#2
漠然とした事情を思い出したことで、このままここに残っても仕方ない事が理解できたので、私は外に出てみることにした。船倉から船内へ続く扉はコンテナの残骸に埋もれていたので、傾いた床をよじ登って船殻の裂け目を目指す。
そこかしこが破損しているので幸い足場には困らず、程なく私は船外へ至る場所へたどり着くことが出来た。
船殻の隙間から外を覗いた第一印象は、色がない世界というものだった。故郷の月夜よりは明るいとはいえ、満足に周囲を観察できる明るさではなく、かろうじて様子がうかがえる程度の暗さ。擱座した船体の影の部分は真っ暗で何も見ることが出来ないけど、光の当たる場所ならなんとか観察できる程度。
しばらく外の光景を見ていると少し目が慣れたのか周囲の様子がわかってきた。故郷の荒野に似た砂と岩ばかりの荒れ果てた地表で、遠くには巨岩のような影がいくつか仄かに見える。ここには空というものが無く、見上げた先にあったのは星々の浮かぶ宇宙。
その光景は私がいる場所が惑星ではなく……衛星の上にいるのではないかと思わせた。光源となっている星を探すと……天頂から少しずれた所に他の星よりも大きく明るい星が見えた。あれがこの恒星系の主星?そんな事を考えていると、あることに思い至った。
少し躊躇ってからおそるおそる船殻の外に顔をだしてみたけど、息が出来る。船に酸素フィールドが展開されているのではなく、ここの場所自体に空気があるようだった。空気があり、そして惑星地表より微弱とはいえ重力もある。普通に考えれば衛星に大気や十分な重力がある筈がないのに。
理由はわからないけど、生身で生存することが出来る環境を持つ衛星という奇跡のような――いや、むしろあり得ない場所にいる事がわかった。それは幸運だったといえるかもしれないけど……今の状況を考えると、それは必ずしも救いじゃない。胸の中に恐怖がじわりと広がる。
事情はわからない。でも、私は一人この星に取り残されて――いや、囚われているのでは……?もしそうなら、私は旅を続けることが出来ない。私は旅を続けないといけないのに。お姉ちゃんと約束したのに。
――姉のことを考えると、いつものように心の奥に痛みが走る。だけど、今日は少し違った。悲しみよりも……旅を続けられないという、約束を守れないという恐怖を強く感じる。
だめだ、ここにいちゃ。焦燥感を感じる。なんとかしないと。旅を続けないと。私の頭の中は不安と焦り、そして恐怖に満たされてゆく。
悲しみと違い、それらの感情は私の思考を鈍らせることは無かった。少なくとも、今はまだ。
とにかく、ここにいてはダメだ。そう思った私は一度船内へ戻り、外を探索する準備をすることにした。空気があるとはいえ、コスモスーツを着た方がいいだろう。服を着替えようと自分の格好を改め見下ろして……私は硬直した。
――なに、これ。
姉のお気に入りだった白いワンピースは所々大きく裂け、赤黒いシミで元の色が判らなくなっていた。これは……血痕?知らない間に怪我をしていたんだろうか?
痛みは感じないけど、冷凍睡眠の影響で感覚が麻痺しているのかも……。慌てて服を脱ぎ、体の様子を確認する。けど……私の体には傷一つなかった。
服の具合や出血量を見れば致命傷を負っていてもおかしくないはずなのに、私は無傷。ならこの血は誰の血なんだ?いや、他人の血だとしたらどうして服がこんな状態になっているんだ……?
今の状況は、本当に訳のわからないことだらけだった。もしかしたらこれは冷凍睡眠中の私が見ている夢なんだろうか。もし夢なら……どうせなら、お姉ちゃんに会える夢が良かったのに。でもお姉ちゃんに会えたら真っ先に謝らないと。お気に入りのワンピースをダメにしてごめんって。
壁に備え付けの収納からサイズの合うコスモスーツを探すことにした。コスモスーツはなかなか見つからなかったけど、代わりに収納を漁っている時に偶然スラリーが入ったサバイバルパックが見つかった。
賞味期限は切れているようだけど、食べられない事はないだろう。もともと美味しいものでもないから問題はない。少なくとも、これでしばらく活動できるのは幸運だった……いや、この状況だと苦しみが長引くだけになるかもしれないけど。
さらにいくつか収納を漁っていると、コンテナの影に隠れていた大きめの収納から旧式のコスモスーツが見つかった。前に着たことがあるスリムなタイプとは違って、すこしタブついた印象のデザインで、表面にはいくつかのポケットが付いている。腰周りにはベルトが付いているけど……これはサイズ調整用?ともあれ、手早く着替えを済ませる。
着替えのあと、コンテナの残骸に埋もれた自分の荷物を掘り出した私は自分のトランクに脱いだワンピースを仕舞おうとした。けど二つの荷物を持ち歩くのは難しいと思い直し、お姉ちゃんのトランクに脱いだワンピースと共に私の荷物も移し替えた。
どうせ私の荷物なんて大した物は入ってなかったし、このトランクは捨てていってもいいだろう。冷凍ポッドの貴重品BOXに収納していた3つのペンダントとフォトンタブも無事に回収できたのは幸いだった。
フォトンタブを左手首に装着すると、聞き慣れた認証拒否の音声。これを聞く度に、この子はお姉ちゃんのことを今でも待ってるんだと意識して、心に小さなトゲが刺さる。
けど、その小さな痛みが姉の言葉を思い出させた。この端末には照明機能がある、と。……この子は私の言うことを聞いてくれるだろうか……?
「タブ、照明機能をお願いできる?」
[Ready.]
簡潔な応答と共に何も無いよりはましな程度の仄かな光が灯る。よかった、言うことを聞いてくれた。
「……ありがとう、タブ」
[Voice command failure.]
ついお礼を言った私にぶっきらぼうな拒絶の返事。なんとなく「困ってるみたいだから、仕方なく手を貸してやる」って言われたような気がして、不安しかない状況だけど少しだけ心が温かくなった。こんな気分になるのはいつぶりだろうか。
>>Towa:3 hours later
主星の光とフォトンタブの照明を頼りに船の周りを歩いてみた。
その結果、判ったことが二つあった。まず巨岩のように見えていた影の多くが、航宙船の残骸だったこと。つまり、ここへ墜ちたのは私だけではなく……コードレッドの真相はこの惑星への墜落だった可能性があるということだ。
私が乗っていた貨物船のような船だけでなく、旅客船だったとおぼしき豪華な船もある。中には見たこともない、用途も判らないようなデザインの船も。最新型と思えるデザインのものがある一方で、以前乗った旧式のキャメル型よりももっと古いと思えるようなものも混じっていた。
墜落は最近の話ではなく、昔から発生してたんだろうか?それなら、どうしてそんな危険なところに航路が設定されていたんだろう。
いくつかの船に近づいてみたけど、どこにも生存者はいなかった。朽ちた衣類の残骸だったり、ミイラ化した人体とおぼしき物だったり……心が麻痺していなければ、正視できなかったかもしれないような、そんな光景ばかりだった。一体どれぐらい前に墜落したんだろうか。
そしてもう一つの気付いた事。ミイラ化した遺体を見ていて初めて気付いたんだけど。遺体が冷凍状態ならミイラ化する事もないはず。つまりこの星、寒くないんだ。今はコスモスーツを着ているから外気温は感じにくいけど、最初に船外に顔を出したときに私は「何も」感じなかった。つまり、暑くも寒くもなかったんだ。
主星が遙か彼方にある、おそらく恒星系外縁であるはずの場所なのに。空気や重力の件と併せて考えると、やはりここは人為的に環境が整えられている場所にしか思えなかった。
それにしても一体この場所はなんなんだろう……?
航宙船が一隻、衛星に衝突するということは天文学的な確率とは言え、全くあり得ない事じゃない。でも、こんなに沢山の船が同じ衛星に……?自然では絶対にあり得ない。でも、この星は「自然」じゃない。人為的的な環境があるということは、何かが、誰かがここにいる可能性は高いと思う。
そしてその誰かは意図的に船をここへおびき寄せている……?そんな馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。でも、誰が?何のために?
宇宙海賊、という言葉が脳裏をよぎったけど……あれはホロムービーの中だけのフィクションの存在だ。そもそも海賊なら墜落させた獲物を放置しているはずもないだろうし。
判らないことだらけだ。私がお姉ちゃんぐらい頭が良ければ。お姉ちゃんが一緒にいてくれれば……そうすれば何か判ったのかもしれないのに。
そんな事を考え、また胸の奥に痛みが走り、思考が鈍りそうになる。胸が苦しい。でも、ここで立ち止まっていたらダメだ。立ち止まったら旅を続けられなくなる。悲しみに飲まれそうになった私の心が、お姉ちゃんとの約束を守れないという恐怖に上書きされていく。
何時の時代のものかも判らない航宙船の残骸の影に置いたトランクに腰掛け、胸の痛みと恐怖が落ち着くのを待った。元々明るくはなかった周囲がさらに暗くなった気がしてふと空を……宇宙を見上げると、天頂近くにあったはずの主星の位置が大きく動いている事に気がついた。この星、自転してる……?それもかなりの速度で?
もしそうだとしたら、ここにいるとすぐに「夜」が来る。それはまずい。誰かがいるかもしれない未知の星で、暗闇で何も見えなくなる事の危険性。もしかしたら今の気温は仮初めのもので、夜には気温が急激に下がるかもしれない。そんな事を考えると、私は無意識に椅子代わりにしていたトランクを抱え、主星を追いかけていた。
「昼」の方へ移動しないと……!




