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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部6章『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
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#4

 どれだけ歩いただろうか。私が歩いていた通路はいつの間にかより広い通路に合流していた。周りを見回してもやはり施設の中にもC3は見当たらず、感じ取ることも出来ない。先ほど出会った掃除ドローン以外は動くモノの気配もない。

 進んできた方向から見当を付け、施設の奥と思われる方向へと進んでいく。


 ここもやはり天井や壁面に大きな亀裂が入っている。先ほどの通路よりも幅が広いせいか、天井の亀裂がより大きく見える。それなのに崩落しそうな気配が無いのは、不思議としか言い様がない。

 この星に重力があることを考えれば、落下しないように重力を制御しているんだろうか?どうみても施設全体は機能を保てているとは言いがたい状態だけど。それなのにどうして……そんな事を考えながら通路をしばらく進むと正面は大きな扉で塞がれた行き止まりになっていた。


 手動で開けるには大きすぎる扉の脇にはコンソールのようなものが見えた。また使えるといいんだけど……。油断なくブラスターを構えながらコンソールに近づいた時だった。


『そこで止まりなさい』


 声が響いた。無線を通じているような、少し機械的な女性の声。


「……止まったよ」

『貴女は何者ですが』


 返事を期待せずに告げると、質問が返ってきた。どうやら意思の疎通が出来るらしい。それも、私達の言葉で。質問の意図は明確だが、どう答えればよいか悩む質問だ。

 私がどう答えるべきか悩んでいる間に、女性の声は続けた。


『この施設への民間人の立ち入りは禁止されています。返答が無い場合は侵入者と見なし、排除します』

「ちょっとまって、私の乗った船がここへ墜落して遭難したの。民間人……だけど、一応、ギルドのシンガーです」

『遭難?ギルド?シンガー?……状況、理解不能』


 話している相手は人間だと思っていたけど、この反応は……どうも機械的だ。そして、ギルドやシンガーの事を知らない?ギルドは銀河に広がる組織の筈なのに。


『確認プロトコルA103項目Cに従い、身元の確認を行います。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』

「……いきなり排除しない?」

『確認プロトコルA103項目Cに従い、身元の確認を行います。扉横のスキャンパネルに手をかざしてください』


 もしかしたら、決まった内容の会話以外はできないのかもしれない。排除っていう言葉は気になるけど、ここで押し問答をしていても仕方ないだろう。私は扉に歩み寄り、スキャンパネルと呼ばれたコンソールに左手をかざした。

 パネルから赤い光が放たれるが……途中で光は消えてしまった。


『エラー。生体部分を露出してください』


 あ、そうか。コスモスーツのグローブ越しじゃスキャン出来なくて当然だ。グローブ部分だけを取り外し、ついでに握ったままだったブラスターと一緒に腰のベルトに挟み込んだ。手のひらは汗ばんだままだけど、許して貰おう。

 再度パネルに左手をかざす。今度は手のひらの端から端まで光が通過していった。


『スキャン完了』


 完了を告げる声と同時に、きしむ音を立てながら扉が開き始めた。


『ようこそ、セレスティエル。我々は貴女の帰還を歓迎いたします』


 「セレスティエル」に「帰還」……?どこかで聞いたことがあるような言葉だ。開く扉を見つめながら私は記憶をたどる。


 ――おおきなとびら……しろいひと……。


 そうだ、機姫……カルティア……だったかな?あの白い機族(マシナリィ)も私のことをそう呼んで、帰還を歓迎すると言っていた気がする。セレスティエルと言うのが何なのかは判らないけど、どうやら私は自分の知らない人に帰還を喜ばれる立場らしい。


 ――私がずっと感じていた「帰らないといけない」気持ちと、何か関係があるんだろうか。もし、そうだとしたら……ここが私の旅の終着点なのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った。


 扉の先は小さめの管制室のような造りになっていた。これまでの荒れた施設内とは異なり、比較的状況を保っている。

 正面のガラス越しに航宙船のドックのようなものが見えた。照明が落ちているのでよくは見えないけど、室内からの照明が届く範囲には仄かな光に照らされて、部分的に白い……航空機か、航宙船か、そんなサイズの何かの一部が見える。

 ただ、それは何かベールのようなものに覆われているようで、少し揺らいでいるようにも見える。


 施設の劣化状況からは考えられないほど状態が良さそうだけど……いや、あれが船だとしたら、むしろ新造船のようにしか見えない。大事なもののようだし、何かの方法で保護しているんだろうな、きっと。

 でも停滞(ステイシス)フィールドだとしたら、こんな大きな物を長期間停滞させるなんてちょっと考えられない。他の技術なのかもしれないけど、私達の技術レベルからは想像もつかない技術なんだろう。


 側面の壁には複数の物理モニタが埋め込まれているけど、その殆どは光が失われている。唯一点灯しているモニタには流線型でとても美しいフォルムのシルエットをもつ機体の映像とともに「ARC-EN-CIEL」と言う文字が投影されている。これは航宙船?でも一般的な角張った宇宙船とは全く違うデザインだけど……。困惑した私の口から、思わず言葉が漏れる。


「ここは……?」

『セレスティエルの入室確認。記録音声#014053再生開始』


 私の声に応えるように、先ほどの声が短くそう告げた。


『……この音声…………いている者が人類の味方…………る事を願う。俺の名はDr.ランドルフ。エネルギー工…………研究者だ』


 ノイズがのった年配の男性の声が室内に流れ出した。先ほど声が告げた録音音声とはこの事だろう。私はランドルフと言う人物の言葉に耳を傾けた。


『我々は劣勢だ。敵…………食はとどまる所を知らない。既存……兵力はみな…………てしまった。起死回生のために…………み出したセ………………は……数が……』


 ノイズがひどくなり聞き取れる部分が少なくなってきた。ただ、声の主が語る内容とその口調には悲壮な決意のようなものが窺える。この施設に、この人にいったい何があったんだろう?


『記録音声#014053データ破損のため再生継続不能、続けて#014061再生開始』

『この船には研究中の最新技術であるColor Crystal Core、通称シーキューブを組み込む実験を行っている』


 今度の音声は先ほどと違ってノイズも少なくクリアに聞き取れる。でも、その内奥には違和感がある。C3が研究中の最新技術……?C3は大空白より前から使われている技術だと習った記憶があるけど……。


『人との結びつきを要するC3であれば、奴らも手出しは出来ないはずだ。これを使った様々な技術開発が進めば、我々は生き延びることが出来るかもしれない。いくつかの拠点で研究が続けられているが、この技術開発拠点では造船能力を活用して実験船の開発を行った。C3を使った試験中の新型推進機関、レゾナンスドライブを搭載する航宙船だ』


 やはり話がおかしい。レゾナンスドライブは人類が亜光速で航行することを可能とした基幹技術で、遠い昔から使われているものだ。それが試験中の最新推進機関っていうのはどう言うことだろう……?


『だが残念なことに新造船に搭載されたドライブの完成に必要な、C3を起動するためのトリガーが失われた。貴重なセレスティエルは継戦派の愚かな計画によって既に喪われた。我々が彼女達の代わりになる人材を得ることは不可能に近いだろう。だがこの船の起動は叶わずとも、せめてこの技術は人類の手に渡って欲しい。それが我々研究者一同の切なる願いだ。この音声を聞いている人よ、貴方にこの船「アルカンシェル」を託したい。どうか人類の未来のためにこの船を――』

『記録音声#014061データ破損のため再生異常終了』


 セレスティエルが戦争に……?この人達は何かと戦っているの?それにアルカンシェル……?この船の名前?疑問がぐるぐると頭の中を巡る。判らない事が多すぎる。

 一つわかるのは、録音内容が示していること。この施設や言葉の主が、私達よりもずっと昔の時代の存在だということだ。そして……。


『ようこそ、セレスティエル。我々は貴女の帰還を歓迎いたします』


 再度機械の声が響いた。今度はその声が何を言いたいか、私にも理解できた。私の事をセレスティエルと呼ぶこの声はシンガーと言う存在を知らない。

 C3を起動すると言っていたから、もしかしたら大昔はクリスタルシンガーの事をセレスティエルと呼んでいたんだろうか?もし、そうなら私が特別な存在という訳じゃない。シンガーは他にいくらでもいるんだから。


 そう思い込もうとしたけど、あの機姫と呼ばれた機族は私を指してセレスティエルと言っていた。クレリスにもギルド支部があり、シンガーは多数在籍しているにもかかわらず。なら、セレスティエルとは私のことを指す言葉なのかな?でも私は戦争になんか行ったことが無い。どういうことなのか、まったく判らない。本当に私は……。


「私は……セレスティエルなの?」

『肯定。遺伝子スキャンの結果、貴女がセレスティエルであると確定しました』


 独り言のように呟いたつもりだったが、意外にも答えが返ってきた。良くわからないけど、やはり私はセレスティエルで確定らしい。

 でも、なんなんだろう、セレスティエルって。この音声は全てに答えてくれる訳ではないようだけど、質問の内容によってはある程度答えがもらえるのかもしれない。


「セレスティエルって誰?」

『ソレイユ、リューヌ、エトワールがセレスティエルです』

「ソレイユ……リューヌ……エトワール……エトワール?あれ?エ、トワ……?」


 私の口からでた質問が自分自身の思いと少しずれていたせいか、声が告げる返答は私の思っていた答えとは違った。でもその答えを自分で口にしてみると引っかかるものがあった。

 「エトワとかアトワとか」たしかお義父さんがそう言っていた。パパが私の名前を付けるときに参考にしたという、言葉だ。確信めいたものを感じながら、私は再度問いを発する。


「私は……エトワールなの?」

『肯定』


 そうか、そうなんだ。ねぇパパ。ちょっと単純すぎだよ。エ「トワ」ールだなんて。

 このことをお義父さんやパパに教えたらなんというだろう。無口だったパパも笑ってくれただろうか。お義父さんなら、ニヤリと笑って頭を撫でてくれただろうか。そんなことをふと思った。


「エトワールと言うのは私の本当の名前なの?」

『推定、否定。データ中に含まれていない事項です』

「そう……じゃあ、あなたの名前は?」

『G15と呼称されています』


 名前っぽくないけど、機械ならそんなものなんだろうか。いや、今は声のことより自分の事だ。私はセレスティエルでエトワールなトワだけどエトワールじゃない、というよく分からない状況は……そういうものだと割り切るしか無いんだろうか。あと聞きたいことは……そうだ。


「私の帰還を待っていたと言ってたけど、いつから待ってたの?」

『[CRITICAL ERROR] ChronoSystem.TimeOverflowDetected:

 時間計測システムに異常検知。回答不能』

「よく判らないけど、ずっと昔からって事かな」

『回答不能』


 ここの人達が私の「誕生」ではなく「帰還」を待っていたということは、この人達は私が存在していることを知っていた事になる。ということは私、そんなに昔から生きてるんだろうか?

 もしかしたら、セレスティエルってテロマ―みたいに長生きなんだろうか。答えが返ってくるかどうか判らないけど、一応聞いてみよう。


「セレスティエルってテロマーと関係があるの?」

『肯定。セレスティエルはテロマーを参考に造られた存在』


 軽いつもりで口にした質問に対して、思ってもみなかった答えが返ってきた。「造られた存在」……?それ、どういうこと?


「造られたって、どういうこと?」

『質問内容が不明』

「だから、私は誰かに造られた存在なの?」

『肯定』


 セレスティエルは……私は誰かに造られた?嘘でしょ?おねがい、お願い。そう念じながら、私は最後の問いを口にした。


「……私は……人間、なの?」

『否定』


 祈るように口にした私の質問に対するG15の回答は、極めてシンプルで疑念を差し挟む余地も無かった。


 あはは……うん、少しは覚悟はしてたよ。自分でアリサにもそう言ったことがあるからね。でも、改めて他人から自分が人間じゃないという事実を突きつけられるのはちょっとキツイな……。

 アリサもずっとこんな気持ちだったのかな?アリサと同じ……ううん、アリサは人間の両親から生まれてるから……造られた存在である私は、彼女よりももっと……化け物だったんだ。


 足下の何かが崩れ落ちたような気がして、私はその場に座り込んでしまった。散らばった書類の残骸とホコリが舞い上がる。この星に墜ちてから忘れていた悲しみがまた押し寄せてきた。喪失の悲しみに、もう一つの喪失を重ねる形で。


 私は造られた存在。人間ではない、偽物の人間。そっか、人間じゃないなら、もうアイリスのことをお姉ちゃんって呼んじゃダメだな……。姉妹なんて名乗っちゃいけないけど、ただの幼なじみなら……それなら許してもらえるかな。


 ごめんね、アイリス。あなたの幼なじみは……エイリアンじゃなかったけど、人間でもなかったよ。

 きっともう……私にはアイリスと一緒に旅をする資格なんてないよね。頬を涙が伝っているのを感じた。アイリスが死んだときにも涙は流れなかったのに。ああ、私は今、本当にアイリスを……アイリスとの繋がりさえ失ったんだ……。


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