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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部6章『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
92/217

#3

>>Towa:1 hours later


 「昼」を追いかけ歩いていた私の前に、予想外の――いや、頭のどこかでは有り得ると想像していた――光景が広がっていた。金属質で明らかに人工的な施設群。人類のものだとはおもうけど、それでも私達の文明とは少し異なる印象を受けるものが。

 岩肌を削って作られたその建造物は視界が届く限りまで続いている。そしてそれらの建造物の基本的な形状は私も知っている多くの惑星で見かける類いのデザインで、故郷の居留地にあったものとそう大きくは違わない。

 それなのに、何かが決定的に違うように感じられる。何かが足りない……と思った瞬間に、理解した。私達の文明には欠かせない、C3の輝きが全く見えないんだ。


 惑星上でも衛星軌道上でも、航宙船の中でも。人類のいる場所にはC3が必ず存在する。目に見えるところだと通信装置や照明。目に見えないところにももっと沢山のC3が。なのに、あの施設はC3が全く存在しないように見える。いつもならC3の存在を感じられる私にも、その存在はまったく感知できない。

 それどころか施設を照らす灯りはC3の暖かい輝きではなく、白く冷たく堅い光に見える。なんだろう……あの光は……?


 航宙船の残骸に身を隠してしばらく周囲を伺ったけど、施設の周辺に人影は見えなかった。しかこのままここでじっとしていると「夜」に飲まれてしまう。

 施設へ入ることを決意した私はトランクを開いてブラスターを取り出そうとした。トランクの中には二丁のブラスター。私のものと、お姉ちゃんが使っていたもの。一瞬だけ躊躇って……私はお姉ちゃんのブラスターを手に取った。小さな銃把を握りしめて、謎の施設へ目を向ける。


 施設に近づくと、その全貌が徐々に明らかになってきた。目の前に広がる構造物には巨大なアーチ状の骨組みがそびえ、至る所に錆びついた支柱や崩れかけた金属材が露出している。その中心にはまるで船を固定するためのドッキングアームのような構造が見えた。

 ううん、まるで……じゃない。あれはドッキングアームだ。この施設は宇宙港か、造船所なんだろうか……?だけどそれらはすでに崩壊しかけていて、あちこちに散らばった金属の破片やケーブルが荒涼とした地面を覆っていた。


 あたりを見渡すとドックとおぼしき岩壁には大きなゲートらしき開口部が並んでいた。そのうちのいくつかは完全に閉じられ、またいくつかは歪んだ状態で開いている。内部は暗闇に包まれているようで、ここからでは何も見えない。でも、施設の規模は相当に大きく、かなりの数の船が出入りしていたんだろう。


 周囲の様子に気を取られている間にあたりが一段と暗くなっていた事に気がついた。どうやら私は「夜」に追いつかれてしまったらしい。だけどこの施設には十分な灯りが灯されている。これなら暗闇は気にする必要もないだろう。

 今のところ急激な気温の低下も感じられないけど……外で夜を明かすのと、施設の中に入るのではどちらのほうが危険なんだろう?

 そんな事を考えながら、施設へ足を進めた。静まりかえった空気の中、私の足音だけが響く。人の気配は感じられないが、ブラスターは構えたままだ。


 やがて車両が出入りしていたと思われるゲートと、人間用と思われるエアロック風の出入り口が見えた。どちらを選ぶべきだろうか?

 少し考えた結果、私は人間用を選ぶことにした。施設の様子からするとここは既に廃墟と化しているようには見えるけど、自動装置やドローンなんかがが動いている可能性もある。制御を失った自動運転のビークルが突っ込んでくる可能性を考えれば「海賊」がいるかもしれない人間用の方がまだ安全だと思ったからだ。


 そう。人間用だ。施設の壁面や床面に書かれた文字や数字は明らかに人間の手によるものだったんだ。「§≒備区……外…………禁…………」「……ド……¢#中……使……不……」「船……補…………@#ウ∀……ト稼……」掠れて消えかけた物が殆どだったけだ、いくつか断片的に読み取れた文字は……見覚えの無い記号も含まれていたけど、それでも私達が使っている共通語と似ている部分も多かった。つまり、ここは異星人の施設なんかじゃなくて、私と同じ人類が作ったものだということだ。


 ただ、これまで見た光景の中に旅客用のターミナルらしきものが無かったし、ここは宇宙港というよりは航宙船の整備ドックのような場所なんじゃないか思った。どちらにしてもここで留まっていて何も始まらない。周囲が完全に夜に包まれる前に中へ入ろう。どうせ私には進む以外の選択肢は無いんだし。

 恐怖と不安が私を後押ししてくれている今のうちに進んでしまおう。



 人間用らしき出入り口の前に立つと扉のサイズ感が実感できた。うん、これは間違いなく人間用だね。遠くから見たときはエアロックかと思ったけど、実際はただの金属扉だった。よく考えればこの星には空気があるし、施設側も開口部が多い。施設の扉をわざわざ気密にする必要はないんだろう。

 そう考えたものの、根本的な間違いに気がついた。いや、そうじゃない。この施設を作った人間は……この星に空気があるから施設を気密しなかったんじゃない。「星そのものを気密」しているんだ。

 小規模な酸素供給(エア)フィールドなら私達も使っている。けど、この衛星を丸ごと気密する規模感は……どんな技術か想像も付かないけど、それがありえない技術であることだけは私にもわかる。


 願わくば……そんな優れた技術を持つ人達が、敵ではありませんように。


 多数の墜落した船のことを思えばそれは望み薄だとは思ったけど、それでもそう願いながら、ブラスターを強く握りしめ……私は扉に手を掛け、ゆっくりと開く。拍子抜けするほどあっさりと扉は開き、内部へ続く通路が現れた。

 通路には例の固く冷たい照明が灯されている。あまり好きになれない光だけど、夜の訪れた外部よりはまだ過ごしやすそうに見えた。少しだけ悩んでお姉ちゃんのトランクを戸口に脇にそっと置く。


「……行ってくるね、お姉ちゃん」


 私は軽く息を吐いて施設の中に足を踏み入れた。



 施設内の通路は静まり返っていた。壁面や天井には亀裂が入り、いつ崩落してもおかしくないように見える。だけど全体的に崩れ落ちた箇所そのものは少なくて……もしかしたら何らかの力で施設が崩壊しないように維持されてるのかな……?ふとそんなありえない事を考えた。

 あまりにも静かで逆に耳が痛くなるほどだ。けど、そんな静寂の中どこかから金属が擦れるような音が微かに響いた気がして、思わず足を止めた。


 ――いや、気のせいじゃない。私が今いる通路をはずれた脇道の方から確かに聞こえる。

 音は遠くから聞こえてくるようだ。ブラスターを握る手がコスモスーツのグローブの下で汗ばんでいるのが判る。深呼吸をして心を落ち着けようとしている間にも音は断続的に続いて……そして近づき……止まった。


 ――何かがいる?


 思わず背筋が冷える。音のした方向へ視線を向けたけど、照明の落ちた脇道の先は暗くて何も見えない。気のせいかもしれないけど、どこかからこちらを伺うような気配を感じる。動揺を振り払うように足を踏み出すと、ブーツの音が静かな空間に響き渡り、それが余計に神経を削っていく。


「気のせい……だよね?」


 小さく自分に言い聞かせたけど、通路に小さく響いた声は逆に私の恐怖感を煽るだけだった。一瞬、姉がいてくれればと思ったけど……。

 大丈夫だ。私は一人で進めるんだ。だから大丈夫だ。前へ進むしかないんだと自分に言い聞かせながら歩みを進める。


 ――と、ふいに視界の端で何かが動いた!


 反射的にブラスターを向けた先には、古びた金属製の物体があった。大きさは椅子の座面ほどで、円形の本体に短い脚がいくつもついている。丸い本体には錆びが広がり、脚の関節は滑らかとは言えないけど、それでも動いている。

 鋼の獣(メタルビースト)の仲間かと思ったけど、ぎこちなく軋みながら動く様子はいかにも機械的で、あの奇妙に生物を模したような異質さは微塵も感じられない。


 私がブラスターを構えたまま、それが鈍い動きで壁沿いに移動していく様子を見ていると……どうやらそれは通路に落ちた埃やゴミを収集しているように見えた。掃除用のドローンなのかな……?


 ブラスターを向ける私を完全に無視して、それは移動を続けている。床を擦る小さなブラシが取りこぼしを撒き散らしているのが見えた。完全な作業を行えているとは言えない姿だったけど、それでも施設が「完全に死んでいない」ことを感じさせるには十分だった。

 この分だと、施設の奥には別のものが……そう、航宙船を墜落させるようなモノが生きているのかもしれないね。


 やがて掃除ドローンが曲がった通路の向こうへ姿を消すと、再び静寂が戻ってきた。ブラスターを下ろし、小さく息をつく。手のひらに滲んだ汗が冷たく感じられた。恐怖で固くなった体をほぐし、もう一度周囲を見渡す。体の緊張はほぐれても、心の中の緊張は少しも解けてくれなかった。



 しばらく歩くと壁面に「緊急脱出」と言う文字と矢印が記された標識が目に入った。屋外と比べると文字の傷みは少なく、表記されていた文字は完全に私たちが使う共通語と同じだ。そして矢印の指す方向は……照明が明滅した通路だった。目を細めて光の刺激を和らげながら通路を進む。

 通路の先には少し開けた空間が広がっていた。天井が高く、壁の片側に同じ形をしたハッチが等間隔に並んでいる。ハッチの縁には小さなランプが埋め込まれていて、どれも薄く点滅している。壁の側面には「緊急脱出ポッド」と書かれた古びた文字がかすかに読めた。


「……脱出……ポッド?」


 一つ一つが簡単に押し開けられそうなほど軽そうなドア。すぐ横には緊急用のレバーも設置されている。きっと何かあったときに誰でもすぐ飛び込めるように設計されたいるんだろう。私はそのドアの一つに近づいてみた。

 そっと手をかけると、扉は音もなく開いた。中は細長い円筒形の空間で、壁に固定された小さな座席と安全ベルト、それに備え付けられたサバイバルキットらしきものが目に入る。無機質で何の飾り気もない内装だけど、非常時に余計な飾りは必要ないってことだろう。


「……これ、使えるのかな……?」


 私も最悪の場合はこれを使って星の外へ逃れるしかない。そういう意味では、頼りないポッドとはいえ万が一の手段が見つかったことは歓迎すべきなんだけど……。

 ハッチの並ぶ通路の奥に目を向けると、いくつものポッドの入口が並んでいるのが見えた。その多くは私が開けたものと違い、すでに発射済みのようだった。ハッチのいくつかには損傷も見える。発射システムが作動したときのものかもしれない。

 ポッドの入り口一つ一つを目で追っていくうちに、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。だって使用済みと言うことは、誰かが……この頼りないポッドに命を託して、宇宙へ飛び出したってことだから。


「きっと、無事に助けられたよね……?」


 自分に言い聞かせるように呟いた。でも、心のどこかで、その言葉を信じ切れない自分がいるのも分かっていた。ここは主星から遠く離れた場所だ。人の住む惑星は遠く、偶然通りかかる航宙船を期待するのも難しい。

 それでも……このポッドを見ているとどうしても思いたくなる。ここへたどり着いた人達が、誰かの助けを信じて逃げ出したんだって。その人達はきっと救助されたんだって。

 私はハッチをそっと閉めた。その軽い音が静まり返った部屋の中で反響する。


 ここに来る途中で見た、壊れた船の残骸。その中で見つけた散らばった荷物や焦げ付いた部品。それに……いくつもの遺体。……それらが否定的な現実を突きつけてくる。それでも、誰かがここから逃げることに成功していることを信じたかった。

 私はしばらく黙ってポッドを眺めたあと……踵を返して元の通路へと戻った。


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