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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
76/211

#10

>>Iris


 ハンドルを握る私は後部座席でトワとレイラちゃんが話しているのを小耳に挟み、ふとヴァルトさんのことが気になった。彼はノヴァーラの大音楽堂のためにこの星を訪れたと言っていた。レイラの語る芸術祭やコンクールの光景はヴァルトさんにとっては現実の……過去の光景なのだろうか。


「……儂は見ての通り無骨な人間だ。だがな、芸術を楽しむ心は忘れておらんつもりだ」

「無骨どころか、立派なアーティストだと思うけど?」

「……ふん」

「別にからかってる訳じゃないよ?この星のオルガン奏者がどれだけ生き残ってるか判らないけど、ちゃんと弾ける人は少ないんじゃないかな」

「……それは……ありうるな」


 私の指摘にヴァルトさんは少し顔をしかめた。この星の伝統が疫病で途絶えてしまうなんて、芸術にあまり興味のない私でさえ納得できる話じゃない。ましてや、命の危険がある冷凍睡眠をしてまでこの星を訪れたヴァルトさんにとっては……。


「レイラちゃん、たぶんこのままだとオルガンの師匠がいない状態で独学しないといけないんじゃないかな」

「……言いたいことはわかる。だが、儂はよそ者に過ぎん」

「いいと思うよ、私は。どこの人であれ、ヴァルトさんの演奏にはノヴァーラの伝統が息づいていたように思えたからね」

「買いかぶりだ、管理官殿」

「ふふふ……私、人を見る目には自信あるよ?だって管理官だからね」

「ふん……」


 そう言ってアクセルを踏み込むと、前方に星都アルディナが見えてきた。目的地の中央通信局まであと少し。何事も無く無事に事が運べばいいな。


 ――まぁ、そう上手くいくはずもなかったけどね。



 念のため、星都へ入った時点で車を降りて徒歩移動に切り替えたのは正解だったようだ。アルディナ市街ではまばらだった人影が、中尉さんに教えてもらった中央通信局がある場所に近づくにつれてどんどん増えてゆく。

 そして夕暮れを迎えつつある中央通信局の正門前には数百人近い人々が集まっていた。


「――から……政府の……自由……断固とし――」


「おい、あれ……メナスの連中だろ?」

「あいつら、また暴動でも起こす気かよ……」

「いまさら政府もなにもあったもんじゃないだろうに」


 人垣でなにが起きているのかは目視することは出来ないけど、集まった群衆を遠巻きに見つめる人々のささやきと、遠くからかすかに聞こえてくる女性の声でおおよその事態が把握できた。

 メナス……レイラの話によると、彼女の母親であるメナ・クロウリーとそのシンパによる反政府組織、といってもこの星にはもう政府と呼べるものはないが、まぁそういう位置づけの集まりだろう。


 これまでに得た情報を総合すると民衆に「真実」を伝えると称して扇動を行い、破壊工作を繰り返している連中だ。それがよりにもよって中央通信局の前で集会を開いているのは偶然の一致だろうか……?

 群衆の後方、私たちの周りにいるのはシンパではなく、事の成り行きを見守る野次馬のようだ。彼らの囁く声を聞く限り、この集会がエスカレートして暴動に発展する可能性があるというのは、非常に良くない状況だ。


「管理官殿、正面からの侵入は難しそうだ。中尉殿に聞いた裏手の職員用通用口を使うべきだ」

「うん、そうだね……でもトワが調律を行っている最中に彼らが施設内になだれ込んできたら、ただでは済まないだろうし……。ねぇトワ、再調律(リチューン)にどれぐらい掛かるかわかる?」

「……オルガン用にするときに想いを込めすぎた。一度C3を落ち着かせないとダメだから、下手すると3時間ぐらい掛かるかも」

「3時間か……思ったより掛かるね。でもトワ、急ぐの(・・・)はダメだよ?」

「善処する」


 「巫女様の服」だとあまりにも目立つので上からいつものジャケットを羽織っているトワの答えに釘を刺しながら、どうするべきか思案する。


「ヴァルトさん。最悪の場合は陽動を仕掛けて、あの連中を別の場所に誘導する必要があるかも」

「……承知」


 とはいえ、この人数相手に時間稼ぎをするのは厳しい。トワから白のイグナイト(フラッシュバン)を預かってはいるけど、人混みの中で使用すれば過剰な混乱を引き起こして死人が出てしまう可能性もある。どうにかして時間を稼ぐか、もしくはメナを説得して群衆を解散させるように持って行くか。

 時間稼ぎだけだと後で通信装置を破壊される可能性もあるか……なら、やはりメナを説得して集会を解散させるのが最善だろう。だけど、今の私に彼女を説得できるだけの材料があるだろうか?


「トワ、悪いけど先行して施設内で待機しておいてくれる?でも状況が落ち着くまで再調律(リチューン)は待ってほしいの」

「善処する」

「それ、さっきも言ってたけど調律する気満々だよね……始めるのは仕方ないとしても、約束(・・)だけはちゃんと守ってね?」

「通信が回復すれば、あの人達も話を聞いてくれるかもしれない。通信は星の未来への希望になる」


 トワの言うことにも一理ある。通信の回復は群衆に希望を与え、暴徒化させずに解散させる手段として有効なことは間違いないだろう。時間を稼ぎながらトワの調律が終わるのを待つか……?

 とぢらにせよ、まずメナ・クロウリーが何を主張し、何のために民衆を扇動しようとしているかを見極める必要があるだろう。


「そうだ、アイリス」

「なに?」

「これ、預かって欲しい。再調律に反応するといけないから」


 そう言って、トワは父親の形見である虹色水晶のペンダントを私に差し出してきた。

 SランクC3に対するリセットのプロセスを含む再調律をおこなうのは多分トワも初めてのはず。可能性としては確かに影響を受けるかもしれないけど……でも、これを私に渡してくれた理由はそれだけじゃないだろう。


「わかった、預かっておくよ」

「レンタル料は後で支払って」

「別にレンタルした訳じゃないよね?」


 苦笑しながらペンダントを首から掛ける。今の服にはポケットがついていないからね。……たぶん、これはトワなりの気遣いなんだろう。大切な「お守り」を預けてくれたトワの気持ちが、私の背中を押してくれるように感じた。


「じゃあ行ってくる。レイラ、また後で」

「うん!トワ、がんばってね」


 トワはレイラにそう声をかけ、C3のケースを持ちにくそうに運びながら、通信局の裏手に向かっていった。あれ、中身のC3も重いけど、ケース自体も重いからね……。

 私はヴァルトさんにレイラを託し、群衆の間を縫ってメナの近くまで移動を試みる。さて、どうなるか。



>>Towa


 アイリスたちと別れ、一人で人通りの少ない路地裏を抜けて通信局の裏門へと向かう。距離自体はそんなに遠くないけれど、問題はこのC3のコンテナが嵩張ることだ。重さそのものは大したことはないけど、狭い通路を歩くには少々面倒なサイズ。いっそケースを捨てて中身だけ持っていけば少しは取り回ししやすくなるんだけど。


 心の中で愚痴をこぼしつつも、足は止めずに裏門へ急ぐ。アイリスのことだから、きっとあの群衆の中でレイラの母親であるメナと対峙して説得を試みるはずだ。

 アイリスが論破されることなんて考えられないけれど、問題はメナが言い負かされたときの群衆の反応だよね。リーダーが論破されたことで、かえって群衆が激昂するかもしれないし。


 それを防ぐためにも、この星に「希望」を示すためにも、通信設備を復旧させることがどうしても必要だ。今の私にできるのはアイリスのために全力で最速の再調律(リチューン)をして希望(アリサ)の声を届けること。

 そのためなら、レイラちゃんのことも、この星のことも今は少しだけ横に置いておく。何より大事なお姉ちゃんのため。それが私の行動原理だ。


 幸運なことに裏門の近くには誰もいなかったし、何年も前に放棄された施設だからか門には鍵もかかっていない。

 通信局の内部は暗く、窓から差し込む微かな夕日だけが頼りだ。完全に日が落ちなければこの程度の明るさでも行動するのに問題は無いだろう。

 廊下の壁や床には目立った破壊の跡はないけど、足元には書類やガラクタが散乱していた。途中の室内をのぞき込むと机やキャビネットの引き出しが開け放たれていた。誰かが物色した後のようだけど……必要なものだけを持ち去ったのか、それともただ荒らされただけなのか。


 静まり返った室内は数年分たまった埃が積もっている。通路を歩くたびに埃が舞い、薄暗がりに漂っている。

 なんともホラーな雰囲気だしホロムービーだと怪物が出てくるシーンだよね、これ。でもまあここで私が出くわす可能性のある怪物は、もっと怖い怪物――激高した人間だろうけど。


 建物内で少し迷ったけど、目的の通信装置が設置された通信制御室に到着することができた。大音楽堂のホールほどではないけど、ここも広くて神殿のような静かな空気が漂っている。

 ペレジスで見せてもらった通信制御室もそうだったけど、恒星間通信を行う設備にはどこか神殿のような荘厳さがある。遠い星から届く声はある意味「神の言葉」を聞くようなものなのかもしれないけど、私にはちょっと作り物めいた不自然さも感じられた。


 暴徒に襲撃されたと聞いていたから、通信機材が略奪されているかと思ったけど、どうやら無事なようだ。まあ、フィルターパックと同じで通信機なんて食べられないし、買い手がなければ売る意味もないんだろうね。

 ただ通信装置の中心にあるC3通信コアだけは例外で、無残にも破壊されていた。鈍器か何かで殴りつけられたらしくて、中心付近から折れた水晶柱は周囲に破片を散乱させている。


「酷い。どうして、こんなこと」


 この子(C3)はただ役目を果たしていただけなのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならなかったんだろう。この星の人達のために頑張ってただけなのに。憤りというより、悲しい気持ちが胸を締め付ける。私は折れたC3を慎重に台座から取り外し、床にそっと寝かせる。


 そして、そのとき気がついた。

 ……この子はまだ……?


 手にした破損C3からかすかに感じられる残り香のようなもの。今はまず通信機能の回復が優先だけど、これはもしかしたら……。

 いや、今は通信用の方が先だ。通常なら先に調律を行ってから設置するのが正しい手順だけど、今回は全力で調律するから特別(・・)だ。クリスタルオルガンのC3をケースから取り出し手早く設置準備をすませ、代わりに破損したC3を慎重にケースへしまう。

 オルガン用のC3は蒼に調律してあるけど、記憶にあるペレジスとの通信チャンネルに設定するためには碧への再調律が必要だ。


「……アリサ」


 ペレジスの事を考えると、自然とアリサの顔が脳裏に浮かぶ。彼女は元気にしているだろうか。私にとってはほんの数日前に別れたばかりだけど、彼女にとってはもう15年近くが過ぎているはず。

 通信が回復したら一言連絡を入れよう。そう思いながら、そっとオルガンのC3を台座に設置した。


 念のため床に散らばったC3の欠片は端に寄せておく。ジャケットを脱いで「巫女様の服」姿に戻った私は設置したC3を抱きしめて……いや、この絵面はきっと傍目から見ると私がC3に抱きついてるように見えるんだろうな。まぁ、誰も見ていないから、それはどちらでもいいか。


 今のところ外からは大声や物音は聞こえてこない。アイリスが上手くやってくれているんだろう。なら、私も上手くやって、アイリスの手助けをしないと。でも暴動が起きてからでは全てが手遅れになる。


 だから……ごめんね、アイリス。今回だけは約束、破るね。


 心の中で姉にそう謝る。後で叱られるのは仕方ない。ううん、あとでちゃんと叱ってもらうために。私は覚悟を決めて精神を集中して再調律(リチューン)を開始する。


 この子(オルガンのC3)に伝えたい。


 ――もっと歌いたかったであろう、あなた(C3)への謝罪。

 ――結果的にレイラの夢を奪わせてしまった事への謝罪。

 ――それでもレイラの未来を守るために手を貸して欲しいという願い。


 そんな気持ちを込めて、私は歌を紡ぎ出す。速く、もっと速く(プレスト、プレスト)!薄暗い室内に圧縮された歌声と淡い白光が急速に満ち始めた。


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