#13
>>Towa
……目が覚めた。なのに、まぶたが開かない。頭が痛い。体が鉛のように重くて、指先すら動かない。全身が疲れきっていて、自分の体じゃないみたいだ。どうしてこんなに言うことをきかないんだろう。
確か……私は……。C3を調律して……そのあと倒れて……。アイリスが……アイリスがいて……。
そうだ、思い出した。覚悟はしていたけど、やっぱりSランクの急速、それも再調律なんて無理がありすぎたんだ。そういえば気絶する前にアイリスに「ダメって言ったのに」と言われた気がする。うん、これは言い訳のしようもない。
体中が鉛どころか石みたいに固まって動かない。頭痛はましになったけど、まだぼんやりして物事を考えることすら億劫だ。
でも、確かアイリスが「終わったよ」って言っていた気がする。……なら、もう少しこうしてても大丈夫だよね。
深く息を吐き出す。起き上がろうとする努力を放棄して、全身をベッドに沈み込ませた。
……静かだ。とても静かだ。外にいた群衆はどうなったんだろう。アイリス、うまく説得できたんだろうか?
いや、私がこうやって寝ていられるってことは、アイリスがきっと全部片付けてくれたんだよね。だから、私が心配したり、無理したりする必要なんてなかったんだろうな。
虚ろな思考がぼんやりと漂う。調律だけが取り柄なのに、その調律ですら役に立たなかったのかもしれない。なんだか無性に情けなくなってきて、目尻が熱くなる。涙が少しだけこぼれたのが自分でもわかった。
「トワっ!大丈夫!?苦しいの?どこか痛いところある?」
すごく焦ったアイリスの声が耳元で聞こえた。ああ、そばに付いててくれたんだ……。
「だ……いじょ……う……ぶ……」
自分の声だとは思えないくらい、しゃがれた声が出た。
「無理にしゃべらなくていいよ。ちょっと待ってね、水を飲ませてあげるから」
アイリスがそう言うと、私の唇に水を含ませてくれた。そうか、口の中がカラカラだったんだ……。
「でも……本当に……よかったよ……なかなか、目が覚めないから……心配で……」
アイリスの声が涙混じりになっているのが分かる。私は本当にダメだな。アイリスを助けたくて頑張ったのに、結局また泣かせちゃってるじゃない。何をしてるんだろう、私。
「ごめ……んね」
まだちゃんと声は出せないけど、それでも、どうしてもアイリスに謝りたかった。
「謝るのは私の方だよ……トワが無茶するのが判ってたのに行かせたんだから。私のために頑張ってくれたんだよね、トワ。……ありがとう」
「……でも……役に……たって……ない」
「そんな事ないよ!トワが再調律してくれたおかげで通信設備はちゃんと直ってるよ!……あ、でも……」
「不具合……あった?」
「あはは……違うの、実はね……」
アイリスは苦笑交じりの笑い声の後、レイラがオルガンと間違えて通信機を作動させたという事を教えてくれた。……通信装置、オルガンに似てたっけ……?そしてよりによって通信相手がアリサだったとか、どんな偶然なんだろう、それ。
「――それでね、とりあえず緊急支援要請は伝えられたと思うんだけど、そこでパワーダウンしちゃったんだよ」
「……もう、使えない?」
少しずつ声が出るようになってきた。せっかく再調律したけど、もう使えなくなっていたとしたら、ちょっと残念だ。私もアリサと話したかったな……。
「ううん、装置にチャージされていたエネルギーを使い切っただけだから再チャージすれば大丈夫だって。部品が足りない!ってぼやきながらエルドさんが丸一日かけて屋上の充填装置を通信装置に再接続してくれたから、少しずつエネルギーもたまってきてると思うよ」
「一日がかり……?」
「トワ、あなたね……丸二日間昏睡状態だったんだよ?今ね、トワが倒れた翌々日の夕方だよ」
「……びっくりだ」
思ったより長い時間眠っていたようだ。どうりで体は動かないし、声も出ないはずだ。……そしてなにより、アイリスがあんなに心配するはずだ。悪いことをした。
その後もしばらくアイリスと話をした。一番驚いたのは、メナや群衆を退かせたのがアイリスではなくレイラだったと言うことだ。いくらメナの実の娘とはいえ、私のお姉ちゃんを差し置いて活躍するとか……ちょっとすごすぎない?
でもまぁ……たぶん、またメナとは顔を合わすことになるんじゃないかと思う。こういう話って、悪役との決着がついて初めて終わりになるのがホロムービーのお約束だからね。いや、追い詰めるとかそんな大げさな話じゃなくて、レイラを送っていけば帰宅したメナと鉢合わせすると思うんだ。だって二人は親子なんだから。
話をしながらしばらく休んでいたおかげで体を起こせるようになった。お腹が空いたと訴えた所、アイリスは申し訳なさそうな顔でスラリーを差し出してきた。そうだ、疫病の危険性があるからここの食べ物はダメなんだった。
でもまぁ、この宇宙食の味にもずいぶん慣れてきた。オットー船長の言葉を借りれば「一人前の航宙船乗り」になったって事だろう。アイリスも早く一人前の航宙船乗りになって欲しいものだ。
「疫病の件もあるけど、丸一日何も食べてないから流動食以外は食べちゃダメでしょ?あと、私は航宙船乗りになる気はないからね?」
「解せぬ」
そんな事を言っているとエルドさんが私の様子を見に来てくれた。
「トワさん!目が覚めたのですね、良かった。星を代表してあなたにお礼を言わせて欲しい」
「私、役に立ってない」
「何を言って……あなたはこの星の皆が諦めていた通信装置の復旧を成し遂げてくれた。私達に助かる希望を与えてくれたのだ」
「でも……フォトンも切れてる」
「フォトンの充填を再開したから惑星上や周辺宙域との通信ならすぐにでも可能だ。フォトン消費量の大きい恒星間通信には数日かかるが……。なに、8年も待ったのだから、これくらいは大した事はない」
そう言ってエルドさんは笑った。……なんだ、私……ちゃんと役に立ててたんだ。心に刺さっていたトゲが抜けたような、そんな気がした。
心が軽くなったせいか、体も少しずつ動くようになってきた。さっきまで鉛のように重かった手足が、今は指先からじわじわと力を取り戻している気がする。現金だよね、私の体。まぁ、動かないよりはずっとマシだけどね。
とはいえまだ少しふらつくのでアイリスに付き添ってもらいながら、通信制御室の様子を見に行くことにした。私が頑張った結果を、私はまだ見ていないからね。
……そういえば日が落ちているのに建物内に明かりが付いていることに今さらながらに気がついた。アイリスに聞くと、私が倒れた後すぐにエルドさんが復旧してくれたらしい。
インフラ技術者ってこういう状況だと救世主になりうるよね。
「エルドさんの活躍はすごいけど、トワも十分救世主扱いされてるよ?」
「ほほう。アイリス、褒めて?」
「褒めてあげたいけど、先に無茶したこと叱らないとね?」
「じゃあ、褒めなくてもいい」
そんな事を言っているうちに通信制御室に到着した。室内にもちゃんと明かりが灯っていた。明るいところで改めて見ると、荘厳な装飾が施されていることがわかった。ヴェリザンはさすが芸術の星というところか……まあ機能に関係ないところにまで凝るのは少しやりすぎな気もするけど。
でも大音楽堂は別だよ?あそこは芸術のための場所だから。ここは通信が目的なんだから、もう少し実用性を重視してもいいと思う。
「管理官殿、シンガー殿はお目覚めか!」
そんなどうでもいい事を考えているとホールの奥から声を掛けられた。あれは……たしか農場プラントにいた中尉さんだっけ。後ろでは中尉さんとは違う制服を着た男女二人組が通信装置を操作している。
「ええ、お寝坊さんがようやく起きてくれました」
「ずいぶん心配しておられたからな……いや、ご無事で良かった」
そう言うと中尉さんは私の前まで進み、改まった表情で言った。
「シンガー殿、この星を代表して、心から感謝を申し上げます――」
「……さっきエルドさんも『星を代表して』た。代表が複数いるということは……もしかして、権力争い?」
中尉さんの言葉に新たな暴動の火種を感じる。この星には政府の偉い人がいないそうだし、権力争いが起きても不思議じゃないはず。思っていたよりも危険かもしれないね。
「違うからね?」
アイリスが即座に突っ込んできた。何故か少し呆れた声で続ける。
「『この星を代表して』っていうのは、ただのお決まりの挨拶だからね?お礼を言うときの枕詞だからね?」
「先に『この星を代表』した者が勝ち?」
「何その椅子取りゲームみたいな代表戦」
私とアイリスのじゃれ合いにミラー中尉は苦笑しながら軽く頭を下げる。
「ご安心ください。ただあなた方にお礼を言いたい人間が多いというだけです」
「代表が多いと、船が山に登ると聞いた」
「それも微妙に違うからね?」
うーん、何故か今日はアイリスの突っ込みが激しい気がする。そんなことを言っていると、中尉さんが軽く咳払いをして話を続けた。
「……ともあれ、我々はあなたに感謝します、シンガー殿。星を救ってくれたこと、希望を与えてくれたこと、どれだけ言葉を尽くしても足りません」
「役に立てたなら、良かった」
うん、本当に良かった。アイリスも私のことを優しい目で見てくれている。……お姉ちゃんが少しは私のことを誇りに思ってくれていたら嬉しいな。
「それで中尉さん、星都周辺に散らばっていた他の部隊の人とは連絡が取れましたか?」
アイリスの問いに中尉さんが軽くうなずきながら答えた。
「ああ、いくつかの部隊とは連絡が取れた。ただ、やはり連絡の付かない部隊も多いな……」
そう言って後ろにいた女性オペレータに声を掛ける。
「おい、今どれくらいと連絡が取れている?」
「ホルス少尉が率いる防衛隊第2小隊と、ネルソン警部が代表を務めている所轄署から応答がありました。あとは北方の工業プラントで民間人が反応して――」
オペレータさんが報告をしていたその時だった。突然、通信制御室に涼やかなチャイムが響き渡る。
「何の音だ?」
「コールサインです!」
慌ててオペレータさんが装置を確認する。
「……これは……惑星外からの交信です!すぐに星外通信モードに切り替えます!」
その言葉に全員が注目する中、オペレーターが装置を操作し始める。だが、こちらからの送信準備が整う前に、相手側の音声がスピーカーから流れ始めた。
『……やはり反応無しか?』
『船長、もう無理ですって……これだけ連絡しても応答が無いんだ。全滅してるに決まってますよ。それにもう、規定より2週間も長居してるんですよ?我々の物資もエネルギーも限界です』
『分かっている。約束通り、これが最後の交信だ』
『……本当に最後にしてくださいよ?我々がトリリオンへ帰り着けるかどうかも微妙なんですから』
『……惑星ヴェリザン、応答せよ!こちらは惑星トリリオン所属、救援艦オーロラ4だ。頼む、応答してくれ……!』
「救援艦……!?」
私はアイリスと目を見合わせた。だけど――最後の交信?帰投?まさか、応答が間に合わなければ、この船はこのまま帰ってしまうんじゃないの!?
「オペレーター!急げ!まだ繋がらないのか!?」
中尉さんが焦燥を隠しきれない声を上げる。
「もう少し……!あと少しで……!」
オペレーターさんは必死に通信装置の調整を続けている。だが時間は無情にも過ぎていき、やがてスピーカーから落胆したような声が響き始めた。
『……やはり今日も応答無し、か。残念だがヴェリザンは全滅したと見なし、帰投する。取り舵いっぱい、回頭――』
「繋がりました!」
「待ってくれ!こちらヴェリザン!我々は生存している!」
オペレーターさんの報告にかぶせるように、中尉さんの絶叫が室内に響き渡る。
『……なっ!回頭中止!中止しろ!おい、混線じゃないだろうな?』
『確認しました!ヴェリザン中央通信局からの信号です!』
『……生きてた……本当に生きてたんだな!』
「こちらはヴェリザンの星都アルディナから交信している!ヴェリザン治安当局のミラー中尉だ!」
『航海士、フォトンアンカー抜錨!総員、発進準備!目標――ヴェリザン!全速前進!おい、中尉さんよ、どうして3週間もだんまりだったか……後でしっかり聞かせてもらうからな!』
全滅したと思っていた惑星からの応答に、通信相手の声が歓喜に満ちていく。
通信制御室内も同じだった。オペレーターさんは安堵のあまり椅子に崩れ落ち、もう一人の職員は中尉さんと抱き合って涙を流している。その様子を見ながら、私もやっと肩の力が抜けた。うん、私達は間に合ったんだ!
「ねぇ、トワ?私の『妹』は、良い仕事をするでしょ?」
「うん。きっと優秀な『姉』に似た」
その後――
感極まった中尉さんがアイリスに抱きつこうとしたので、そこは私がしっかりブロックしておいた。




