#14
>>Iris
その後、中尉さんと救援艦「オーロラ4」の艦長さんが交わすやり取りを聞きながら、私は胸の内で安堵しつつ、あの通信がどれだけ危機一髪だったかを実感していた。
オーロラ4が所属している惑星トリリオンは、ヴェリザンから2.3パーセク離れた場所にある友好関係を結んだ星らしい。8年前、疫病の発生を知ったトリリオン政府は直ちに救援艦を派遣することを決めたそうだ。
でも、亜光速でしか航行できない船の旅は当然ながら長い時間がかかる。オーロラ4がヴェリザンに到着したのは、疫病発生から8年近くが経った、つい最近のことだったという。
航宙船の航行規定では目的地の1光日先の地点でまず通信を行い、連絡が取れればさらに進む――そういう手順になっている。でも、その時点でヴェリザンの通信設備はすでに破壊されていたし、軌道ステーションも無人のままだった。交信が全くできなかったことで、艦長たちは「惑星の住民は疫病もしくはその他の原因で全滅したのでは」と考えざるを得なかったそうだ。
それでも彼らはすぐに諦めなかった。オーロラ4は危険回避のため一光日離れた宇宙空間で投錨したまま、惑星との直接交信を試みることにした。トリリオンを出発する際に行政府からは「10日間交信が無ければ全滅と見なして帰還せよ」と命令されていたそうだけど、艦長はその規定を破って滞在を延長する決断を下したらしい。
とはいえ、エネルギーや物資には限りがある。最初は毎日行っていた交信も、次第に間隔が空いていき、隔日、そして3日おきに。そんな中、今日が「最後の交信」の日だったらしい。もし今日の通信に応答が無ければ、彼らは惑星が滅びたと判断して帰投するところだった。
――その「最後の交信」に間に合った。ほんの数秒の差で。
「ものすごいタイミングでしたね」
私は一緒に話を聞いていたオペレータさんに話しかけてみた。
「ええ……でも、実はさっき通信ログを確認したところ、過去にも他の船から何度か繰り返し入電していた記録が残っていたんです」
「えっ……それって」
「おそらくですが、オーロラ4以外にもこの惑星へ来てくれていた船はあったんだと思います」
「じゃあその船は……」
「ええ……おそらくそれらは連絡が取れずに引き返したか、よその惑星へ向かったのではないかと……」
……よくよく考えれば私達もそうだった。たまたま物資が不足していたのでやむを得ず軌道ステーションへ寄港し、さらにはフィルターパックとC3の件があったから私達は地表に降りただけだ。もし私達の船に引き返すだけの十分な物資があれば、きっと寄港することなくこの星を立ち去っていただろう。
つまり、今回の偶然は一度限りのチャンスではなく、何度も与えられ……そしてつかみ損ねていたチャンスの一回をたまたま上手くつかみ取る事が出来た、と言うことなんだろう。もっともそのチャンスは「通信装置に代替可能なオルガン用のC3」と「トワという特殊な才能を持つシンガー」の両方が揃わなければ、決して掴むことが出来なかったものではあるけれど。
実際、疫病やその他の理由で全滅し、ロストプラネットになる惑星は決して珍しい存在ではない。むしろ今回のような危機的な状況で孤立した場合、偶然によって救われる星の方が珍しいぐらいだろう。そう。ヴェリザンは……たまたま運が良かったんだ。
後はその幸運をこの星の人達が活かせるかどうか……まぁ、それは旅人である私達が干渉することでも無いだろう。そもそもギルド憲章は星の統治に対する不干渉を求めているからね。管理官である私には表立ってこれを破ることはできない。……トワなら、きっとなんとかしたいと言い出すだろうけど。
で、そのトワだけど。
回復しきっていないのかまだ微妙にふらついているのに、C3を運んできたケースを持ち上げようと四苦八苦している。あれ、空でも結構重いと思うんだけど……何をしてるんだろう、あの子。
「トワ?それ、もう要らないんじゃない?」
「そんな事ない。これはレイラの為に必要」
……レイラちゃんに必要?空のケースが?珍しくトワが何を言っているのか理解できず、トワの顔をじっと見つめてしまった。
「アイリス、手伝って」
「別に手伝うのはいいけど……って、あれ?」
トワの元に駆け寄り、手に取ったケースは思っていたよりもずっと重い。これ、空じゃなくて何か入ってる……?無言でトワの方を見ると、頷いた。
「ここの子。割れてたけど、まだ頑張れるって」
「……もしかして、破損したC3をオルガン用に再調律するの?」
「うん」
「……トワ?」
「アイリスの言いたい事は判る。でも、これは私がしたい事だから」
丸二日も昏睡して、起き抜けの状態でC3の調律をしたらまた倒れる可能性があるのに。それなのにこの子はレイラちゃんのために調律をしたいと言う。姉として、トワを止めるべきか、それとも応援するべきか。
虹色のトワの瞳を見つめながらしばらく逡巡し……私は大事な妹にこう告げた。
「ケース、車に積んでおけば良い?」
「うん、ありがとう……お姉ちゃん」
いつもそうだ。こういうときだけ姉呼びしてくる。でも、今回はそれがとても心地よかった。
私とトワ、そしてレイラちゃんの3人でノヴァーラへ向かうことになった。ヴァルトさんは救援艦の受け入れに人手が必要だという中尉さんの要請に応え、軌道エレベータへ戻ることになったからだ。
そもそも彼とはたまたま前の職場が一緒だったというだけの縁で、上下関係や雇用関係があるわけでもない。ただ船に乗り合わせただけの道連れに過ぎない私に、彼の行動を縛る権利なんてないからね。
それに冷静に考えれば、この星のためには救援艦との連携を優先した方がよほど有意義だ。ノヴァーラに向かう私達の方がむしろ間違っているのかもしれないぐらいだし。……まぁ、それでもトワはきっと大音楽堂へ行くと言うだろうし、私はそんな妹を手助けしたい。それが理由。それで十分だ。
とはいえ、未だ疫病の脅威が残るこの星でいつまでも長居するつもりはない。やるべきことがあるなら迅速に行動しなければ。
既に日はすっかり落ちていたけれど、私とトワはノヴァーラへ帰るレイラちゃんを伴って星都を出発した。
後部座席で眠るレイラちゃんとトワを載せ、夜の街道をひたすら走る。まさか何度もこの道を往復することになるなんて最初は思ってもみなかったけど……何も考えずに車を走らせるのは、それはそれで悩みが吹き飛ぶようで悪くないと思えた。
星都は外灯が復旧したけど、さすがに人気の無い街道にまでは復旧の手は及んでいない。星明かりとヘッドライトが照らす闇の中、ひたすら車を進める。
柄にも無く先ほどの救援艦との通信成功で興奮しているのか、熱を持った頬に夜風が心地良い。夜風に吹かれながら走り続け、ノヴァーラまでの道のりの中間あたりで一度休憩を挟むことにした。
街道脇に車を止め、そっと車を降りる。のびをして星空を眺めると、そこには故郷とは異なる配置の星々が輝いていた。……遠くへ来たんだな。そんな事を、ふと思った。
「……アイリス」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。私こそごめん。運転、任せっぱなし」
「いいよ、トワは病み上がりだし」
起きてきたトワとそんな言葉を交わし、二人で夜空を見上げる。
「私達、遠くまで来た」
「そうだね……私も同じ事を考えてたよ」
「いろいろあった。まだ二つ目の星なのに」
「ほんと。大変な事ばかりだよね」
「アイリス、旅に出て後悔してる?」
「ちょっと後悔してるかな……まさか妹がこんなにトラブルメーカーだったなんて」
「……ごめん」
私の言葉に、トワが少ししょんぼりとした様子で答える。
「冗談だよ。トワ、私に旅立つ機会を与えてくれてありがとう。私、今とても充実してるし、自分の人生を生きてるって実感してるんだよ?」
「なら、良かった」
「……ねぇ、トワ」
「うん?」
「これからも、ずっと二人で旅を続けようね。どこまでも、どこまでも」
「うん。アイリスと一緒なら、どこまでも行けると思う」
「約束だよ?」
「約束した」
「……私、あなたが妹で良かった」
「私も、アイリスがお姉ちゃんで良かった」
「……今日は素直なのね?」
「そういう日もある」
視線を交わさず、二人で星空を見上げながら、そんな事を話した。大宇宙はどこまでも広がっている。だから……どこまでも、どこまでも。二人で。私達は旅を続けるんだ。
その後、助手席でナビゲートをするというトワを無理矢理後部座席に押し込み、少し寝るように厳命してから運転を再開する。この分だと、夜明けまでにはノヴァーラに到着できるだろう。




