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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
78/214

#12

 ――その時。

 夕暮れの訪れた正門前に明るい光が差した。


「なんだ……?」

「おい、これ……外灯が……」

「もう何年も外灯なんて付ける余裕が無かったのに……」


 周囲の群衆が口々に漏らす言葉を耳にした私は一瞬、彼等が何に動揺し騒いでいるのか理解できなかった。しかし、街灯という言葉に、軌道ステーションで航海長さんが言っていた話が頭の中に浮かぶ。


『この不規則な点灯パターンでは……たぶん外灯の類いは全滅してますね』


 そうか、私にとっては当たり前だったけど、この星の人達にとって夜に外灯が点灯する事は当たり前ではなかったんだ。でも、どうして今になって……?

 想定外の点灯は事態の好転に役立つ気がする。だけど状況が判らないと安易に利用することもできない。そう思った時だ。


「皆、聞いてくれ!軌道ステーションからフォトンバッテリーが届くようになった!私達はもう、夜の暗がりに怯える必要はない!」


 ……聞き覚えのあるこの声は……エルドさん!?

 そうか、治安当局の人達と船長さん連携がうまくいったのか!おそらくフォトンバッテリーの搬出が始まって……エレベータの再稼働を見たエルドさんが供給されたバッテリーを使って外灯が使えるようにしてくれたんだ。

 エルドさんがこの場面を狙って外灯を点灯したのかどうかは判らないけど、これは絶妙なタイミングだ。彼の手配なら信用できる。なら、ここで一気に押す!


「皆さん、フォトンバッテリーの供給に続いてまもなく通信設備も復旧します!そうすれば星外から医療物資や食料も支援され、この星は再び輝きを取り戻すでしょう!」


 私は群衆を見回すと、左手にギルド章を掲げ……フォトンフラッグを展開した。外灯の明かりよりもさらに明るく、私の紋章(フォトンフラッグ)が夜空を照らす。


「私はモーリオンギルドの二等管理官、アイリス・ブースタリアです。私がギルドの管理官として、皆さんに未来が訪れることをお約束します!」


 私の言葉に呼応するように、最初は正門前だけに灯っていた外灯の光が、さらに広がり街中を照らし始めた。希望の象徴となる明かりに包まれた群衆のざわめきは徐々に静まっていく。

 だが、その場に残ったメナと彼女のシンパたちはまるでその光を避けるかのように視線を伏せている。


「メナさん……これ、どうするんだよ?」


 シンパの一人が戸惑いながら、沈黙したメナに問いかけているのが聞こえた。彼女が今までのように強く信念を……彼等の言う自由への戦いを語ることを彼らは待っているのだろうか。だが、メナは明かりを取り戻した街並みを見つめたまま、何も言えずにいる。彼女の目は迷いと不安に揺れているように見えた。


「……これが本当に『未来』だって、誰が証明できるのよ……」


 ようやく絞り出したその言葉には、それまでの勢いはない。たぶん、彼女自身も自分の言葉を信じられていないのだろう。

 シンパたちはそんなメナを不安そうに見つめている。口では未来を否定してみせても、誰の目にも外灯の光は先ほどレイラが語った未来の象徴に映るだろうし、そのことはメナにもわかっているのだろう。

 そんなシンパたちの視線に耐えかねたのか、彼女は光に背を向け一歩身を引いた。


「私は……」


 言葉を探すようにして口を開くものの、結局何も言えないままメナは顔をそむけてしまう。そんなメナの様子を見て彼女の支持者たちは困惑し、互いに顔を見合わせていたが……やがて一人、また一人とためらうようにその場を離れていく。彼らの間に広がる不安と失望は街に広がる明かりと正反対のようだった。

 やがて群衆も三々五々散ってゆく。どこか楽しそうに、久々に光を取り戻した夜を楽しむように。

 最後に、メナが一人呟くように言った。


「……こんな明かりひとつで、何が変わるっていうのよ……」


 彼女の言葉は誰に向けられたでもなく、ただ闇に溶けるように消え、メナもまた群衆の去った夜の街に姿を消した。


「ママ……」


 レイラはメナの後を追わず、去りゆく母の姿を黙って見つめていた。メナの姿が群衆の中に消えていくのを見届けた私は少し安堵しながらも、どこか冷めた気持ちも感じていた。結局のところ、この星は私にとってただの経由地(トランジット)でしかない。最終的にこの星をどうするかはメナを含めた彼ら自身が決めるべきだ。

 ギルドは内政干渉禁止の原則を掲げている。だからたとえヴェリザンが無政府状態であったとしても……本来であれば私がこの星が下す未来への選択に直接介入することは許されないんだ。


 ともあれ、どうやらこの場はなんとか収まったようだ。根本的な問題の解決ではないにしても、「扇動者メナス」――おそらくそれはメナ個人ではなく、彼女とシンパ達を示す言葉なのだろう――の勢いを削げたのは上出来だろう。

 窮地を救ってくれたエルドさんもすごいけど、反撃の糸口を作ってくれたレイラちゃんはもっとすごい。まったく大した子だ。単に外灯が付いただけじゃ、きっとメナを退かせることは出来なかったろうからね。


 少し不安そうに私の方を見つめているレイラちゃんの頭をなでようとしたとき、肩に鈍痛が走った。見ると肩口に擦り傷が出来て少し血がにじんでいた。……あの馬鹿力男のせいか……。乙女の柔肌に傷をつけるなんて、全くもって許しがたい。あとでトワにメディキットを借りないと……って。

 そうだ、トワっ!


 不覚だった。メナとの対決に意識を傾けすぎていて、施設内へ先行させたトワの事を忘れていた……!


「ヴァルトさん、ごめん!レイラちゃんのこと任せた!」


 返事も聞かずに私は通信局の建物の中へと駆けだした。



 外灯に照らされた外とは対照的に、建物内は照明が復旧しておらず暗闇が支配していた。なまじ外が明るくなったせいで日が落ちた今となっては建物の中は真っ暗闇に見える。このままではトワを探すどころか移動すらままならない。


「タブ、照明(ライト)モード!」

[Ready.]


 だけど明かりを取りに戻る余裕はないから、フォトンタブに音声コマンドで簡易照明を点灯させる。薄暗い光だが、何も見えないよりはましだ。外観から目星をつけていた通信制御室の方向へ私は走り出した。


 メナ達と対峙してから1時間以上が経っているけど、まだ再調律(リチューン)は終わっていないはず。なのに、トワの歌声が全く聞こえてこない。まさか、あの子……!


 走りながらトワの身を案じる。目的の通信制御室は……ここだ!


 錆び付いた大扉に体重を掛けて強引に押し開けようとするけど、何かが引っかかっているのか扉は頑なにきしむばかりなかなか開かない。隙間から漏れる淡い光に、内心の不安がかき立てられる。やはり中からも歌声も聞こえない……。


 扉をブラスターで撃ち破ろうかと考えたその時、急に抵抗が無くなり、扉がゆっくりと開いた。


「トワッ!」


 体勢を崩しながらもなんとか踏みとどまり、室内に目を走らせる。だが、名前を呼んでも返事がない。焦燥感が胸の中で膨れ上がっていく。


 ――いた。


 薄暗いホールの最奥、C3が設置された通信装置の手前、床の上に儀式服の白がぼんやりと浮かび上がって見えた。トワだ。あの子が地面に倒れ込んでいるのが見え、胸の奥が凍りつく。


「トワっ!!」


 駆け寄りながら再び彼女の名を呼ぶが、返事はない。倒れたトワを抱き起こしても、反応がない。……でも、息はしている。


 これは……やっぱり、急速(プレスト)の影響か……!


 トワは長い時間をかける必要がある高品質のC3に対する調律過程を強制的に「圧縮」することができる。それがあの子が急速(プレスト)と呼んでいる彼女だけの特別な調律方法だ。

 でも、それには体力を急激に消耗するという致命的な問題がある。トワはもともと調律を行うたびに体力を消耗してしまう特殊な体質だ。私たち普通のシンガーも調律の歌唱で息が上がることはあるけれど、トワの場合は違う。歌えば歌うほど、C3のランクが高ければ高いほど、文字通り「体力そのもの」が削られていくんだ。

 父さんの話では、トワの独特な調律方法がその原因らしいけど……。


 そのトワがSランクのC3に対して急速(プレスト)を使うなんて。調律の負荷にさらに圧縮の負担が加わり、トワにとっての負荷が激増することになる。

 そしてそれの負担は想像を絶するものになる。小さい頃、プレストを使って倒れたトワを見たことがあるけれど……あれ以来父さんも私も、絶対に急速(プレスト)を使っちゃダメだって何度も言い聞かせてきた。


 それでも、トワは今回プレストを使ったんだろう。私が暴徒と対峙する可能性を減らすために。少しでも早く通信を回復できるように。一刻も早く再調律(リチューン)を終わらせるために。

 抱き抱えたトワがうっすらと目を開けた。


「……ア……イ……リス……」

「トワッ!ダメって言ったのに!」

「……ごめ……ん」

「こっちは無事に終わったよ」

「……よ……か……」


 言いたい事は山ほどあったけど、メナとの対峙が無事に終わったことだけは先に伝えておく。それを聞いて安心したのか、トワは再び目を閉じた。目を覚ましたら、たっぷりとお小言を言わないと。

 いや、お礼の方が先かな?でも先にお礼を言うとこの子、調子にのるからなぁ。無茶をした妹を抱きしめながら、そんな事を考えた。私の頬を伝う涙が、トワの顔を濡らしている。それでも、トワは目覚めなかった。


 しばらくしてヴァルトさんとエルドさん、そしてレイラちゃんが通信制御室へやってきた。焦って駆け込んだ私を心配してくれたのだろう。


「トワ、どうしたの?」


 レイラちゃんが気を失ったトワを見て心配そうに声を掛けてきた。


「トワはね、ちょっと無理しちゃったみたい。でも大丈夫、きっと明日には元気になってるよ」

「ほんと?」

「ええ、ほんと。トワのお姉ちゃんが言うんだから、信じてくれる?」

「うん!」


 レイラちゃんににっこりと微笑んでみせる。私はトワの寝顔に目をやりながら、エルドさんに声を掛けた。


「エルドさん、この建物に休めそうなところ、あります?」

「確か……通信員用の宿直室があるはずだ」

「じゃあすみませんけど、トワを運ぶの手伝っていただけませんか」

「もちろんだ」

「儂も手伝おう」


 二人に手伝ってもらってトワを宿直室へ運んだ。室内は荒らされていたけど、幸いな事に原型を留めたベッドが一台だけ残っていた。ゆっくりとトワを寝台に寝かせ、一息つく。

 エルドさんは施設内の照明を復旧させると言って部屋を出て行った。残ったのは私とヴァルトさん、そして眠るトワ。


「管理官殿、彼女の容態は?」

「無理な調律による急激な衰弱と昏倒。以前にも同じ事があったので……たぶん明日には目が覚めると思います」

「では調律は……」

「この子が仕事を途中放棄するとでも?」


 少し険のある声になってしまったけど、仕方ない。私の大事な妹はどんな時でも自分で決めた事は必ずやり通す。たとえ、倒れるような事になっても。


「……失礼した」

「いえ、こちらこそ……すみません」


 気詰まりな沈黙が続く。何か声を掛けた方が良いのかもしれないけど、そんな気にはなれない。と、そのとき部屋の電気が付いた。暗がりでは気付かなかったけど、結構室内は荒れている。これなら暗いままの方がまだ精神衛生上良かったかもしれない。

 そして、室内の様子以外にもう一つ気付いた事があった。……レイラちゃんが、いない?


「レイラちゃんは……?」

「……エルド殿の後を追ったか?いや、この部屋で見かけた記憶が無いが……」

「……様子を見てきます。ヴァルトさん、トワをお願いします」

「承知した」


 トワの事は心配だけど、あの子は休ませる以外に打つ手は無い。それに人様の娘を連れ出して、行方不明にさせるのは……たとえ相手がメナであっても寝覚めが悪い。なので私はトワをヴァルトさんに託し、レイラちゃんを探しに行くことにした。

 途中ではぐれたのではないとしたら、通信制御室へ戻った可能性が高いだろう。私の予想に違わず、通信制御室への扉は開きっぱなしになっていて、中から薄い明かりが漏れている。


「――でね、トワが直してくれたの」


 レイラちゃんが話してる?誰かいるのか……?メナが戻ってきている?今、トワは動けない。もしメナやシンパが現れたら……今回ばかりは手加減は出来ない。

 私は覚悟を決め、ブラスターを抜いて扉の影に身を潜めると室内の様子をうかがう。


『そ……で、トワさ……は……!』


 ……途切れ途切れに聞こえるこの声は……アリサ!?

 声の主と、途切れ途切れの音声から事情が理解できた瞬間、私は反射的に部屋の中へ飛び込むと大声で叫んだ。


「アリサっ!10-78、繰り返す、10-78!」

『……ア……リス……ん……10……7……8』


 途切れ途切れの応答だったが、私の呼びかけに反応している。確かにアリサだ。不安定に明滅していた通信装置の光が、一瞬強く輝いたかと思うと、すぐに沈黙した。


「あれ、アイリスどうしたの?」


 レイラちゃんがこちらを振り返ってびっくしりた顔をしている。まぁ、いきなり現れて大声で叫んだからね……。で、問題はこの子が何をしてたか、だ。まぁおおよそ見当は付くけど……。


「レイラちゃん、何してたのかな?」

「えっとね、オルガンさんがあったから、音が鳴るかとおもったんだけど……音じゃなくて声が聞こえてきたの!」


 ……ああ、見た目だけならクリスタルオルガンに見えなくも無いよね、この通信装置のコンソールは。それでつい触っちゃったか……。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。あとは念のため通信相手も確認しておいた方が良いだろう。


「そうなんだ……それで、誰とお話してたのかな?」

「うーん、知らない人!でもトワのこと知ってたよ?」


 トワはペレジスに繋がるように調律すると言っていたから、交信先はペレジスのギルド支部。そしてトワの名前を知っている、あの声の主は……やはり先ほどの通信相手はアリサで間違いない。


「そっか、ありがとう、レイラちゃん。でも一人でこんな所にいると危ないよ?」

「そうだね、ごめんねー」


 私はほっと息をつきつつ、頭の中で素早く状況を整理する。相手がアリサならこちらの意図は伝わっただろう。聡いからね、彼女は。仮にギルドのテンコードを知らなかったとしても適切な人(ウォルターおじさま)に聞くだろうし。

 しかし、まさかレイラちゃんが勝手に通信装置を起動してペレジスと交信していたとは……。通信状況からエネルギー切れが近いと踏んでギルドの短縮コードで緊急援助要請(10-78)を叫んだけど、ギリギリだったようだ。


 見たところ通信装置は壊れてはいないようだから、エネルギーが供給されればまた使えるようになるだろう。なら、レイラちゃんを叱る必要は無いし、仮にテンコードが伝わっていなくても数日程度のロスだ。8年待ったというメナの言葉を思えば、数日程度なら測定誤差にもならないだろう。

 なんだか一気に疲れた気がする。トワの所へ戻って、私も仮眠を取ろう……。


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