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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
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#2

 だがウォルターの不安は現実のものとなってしまった。トワ達が向かったヴェリザンで致死性の高い疫病のパンデミックが発生し、惑星自体が壊滅的な被害を被っているという緊急連絡がギルド支部にもたらされたのだ。そして事態の悪化を告げるヴェリザンからの続報はやがてぷつりと途切れ……それ以降はいくら呼びかけてもヴェリザンが通信に応じることはなかった。


 タイミング的にまだトワ達はヴェリザンに到着していないと思いつつも、疫病で壊滅した惑星へ向かっているトワ達のことを思うアリサの胸中は穏やかではなかった。だが、遠く離れたペレジスからでは何の手も打つことはできない。


 アリサには、トワの無事を願いながら毎夜祈るように星を見上げることしか出来なかった。



 それから数年間が経過してなおヴェリザンからの連絡は途絶えたままで、ペレジスの評議会のみならずモーリオンギルドまでもがヴェリザンの壊滅を認めざるを得ない状況となった。トワ達の行方が気がかりなアリサにとっては心安まらない時が続く。

 さらに間の悪いことに、評議会内でアリサの評議員としての正統性が疑われる事態が発生してしまう。名家の出とはいえ「不老の怪物」であるとの理由でアリサが評議員にはふさわしくないと告発する評議員が現れたのだ。彼女の異常な長寿と過去の罪――冤罪であるとすでに判明しているが――を評議会やメディアで取り上げ、騒ぎ立てる評議員達。

 どうやらアリサを貶めることでギルドの権威を失墜させようと画策する者、そしてシノノメ家の影響力を削ごうとする勢力がペレジスに複数存在しているという事実をギルド側が把握した時点で、すでに手遅れと思えるほどその勢力ーー有り体に言えばクジョウ家ーーの影響力は拡大していた。


 だか、それもある意味仕方の無いことだった。幾年にも及んだギルド伯の悪行は今もペレジスにその爪痕を残しており、ギルドを恨んでいる人物は決して少なくは無かったからだ。そしてそのような恨みを持つ者とって、アリサの抱える秘密、そして冤罪はとても攻撃しやすい「弱点」だったのだから。

 反ギルドを標榜する評議員達は評議会における構成員の年齢規定を持ち出し、アリサを責め立てた。不老のアリサはいったいいつまで評議員の座に居座るつもりなのか、それはギルド伯による評議会の、そしてギルドの私物化と何が違うのか、と。


 二つの苦難を抱え、アリサは星を見ることを止めてしまった。今の自分が星を眺めると、遠くにいるトワに救いを求めてしまう。強くあることが出来ないと思ったから。



 アリサは反ギルド勢力の陰謀を打ち破るために、これまで公的には明言しこなかった「長命種」という自身の出自を公の場で明かす決意をする。


「――私の両親は共に人間でしたが、私自身は人であり、同時に人ではありません。かつて伝説に記された長命種族、テロマー。それが私がこの容姿であり続ける理由です――」


 彼女は惑星全土に中継された評議会の場で静かに語る。彼女は自らの実年齢を公表した上で、外見がどうあれ実年齢が議会が規定する上限年齢に達した時点で評議員の座を辞すると明言した。そして同じタイミングでにギルドの支部長の座を退くとも。


 この告白によってアリサに対する「ギルドによる評議会の私物化」という疑惑は払拭され、期限付きではあるがアリサの正当性は回復される事になった。「不老の怪物」と言う疑惑はアリサ自身が認めてしまった形になったが、彼女の実年齢を知った惑星上の女性達から上がる羨望と嫉妬の声の前に、その話はうやむやとなった。


 同時にその頃からだろうか。ペレジスの住民達の間でアリサの事を永遠の女帝(エターナルエンプレス)と呼ぶ声が上がる様になったのは。


 アリサはこの二つ名を嫌い、否定した。そのため公的な書類にその名は残らなかったが、それでもペレジスでは畏敬の念を込めて彼女をその二つ名で呼ぶ者は多く、同時に非公式ではあるが彼女こそが星の統治者だと評する人々も多く現れた。

 アリサは評議会の場では慣習を守り口を閉ざしたままだったが、それでも多くの者は彼女こそがペレジスの統治者、女帝であると自ら頭を垂れた。結果としてアリサは望まぬまま星の統治者……ただし影の支配者に祭り上げられることになった。


 ともあれ、事態が落ち着き、アリサは再び星空を眺めるようになったが、その瞳には以前よりも強い意志の光が宿っていた。



 評議会の騒動が終わってしばらくして、ウォルターが統括局から帰還を果たした。評議会での騒動を聞いたウォルターはアリサが出自を公開したことに動揺するが、同時にアリサが自身の力で試練を乗り越えた事を知り、さらには自らの地位を結果的に固めることに成功した彼女の事を誇りに思うようになった。

 そんなある日、ウォルターはアリサに対して告げた。


「君にはもう私の守護は必要ないのかもしれない。だが君は私にとって娘同然だ。君さえよければこれからも隣で支えさせて欲しい……出来れば、父として」


 アリサはウォルターの言葉に驚くが、一度失った「家族」を再び得ることができる機会に心動かされ、ウォルターを「お義父(おとう)様」と呼ぶことに同意した。



 そして幾日かが経ち、アリサが待ちに待った日が訪れた。滅亡したと思われていたヴェリザンとの通信が回復したのだ。アリサが受け取ったのはトワ本人からの通信ではなく、レイラと名乗る幼い少女からの要領を得ない通信だった。

 彼女の言葉によって星を訪れたトワがクリスタルオルガンと呼ばれる楽器と恒星間通信網を復活させたこと、調律の疲れで倒れた事、ヴェリザンの疫病は既に収まっていることが判明した。

 レイラは幼く、状況報告よりもトワと親しくしている事を一方的に話すばかりで、トワの事が気がかりで仕方のないアリサをやきもきさせた。


 ギルドの支部長であるアリサは私情を押さえてヴェリザンの情報を得ようと奮闘するが、恒星間通信のためのフォトンエネルギーが枯渇しつつあるのか、ヴェリザンからの通信状況は刻一刻と悪化してゆく。音声が途切れそうになる中、アリサの耳に聞き慣れた声が響いた。


『アリ…サ!10-7…繰…か…す…78』

「アイリスさん!10-78ですか!?」


 トワと共に旅をしているもう一人の恩人、アイリスの声。アリサが彼女の声を聞き間違えるはずは無く、その名を呼ぶが……アリサの言葉に通信機が応えることはなかった。


 後ほどアリサがウォルターに確認したところ通信途絶の直前にアイリスが伝えた10-78はギルドの緊急コードであり、要支援、人員を送れとの合図であった事が判明した。短時間で端的に状況を告げるアイリスの機転に感心しつつも、トワの声が聞けなかった事に失望するアリサ。

 だが、私情を挟まずアリサは行動を開始する。アリサはアイリスの要請に応えるべくギルド統括局や周辺宙域の惑星とも連携を開始、ペレジスを離れられない自身の名代としてテレジアをヴェリザンへと派遣し、復興支援に尽力した。


 任務に邁進するアリサだが、内心は穏やかでは無かった。無邪気にトワとのふれあいを語ったレイラに対して感じた複雑な気持ち。それがアリサが生まれて初めて感じた「嫉妬」と言う感情であった事に気付くまでに、彼女は少しの時間を要した。

 そして……トワに対する恋心の深さを痛感しながらも、その時のアリサには嫉妬も思慕の念も、心の奥底に押し込むことしか出来なかった。



 そしてそれから数年後。アリサを心の底から悲しませるニュースがギルドネット経由でアリサの元に届いた。本心では一秒でも早くこの星を離れたいと思ったアリサだったが、トワとこの星で再会することを約束していた事を思い出し、彼女は思いとどまった。

 もしかしたらトワがこの星へ戻ってくるかもしれない。自分がこの星を離れてしまえば再会の機会が失われてしまうかもしれない。そう考えて。


 星を見つめるアリサの目が再び憂いを帯びるようになったのは、この頃からだ。



 やがてアリサが評議員とギルド支部長を辞する年齢となった。外見はトワ達と共に過ごした頃と殆ど変化していなかったが、彼女は約束通り評議会とギルド支部長の座を後任に明け渡した。

 そんなアリサに対して、少数残っていた反ギルド派の人間は拍子抜けしてしまう。彼らは女帝などと呼ばれていたアリサが理由をつけて権力の座に固執すると信じていたのだ。ギルドと星に対する責任感のみで職務にあたっていたアリサの人柄を知っていれば、そのような事はありえないということは自明の理であったにもかかわらず。

 アリサの行動に戸惑う人々にウォルターは静かに告げる。貴方たちは彼女の何を見ていたのですか、と。



 公職を退き、ギルドの業務からも手を引いたアリサは、トワとの再会を願い続けながら星の孤児たちの世話に心を尽くすようになった。在職中に蓄えた財で孤児院を開設し、ウォルターとテレジアの3名で孤児たちを親のように見守る日々。

 そして時折「趣味」と称した……私的な世直しの活動にも勤しんだ。


 そんな穏やかな時間がアリサの心の支えとなっていく。時折星空を見上げトワへの想いを抱えながらも、アリサは孤児たちとの関わりが心に温もりと生きがいをもたらしていることに気づくようになる。

 義父と朋友と子供達と暮らす慌ただしくも穏やかな生活は、彼女がかつて彼女が一度失い、そして再び得ることが出来た「家族」そのものだったから。


 この頃、アリサが星空を見上げる回数は随分と少なくなっていた。それが満たされた生活ゆえの事なのか、毎日の生活に追われて星を見上げるゆとりすらなかったのかは、彼女にも判らなかったが。



 やがてウォルターに老いの影が差し……ついに彼がアリサに永遠の別れを告げる日が訪れた。

 彼が遺した手紙には、アリサへの深い愛情と、彼女が自分の誇りであったことが記されていた。いつまでも見守りたかったこと、最後まで見守れなかった事を詫びる言葉と共に。


 ――君は私にとって「星」のような存在だった。いつか旅立つ君の行く先が、いつも輝いていることを切に願う。


 そう締めくくられた彼の手紙を抱きしめ、涙をこぼすアリサ。刻の流れによって大切な人を失う経験はこれまでにも幾度もあったが、義父と慕ったウォルターを失った悲しみは大きかった。

 彼女は決してウォルターに恋愛感情を抱いていた訳ではない。でも、それでも――もし、生きる刻が同じであれば、彼と夫婦として歩むような、そんな人生が有り得たかもしれないと、二人は共に想っていたから。

 彼女が長い時間を掛けて取り戻した笑顔が失われそうになる程に、その喪失は大きかった。


 だが、彼女はテレジアの支えを受けながら子供達の為に尽くすことで、心に空いた隙間を埋めようとした。子供達はアリサの悲しみを感じ取り、彼女を支えようとした。

 ……そして、しばらくの時を経て孤児院に笑顔が戻った。アリサの私的な世直しはこの頃ピークを迎え、ペレジスは――裏社会も含め、真の意味で平穏を迎えつつあった。


 アリサは再び夜空を見上げるようになった。姿は見えずとも、傍らでウォルターがアリサに寄り添ってくれている事を感じながら。



 そんなある日、アリサは久しぶりに未来を知らせる幻視を視た。これまでも孤児院の子供達に関する小さな予知めいたものが視えた事はあったが、今回の幻視は極めて鮮明なものだった。

 トワとの再会を巡る、3つのビジョン。それはアリサを歓喜させると共に、戸惑わせた。それからしばらくの間、アリサは何処ともしれぬ場所について持てる伝手をすべて使って調べ始めた。

 それが何を意味するのか、彼女自身も理解しないまま。



 そして幾千幾万もの夜空を見上げ続けたアリサが報われる時が訪れた。アリサの前に、ついにトワが帰還する日がやってきたのだ。かつての別れ際にトワが残した言葉は果たされ、二人は再会する。

 ――暗い悲しみとの色と共に。


 そしてトワの手を取ったアリサは――自分が生まれ、育ち、傷つけられ、そして……守り、慈しんだ星を後にした。



 かつてアリサが星を見つめていた場所に、今はもう誰もいない。だが――そこで夜空を見上げた者は感じることだろう。


 どこまでも続く星々への旅路を祝福する、ほのかな温もりの存在を。

次回からは第1部のクライマックス、クレリス編へと突入します


――虹が美しく輝くのは、雨上がりの後

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