#5
>>Towa
エルドさんと名乗ったこの星の住民と、アイリスの情報交換でわかったことはこうだ。
今から8年前、突如「クレナシス症候群」と呼ばれる疫病が発生し、瞬く間に感染が広がった。その病は極めて高い致死率を持ち、発症すればほぼ確実に死に至る恐ろしい病だったそうだ。
最初に感染が確認されたのは私たちがこれから向かう予定の芸術都市ノヴァーラ。
丁度年に一度の芸術際の最中に急激な感染爆発が起こり、都市は大混乱に陥った。そして、病はそこから星都アルディナへと広がり、最終的に惑星人口の約6割が犠牲になったらしい。
ノヴァーラで感染が拡大するなか既存の治療方法では対処できず、あまりの混乱でワクチンの開発もままならない状態でアルディナでの感染が発覚し、その時点で星外への救援要請が行われたそうだ。
……でも、最寄りの恒星系からの救援には最速でも片道7年以上かかるため、もはや手遅れという絶望的な状況に陥ったらしい。そしてそんな最中に、この星の崩壊を決定づける致命的な出来事が起きたんだ。
「――じゃあ、この星の大統領と政府高官たちが……?」
「ああ、奴らはアルディナへの感染拡大が確認されたとたん、星外へ逃げ出したんだ」
信じがたい話だった。防疫対策の指揮を執るべき政府上層部が惑星を見捨て、避難……いや、逃げ出した?自分たちが真っ先に?一体どういうことなんだろう。私にはその行動が全く理解できなかった。
だけど私はふと、軌道エレベータの扉に挟まっていたカートの事を思い出した。そうか、あれは逃亡する大統領達が追っ手が掛からないようにわざと……。ベルンハルトといい、この星の大統領といい……宇宙にはまともな指導者はいないんだろうか。立派な指導者だったお義父さんの爪の垢を煎じて飲ませたいよ……。
私がお義父さんの事を懐かしんでいる間にも話は進んでいた。
「ギルドはどうしたんですか?この星にもギルド支部はあったはずですけど……」
「ああ、そうだ。だが、間の悪いことにギルドの幹部連中はちょうど大音楽堂の改修準備でノヴァーラに滞在してたんだよ。それで、対策も整わない初期の感染拡大に巻き込まれてな……結局みな病に倒れた」
「……そうだったんですね。……魂の輝きが、永遠に水晶に宿りますように」
アイリスが哀悼の言葉を口にする。ギルドの一員として、病に倒れた仲間のために私とヴァルトさんも同じ言葉を繰り返した。美しい響きの言葉ではあるけど、この言葉を使う時はいつも悲しい時だから、私はこの言葉が好きじゃない。
ヴァルトさんも沈痛な表情だ。彼が大切に思っている大音楽堂にまつわる話でギルドの仲間が犠牲になったと聞くと、やはり思うところはあるんだろうね。
「では大統領達の逃亡が、この状況の原因か」
「結果としてはそうだ。だが、直接的ではない」
ヴァルトさんの指摘にエルドさんが苦虫を噛み潰したような表情で話し始めたのは、さらに衝撃的な話だった。
大統領達の逃亡後、残された政府で現場担当をしていた役人達は混乱を少しでも押さえるために上層部が逃亡した事実を隠しながら事態の収拾に努めようとしていたらしい。だけどあるジャーナリストによってそのスキャンダルは暴露され、その報道に住民は強い怒りを抱いたという。
そして……何故かその噂には、ギルド幹部も大統領と一緒に逃亡したという誤った情報も含まれていたんだそうだ。
実際にはギルド幹部はすでに病に倒れていたのだけど、住民達の目から見ればギルドの人間が表立って何の活動していない事は事実で、そのことがギルドも政府と同じく惑星を見捨てたように見えたそうだ。
そこから事態は一気に崩壊していった。
政府は情報を隠蔽している。
疫病はギルドの秘密実験によって起こったものだ。
治安当局は住民を支配しようとしている。
……さらには「C3が疫病の原因」という荒唐無稽なデマまで飛び交い、怒りと恐怖に駆られた住民たちは暴徒と化した。
その結果、行政府やギルドの施設、さらにはC3通信設備が襲撃され、星外との唯一の連絡手段だった超光速通信装置も破壊されてしまった。エルドさんによれば、暴徒の背後で扇動を行ったのも、最初に告発を行ったジャーナリストだったという。しかし今となっては、もはや誰が原因かを追及しても意味のないことだと彼は言った。
「でもさ、もうみんな過去の話さ」
話が一段落したとみたナタリアが淡々とした様子で口を挟んできた。荒廃した街を前にした彼女の言葉には悲壮感や怒りはなく、むしろあきらめにも似た響きがあった。
「みんな、最初は怯えてたけどね。けど、もう誰も感染なんかしない。感染したやつは皆死んじまったし、感染者だってほとんど残っちゃいないからね」
「でも、それだけで感染が収束したって言えるんですか?」
アイリスが控えめに質問する。ナタリアは肩をすくめ、答えた。
「私らを含め、生き残った人たちはみんな免疫を持ってるんじゃないかって話だよ?実際、ここ一年くらいは病気の話なんてまるで聞かないし、医者ももう心配ないってさ」
彼女の言葉は自身の言葉を信じて疑わないようだけど、本当にそうなんだろうか?内心疑問に思っていると、エルドさんが補足説明を行ってくれた。
「治療法……とは言うには乱暴だが、治療できる可能性が発見されている。私はそれも感染拡大が止まった理由の一つだと思う」
「治療できる『可能性』ですか?」
「ああ。クレナシス症候群の原因となる病原体が低温に極端に弱いことがわかったのだ。感染がわかった人間を冷凍睡眠にかければ、体内の病原体を駆逐できる」
それ、無茶な方法だよね?普通の状態でも冷凍睡眠は100%の蘇生を保証するものではないのに、疫病に掛かって体力を消耗した状態で冷凍睡眠を行うなんて……自殺行為以外の何物でもないんじゃない?
「座して死を待つより……ですか?」
「そういうことだ。しかし、この方法でクレナシス症候群の致死率は劇的に……54%に低下した」
つまり、冷凍睡眠での荒療治で半数以上の人が命を落とす。それでも致死率100%よりはまし。……この星は、そういう世界なんだ。
あまりの状況に声が出なかった。アイリスも私と同じなのか、黙って何かを考えている。思い沈黙を破ったのはナタリアだった。
「ところであんた達、何か使えるモノをもってないかい?これだけ情報提供したんだ、見返りがあってもいいだろ?」
「……ナタリア」
エルドさんは止めてくれるが、彼女が主張する事ももっともだ。奉仕には対価を。それはギルドの掟だってアイリスも言ってたしね。とはいえ私達も任務で降りてきただけなので、必要最低限の物資しか持ってきていない。どうしたものかとアイリスに目をやった。
「アイリス?」
「……そうたね。ナタリアさん、エルドさん。フォトンバッテリーなら予備があるので提供可能ですが、いかがですか?」
「あたしは文句ないよ」
「それは願ってもない申し出だ。今こちらではフォトンエネルギーが慢性的に不足してるんだ。軌道ステーションの充填施設が使えればずいぶんと事態が改善するんだがな……」
エルドさんは意味ありげに言葉を切り、アイリスを見る。アイリスはその言葉と視線の意味に気付いているのか、頷くと続けた。
「軌道ステーションは元々この星のものですから、私達が占有するつもりはありません。ただ、先ほどのお話では暴徒がいると言うことなので……現状で軌道エレベータを無制限に解放するのは難しいと思います。治安部隊か自警団の管理の元でなら問題無いとは思いますが……」
「自警団なんて気の利いたモノはないな。ただ、部隊と言うほどの規模でもないが、治安当局の連中なら郊外の農業プラントに陣取っていろいろと活動しているようだが」
「農業プラントというのはノヴァーラへの街道脇にある……?」
「そうだが……あんた、詳しいな?この星に来たことがあるのか?いや、でもあのあたりは観光者が近づく場所でもないが……」
ヴァルトさんの言葉に少し驚いた表情を浮かべるエルドさん。だがヴァルトさんは彼の言葉には応えず、アイリスに向かって話しかけた。
「目的地への道中に大規模な農業プラントとその管理のための小集落があるはずだ。任務が終わった帰りに立ち寄ってはいかがか」
「そうですね、ではそうしましょう。治安当局と連携がとれ次第、軌道ステーションを解放する方向で調整します」
ヴァルトさんの言葉にアイリスが頷き決定を下すのをナタリアが不思議そうに見ていた。
「そっちの嬢ちゃんがボスなのかい?ステーションの開放なんて勝手に決めちまっていいのかい?」
「そうだ。彼女は……」
ヴァルトさんはそこまで言いかけて言葉を切った。身分を明かすかどうかはアイリスの判断に任せるべきだと思ったのだろう。うん、それは正しいと私も思う。
「私は、モーリオンギルドの管理官です。この星の支部とは直接の関係はありませんが、失われたギルドの信頼を回復できるよう、ベストは尽くします」
「管理官……?それ、支部長クラスじゃない……」
……うん、知ってた。アイリスはそういう人だ。そしてナタリアはアイリスが支部長クラスの人間だと思って目を丸くしていた。本当はもっと偉いんだけど。どうだ、私のお姉ちゃんはすごいだろう。
私が何を考えているのか察したらしいアイリスに呆れた表情で軽く睨まれた。解せない。内心で姉を褒め称えていただけなのに。
話がまとまり私たちはエルドさんとナタリアに別れを告げ、目的地であるノヴァーラへと向かうことにした。軌道エレベータについて、何かあればどう連絡するか尋ねると、ナタリアは「エレベータが動き出したら、どこにいてもすぐわかるさ」と笑った。そうか、彼らがここにいたのもエレベータの動きで気づいたからだっけ。
別れ際、ナタリアが私達に声をかけてきた。
「メナスには気をつけな」
「メナス?誰かのこと?それとも何かのこと?」
「メナスは脅威さ。この星にとっても、多分あんたたちにとってもね」
それ以上話す気は無いのか、エルドさんに合図をしてナタリアは去って行った。
知ってる。これ、ホロムービーでよくあるフラグっていうやつだ。私はこの後、メナスなる脅威と確実に遭遇することを覚悟した。
――なお、出発前に軌道エレベータの地上駅を軽く探索してみたところ、倉庫エリアであっさりとフィルターパックを発見することができた。他の物資はほとんど略奪されていたのに、打ち捨てられ、倉庫の床に転がっていたフィルターパック君の姿に私は哀愁を禁じ得なかった。
まぁ地上だとまるで使い道がないらしいからね、航宙船用のフィルターパックって。アイリスが無線でパックを発見した事を船長さんに伝えていたので、タイミングを見て回収しておいてくれるだろう。メナスとやらの件もあるし、仮に私達に何かあってもこれで船長さん達はこの星を離れることが出来だろう。さぁ、これで私達はC3の設置に専念できる。




