#1
>>Towa
「ではダストリア13行きで……あの、大丈夫ですか、お客様?」
「……大丈夫」
「そうですか、ではチケットをどうぞ。出発は20分後になりますのでお急ぎください」
「……」
チケットを受け取り、乗船口へと進む。さっき目覚めたばかりなせいか、まだ足のしびれが抜けていない。でも大丈夫。歩くことはできている。
歩みを進めながらふと見ると、軌道ステーションの窓に知らない女の子が映っていた。銀髪に、まるで空虚な重力穴のような漆黒の瞳。私は何も悲しくないのに、どうしてこの子は悲しんでいるんだろう。わからない。でも、旅を続けないと。
「――なぁ、あれギルドのシンガーだろ?」
「そうらしいな……顔は可愛いのに、雰囲気最悪だし服装も変だしさ……」
「訳ありっぽいよな……ちょっと可哀相な感じにも見えねぇか?」
「なんだ、お前ああいうのが好みか?」
「まさか!まぁシンガーってああいうもんなんだろ?良く知らねぇけど――」
後ろで誰かが話しているのが聞こえた。誰のことだろう。シンガー?私は……歌えない私はもうシンガーじゃないから、私のことじゃないだろう。どうでもいい。
『――続報にご注意ください。なお、状況によって航路の閉鎖や搭乗制限が行われる可能性がございますので、あらかじめご了承ください。以上、ステーション管理室からのお知らせでした』
「ねぇ、ママ今のは?」
「何か事故があったのかしらね……」
「お船、乗れないの?」
「ちょっと様子を見てみないといけないわね……」
ステーションの喧噪が煩わしい。誰かが何かを言っているけど、頭の中でわんわんとこだまするだけ。周囲がどれほど慌ただしくても、それが自分の旅に影響しない限りどうでもいい。私はただ、前を向いて歩き続けるだけだから。
「はら、トーヤこれみて!」
「わぁ、すっごくかわいいね、お姉ちゃん!」
「でしょ?コスモスーツってかわいいよねー!ほら、トーヤもおきがえがんばって!」
「うん、じゃあまっててね、イリスおねえちゃん!」
幼い姉妹がはしゃいでいる姿が目に入った。
お姉ちゃん。
……私、がんばって旅を続けてるよ、お姉ちゃん。いつかお姉ちゃんに追いつくんだ。だから……待っててね。約束したもん。ずっと二人で一緒に旅を続けようって。
首から下げた3つのペンダントに手をやり、私は思う。私は、大丈夫だから。
そう、大丈夫。
大丈夫……なのに。
幼い姉妹が私の横を駆け抜けていく。心の底から笑い合い、幸せそうに。
……旅立つ前の、私達のように。
冷凍睡眠から覚めたばかりなのに、また悲しみがこみ上げてくる。早く、また眠らないと。冷凍睡眠をすれば、少しずつ悲しみが薄れていく気がするから。
>>Towa:Past day
冷凍ポッドの扉が開く。貨物室に冷気の残滓がこぼれ落ち、私は目を覚ました。
……ここは……そうだ、私はクレリスから船に乗って……。でも、ここがどこなのかはわからない。行き先も聞かなかったから。そんな事をぼーっと考えていると、あることに気がついた。
――冷凍睡眠前にあれだけ心を覆っていた悲しみが消えている。
そうか、感情は脳内の化学反応によるものだとスクールで習った記憶がある。そして冷凍睡眠は化学反応をも停止させるとも。つまり、感情を、悲しみを止められるんだ、冷凍睡眠は。よかった、これなら私は旅を続けられる。
大丈夫。
うん、本当に大丈夫だ。私の心に喜びと希望が満ちた。私は、お姉ちゃんとの約束を守ることが出来る。
――お姉ちゃん。
彼女のことを考えた瞬間に、心の中が再びどす黒い絶望に埋め尽くされた。
どうして?
私は大丈夫だったはず。なのに、どうしてこんなに悲しくて仕方ないの?もう解凍されている筈なのに、体の芯が凍り付いたように寒い。痺れた手足の震えが止まらない。
こわい。
つらい。
かなしい。
くるしい。
……お姉ちゃん。
「……たすけて、アイリス……」
ガタガタと震えながら私が呟いた声は、無人の船倉に虚ろに響く。助けを求める声に応えてくれる人は、どこにもいない。
それからの私は、何度もあてのない下等航行で冷凍睡眠を繰り返した。軌道ステーションに到着すると地表には降りず、そのまま一番出発が早い次の船に乗る。自分でも無意味な事をしているというのは判っていた。
でも、冷凍睡眠から覚めた直後だけは悲しみを忘れていられるから。そして旅を続けていれば……私はお姉ちゃんとの約束を守り続けられるから。
瞳は黒いままで、歌は歌えないけど……それでも、私は旅を続ける。大好きな姉との約束を守るために。
少しずつ、心がすり切れていく事を自覚しながら。
>>Towa:Now
名も知らぬ惑星の軌道ステーションから、どこともしれぬ惑星へと向かう貨物船へ乗るために、私はチケットに示された乗船口へ向かう。何度繰り返したかも判らない、もはや私にとっては単なるルーチンワークとなった行動。
途中、足早に通り過ぎる何人かの人とすれ違った。驚いた様子で彼らが何か声を掛けてきたが、私には関係ない。
「――おい、本当に知らねぇぞ」
視線も向けず、私はただ足を進める。荷物はいつも二つだけ。そういえば、クレリスを出発してから服を着替えていない事を思い出した。服装の事を言われたのかもしれない。でも、どうでもいい。
私はちゃんと服を着ている。いつもお姉ちゃんが言ってたように。大丈夫だ。
『――アテンション ダストリア13方面への航路で航宙船の消失事故が再び発生しました。同航路は現時点をもって危険度レッドに格上げされ、調査が終了するまでは原則として無人船以外の航行が禁止されます。繰り返します、アテンション――』
開放されたままの貨物船のエアロックを通り過ぎようとした時、背後からステーションのアナウンスが聞こえてきた。なにかあったのだろうか。……でも私には関係ない。
故郷を離れる時にはじめて航宙船に乗った際には船長さんに挨拶したんだっけ。そういえば最近、挨拶をした記憶がないけど……誰もエアロックの所にいないのは初めてだ。
案内も挨拶もないまま船内に入ると、自動的にハッチが閉じステーションの喧噪から解放される。ああ、静かだ。静かな方が心が安まる気がする。
船内は非常灯以外の照明が消えている。不採算路線で経費削減でもしているんだろうか。人の気配もないが、人員も削減されているのかもしれない。
既に何度も冷凍睡眠ポッドを使っているから、船員に頼らなくても眠りに就くことが出来る。いつ来るかもわからない案内を待つ必要も無いだろう。早く眠りたい。でも、もう船には乗れたから急ぐ必要も無いだろうか。
とりとめも無くそんな事を考えながら私は無人の船内をふらふら歩き、船倉を目指した。
>>Towa:Future/Time Unknown
頭が割れるように痛む。目覚めは最悪だった。
冷凍睡眠から覚醒するたびに感じる鈍い頭痛にはもう慣れっこだけど、今日はそれどころじゃない。目の奥を焼き付けるような鋭い痛みと、右腕の痺れ。指先を動かそうとしてもうまく動かない。冷凍睡眠明けにはいつもある、あの凍える感覚も今日はなぜか感じない。そして……どうして私は横倒しになっているんだろう?
冷凍睡眠から覚醒した直後の、悲しみから解放された私に僅かな時間だけに許された明晰な思考。その思考が、いつもと違う事態に警報を発している。
重い瞼をこじ開け、ぼやけた視界が捉えた薄暗い船倉の床……いや、どこか違う。視線の端にひび割れた冷凍ポッドが見える。何故か冷凍睡眠ポッドが壁に設置されていて、まるで誰かに殴り倒されたみたいに横倒しでフロントパネルは粉々、フレームも折れ曲がっていた。その横合いには、金属製のコンテナが突き刺さっている。中に私がいたときにこれがぶつかっていたら――間違いなく死んでいたはずだ。
私は……冷凍ポッドから投げ出された?
それならどうやって目覚めたんだろう。凍ったままなら解凍に失敗して死ぬし、解凍後ならぼんやりとでも覚醒の記憶があるはず。でも、何も思い出せない。
困惑しながら手をついて体を起こそうとした瞬間、足元に違和感を覚えた。微妙に傾く感覚。滑るように体がずれる。
――船の床が、斜めに傾いている?
「え……?」
掠れた冷凍睡眠明けの声じゃない、普通の声が出た。振り返ってみた「床」は、本来の床ではなかった。ぼんやりした非常灯の光が「床」に灯っている――いや、床じゃない、それは壁だ。だから、冷凍睡眠ポッドが壁に設置されているように見えたのか……。
本来壁であるはずの部分が、目の前で床として……それも傾いて見えるということは、この船は横転し擱座していることになる?でも待って、それもおかしい。軌道ステーションを出た航宙船は無重力になるはずで、「下」という概念自体が存在しないはず。なのに、今、私は斜面を感じ、重力を認識している。
つまり――ここは宇宙空間じゃない?
思わず周囲を見回す。非常灯に照らされた船倉は無秩序そのものだった。壊れたコンテナの中身が散乱し、その残骸の中に私の荷物も埋もれている。完全に壊れた物資も少なくない。ここで一体何が……?
壁に手をつき、滑らないよう慎重に足を動かす。視界の端、船倉の奥に光が見えた。いや、光じゃない。暗闇の中、点々と浮かぶ星の光だった。
「外……?」
その瞬間、心臓が跳ねた。船殻が破損している。それも大きな範囲で。破れた金属の切断面の向こうに星空が広がっている。
私は慌てて呼吸を確認する……何故か、船内には空気が残っているようだ。だけど宇宙空間に剥き出しの状態で無事なはずがない。コスモスーツに備え付けられた酸素供給フィールドのようなものが船を覆っているんだろうか?
動揺しながら視線を巡らせる。冷凍ポッドの残骸、壊れたコンテナ、傾いた床――どれもこれもただのトラブルで済む話じゃない。さらにこれほどの事態なのに、誰一人船員が来ない。
「なんで、誰も……」
独り言は虚しく船倉に響くだけだった。そのとき、金属が軋む音が遠くから聞こえた。私が動いたことで壊れた船殻が揺れたのだろうか。その音に、私は唇を噛みしめた。
クリアになった思考が乗船前の出来事を思い出した。
『だから、コードレッドが出てるから俺たち船員も全員下船してるんだよ!嬢ちゃん、今は船に乗れねぇんだって!おい、本当に知らねぇぞ!』
そうか、あの時すれ違った人達は、この船の乗員だったのか。そして無人で運行する船に向かう私を気遣って止めてくれていたんだ。
それなのに私は話も聞かず、勝手に船に乗り込んでしまったのか。続けて「コードレッド」の内容もぼんやりと思い出す。たしか船が続けて失踪している宙域があると言っていた。きっと名前も知らないこの船と――私の名前も、その失踪リストに加わったのだろう。




