#15
>>Towa
大音楽堂。私の体感では毎日来てる気がするけど、実際は3日ぶりだったらしい。気づいたら日付が進んでるの、なんだか損した気分。ご飯も食べられてないしね。
レイラを先に家に送るつもりだったけど、オルガンの修復を見たいと言って聞かなかった。まぁまだ朝も早いし作業が終わってから送り届ければいいか。
砕けたC3を修復する方法はいくつかあるけど、今回は破損部分を切り落として小型のC3に整形し直す方法を採用することにした。ただ、問題はそのための道具だ。ただ砕くだけならハンマーで十分だけど、調律の効果を活かすためには形状を綺麗に整える必要がある。だけど……。
ギルドになら音波カッターという便利なツールがある。歌声を音波に変換し、フォトンの刃に同調させてC3を切断するC3加工専用の道具で、シンガーではなくてもギルドの人間なら誰でも知っているアイテムだ。私も使ったことがあるし、C3を整形するなら正規のツールであるこれを使うのが一番だと思う。
ただ問題は……シンガー専用の「非売品」であることなんだよね。つまり、普通に街中にある可能性は皆無だから今の私が手に入れることが出来る可能性は限りなく0に近い。
唯一、可能性があるとしたらここの大音楽堂は8年前にギルドの人員が修復に関わっていた場所だということ。もしかしたら……修復作業の時に誰かが持ち込んでいた可能性も……。
……いや、そんなご都合主義はないか。心の中でそう突っ込んでおく。
仮に8年前にはあったとしても、誰かが持ち去ってるはずだ。何せ音波カッターで精密な作業をするならともかく、単にフォトンの刃を起動させるだけなら誰にでもできるから。そしてフォトンの刃は凶悪な切断武器……言うならばエネルギー剣みたいなものとして使えるからね、アレ。多少かさばるし武器に使うには扱いにくいけど、パンデミックやら暴動やらの最中に見つけたら自衛のために間違いなく持って行くよ。私だってそうするし。
最悪の場合は整形せずにオルガンに設置するという方法もあるけど、それをするとアイリスに間違いなく叱られる。未整形C3の調律は普通のものより難易度高くなるから、今の私だと確実に倒れちゃうだろうし。
でも、いざとなったら仕方ない。アイリスなら私の気持ちを判ってくれるだろうから……先日の分と合わせてちゃんと謝って、叱られよう。
そんな覚悟と共に、アイリスと手分けして大音楽堂を探索することしばし。
やっぱり見つかりませんでした。うん、知ってた。負け惜しみじゃないよ?世の中はそんなに甘くないことは、私だって知ってる。これでももう、成人してるからね。
「トワ、どうしたの?オルガンさん直さないの?」
「直すための道具が見つからない」
判ってはいたけど、徒労感に少しへこんでいるとレイラが声を掛けてきた。気分転換に話し相手になってもらおう。
「道具?どんな?」
「オルガンの水晶を調律するのに使う道具。カッターみたいな感じのやつ」
「カッター?」
「うん。だけど、見つからなかった」
そういえばレイラは小さい頃からこの大音楽堂に入り浸ってたんだっけ。もし、そんなものがここにあれば、彼女が真っ先に気付いてるよね……。
「あるよ?」
まあさすがに都合良く残ってる訳が……ってあるの?
「オルガンさんの修理道具だよね?こっちにある」
レイラに導かれた先は……クリスタルオルガンの筐体側面にしつらえられたメンテナンスハッチ。指さされるままにハッチを開けると……。
「それ、違う?」
「違わない」
「でしょ?」
「レイラ、すごい」
「やったー、トワにほめられた!」
レイラの言う場所にあったのは音波カッターではなかったが、クリスタルオルガンの調律用に使われる音叉カッターだった。音波カッターに比べると機能は限定的だけど、これなら十分にC3を切断できる。レイラ、お手柄続きだね。もしかしたら、私よりヒロイン感あるんじゃないかな?……いや、何のヒロインかは知らないけど。
私とレイラが見つけたカッターを手に騒いでいたことに気づいたのか、別の場所を探していたアイリスがやってきた。お目当てのものが見つかった事にアイリスも安堵しているようだ。
「ほら、それ貸して。トワは苦手でしょ、整形」
アイリスがそういって右手をこちらに差し出してくる。私は傷一つ無いその手のひらと、音叉カッターを見比べて、躊躇無くカッターを手渡した。だって私よりアイリスがやった方が絶対早いし、仕上がりも綺麗になるからね……。
アイリスったら、賢くてブラスターの腕前がすごくて美少女で権力まで持っててスタイルもいいおしゃれ女王なのに、おまけに手先まで器用なんだよ?この綺麗な手はなんでも出来ちゃうんだ。レイラ以上のヒロイン……いやスーパーヒロイン感だよ。
「たぶん心の中で褒めてくれてるんだと思うけど、大げさなのはパスだからね?」
おまけに心まで読むし。本当、私の姉はすごすぎる。
整形したC3の再調律自体はあっさりと終わった。私が「言い聞かせた」ものではない、普通のC3ならそんなに手こずる事もないし、恒星間通信用のSランクC3とはいえ破損してサイズも小さくなっていたからね。
それでも歌い終わった時には少しふらついて、危うくC3を落とすところだった。自分で思っているよりも体にダメージが残ってるのかもしれない……。
「トワはちょっと休んでて。設置は私がするから」
「でも、仕事は最後までやりとげないと」
「今回はダメ。お姉ちゃんを頼りなさい」
「……わかった」
再調律したC3をアイリスに託し、私はレイラと設置作業を見守ることにした。……やっぱり手際良いなぁアイリス。みるみる間に作業が進んでいく。
「トワ、これでオルガンさんまた弾けるようになる?」
「うん、なるよ」
「やったー!これならママにも音楽を届けられるね」
……ママ。そうか、メナの事をすっかり忘れていた。
アイリスの話だとレイラの母であるメナ・クロウリーは中央通信局前での論戦でレイラちゃんに説得される寸前だったと聞いたけど……。
あの後星都で姿を目撃されてないとエルドさん達も言ってたし、たぶんこの街に戻ってるよね、メナ。シンパが付いてきてるかどうかは判らないけど。そんな事を考えているうちにアイリスの作業は終わったようだ。早いなぁ……。
「レイラちゃん、設置終わったよ。試しに弾いてみる?」
「うん、ありがとうアイリス!」
座っていた椅子から勢い良く立ち上がり、レイラはアイリスのいるところへ走って行った。大きなクリスタルオルガンの前に小さなレイラが座っていると、このオルガンの巨大さや荘厳さが改めて意識される。
「じゃあ、弾くねー!」
そう言ってレイラはオルガンの鍵盤に指を走らせる。
小さな指が鍵盤の上を踊ると、巨大なクリスタルオルガンは曲ともいえないような音の羅列を奏で始め――
――違う、これはちゃんとした曲だ!
気付くとその音は立派な曲を成していた。しかも……このメロディ、間違いない。3日前にヴァルトさんが試奏で弾いていた、この星の祭事の曲だ!
いつの間に曲を覚えたの?いや、その前にいつの間にオルガン弾けるようになったの?
アイリスに目を向けると、彼女も驚きを隠せない表情をしている。無理もない。ついこの間まで音楽そのものを知らなかったレイラが、こんな風に――多少ぎこちない部分はあるとはいえ――「曲」として弾けるようになっているなんて。
その時、不意にアイリスが目を細めてこちらとは別の方向に視線を向けた。……ホールの入口?
何かあったのかと私もつられて目をやると、扉の影に――誰かいる?扉が半分だけ開き、その隙間に誰かの人影が見える。動いている様子はなく、じっとこちらを見つめているように感じた。レイラの演奏を邪魔したくないから、とりあえず様子見だけど……誰だろう。
やがてレイラの演奏が終わり、曲の余韻がホールの空間へ溶けてゆく。結局扉の影の「誰か」は動きを見せず……レイラの曲に聴き入ってるようにも思えた。もしかして近隣住民の人がオルガンを聞きに来てただけ?そんな呑気なことを思った時だ。
半開きだった扉が開く音。そして、足音。「誰か」がホールの中に入ってきた。
「……本当に弾いたのね、そのオルガンを。でもレイラ、こんなことをして何になるの?」
ホールの中央に歩み出て、硬い口調でそう言い放ったのは……メナだった。突然メナが現れたことに驚く私。だけど、アイリスは表情を変えずにメナを見つめている。
そっか、アイリスは最初からあそこにいたのがメナだって気付いてたのか。アイリスが演奏中に動かなかったということは、直接的な危険は無いと判断してるんだろう。シンパも引き連れていないようだし、少しは安心できるかな。
「……ママも、聞いてくれたんだね」
一方、レイラはメナを見つめ、静かに応えていた。
「言ったでしょ、お姉ちゃん達がオルガン直してくれたって」
「ふん……オルガンが修復されたところで、私達の生活には……何の影響もないわ」
メナはそう言うけど、彼女の声に宿る冷たさにはどこか装っているよな、強がっているような空気を感じる。
「あら、じゃあその音楽にもオルガンにも興味の無いあなたがどうしてここへ?」
「……あなたはギルドの……アイリスとか言ったわね。たまたま音楽堂の前を通ったら、音が聞こえた。だから様子を見に来ただけよ」
「そう?その割には曲が終わるまでちゃんと聞いてたみたいだけど」
「……!う、うるさいわね!」
「で、どうだった、レイラちゃんの演奏は」
「……あなたたちがこの子にあの曲を教えたの?」
「いいえ。レイラちゃん、一度聞いただけでこの曲を覚えたみたいよ?」
アイリスの台詞にメナは絶句し、レイラに驚きの視線を向ける。わかるよ、メナ。私もびっくりした。
「うん、この前聞いた曲を私なりに弾いてみたの。ママ、私のオルガンどうだった?」
「そう……あなたがこんな風に弾けるなんて、考えてもみなかった」
メナはホールの中央で立ち尽くしながら、レイラに目を向けていた。メナの声には驚きと称賛の色が浮かんでいるようにも思えるけど、その目には鋭さと戸惑いも混じっているように見える。
「…………夢を手に入れたのね。でも、その夢を奪われても、未来を語れるかしら」
一瞬、レイラは目を見開いた。そしてすぐに微笑んでメナを見つめ返す。その笑顔は少しだけ寂しそうで、でもどこか誇らしげだった。
「私ね、夢をなくしても未来を信じてるよ。だって、トワが教えてくれたから」
レイラは私の方に振り向いて、満面の笑みを浮かべた。……実際、必要に迫られてとはいえ彼女の夢を奪ったのは私なので少し心が痛む。メナは眉をひそめて、私とレイラを交互に見る。
「……簡単に言うわね。夢を失っても、どうして希望を持てるの?信じるなんて……そんなに簡単なことじゃないのに」
その声は冷たく聞こえるけど、どこかレイラの本心を探るような、迷っているような気配を感じる。
……ここは、私が話をするべきだ。静かに息を吸って、口を開いた。
「簡単じゃない。レイラの夢は、これまでの人生すべてだった。でも、私はそれを奪った」
できるだけ冷静に話そうとしたつもりなのに、出てきた言葉は短くて、言葉足らずないつもの口調た。メナが私を胡乱そうな目で見る。……そうだよね、伝わらないよね。こんな言葉じゃ。
胸が苦しい。もっとちゃんと言いたい。レイラのことも、あの時の私の気持ちも。全部伝えたいのに。だけど、言葉がどうしても思うように出てこない。こんな大事な時にさえ、私の口は私の想いをちゃんと言葉にしてくれない。
でも、黙るわけにはいかない。だから私はなりふり構わず、私に紡げる限りの言葉を続ける。
レイラは一度手に入れた夢を手放すことを迫られたこと。通信機のC3の代わりに、レイラの夢であったオルガンのC3を転用せざるを得なかったこと。涙をこぼしながらもレイラがその決定を受け入れたこと。レイラは自分の夢より星の未来を選んだこと。
一度手にした夢を奪われてなお、レイラは夢と未来を信じていること。そして、私がその夢を奪った本人であること。
メナに知ってもらいたかった。あなたの幼い娘はこんなにも立派に夢と未来を信じているということを。そして、それは報われたのだと言うことを。




