなかった。  何か抽象的な言葉のようにも思えるけど、私が人ではない存在だと知った今なら……その言葉には何か特別な意味があるようにも思えた。

 ともあれ歌えるかどうか試してみること自体には異存がなかった。まぁ、機械相手なら失敗して失望されることもないだろうしね。


「ところでモニターにある『ARC-EN-CIEL』がアルカンシェル?」

『肯定。これは実験船の船名です』」

「空に掛かる橋、って言う意味?」

『肯定。ARC-EN-CIELは空に掛かる橋、すなわち虹を示す言葉。類義語はレインボウ、アルコバレーノ、アイリス……』

「アイ……リス……」


 不意打ちのようにG15が告げた名前に私の胸が痛んだ。それは偶然なんだろうか。それとも、私を造った人が仕組んだ宿命なんだろうか。アイリスを失った私が、眠った(アイリス)を起こすことになるなんて。

 でも、この子が起きれば……私はまた、(アイリス)と旅を続けられるんだろうか。


 偽物の人間である私と、偽物のアイリスとで。

 お似合いの二人で、いつまでも、ずっと。



>>Towa:few minutes later


 G15の音声案内に導かれ、私はアルカンシェルが停泊するドックへ続く階段を降りる。


『入室前に船体保護機能を解除します。扉の前でしばらくお待ち下さい』

「保護?どんな技術?」

『停滞フィールドと呼ばれる技術です』


 G15の説明を聞いた私は驚きで足が止まった。停滞(ステイシス)フィールド?いや、確かに可能性は考えたけど……あのサイズの船体を、いつからなのかも判らない長期間?あり得ない。

 私のイグナイトなんて数メートルの範囲を十数秒停滞させるのがやっとなのに。エネルギーの規模が大きいのか、私たちの技術とは根本的に違うのか……。


「いつから保存してるの?」

『[CRITICAL ERROR] ChronoSystem.TimeOverflowDetected:

 時間計測システムに異常検知。回答不能』


 ああ、時間は聞いても無駄だったっけ。でも、古代の人達の技術は今の私たちの技術とは比較にならないほど高度だったと言う事は理解できた。

 再び足を進め、階段を下りきると透明な素材で造られた扉が現れた。ガラスか何かに見えるけど……この素材ももしかしたら私たちの知らない素材なんだろうか。そんな事を考えていると、扉の向こうに見えるアルカンシェルを覆っていた揺らぎのようなものが上部からゆっりと霧散していく様子が見えた。

 それを見て、私はどことなく故郷の夜明けを……朝霧が晴れてゆく光景を思い出した。


『モスボール処理、解除完了。入室可能』


 G15の言葉と同時に施設が軽く振動し、目の前のドアがスライドして開放された。さぁ、夜は明けた。お寝坊さんの(アルカンシェル)を起こしに行こうか。



 私がドック内に足を踏み入れると室内の照明が一斉に点灯された。目の前にはまばゆく輝く白い船体が、ドックの床にランディングギアで駐機している。明るいところで改めて見るとアルカンシェルの船体は新品同様……いや、新品そのものにしか見えなかった。たぶん、見た目通りなんだろうけどね。

 見慣れない流線型の船体は全長50mぐらいだろうか?私の知っている貨物用の航宙船と比べると二回りぐらい小さい。船尾に当たる部分がカーゴベイになっているのか、開放されて床に向かうスロープになっている。そこから搭乗するのかと思ったけど、よく見ると船体の中央部分に移動式のタラップが架けられていた。船体を見ていてふと、気になったことをG15聞いてみる。


「この船レゾナンスドライブは?」

『推定、否定。データ中に含まれていない事項です』

「実験艦じゃなかったの?」

『本船はレゾナンスフィールドの実験艦です』


 航宙船に詳しくない私にはドライブとフィールドの違いが良くわからなかった。ランドルフとかいう人の録音音声が実験途中で起動できないといっていた気がするから、レゾナンスドライブの開発中、部分的に実装できたのがレゾナンスフィールドってことなのかな?

 それにしても小さな船だ。ホロムービーだとこのサイズの船は小型ヨットとかクルーザーとかって呼ばれてるような気もするけど……。


「この船、小さいけど恒星間航行できる?」

『肯定』

「じゃあ起動前に中を見る。いい?」

『肯定。警告:船体管理システム起動前のため、船内での通信はできません』

「わかった」


 まぁ、何かあったら外に出てG15に聞けばいいだろう。私は恐る恐るタラップに足を掛ける。幸いにもしっかりとした感触で、施設の外にあった朽ちた機材のように朽ちてはいなそうだ。踏んだ瞬間に崩れ落ちる事心配はなさそうだけど、それもそうか、この部屋全体がステイシスフィールドの範囲内にあったようだし。


 タラップを上り、船内に足を踏み入れる。G15は管理システムが起動していないと言っていたけど、内部の照明は点灯していた。どこにC3が設置されているのか聞くのを忘れたのでとりあえず船内を歩いてみる。

 エアロックを兼ねた搭乗口の横手には割と手狭な倉庫スペースがあり、その先には船倉が見えた。さらに先はスロープのようになっていてドックの床が見える。さっき外から見えた船尾部分だろう。

 引き返して通路を進むと、通路脇にいくつかの小部屋が並んでいる。中を覗いてみたけど、就航前で何も搬入されていないのか空っぽの部屋ばかりだ。

 手前には作り付けのトイレとシャワーブースもあったけど、これ使えるのかな?さらにその先にはラウンジとおぼしき部屋。ここには見慣れないデザインだけど、心地よさそうなソファやテーブルが置かれている。


 ラウンジには上階へと続く階段があった。上階の船尾方向には広めのスペースがあり、いろいろな機材が積まれている。実験艦だと言っていたから、観測機器とかかな?

 反対側に位置する船首方向には二段になったブリッジとおぼしき場所があった。私が居るのが上段、たぶん艦長か指揮官が座るような大きめのシートがある。階段を降りた下にパイロット達が座るような操縦席がいくつか狭いスペースに集約されている。そして、艦長用らしいフロアの中央に、鈍色をした大きめのC3が据え付けられている。


 これがアルカンシェルのコアということだろう。目的の場所を見つけたので、一度外へ出て確認しよう。G15にはどうしても聞きたいことが出来たから。私はエアロックから顔を出してG15に呼びかける。


「ねぇG15」

『なんでしょうか、セレスティエル』

「この船、おかしいよね」

『質問内容が不明』

「恒星間航行する船じゃないよね」

『質問内容が不明』

「本当に、恒星間航行できる?」

『肯定』


 そうか。そういうことか……。なら、こう聞くしかないかな。


「この船は、FTL船?」

『肯定』


 ――全てが、腑に落ちた。



 私は最初、この船が私達の世界で使われている亜光速航行技術を生み出すための実験船なんだと思っていた。不完全なレゾナンスドライブを搭載した、旧型船なんだって。

 でも、違和感はあった。亜光速航行に必要なレゾナンスドライブではなく、単なるフィールド発生装置として搭載されている実験用のレゾナンスシステム。亜光速航行手段を持たないこの船は恒星間航行できないはずなのに、G15はそれが出来ると断言した。


 それだけじゃない。恒星間航行をするにはあまりにも少ない物資貯蔵スペース。冷凍睡眠装置もなく、どう見ても数日間の旅しか想定していなような船内装備。それらはこの船が、恒星間航行を行う船だというのに長期間の航行を前提としていないということの証だった。

 そこから導き出される答えは一つ。この船は長距離を短時間で跳ぶことが出来る。


 私達人類が超えられないはずの、光速を超えて。


 FTLーーFaster Than Light。それは人類が銀河へ版図を広げるために必須だったと考えられている、超光速航行の別称だ。


「人類がこれだけ銀河に広がってるのは、きっと大空白以前の人類には超光速航行技術があったんだよ!」


 幼い日のアイリスが目を輝かせてそう言っていた事を思い出した。現在の亜光速航行でも恒星間を旅することはできる。

 でも、成功率の低い居住可能惑星の新規探索に亜光速で挑むのは時間と労力のリスクが大きすぎる。一方でもし超光速航行が可能なら?目的地がどれだけ離れていても短時間で到達できるし、危険だと思ったら即時に撤退できる。

 むしろそんな航行手段があったからこそ、人類は銀河に版図を広げられたんだと、アイリスはそう言っていた。今の私達にとってFTLはただの夢物語。

 だけど、その夢がここに――目の前にある。


 ねぇアイリス。あなたの考えていた事は正しかったよ。ここに光の早さを越えて旅ができる船があるよ。あなたと一緒に、この船を見つけたかったよ。


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