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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
74/211

#8

>>Iris


 大音楽堂へのC3配送と設置任務は無事に完了した。依頼完了証へのサインも報酬も無かったけれど、今回の件は私達ギルドの――そして私自身の、けじめだ。

 私達は近くに住んでいるというレイラちゃんを家まで送り届けてからノヴァーラを離れることにした。もうすぐ夕暮れだし、このままだと道中で日が落ちてしまいそうだ。普通ならここで宿でも取るべきなんだろうけど、感染のリスクがある場所での宿泊は避けたい。ヴァルトさんも同じ意見だったので、このまま出発して途中の農業プラントで治安当局と接触しその後は適当な場所を見つけて夜を明かすことに決めた。


 ノヴァーラを立つ前に船長さんに無線連絡を入れた。C3の設置任務が終わったことと、これから治安当局と接触することを伝える。船長さん達からはエレベータにカートを挟んで、一時的に停止させていると言ってきた。稼働状態で緊急停止していても地上側から解除されると軌道エレベータが動き出す可能性があるかららしい。昇降口が引っかかったままだとセーフティが掛かってゴンドラは動かないからね。

 発案者が誰かは知らないけれど、あの方法はシンプルで効果的だよね……でも、ステーションをテロリストが乗っ取る時にも応用できそうだから、ギルドに一応対策を提案しておくべきかもしれないかな。

 ともあれ通信を終え、私達はノヴァーラを後にした。


 ずっとヴァルトさんに運転して貰うのは忍びなかったので、ノヴァーラから農業プラントまでは私が運転を担当することにした。移動中、ただハンドルを握っていると眠くなるので、眠気覚ましも兼ねてヴァルトさんに大音楽堂での事を聞いてみることにする。


「なに、昔聞いた曲が忘れられんでな。降格されて暇を持て余した時期に手すさびに、な」


 手すさびというレベルではなかったので、たぶん照れ隠しにそう言ってるんだと思う。あの腕前は、きっと熱心に練習を重ねた結果だろうから。でも、何年経っても記憶に残るぐらい、あの大音楽堂で奏でられていた調べは印象的だったんだろうな。いつかまたこの星に戻ることがあったら、そしてその時にこの星がもし復興していれば。私も多くの笑顔と共にその調べを聞いてみたい。そんな事を思った。その頃にはレイラちゃんが一人前のオルガン奏者になってるかもしれないからね。


 農業プラントが見え始めた頃には既に日が落ちていた。プラント自体には明かりは見当たらないけど、管理棟らしい建物の周囲にはいくつかの照明が灯されている。エルドさんの話によれば、ここには治安当局の残存部隊が駐留しているとのことだけど……。

 道路脇の建物に車を寄せると、警備兵らしき二人がブラスターを構えて鋭い視線を向けてきた。夜に不意の訪問者だからね、当然の警戒だろう。強面のヴァルトさんが出て行けばさらに警戒されそうなので、私が代表して声をかけることにした。

 両手をゆっくり上げて武器を持っていないことを示しつつ、少し距離を取って話しかける。……本当はブラスターを隠し持っているのはもちろん秘密だ。スカートの下に銃を忍ばせておくのは慎重な乙女のたしなみだからね。


「すみません、治安当局の方々でしょうか?私は星外から来たモーリオンギルドの者です」

「ギルドだと?星外って……救援か?」

「いえ、私達は任務でこの星を訪れました。軌道ステーションについてご相談したいことがありまして」

「本当に星外から来たのか?何か証拠になるものはあるか?」

「証明するのは難しいですが、ギルド章なら。……見せても?」

「ああ、ただしゆっくりとだ」


 ここでは度重なる暴動や襲撃があったのだろう、警備兵は私のような小娘に対しても一切警戒を緩めない。確かに見事な対応だが、それだけこの星が過酷な状況にあった……いや、今現在もありつづけている証拠でもあり、彼らの苦境には同情せずにいられない。

 胸元から黒水晶のギルド章を取り出して示すと、二人の顔から緊張が薄れた。どうやら信用してもらえたらしい。ギルド章を持たせてくれた父さんに感謝しないと。いや、まさか父さんも娘がこんな事態に巻き込まれるなんて、思ってもみなかっただろうけどね。


「車の中の二人もギルドの者です。話を聞いていただけますか?」

「わかった。ここの責任者に確認を取るから少しそこで待っていてくれ。あと、すまないがヘルスチェックをさせてもらうぞ」

「もちろんです。……失礼ですが、こちらからもチェックさせて頂いても?」

「慎重なことだな。だが、ここじゃそういう奴のほうが信用できる」


 建物の中に連絡を取りに行く警備兵と、私達のチェックをする警備兵。互いにスキャナーを向け合う光景は少し奇妙で滑稽だったけれど、これも今のヴェリザンには必要な光景なのだろう。


 チェックが済み、警備兵の人が案内してくれたのは元は農業プラントの管理を行っていたモニタリングルームのようだった。エネルギー不足のせいか、室内のホロディスプレイは半分以上が消灯し、代わりにホワイトボードや壁に大判の紙が貼られ、手書きで現状の状況や課題が書き込まれている。目を走らせると、この部隊が農業プラントの管理と食糧配給はかろうじて行えているものの、暴徒への対応までは手を回わせていない状況が見て取れた。


「私がここの責任者、ミラー中尉だ。君がギルドの?」


 ミラーと名乗った中尉さんは私とヴァルトさんを見比べ、やや不審そうに確認してくる。 まぁ、そうなるだろうと予想はしていたけど。


「はい、私がギルドの管理官、アイリス・ブースタリアです。同行者はシンガーである妹のトワと、護衛のヴァルトです。ヴェリザンにおけるギルドの任務を終えて帰投中なのですが、軌道ステーションの件でお話があり立ち寄らせて頂きました」

「管理官殿か……これは失礼した。それで、軌道ステーションの件ということは……そうか、君たちがここにいると言うことは軌道エレベータが再起動したのだな?」


 うん、この中尉さんもなかなかの切れ者のようだ。まあ過酷な状況の中でも民衆のために踏みとどまってるんだから、優秀で使命感のある人なのは間違いないだろうけどね。


「その通りです。私達が地表に降下した直後に民間の技術者を名乗る人物と接触しました。その際にこの星の状況とエネルギー不足にある現状を伺いました」

「……ああ、まさにその事で頭を悩ませていてね。軌道上のフォトン充填施設は稼働しているのか?」

「ええ、過充電でシステムダウンしていたのですが、復旧は行いました」

「それは朗報だな。それで、我々に相談とは?」


 中尉さんは単刀直入に切り出す。階級的に現場責任者クラスの人だと思うけど、それ故に無駄な社交辞令や駆け引きなしに要点を押さえてくれるので話が早くて助かる。これが将校クラスならきっと面倒な腹の探り合いをしないといけないところだったろうからね。


「この星では暴動が発生していると伺いました。現状で軌道エレベータを通常稼働させれば、暴徒によるステーションへの影響が懸念されます。そのため、現時点ではエレベータを一時停止させています」

「賢明な判断だな。ノヴァーラ周辺は比較的状況が落ち着いているが、星都では未だに騒動が発生する可能性が高い。慎重で適切な対応だ」

「ありがとうございます。それで、現在ステーションの管理は私が乗船してきた船のクルーに任せていますが、彼らの人数も限られていますしそもそもが専門外です。そのため、非常時には十分な対応が難しいと考えています」


 私の言葉に中尉さんは無言で頷いている。この時点で私の要請が何かはおおよそ理解しているとは思うが、あえて口を挟まずに私が言葉を続けるのを待っているのだろう。


「そこでお願いなのですが、軌道エレベータの管理を治安当局の皆様に引き継いでいただくことはできませんでしょうか」

「なるほど、こちらで軌道エレベータの管理を引き受ける……か」


 ミラー中尉は腕を組んで少し考え込んだ後、顔を上げて答えた。


「正直、今の我々は食糧配給やここのプラント管理で手一杯だ。先に伝えておくが、完璧な管理体制を整えるのはかなり厳しい。ただ、軌道エレベータの稼働とエネルギー供給の安定化はこの星にとっても重要課題で、無視できる問題ではない事も承知している」


 中尉さんはやや苦笑しながら、現実的な見通しを伝えてくれた。うん、手が足りないのは室内の資料を見ていれば判るからね。丁度今、暇を持て余したトワも資料を見てるけど……あ、あれは内容わかってない顔だな。きっと食べ物の話を見てお腹空いたとか考えてそうだ。


「……人員を工面すれば最低限の管理体制はなんとか確保できるかもしれん。ただし、万が一ステーションが暴徒に狙われた場合、全員を守るのは難しい。他の部隊と連携がとれれば人員のやりくりもできるのだが……C3通信網が破壊されている現状ではな」


 C3通信網、か。この星は超光速通信の恒星間ネットワークから切り離されているようだけど、地上の通信網も機能していないのか。まぁ、通信拠点が破壊されてると聞くから、状況的にはそうなっていても仕方ないのだろう。

 しかし、このまま現状維持を続けたところでじり貧だし、私達はもう目的を達成したのでこの星に留まる理由が無い。となると彼らが管理しなければ、暴徒によって軌道ステーションが荒らされ……この星は終わる。

 私には責任も関係も無い話だけど、レイラちゃんの事を思うと後は知らないと突き放すこともできない。だから、現実的な方法を中尉さんに提案してみる。


「なら、最低限の警備体制を整えつつ、エレベータの稼働は必要時のみ。平時は現状通り稼働を止めておくとする形で進めるのはどうでしょう?」

「そうだな。それが現実的な落としどころだろう。エネルギー不足が解消されれば、状況も多少は安定するはずだ」

「あと……通信網についてですが、恒星間通信が利用できないことは承知していますが、現在の状況はどうなっているのですか?」


 立ち入るべきかどうかは悩ましいところだけど、もしC3に問題があるなら、この星でその問題を解決できるのは私達――いや、トワだけだろう。関わるかどうかはともかくとして、話だけは聞いておいた方が良い気がした。私の質問に、中尉さんは表情を曇らせる。


「ヴェリザンの通信を司る中央通信局が暴徒に襲撃されてな、修復不可能な状態に陥った。ひどい有様でな……これを見てくれ」


 そう言って中尉さんがホロディスプレイに映してくれた写真(ホロ)を見て、私は「修復不能」という中尉さんと、技術者であるのエルドさんの言葉の意味を理解した。ヴァルトさんも納得したようだが、トワだけは首をかしげている。

 ホロディスプレイに映っていたのは外見上ほとんど損傷が見受けられない通信設備。そして中央部分で砕かれたとおぼしき通信装置のコアの水晶……C3の映像だった。

 なるほど、確かにこれは「修復不能」だ。……私達ギルドの人間以外には。


「……これ、直るよ?」


 不思議そうにトワがそう口にする。このC3を交換すれば通信装置は回復する見込みがある。念のため中尉さんに確認すると、エネルギーこそ不足しているが、コア以外の部分はほぼ無傷という返答が返ってきた。


「そうか……君たちはギルドの者だったな。だが、さすがに砕けたC3はどうしようもないだろう?」

「そうですね、砕けたものは元に戻りませんし、大型で高品質なC3はギルドでも貴重ですからそう簡単には手に入らないでしょう」


 私はただ、事実を述べる。そして、本来であればその事実はこの星の未来が閉ざされている、という事でもある。


「だろうな。ということは、いかにギルドの人間でもこれは修復不能ということだ」

「中尉さん、私達がこの星へ降りた任務なんですが。ノヴァーラの大音楽堂のクリスタルオルガンの修復任務だったんです」

「ノヴァーラの?そうか、あのオルガン用のC3なら通信用としても流用できる!」


 中尉さんの表情が希望に輝き、椅子から腰を浮かしかけた。しかし、彼は何かに気付いたのか、再び力なく椅子に腰掛けた。


「いや……だが君たちは先ほど、任務を終えてきたと言っていたな?」

「はい。大音楽堂でのクリスタルオルガン修復任務は達成済みです」

「確か以前、パンデミックの前にギルドの人間から一度調律したC3は再度調律することは出来ないと聞いた事がある。となるとオルガン用として調律したものを通信機用に転用することはできないだろう……」

「あら、中尉さん、C3の事にお詳しいんですね?」

「まあ最低限の知識として、ある程度は」


 彼の表情には失望の色が見えたが、私は静かに微笑む。今は言わないけど、トワならきっとできる。なにせ、私の妹はとんでもなく優秀なシンガーなのだから。


「それに仮にC3があったとしても、恒星間通信の接続先情報がわからないと設定のしようがないはずだ」


 中尉さん、本当に詳しいね。「最小限の知識」と言ってるけど、たぶんそれは過少申告だろう。見たところマッチョでいかにも軍人!という風貌でもないし、なんなら私の後ろに控えているヴァルトさんの方が軍人っぽいぐらいだ。

 もしかしたら、通信担当士官とか、技術士官とか、そういう立場の人なのかもしれないね。……まぁ、彼の経歴は今は重要じゃない。中尉さんが私達の話を正確に理解してくれるのなら……トワの能力の特異性についても、理解してくれるだろう。そんな事を思いながら、私はトワに声を掛ける。


「……トワ?」

「接続先、ペレジスでいいなら覚えてる。アリサに見せてもらったから」


 こともなげにそう言うトワ。接続先の情報というのは相互共鳴させるクリスタルの調律データのようなものだ。調律した本人ならともかく、普通であれば他人が一目見て理解できるようなものではない。だから、この案件は普通ならギルドの人間でも修復不能と判定されるものだ。だけど、トワなら。


「そちらのお嬢さんがシンガーか?先ほどの話だと復旧できそうな口ぶりだったが……だが、そんな事が出来るのか……?」

「中尉さん。クリスタルオルガンのC3はSランクの最高級品だと言うことはご存じでしたか?」

「ああ、確かそう聞いている。国家予算規模レベルの費用を計上したとニュースでも報じられていたからな。……待て、そのSランクを……君達だけで調律したのか?それとも、他にまだシンガーが何人かいるのか?」

「あのオルガンのC3を調律したのはこの子です。この子が一人でやりました」

「なに……!?それは……まさか」

「うん」


 信じられないものを見るような顔をしている中尉さんにトワは頷くと、黒水晶(ギルド章)を無造作にひっぱりだした。


「トワ・エンライト。Sランクシンガー」


 それだけで全てが伝わったように、中尉さんは言葉を失っていた。それにしても相変わらずこの子は自分の価値がちゃんとわかってないようだ。


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