#11
>>Iris
中央通信局の正門前にはメナスの熱心なシンパが集まっているようだ。群衆を抜ける前にスキャナを周囲に向けてみたけど、さすがにこれだけ多いと個別のデータは取れそうにない。
一応、センサーでは異常は検知されていないけど、この人だかりの中でセンサーの有効範囲がどれぐらいになるのかは判らないし、そもそも全員を検査できているとも思えない。危険な状況だが……トワの事を思えば今は仕方ないだろう。
前方からメナの声が聞こえる。まだ暴徒化はしていないけど少しでも対応を間違うと一瞬で暴動が起きそうな危うさを感じながら、私は人の間を縫って前へ進む。そして人垣の間からようやく正門が見えた。
門の前には一人の女性……レイラに似た面影で、三十歳前後だろうか。前評判とは違って狂信的な空気は感じず、むしろ理知的な人物にも見える。
あれがメナ・クロウリー。そして扇動者、メナスだろう。
「ママ……」
私の後を付いてきたレイラちゃんが小さくつぶやいた。彼女の母が民衆を煽って暴動を引き起こそうとしているところなんて、この子に見せていいものじゃない。できれば彼女もトワと合流させたいと考えていると……メナの演説が再開した。集まった群衆に向け、何度も同じ内容を繰り返しているのだろうか。
「皆、よく聞いてちょうだい!昨日、軌道エレベータが7年ぶりに動いたわ。奴らが疫病の終息を知って、今さら私たちを支配するために戻ってきたのよ!自分達だけ星外逃げて、私達を見捨てた政府の連中が、再びこの星を支配しようとしているの!」
彼女は何を言っているんだ?この星を訪れたのは私たちだし、必要があったから地上に降りただけだ。なのに、彼女はまるで「星外の連中」が悪意をもってやって来たような言い方をしている。
「やつらはきっと、この通信施設を修理して仲間を呼び寄せるつもりよ!私たちは自由を守るために、ここで奴らを阻止しなくちゃいけない!」
軌道エレベータが動いたという事実から始まり、誤解と偏見に満ちた「真実」を語り、そして致命的に間違った結論へと導いている。どうやら理知的に見えたのは外見だけで、彼女は狂気に染まっているのかもしれない。
けど、このまま扇動が続けば暴徒と化した住民たちが通信設備を破壊してしまうかもしれない。もしそんな事態になれば、たとえC3があっても通信機能を回復することはできなくなる。
これ以上メナに演説をさせるのは良くない!
「待って下さい!」
私は群衆をかき分け、メナの前に対峙して声を上げていた。トワの身を危険にさらすこと。そして星の未来が奪われること。私にはそのどちらもが見過ごすことのできない事だから。
「軌道エレベータを使って降りて来たのは私達です!私達は星外からきたモーリオンギルドの人間で、この星の政府とは関係ありません!大音楽堂のクリスタルオルガンの修復依頼を受けてこの星を訪れました!」
多少のフェイクは交えたが、それは仕方がない。偶然降りただけ、たまたまC3を運んでいただけでは、この状況で説得力が足りないからね。
演説を妨げられたメナが私に気付き、険しい目でこちらを見据えてくる。
「ギルド?ギルドですって!?疫病のとき、ギルドの人間は政府と一緒に逃げ出したじゃない!そんな人たちが今さらこの星のためだなんて、聞きたくもない!」
「それは誤解です。ヴェリザン支部の人達は大音楽堂の修復作業に携わる中、病で命を落としたとノヴァーラの人達が証言しています。彼らは逃げたのではなく、ヴェリザンのために尽力して命を落としたんです」
メナの語る誤った認識に、声を荒げず冷静に反論する。ここで私が感情的になると、メナもそれに応じてヒートアップしてしまう。そうなれば群衆の暴徒化は避けられない。
「ふん……秘密主義のギルドが、今さら信用しろと言うの?」
「ギルドの活動が広く周知されていない事は認めます。……ですが、今はギルドを信用して頂けるようにあなた方に訴えかけるつもりはありません。私が訴えたいのはこの星の未来のために通信設備の修復が……星外からの助けが必要なのではないかと言うことです。医療物資や食料、エネルギー供給はこの星に必要なものではないのですか?」
「ギルドなんて星の外からきた連中だし、結局のところ支配者たちとつるんでいたじゃない。星外の助け?食べ物やエネルギーを使って私たちを、この星を支配しようって魂胆でしょう!?」
私はなるべく冷静に客観的な事実を述べるが、メナの偏見は根深く、私の言葉は全く彼女に届いていない。メナにとって、ギルドも政府も、どちらも自分たちを見捨てた「悪」だと思い込んでいるのだろう。
彼女達が政府に裏切られたことは事実である以上、メナの言葉すべてを妄言だと否定することは難しい。だけど、これから差し伸べられる救援すら拒むというのはあまりにも愚かな選択だ。
彼女の誤った考えを指摘して論破する事自体はそう難しくない。だがこれは単なるディベートではないし、周囲の民衆がいつ暴発するかも判らない。正論だけでどうにかできる場面ではない。なら、どう反論するのが良いだろうか?
「ママ!」
私が作戦を考えるために一瞬沈黙したことでレイラちゃんは私が手詰まりになったサインだと思ったのだろうか。群衆の間から進み出た彼女は私の隣に並ぶと、メナに向かって声を張り上げた。
「レイラ……?どうしてあなたがここに?ノヴァーラを離れちゃダメって言ってあったでしょう?」
これまでの険のある扇動者としての顔ではなく、母親の顔に戻ったメナが驚いたような表情でレイラちゃんにそう声を掛けた。周囲のシンパ達は何事かと私とレイラちゃんの方を伺っているが、今のところ動く気配は無い。
想定外の事態だ。つい、スカートの下に隠したブラスターの事を意識してしまう。だけど、それを抜いた時点で私の負けが……いや、この星の未来が失われることが確定してしまう。今は口出しせずに事態の推移を見守るべきか……?私の逡巡をよそに、レイラちゃんが再び声を上げる。
「ママ、お姉ちゃんたちがオルガンを直してくれたんだよ!とてもきれいな音だった……あの音はわたしの夢、未来なの」
娘の訴えにメナがわずかに目を細め、ため息混じりに返す。その表情は母親のそれから再び扇動者のそれに戻りつつある。
「オルガンの音……?そんなもので何が変わるというの?確かにここはかつて芸術の星と呼ばれていたわ……でもね、芸術は私達を救ってくれなかった。今更、綺麗な音を聞いたからといって、この星が救われるわけじゃないわ」
「でもママ、私はあの音を聞いて、みんなにもまだ未来があるんだって感じたよ。きっとこの星も、また良くなるって。だからお姉ちゃん達にたすけてもらって……」
「甘いわよ、レイラ。未来や夢なんて、自然に叶うものじゃないの。政府に見捨てられた私達は、自分たちで自由を勝ちとるために戦わないといけないのよ」
少し視線を落としながらメナはレイラちゃんの言葉を遮る。やはりレイラちゃんの拙い言葉ではメナを説得することは出来ないんだろうか。隣に立つレイラちゃんな目をやった私は彼女の表情が曇っていることに気がついた。母親の言葉が自分の夢を、希望を拒絶しているように感じているのだろう。
だが、それでも彼女は真っ直ぐに母親を見上げた。
「でも……ママ。今、だれかがたすけてくれるかもしれないのに、たよっちゃいけないの?だれかがさしのべてくれる手を信じたっていいじゃない!」
レイラちゃんの真剣な言葉に、メナは一瞬視線をそらす。そして民衆の視線もメナに集中し始める。もはやレイラちゃんの声だけではなく周囲の人々の気持ちも、彼女に疑問を投げかけているようだった。
「今さら星外の助けなんて信じられない。信じる訳にはいかないし、簡単に信じるべきじゃないわ。8年よ?私達は8年も待っていた……それなのに、誰も助けに来てくれなかった」
「それでも、私たちには、たすけが必要だよ!」
レイラちゃんの言葉にメナが言葉を詰まらせると、シンパたちがざわめき始める。メナの動揺が彼らにも伝わっているんだ。そんな中、突然シンパの男達が叫び声を上げた。
「その子……よそ者と組んで、俺たちを裏切るつもりなんじゃないのか!?」
「そうだ、星外の連中の肩を持って……オレたちにまたあのクソ大統領に支配されろってことかよ!」
これは良くない展開だ。危険な空気が漂い始めたことを察した私は背後に控えてくれていたヴァルトさんに目で合図を送り、レイラちゃんを守れるよう、自然な風を装い立ち位置を調整する。
「ふざけんなよ、このガキ!」
自分たちの上げた叫び声にこう、ふんしたのか、まるで熱に浮かされたかの様子で激高した一人の男が怒りに任せてレイラちゃんにつかみかかろうとする。ブラスターを抜くわけにはいかない……!
私はとっさに男とレイラちゃんの間に割って入ることしか出来なかった。
「邪魔だ、どけ!」
男の手が乱暴に私の肩を掴む。体を揺さぶられて体がよろめく。この馬鹿力め……!なんとか振り払おうとするが、肩にかかる圧が強く、一瞬息苦しさを感じた。男の顔が近く息がかすかに肌にかかるのが気持ち悪いが、今は抵抗するので精一杯だ。
レイラちゃんを下がらせたヴァルトさんが駆けつけて男を引き剥がそうとする。だが、その瞬間、メナが声を張り上げた。
「やめて!その子は……私の娘よ!」
彼女の言葉に男は動きを止め、群衆も静まった。メナは疲れたような声でレイラちゃんに向き直る。
「レイラ……。あなたはまだ、何もわかってないの。この世界がどれだけ冷たいかも。未来や希望なんて甘い言葉は騙されるだけのものなのよ」
「ママ、私だってそんなことわかってるよ。でも私は……みんながまた笑ってくらせる未来がほしいの。ママが私のオルガンを聞いて笑って、歌ってくれる未来を作りたいの!」
レイラちゃんは望む未来を自らの言葉として紡ぎ、メナをまっすぐに見つめる。メナはその視線に戸惑い、やや苦しげに眉を寄せた。
「私と……?一緒に?」
「そうだよ。オルガンの音を聞いたとき、ママと一緒に笑える未来がほしいって思ったの。だから……おねがい、ママ!」
メナが沈黙する。長い間、背負ってきた不信や憎しみが娘の言葉に揺らいでいるようにも見えるけど……これは流れが変わったと判断して良いのだろうか……?
だけど、一方で一部のシンパ達は弱気になったメナに不満げな目を向けていて、状況は微妙だ。このまま進めて良いものか……何か決め手になる一手があれば!




