#9
>>Towa
アイリスと中尉さんが今後の動きについて詳細を話し合っている。ヴァルトさんもギルドの元保安部大隊長として計画に的確な意見を出していた。でもただのシンガーである私は特にすることもなく暇を持て余している。眠くなったのでどこかで寝たいとアイリスに訴えたけど、車に戻って寝ておけとすげなく言われた。ちょっと扱いひどくない?
まぁ、近くに警備兵の人がいるので、一人で寝てても安全なんだろうけど。
アイリスの指示通り私は車に戻って一眠りすることにした。本当にすることないからね。建物の外へでると心地よい夜風が頬を撫で、私の髪をそよがせる。風に吹かれながら私は物思いにふける。さっきは通信装置が直ると簡単に言ったけど、実際のところは一つ大きな問題があったんだ。
――レイラ。
あんなに輝いた目でオルガンの音色に心を躍らせていたレイラ。彼女にとってあの大音楽堂とクリスタルオルガンは未来の夢であり、希望そのものだはず。それなのにオルガンのC3を外して通信に転用することになれば……レイラからその夢を、未来を奪ってしまうことになる。それで本当にいいのかな。
そんな事を考えながら、車にもたれかかり星空を眺めた。
レイラの表情が涙で曇ることを思うと心が痛む。どうするのがベストか、頭の中で自問自答する。
けど意外と早く答えは出た。星の未来が、彼女の未来を守るために必要なんだって。大好きなオルガンの音色も、星が荒廃したままではいつか完全に失われるかもしれない。それ以前に、レイラが今後生きていくことすら難しくなるかもしれない。それなら彼女の夢を本当に守るためには、今は星を守る道を選ぶことを優先すべきなんだって。
少ししか話してないけど、口調は幼くてもレイラは年の割には頭の良い子に思えた。母親の影響もあるんだろう。納得はしてくれるだろうとは思う。……でも、泣かれるだろうな。それでも、いつか彼女が笑ってくれる未来のためなら、私は喜んで悪役になろう。。
そんなことを考えながら、私は車の中に潜り込み、シートに身を預けて目を閉じた。
「――です、ではよろしくお願いします」
『了解しました、さすが管理官殿ですな』
アイリスの声で目が覚めた。どうやら、いつの間にかうたた寝していたらしい。今のは……無線?
「……あ、起こしちゃった?ごめんね、まだ寝てていいよ」
私が起きたことに気付いたのか、アイリスが振り返って微笑んでくれる。外を見ると、夜明けが近いのか、空が薄紅色に染まりかけていた。
「アイリス、徹夜?」
「あはは……結果的にそうなっちゃったよ。美容に悪いよね」
アイリスはそう言って軽く笑うが、表情に疲れが見える。アイリスの美少女ぶりが低下している。これは全宇宙にとっての損失だ。私に出来ることがあれば手伝わないと。
「なにか出来ること、ある?」
「そうだね……じゃあ私も仮眠するから、子守歌でも歌ってくれる?トワの歌ならよく眠れそうだから」
「わかった」
アイリスは軽くのびをしてから、私の隣のシートに座った。私がそっと歌い始めるとアイリスはすぐに目を閉じた。彼女の肩がゆっくりと落ち着き、浅くなっていく息にあわせて私も目を閉じて歌を続ける。しばらくして、そっと目を開けると、アイリスは静かに眠りについていた。どこか安心したような穏やかな寝顔だ。
……おやすみなさい、お姉ちゃん。
しばらくアイリスの寝顔を見守っていると、建物から何人かの隊員さんが慌ただしく出てくるのが目に入った。2台のビークル――私達のレトロカーとは違う、普通のフォトンドライブのやつ――をガレージから出し、それぞれに分乗している。私が見ていると、一番年かさの人がこちらにやってきた。
「管理官殿――」
「しー」
大きな声を出されるとアイリスが起きちゃう。私は思わず唇に指を当てて、静かにするよう隊員さんに合図した。隊員さんもすぐに気づいて、軽くうなずきながら今度は小さな声で話しかけてきた。
「我々は軌道エレベータの警備に向かいます。管理官殿が起きられたら、予定通り出発したとお伝えください」
「わかった。がんばって」
私がそう言うと隊員さんは微笑みながら敬礼してくれて、そのまま車の方へ戻っていった。
しばらくして目が覚めたアイリスに隊員さん達が出発した伝えた。隊員さんに寝顔を見られた事を知ったアイリスはすごく恥ずかしそうに赤面したけど、その姿がとても可愛いなぁ……なんてと思っていたら「どうして起こさなかったのよ!」とキレられた。
妹の優しさは姉に伝わらなかったか……。いや、これは照れ隠しだな、きっと。
昨日離れたばかりの大音楽堂へ、再び戻ることになった。ヴァルトさんもアイリスも昨日は徹夜だったので、私が運転をしようかと申し出たところ、二人から全力で拒否された。一応、私もフォトン稼働のビークルなら運転できるんだけどな。結局仮眠を取ったアイリスが運転し、ヴァルトさんは車中で仮眠する事になった。
助手席に陣取った私は運転中のアイリスに、少しゆっくりしていったらどうかと提案してみたけど、感染の事があるから出来るだけ早くこの星からは離れたいと返事が返ってきた。確かにそれはそうなんだけど、レイラとかは普通に暮らしてるからそんなに目くじら立てる必要もないと思うんだけどなぁ。
「トワ、こういうときは慎重すぎるぐらいで丁度いいんだよ?」
「解せぬ」
「いや、解してね?」
そう言って笑うアイリスの顔にも、やっぱりまだ少し疲れの色が残っている。心配だ。でも道中は特に何事も起こらず、しばらくして私達の視界にノヴァーラの街並みがまた近づいてきた。
大音楽堂の扉を開いた私たちは、静かに響くクリスタルオルガンの音に出迎えられた。旋律もなく、ただ音を鳴らしているだけ。それなのにとても楽しそうな感情が伝わってくる。レイラだ。そう思いながらホールの扉を開くと、案の定、そこにはレイラがいた。
「あれ?トワ?どうしたの?わすれもの?」
鍵盤を叩いていた手を休め、嬉しそうな表情でそう声をかけてくれる。
「忘れ物と言えば、忘れ物」
「どういうこと?」
「えっとね、レイラちゃん実は……」
「アイリス、私が言う」
「……そう?」
レイラは不思議そうに私とアイリスを見比べている。アイリスが代わりに説明しようとしてくれたけれど、これは通信装置の修理を提案した私が直接伝えなければいけないんだ。だってこれからこの子を泣かせてしまうことになるのはわかっていたから。
「レイラ、ごめん。オルガンを一度止めないといけなくなった」
「……どういう、こと?」
その一言だけで、レイラはすでに涙を浮かべている。たった一日だけ楽しむことが許されたクリスタルオルガンを、夢を取り上げるなんて酷すぎる話だと思う。それでも、この子に嘘をつくわけにはいかない。
「この星を救うために、このC3が必要。通信装置が使えるようになれば、助けが呼べる」
「……ほんとに……来るの?たすけてくれるひと」
レイラが悲しげな目で問いかける。これまでに聞いた話だとと件の扇動者は星外からの助けは来ないと主張していたらしいかけど……。それがもしレイラの母親なら……レイラも母親から常々助けは来ないと言われていたんだろう。
だけど、そんな事はない。だって私が通信を繋ぐ先はペレジス――アリサなんだから。あの子が苦境に陥った人達を見捨てる筈がないから。だから、私は静かにうなずいて、レイラの瞳をまっすぐ見つめる。
「約束する。レイラやみんなの未来を守るため、このオルガンの力を貸して欲しい」
レイラは私の言葉を黙って聞きながら、ぐっと唇を噛みしめて涙をこぼした。
「レイラ、悪いと思ってる。夢を与えて、すぐに奪うのは残酷」
「……」
「でも、私はこの星の人達に未来を与えたい。だめ、かな?」
「……いいよ」
レイラは涙をこぼしつつ、どこか誇らしげに頷いた。やっぱりこの子は賢い子。そして、とても強い子だ。この子のためにも星の未来を繋がないと。
「でも、ひとつお願いがあるの」
「私に出来ることなら」
「……オルガンさんが、みんなの役に立つところを見たい」
彼女が言うオルガンさんとはC3の事だろう。彼女の夢であるオルガンが、星の未来を繋ぐものに代わることを見届けたいという気持ちは良くわかる。
「アイリス、私はレイラの希望を叶えたい」
「……いいと思うよ。いざとなったらお姉ちゃんが二人を守ってあげる」
ここでNoと言うアイリスではないと知っていたけど、それでも笑って賛成してくれるのは嬉しかった。
「レイラ、行こう。星の未来を奏でるために」
「うん!」
レイラの笑顔にはもう涙は無かったけど、あの涙のためにも……私は通信施設の復旧を必ずやり遂げると誓った。
大音楽堂を出ようとしたとき、隣を歩いていたレイラが私のジャケットの袖を引っ張った。
「トワは、みこさまの服、着ないの?」
「巫女様……?」
「うん、オルガンをなおす人のことだよ。みこさまは、みこさまの服を着てるって本に書いてあったの」
この街は芸術の街だと言っていたっけ。なら、式典的なイベントを儀式として演出するための特別な衣装とかだろうか。アイリスに目をやり意見を求める。
「この場所の宗教的な雰囲気からすると、何か儀式的な衣装なんじゃない?でも、トワに衣装は……」
アイリスがそう言って肩をすくめる。失礼な、私だって必要性のある服なら着る。例えばコスモスーツとか、コスモスーツとか、コスモスーツとか。
「レイラちゃん、その服ってここにあるの?」
「うん、あっちの部屋にあるよ」
アイリスに向かってそう言うとレイラは控え室らしい小部屋へ走って行った。彼女のために頑張ると誓った身だ。服ぐらいリクエストに応えてもバチはあたらないだろう。……動きやすい服ならいいんだけど。
部屋にあった衣装の中で一番小さいサイズがなんとかフィットした。かなりゆったりした服だから少しくらいサイズが違っても問題なさそうだけど……胸元はずいぶんとぶかぶかだ。
「巫女様の服」は白い薄手のドレス仕立てで、蒼いC3を模したクリスタルのアクセサリーが各所に配置されている。デザイン的にC3に直接肌が触れる面積を広げることを意識しているようで、特に腕や胸元の布地は少なめになっている。これならC3を抱え込んだときに普段のTシャツよりも肌に触れる部分が多くなるかもしれない。
アイリスは儀式用の服だって言ってたけど、これはきっと調律の効果を最大限に引き出すためのデザインだ。見た目だけじゃなくて、実用性も考慮されてる――というか、むしろ儀式を意識した実用性重視の服なのかもしれない。
この服をデザインしたのはもしかしたらシンガーなのかもしれないな……そんな事を思いながら、「巫女様の服」を着た私がくるくると回りながら全身をじっくり観察していると、アイリスが驚いたような表情で声をかけてきた。
「えっと……もしかしてトワ、その服気に入ったの?」
「かなり」
「そういう布地が多い服は嫌いだと思ってたんだけど……ちょっと意外だね」
「似合ってない?」
「ううん、そんな事ないよ。すごく似合ってる……というか、トワの為にデザインされた服みたい」
「うん、トワはみこさま!」
私のために、というよりシンガーのためにデザインされた服だと思うけど……でも、アイリスもレイラも褒めてくれる。うん、悪い気はしないね。
「ふふふ」
「じゃあこれからはそういうデザインの服を用意したら、着てくれるのね?」
「いや、それはない」
「トワじゃないけど、お姉ちゃんとしては解せないよ……」
調律の際の実用性を重視して着ているだけだから、もちろん普段には着ないよ。だって、こんな裾の長い服着てたら踏んづけてこけたり、ドアに挟んだりするのが目に見えてるから。
でも中央通信局で着替えなおすのも面倒なので、このままの服装で行くことにしようかな。そう思ってそのまま外に出てた私だけど、車にC3を格納したケースを固定していたヴァルトさんが私の巫女っぷりを見て目を丸くしていた。ふふん、どうよ。この私の巫女さまさしら。
「いや、そんな服着て出歩く気か?……って驚いてるだけじゃないかな」
私の心の中を読んだ上に、さらに冷静に突っ込むのはやめて、アイリス。
中央通信局はその名の通り星都アルディナの中心部にあるらしい。ノヴァーラからは少し距離があるため、アイリスとヴァルトさんが交代で運転をしてくれることになった。私とレイラは後部座席に陣取っておしゃべりを楽しむことにした。そう、お待ちかねのガールズトークだ!
レイラは、音楽やノヴァーラの素敵な場所について、たくさん話してくれた。この街は昔から「芸術の都」として有名で、毎年のように開かれていた芸術祭には星中はおろか、星外からも人々が集まって音楽や美術、舞踊、演劇なんかを楽しむ風習があったという。
街は華やかに飾り付けられ、大通りにはさまざまなパフォーマーや職人たちが集まり、昼も夜も音楽と笑い声が絶えなかったそうだ。レイラは夢見るような目をしながらいつか自分もその祭りに参加して、オルガンの音色を人々に聴かせるのが夢だと語ってくれた。
でも、その光景はレイラが直接知っているものじゃない。彼女が物心つく前にパンデミックが発生し、街の様相は一変しているから。すべてのイベントが中止され人々は家に閉じこもり、いつも賑わっていた通りは荒れ果ててしまった。
レイラが語るノヴァーラの姿は彼女がホロや本でしか見たことがない、かつての街の「物語」だ。それでも彼女はまるで本当に見てきたかのように話してくれる。きっといつか、街は物語の中の姿を取り戻すと信じているんだろう。
「私ね、いつかおまつりでオルガンをひきたいの。みんなが私のオルガンで笑って、おどってくれるのが夢なの」
彼女の言う「おまつり」とはヴェリザンの伝統的な音楽コンクールだとヴァルトさんが教えてくれた。元々は年に一回開催され、星で最高の音楽家を決める一大イベントだったのだという。「おまつり」の事を話すレイラの表情はただの夢を見る子供ではなく、街の未来を真剣に願う決意がこもっているように思えた。
……叶えてあげたいな、その夢。




