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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部5章『大丈夫』クレリス-虚凍の惑星
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インターミッション『追憶のアーカイブ』ヴェリザン-絆奏の惑星 #1

「被告人メナ・クロウリー、前へ。ヴェリザンを混乱に陥れた扇動活動、その結果引き起こされた騒乱により、数多くの市民の命が奪われた。これらの罪状に鑑み、被告人に禁固10年を命じる」


 裁判長を務める暫定政府のミラー大統領が感情のこもらない声で告げる。名を呼ばれた女――裁判長と向き合ったメナ・クロウリーは目を伏せたまま、ただ静かに頷いた。傍聴者達は彼女が罪の重さに絶望し、泣いていると思っていた。

 しかし彼らからは見えないメナの顔には、何の表情も浮かんでいなかった。



 9年後、刑務所の門が重々しく開く音がした。鉄製の扉がゆっくりと開き、乾いた風が吹き抜ける。その向こうに広がる空はどこまでも灰色だ。

 模範囚としての生活を評価され、仮釈放が認められた彼女の心はまるで今の寒空のような灰色に染まっていた。


「これで許されたなんて、思ってないけど」


 そう独りごちると彼女はわずかばかりの手荷物を肩にかけ、歩き出した。

 刑務所の外で彼女を迎える者はいない。街と刑務所を往復するバスは一日に2本しかなく、既に今日の便は出発した後だった。時刻表を一瞥したメナは軽く肩をすくめると、自らの足で歩き出した。

 行き先は芸術都市、ノヴァーラ。9年前まで彼女が娘と一緒に暮らした……いや、彼女の家があり、娘が住んでいた、そんな街だ。


 ――この星が疫病の感染爆発(パンデミック)に襲われたのはもう17年も前の事だ。急激に拡大する感染を恐れた当時の大統領達は密かに惑星を脱出、指導者を失った星は混乱を極めた。

 そんな中……民衆に「真実」を伝えるジャーナリストとしてメナは人々の耳目を集めた。最初は彼女も自分の正義を信じ、真実を伝える活動をしていた筈だった。だが、いつの間にか彼女の「正義」による行動は民衆を扇動し、破壊工作へ走らせる「復讐」へと変貌していた。

 気付いたときには星の命綱であった恒星間通信装置も、生活のためのインフラも、全てが怒れる民衆の手によって破壊されてしまっていった。


 誰もが星の未来を諦めていた時、二人の救世主がヴェリザンを訪れた。ギルドの幹部を名乗る少女と、水晶の歌い手。二人は恒星間通信装置を修復し、人々に星外からの救助という希望を与えた。

 自らの信じた「正義」が「復讐」でしかなく、それが誤りであった事を悟ったメナは娘であるレイラの説得もあり……自らの罪を認め、臨時政府に扇動の首謀者として出頭することを選んだ。



 あれから9年。娘とは一切連絡を取らなかった。いや、取れなかった。きっとこんなろくでもない母の事など忘れたほうが娘が幸せに生きられるだろうと思ったから。レイラが幸せな未来をつかみ取れているのなら、それでいい。


「また……いつか会えるだろうか……」


 再会は期待していないが、それでも愛しい娘の笑顔が面影として脳裏に浮かぶ。

 荒野を通る道に人影はなく、メナの小さな呟きは風に消えた。握りしめた拳に力を込めると、彼女は再び足を踏み出した。



 半日近く歩き続け、すっかり日が落ちた頃になってメナはようやく街灯りを目にすることが出来た。監獄の中では軽い運動しかしていなかったため、足が限界に近い。だが、彼女は何かにせかされるようにひたすらに前へと進んだ。

 ノヴァーラに足を踏み入れたメナが目にしたのは記憶にある9年前と殆ど変わらない街の姿だった。


「……夜に灯りが灯っているの、何年ぶりかしら」


 エネルギー供給が復活し、夜の街は光を取り戻していた。だが、かつて芸術都市と呼ばれた頃の華やかさはまだ戻ってはいない。屋根が崩れた建物や風に吹かれる廃材……そこかしこに長年の停滞が色濃く残っている。

 それでも、酒場や食堂から聞こえる人々の喧騒はこの街が少しずつ活力を取り戻している事を示していた。


 通りを抜けると大音楽堂の偉容が目に入る。この場所は娘のレイラが願いを叶えた大切な場所だった。しかし今は大聖堂に灯り一つ灯っておらず、まるで空虚な廃墟にしか見えなかった。


 踵を返し、メナはかつての自宅を目指す。元々ノヴァーラの裏通りはごみごみとした印象があったが、今はかつてよりもずっと荒廃が進んでいるように見えた。表通りと違って周辺には灯りの消えた家も多く、疫病で多くの人が命を落としたこの地区自体が放棄されているかのようだった。

 そしてたどり着いた、母娘で暮らしていたアパートは……入り口に板が打ち付けられ、入ることが出来ない廃墟になっていた。レイラがここに住んでいる気配は感じられない。

 ここは……もはや自宅ではない。ただの廃墟でしかない。判っていたとはいえ、自らの居場所が残っていなかったことにメナは落胆を隠せなかった。


「無駄足だとわかると、余計にしんどいわね……」


 一人呟くと、メナは重い足取りで表通りへ引き返していった。

 気は滅入っても腹は空く。手近な酒場の扉を開き、空いていたカウンターに腰を下ろす。酒と軽い食事をオーダーするメナに対して、店主は眉を上げるが特に何も言わずに頷いた。


 カウンターの上に運ばれたグラスには琥珀色の液体が注がれ、メナはそれを一気に口に運ぶ。料理が運ばれる頃には、彼女の視線はぼんやりとグラスの向こう側を彷徨っていた。9年ぶりのアルコールが彼女の意識を微睡みへと誘おうとする。


「娘が心配していたぞ。ママは酒に溺れやすい、とな」


 背後から掛けられた声に振り返ると、そこにはかすかに見覚えのある老人が立っていた。ぼんやりとした記憶を手繰ったメナは、その男がかつてレイラのオルガンの師になると名乗り出た星外からの来訪者だった事を思い出した。確か名はヴァルト、だったか。メナの記憶が老人の名を告げていた。

 ヴァルトは荒れたメナの様子を気にする様子もなく隣のスツールに腰を下ろす。


「芸術は……好きか?」

「……昔は好きだったわ。ここに住むぐらいにはね」


 唐突な言葉にメナは戸惑いながらも視線で店の外を示す。


 芸術都市、ノヴァーラ。


 かつてこの街はその名に恥じぬ芸術の拠点だった。音楽に美術、文芸、舞踏、演劇。様々な芸術が街を彩っていたが、それも過去の話だ。

 しかし彼女の答えに満足げに頷いたヴァルトはレイラからの手紙で彼女が星都で音楽家の卵になっていると聞いた、と話した。娘が元気にしていることを知り、メナの表情が少しだけ和らぐ。だが師匠には届く手紙が、自分には届かなかったという事実はメナの心に影を落とした。やはり、自分はあの子に……そして、皆にとって不要な存在なのだ、と。

 なにせ彼女が服役している間、娘どころかかつてのシンパ達を含め、誰からも連絡がなかったのだから。


「ところで、仕事がある。興味はあるか」

「仕事?私に?」

「ああ、そうだ。出所したと聞いたのでな。そのためにお前を捜していた」


 ヴァルトの申し出にメナは彼の真意を測りかねたが、これからの活動に具体的な目的も目標も持たない今のメナにとって、その申し出を断る理由は無かった。


「別にいいけど、どんな仕事?」

「歴史を、取り戻して欲しい」

「歴史……?」

「ああ、そうだ。興味は……ありそうだな?」


 ヴァルトの物言いに興味を惹かれたメナは身を乗り出して話の続きを促す。酒に溺れかけた頭はとうに覚醒していた。何か新しいことが始まる予感。行くあてもないメナに、道しるべが示された瞬間だった。



 ノヴァーラと星都アルディナの間にはかつて高速鉄道が整備されていた。星内外からの観光客を乗せ毎日運行していた路線はパンデミックで運休して以来、今だ運転再開の目処も立っていないらしい。

 線路脇を併走する道路はかろうじて維持されているが、行き交う人も少なく車もまばらだ。唯一、定期運行をしている乗り合いバスだけが二つの都市を結ぶ庶民の足となっていた。


 バスの最後尾座席で延々と続く荒野を眺めながら、メナはヴァルトの依頼を思い出していた。この星(ヴェリザン)の芸術ライブラリを再編する。離散した過去の遺産を収集し、未来に託す。

 この星の現状を考えればそれは途方もない夢物語で、実現できるとは到底思えなかった。だが、図らずもその伝統を破壊する側であったメナにとって、それは元ジャーナリストとしても、贖罪という意味でも……断ることの出来ない依頼でもあった。

 自分に何が出来るのか思い悩むメナを乗せて、バスは進む。


 バスが停車したのは見覚えのない街だった。まだ新しく見える建物は、メナの記憶にあるアルディナの光景にはなかったものばかり。不審に思い、メナは運転手に問う。


「ここは……星都アルディナ?」

「そうだ。あんた、観光客か?我らの新たなる星都、アルディナへようこそ」

「そう……」


 運転手に曖昧な答えを返し、バスを降りたメナの目に飛び込んできたのは建設途中のモダンな建物群と活気を取り戻しつつある星都の街並みだった。停滞が色濃く残るノヴァーラとは対照的に、未来を――レイラが語った希望を感じさせる風景がそこにはあった。

 記憶にある荒廃したアルディナの光景よりはずっといい。だけど、過去の歴史を探す仕事はやりにくくなりそうだ。そう思いながらメナは歩き出した。


 依頼の手がかりを得るために、メナは公文書館を訪れた。入館チェックで何か言われるかと思ったが、受付の男性は表情一つ変えず「メナ・クロウリー」の入館を許可してくれた。

 本人が未だ抱え続ける罪悪感などお構いなしに、政府は彼女の罪が既に精算済みだと認識しているのだろう。


 余計なトラブルにならずに済んだことに感謝しながら、メナは芸術関連の資料が並ぶ一角へ足を運ぶ。

 絵画、彫刻、詩、戯曲、文芸、演劇……無意識のうちにそれらの書架を通り過ぎ、足は自然と音楽に関する文献が納められた一角へと向かっていた。



 はたしてそこには、一人の少女が――いや、少女と女性の狭間に揺れるような年頃の――彼女がいた。肩よりも少し長い淡い栗色の髪。顔立ち自体は派手でも美人でもないが、それでま好奇心に満ちたくるくると表情を変えるブラウンの瞳には他者を惹きつける魅力が宿っている。足でリズムを取りながら、楽譜らしき本を楽しげに見つめている、彼女は。


 ――レイラ。


 成長した娘の姿がそこにあった。

 9年ぶりに会う娘の姿に、メナは戸惑った。自分の存在無しでも新たな人生を歩んでいる娘に、自分が関わることは害悪になるのではないか、と。懐かしさと愛おしさを感じながらもメナは黙って踵を返した。

 一歩、二歩。その場を離れる足取りは重い。

 だが――。


「……ママ?」


 娘の声に、足が止まる。駆け出してこの場を去るべきだと頭で理解しながらも、メナの足は動かなかった。


「ママ!」


 逡巡するメナの背中にレイラが飛びついてきた。記憶の中にある幼い娘よりもずっと大きくなった、レイラが。泣きじゃくるレイラをなんとか宥め、二人は公文書館を後にした。


 レイラの住まいであるこぢんまりした共同住宅へ案内され、これまでのこと、これからのことを語り合った。レイラは毎週欠かさずメナに手紙を出していたのに、一度も返事が返ってこなかったと母親を責めた。

 だが、メナは一度も――誰からも手紙など受け取っていない。レイラの言葉に少し考えを巡らせたメナはその理由に思い当たった。

 あの切れ者の大統領が政治犯、それも元扇動者に外部の人間と連絡を取らせる筈がない。レイラにそう弁解し、なかなか納得しない娘に謝りながら……二人は分かたれていた間の親子の時間を少しずつ取り戻していく。

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