#7
>>Iris
情報収集を終えて大音楽堂前へと戻った私とヴァルトさんはC3のケースを車から降ろし、ホールの中へ足を踏み入れた。奥から歌声が聞こえる。聞き覚えのあるあのアルトはトワの歌声だ。
ただ、少し状況が不明だ。C3がここにある以上調律している訳ではない。そしてあの子はシンガーなのに普段は鼻歌一つ歌わないはずなのに、どうして急に?そう思っていると今度はオルガンの音が聞こえた。私はC3のコンテに思わず目をやったけど、確かにC3はここにある。どうしてオルガンが鳴ってるんだろう……?ヴァルトさんが不思議そうな顔をしながら、ケースの中身を確かめている間に歌声とオルガンの音は止まった。
……ケースの中には確かにC3が納められている。ということは、可能性は一つ。またやらかしたな、あの子。
「ごめんなさい、トワがまたやらかしたみたい」
「やらかし、ですと?」
私はヴァルトさんの言葉にはそれ以上応えず、肩をすくめると音楽堂の奥へ向かった。まぁ、ここで説明しなくてもどうせこの後すぐにトワが「やらかす」ところを目にするだろうからね。その後で説明した方が二度手間にならいだろう。
やがて聞こえてきたのはトワの声と幼い女の子の声だった。ここの住民だろうか。私は無言で後続のヴァルトさんを制し戸口からそっと中を覗き込む。と、クリスタルオルガンの威容と共にトワが10歳ぐらいの女の子と話をしている姿が目に入った。着ている服からしてこの星の住人だろう。見たところ疫病に感染している気配はないけど、一応スキャンしてみる。
……うん、大丈夫そうだ。結果的にはOKだったけどトワ、感染対策とかまるで考えてないよね……。あとで注意しておかないと。
そんな事を考えながら様子をうかがっていると、女の子の言葉が耳に入り……私は耳を疑った。……今、なんて言った?その母親というのは、もしかするとナタリア達が言っていた「住民を扇動し混乱を広げた記者」と同一人物?いや、複数の扇動者がいる可能性もあるけど、それでも……まさか、そんな偶然があるものだろうか。
トワもそのことに気付いたのか、硬直しているけど、ここは姉として助け船を出すべきだろう。少女が警戒しないように、そして件の扇動者が近くにいる可能性を警戒してヴァルトさんには万が一の事態に備えて入口付近で見張りをお願いした。
そして私も少女に警戒されないよう、わざと明るく軽いトーンでトワに声をかけた。
「トワ、お待たせ!」
「アイリス。ごめん、謝る。ドヤ顔はもうしない」
「……何のこと?」
何故かいきなり謝られた。この子、別にドヤ顔なんかしてないし、そもそもそんな顔できないと思うけど。
「それより、そちらの女の子は?……あっ、ごめんなさいね?私はアイリス。トワのお姉ちゃんだよ」
「トワのお姉ちゃん?私、レイラ!」
どうやらトワとは既に仲良くなっていたらしく、トワの姉を名乗る私にも好意的な視線を向けてくるレイラちゃん。先ほどの話をすぐに詳しく聞くのも不自然だから、まずC3の設置準備を始めつつ、彼女の様子を伺うことにしよう。
「レイラちゃん、お話中にごめんね。私達このオルガンの修理に来たんだ」
「ほんと!?オルガンさん、直るの?」
「もちろんだよ」
そう言って微笑みながら、私はトワにずしりと重いC3のケースを手渡した。戸口まではヴァルトさんが運んでくれたから、私がこれを持ち運んだのは入り口からオルガンの前までだけど、それだけでも肩が抜けそうになった。
なのにトワは平然とコンテナケースを受け取っている。もともと表情が読めないというのはあるけど、細身の割には意外と力持ちなんだよね、トワは。いや、今はトワのことよりも優先すべき事があった。
「トワ、周囲に問題はなさそうたからこのまま調律を始めて大丈夫そうだよ。事前準備はじめよっか?」
「もう済ませた」
「……そっかぁ」
目の前のクリスタルオルガンのように複数のC3が用いられた機器は、本来共鳴波の相互干渉を避けるために内蔵されているC3の波長を一つ一つ確認し、互いに干渉しない波長域を探った上で慎重に調律を行う必要がある。
だけどトワはーおそらく先ほどの歌でまとめて波長の検査を済ませたのだろう。まるで当たり前のことのように「もう済ませた」と言ってのけるけど、それがどれほど困難なことか、凡才の私にさえわかる。それはもはや神業の領域だ。なにせ、この規模のクリスタルオルガンの調律なら準備だけでも本来なら3日ぐらいかかるものだから。
「ちなみに、調律にはどれぐらい時間が掛かりそう?」
「んー、15分?」
またとんでもないことを言い出した。C3の調律はサイズや品質によって難易度が大きく変わる。今回のC3は非常に大きなものだから、たとえそれがCランクの普及品であっても調律に1時間以上はかかる。そして今回のものは最高難易度のSランクだというのに15分だなんて……ほかのシンガーが聞いたら、間違い無く嘘つき呼ばわりされるだろう。
そもそもSランクの調律を一人で行うという時点で常識はずれなんだし。でもトワがC3の扱いに関して間違った事なんて一度もないし、あの子が15分と言うならきっと15分でやってしまうのだろう。
ただ、念のため釘は刺しておかないと。
「急ぎではなく普通にして、だよね?」
「うん、急ぎではない。それで15分」
「そっか、判った。ならもう始める?」
「うん、お腹空いたし。さっさと終わらせて、お昼にする」
このサイズのSランクを調律するなんて、本来なら一体どれぐらい時間が掛かるのか見当も付かない。おそらくヴェリザン支部の人達も複数のAランクシンガーを集めた上で十数時間を掛けた長い調律作業を予定していたはずだ。なのに、トワは朝飯前ならぬ昼飯前ってやつか……。驚きを通り越して、もはや呆れるほかなかった。
「私達は外に出といたほうがいい?」
「別にいい。見てても、減らない」
「じゃあ久々にトワのリサイタル、見せてもらおうかな。この前は通信機越しだったし」
「それは忘れたい過去」
宇宙空間での船外活動中に真空の中で調律を行ったことと、その後の酸素欠乏症を思い出したのか、少しげんなりした様子を見せるトワに思わず私も苦笑してしまう。レイラちゃんはそんな私達を不思議そうな顔で見ていた。
「レイラちゃん。これからトワがお仕事するから、少し離れて見ててくれるかな?」
「うん、わかった!」
先ほど漏れ聞こえた言葉が正しいのだとしたら、レイラは星を滅びに追いやった扇動者に育てられた子と言うことになる。その割にはレイラちゃんは素直で良い子にしか見えないけど……どういうことなんだろうか。
「じゃ、始める」
レイラちゃんの事情を推し量ろうとしていた私に向かい、トワはそう言うと脱いで、C3を抱きしめた。軽く目を閉じ、深く息を吸い込んでから……トワは朗々とした声で歌い始めた。
>>Towa
……少しクラクラする。きっとお腹が空いたせいだ。アイリスにはああ言ったけど、やはりお昼を食べてからにすればよかった。そんな事を考えながら調律の済んだC3をクリスタルオルガンに設置する。
調律は予定通り15分で終わったよ?でも、その後に設置作業があるのを忘れてたんだ……。
ものすごくキラキラした目でこちらを見つめているであろうレイラちゃんの視線を背中に感じながら、私は作業を進める。あんな目で見られたら、設置はお昼の後で……なんて言えないよ。それに調律はともかく、設置は見られるとやりにくいんだよね。あんまり得意じゃないし。
「お姉ちゃん、トワってすごいね!クリスタルがぱーって光って、あおい光がとってもきれいだった!」
うん、今回は蒼にしたんだ。ここのクリスタルオルガンは落ち着いた荘厳な音色が似合いそうだったからね。……発注書?知らないよ、そんなの。大体、発注したギルド支部の人達ももういないらしいし、今回はボランティアだから私の好きにさせてもらった。
誰かが文句言ってきたらアイリスに対処してもらおう。管理官権限です!って言えば大抵なんとかなるみたいだし。私のお姉ちゃんはすごいんだから。
「ねぇトワ? 何かとんでもなく横暴なこと、考えてるように見えるんだけど」
「キノセイダヨ」
思わず声が裏返ってしまった。いつも思うけど、やっぱりアイリス、私の考え読んでるよね……?
「読んでないよ?」
嘘だ!今まさに読んでるじゃない!
「設置が終わったらクリスタルオルガンも無事に弾けるようになりそうだね。レイラちゃん、弾いてみる?」
「えっ、いいの?でも、ママがやめなさいって……」
「大丈夫よ、何かあったら私がお母さんを説得してあげる」
「ほんと?じゃあ弾きたい!」
「でも、お母さんはどうしてオルガン弾くのを止めるんだろうね?レイラちゃんのお母さんは音楽嫌いなの?」
私は手が離せないのに、アイリスがレイラと楽しそうに話をしている。あれは伝説に聞くガールズトークってやつだ。
ペレジスでは私もアリサ相手にガールズトークを試みたけど、あんまり盛り上がらなくて残念な思いをした。
でも、アイリスとレイラのガールズトークは盛り上がっている。ずるい。わたしもガールズトークに混ざりたい。ちょっと拗ねた気分で話を聞いていると、アイリス自然な風を装ってレイラから母親の話を聞き出していた。
……なんだ、ガールズトークじゃなくて事情聴取だったか。それなら、私が出る幕はないや。
手を動かしながら背中で聞いたレイラの話をまとめると、彼女の母親であるメナという人物について背景が少し見えてきた。メナはもともとこの星でジャーナリストとして影響力を持っていたけど、疫病の流行によって夫を失った悲しみと絶望から次第に星の政府やギルドに怒りを向け始めたらしい。
そして彼女がスクープした大統領らの星外逃亡は、星の現状を「暴いた」として住民たちの支持を集め、メナは急速に影響力を増していった。
彼女が語る「真実」は住民たちに不満と怒りを植え付け、やがて暴動を引き起こした。その暴動は都市機能を麻痺させるだけでなく、ギルドの象徴であるC3通信網までも破壊させてしまった。その結果が今の状況ということらしい。
私から見るとメナの行動は自暴自棄の末の破壊活動にしか思えないけど、レイラが言うにはメナはそれを「星の再生」だと固く信じているらしい。星の未来を変えるために「真実」を広めているという考えに取り憑かれて、その結果としてかえって星が混乱して分断と破壊が広がっている。そんな皮肉な現状に彼女が気付いているのかどうかはわからない。
それでもレイラは母親を理解しようとしながらも、どうにかして止めたいと願っている。母親の頑なさに自分の言葉が届かないと知りつつも、メナのことをただの「扇動者」として見捨てることはできないんだと私は思った。
「私……ママにね、このオルガンの音を聞いて欲しいの。この星が平和だったころを思い出して欲しいの」
「そっか……じゃあ、もうすぐトワがレイラちゃんの夢を叶えてくれるよ」
これは責任重大だ。取り付け器具を握る手に力が入る。……いや、力を入れすぎてC3に傷をつけたらダメなんだけどね。
しばらく悪戦苦闘してようやく作業が終わり、クリスタルオルガンは復活した。鍵盤を押すと、澄み渡った音が響き渡る。うん、やっぱりこの子、歌いたがってる。でも、ごめんね。私……シンガーだから楽器は得意じゃないんだ。
レイラに弾いてみるかと話を降ってみたら喜んでうんと答えた。レイラは嬉しそうに鍵盤を触って音を出しているけど、その音はとても曲と呼べるものじゃない。それもそうだよね、だって年齢的にこの子が物心ついたころにはもうパンデミックだったはずだし。そんな状況じゃ彼女は楽器を演奏したことも、まともな音楽を聴いたこともないだろうし。
どうしたものかと考えていると、ヴァルトさんがホールに入ってきた。……ごめん、ヴァルトさんの事、忘れてた。
「オルガンの音が聞こえた気がしたが……まさかとは思うが、もう調律が済んだなどと言うことはないな?」
「そのまさかだよ。本当にびっくりするでしょ、うちの妹」
「いや……びっくりという次元ではないぞ……」
これは褒められてるのかな?褒めるならもっとストレートに褒めて欲しいのに、どこか呆れられてるような気もする。解せない。
それはともかく、試奏だ。
「アイリス、オルガン弾ける?」
「うん、弾けるよ。……でも、ヴァルトさん、弾いてみたいんじゃない?」
「……うむ」
少し恥ずかしそうにしながらも、ゆっくりと頷くヴァルトさんの様子に、私は少し意外に思った。彼が若い頃にこの大音楽堂で聞いたオルガンの音が忘れられずにこの星に再び来たという話を思い出したけど、でも聴く側じゃなくて弾く側を希望するのは、ちょっと意外だった。
でも、やりたいというならやってもらうのもいいだろう。レイラと私は鍵盤の前を譲り、彼がオルガンに向かうのを見守った。
「……では、失礼する」
そう言ってヴァルトさんは無骨な指をゆっくりと鍵盤におろし、やがて心を込めるように一音一音を丁寧に鳴らし始めた。最初は探るような慎重な調子で。次第にその指はなめらかに動き、音は豊かに流れ始める。
大音楽堂いっぱいに響く美しい旋律に、私は驚きと感動を覚えた。レイラもまた、目を丸くし……やがては目を閉じてその音に聴き入っている。彼の奏でる音は、記憶の深い場所に眠る希望のような響きだった。かつてこの場所を愛した人々が再び集う、そんな日を夢見る音のように。
……そして、気がつけば私は口ずさんでいた。自然と、歌がこぼれていく。再生への祈りを込めて、心からのメロディーをそっと重ねていく。
――いつかまた、この場所が人々の笑顔で満たされますように。




