#4
>>Iris
船に積まれていたのは小型の四輪駆動ビークルだった。なんとフォトンエネルギーではなく化石燃料を使う、いわゆるクラシックなビンテージ車――自動車というものだそうだ。もともとはヴェリザンの収集家が家宝として代々所有していたもので、ペレジスの工房で修復された後に運ばれてきたらしい。持ち主の方、生きていらしたら後で返却します。もし亡くなられていたら……そのコレクションは有効に活用させていただきます。
船の機関士さんいわく、この車はフォトンドライブ車とは違い静音性には欠けるけれど、パワーがかなり強力で愛好家にはたまらない性能だとか。幸いカートリッジ状になった燃料も補充済らしく2~3日程度の走行には十分だそうだけど……途中で燃料切れになったら補充のアテが無いから乗り捨てるしかないよね、これ。乗り捨てるにしても、できれば人里近くで燃料切れになって欲しいものだ。
エレベータの貨物デッキに停車したオフロード仕様の車に必要な物資を積み込むことにした。扉に挟まっていたカートはすでに取り除かれ、エレベータは稼働可能な状態になっているけど念のため積み込み作業中は緊急停止モードのままにしてもらった。
積む物は主に消耗品だ。食料と水については現地で調達するのはリスクが大きいため、ステーションで手に入れたものをできる限り載せた。通信機、いくつかのフォトンバッテリー、そしてブラスター用のカートリッジも万全を期して多めに持ち込む。地上が荒れている状況では、いざという時に備えるべきだからね。
そして地上へ降りる主目的であるC3。航宙船の推進ドライブに使われているものよりもかなり大型で、トワの見立てではSランクの貴重な品らしい。ベルンハルトの横領対象になっていた理由が理解できた気がする。楽器として使用される予定のC3としては破格のものだが、ヴェリザンの人達はそれだけ大音楽堂のクリスタルオルガンには思い入れがあるんだろう。ただこれは車内に積むには大きすぎるため、専用ケースごと車のルーフにしっかり固定することにした。
あとは手回り荷物を用意するだけ。地上に降りる際にはコスモスーツを着ておくつもりだけど、住民と接触するなら服も替える必要があるだろう。コスモスーツだといかにも余所から来ました的だからね。なので、軽い着替えも持っていく。あとはハンドスキャナーを準備して……と思っていると、トワが声をかけてきた。
「アイリス、それ何?」
「ああこれ?ヘルスモニタの端末だよ」
「スキャン……私の秘密を?」
「トワのことならスキャンしなくても大体わかってるけど一応、違うと言っておくよ」
実際にスキャンするのは会う人がこの星を襲ったであろう病に感染しているかどうかだ。ステーションのヘルスモニタに残されていたデータをもとに、船医さんと正体不明なの疫病感染判定法を検討した結果、感染状況は2種類の方法でチェックできることがわかったんだ。
ひとつ目は「抗体検知」でこれは精度は低いけれどウイルス接触の経歴がわかる。二つ目は「変異タンパク質の検知」。これは発症前に検知できることがわかっていて、こちらの精度が高いらしい。
どちらの検査もフォトンとC3を介したレゾナンススキャン方式で十数メートル程度離れていても検知は可能だ。だから「変異タンパク」をメインに抗体の検知を併用して、遭遇する人が感染者かどうかを判定していくのがベターというのが船医さんの見立てだ。ギルドネットに接続できればさらに確実なデータが得られるだろうけど、この星は今、恒星間通信が途絶えている。地上に降りたら現地の医師のレポートが手に入るかもしれないし、船医さんにはその都度情報を提供する予定だ。
途中で会話に参加してきたヴァルトさんを交え、そんな話をしている最中、ふと見るとトワが椅子の端でうとうと船を漕いでいることに気が付いた。自分から話を振ってきた割にはこういう会話は好きじゃないんだよね、この子は。髪をそっとなでていると、ヴァルトさんがこちらに視線を向けて、優しげに微笑んだ。
「仲が良いのですな。確か、ご姉妹でしたかな?」
「ええ、血は繋がってませんけど」
「それは意外ですな。見た目は似ておられませぬが、本当の姉妹かと」
「それ、私達にとって一番の褒め言葉です」
そんな事を言っている間に降下準備が整った。さあ、行こうか。
軌道エレベータで降下している最中に夜がゆっくりと明け始めた。昇る朝日とともに、地上の景色が少しずつはっきり見えてくる。眼下に広がるのは、廃墟と化した街並みや、陥没した荒れた道路の数々。それはただのパンデミックで起きる光景ではない。ここで何が起きたんだろうか……。その光景に思わず心が重くなる。
そのとき、目を細めて地上を見つめていたトワが小さく声を上げた。
。
「アイリス、下に誰かいるかも」
「えっ?」
「よく見えないけど、動いてる影がある」
彼女の指差す方向を目を凝らしてみるが、私には特に不審なものは見当たらない。けれど、ヴァルトさんは目を細め、確認するようにうなずいた。
「……確かに。二人、ですな」
トワの視力がすごいのは知ってるけど、ヴァルトさんもかなりのものだ。さすが元保安部の大隊長……というところだろうか。二人、ということは相手は人間だろうか?安全を最優先にして、着地後の行動を決めておく必要がある。
「地上に着いたらまず船に連絡して、エレベータは停止したままにしてもらいましょう。その後で相手の出方を見て、必要なら接触を考えます」
「ブラスターは?どうするの?」
「まだ敵かどうかもわからないからね。こちらからは出さないように。ヴァルトさん、それで大丈夫ですか?」
「承知した」
こちらには乗り物があるから強行突破も考えなくは無かったけど、それは最終手段だ。地上に降りた途端に取り囲まれたりしないで済むよう祈りながら、地表を見つめる。さっきの影は地上駅の影に隠れたのか、もう見えなくなったとトワが言っている。エレベータの速度が徐々に落ち……やがて着地の振動が体に伝わってくる。
降下が完了しエレベータの扉が開くと同時に、私は少し声を張って無線で船に連絡した。誰かが隠れていたなら、これでこちらが人間であること、そして軌道上に仲間がいる事が伝わるだろう。
「船長さん、こちらアイリス。降下完了、こちらの合図があるまでエレベータを停止しておいてください」
『了解、どうか無事で』
船長の応答が途絶えると、周囲は静寂に包まれた。さっきの人影は姿を消したままだ。どこかで様子をうかがっているのかもしれない。
……この静けさは、あまりいい予感がしない。その時、正面ゲートの近くから誰かの声が聞こえた。はっきりとした、低めの男性の声。
「ずいぶんと久しぶりにエレベータが動いたと思ったら……星外からのお客さんか?何者だ?何をしに来た?」
そう話しながら、年配の男性が姿を現した。……大きな荷物を背負っているが、丸腰のようだ。服は少し古ぼけてた作業着のような……いや、あれはエンジニアスーツだろうか?そして男性の隣には隣には、警戒を隠さない目つきの壮年女性が立ち、私たちをじっと見ている。
私は目立たないようにスキャナーを二人に向ける。……抗体反応無し、タンパク変異無し。健康そうな見た目通り、感染はしていないようだ。そのことを確認すると一歩前に出て、なるべく感情を殺した冷静な声で声に応じる。
「あなたたちこそ、ここで何を?それに、人に何かを聞くときは自分から名乗るべきでは?」
年配の男が少し口元を歪めて笑った。その笑みは決して不快なものではなく、自分たちの非礼に気付いて苦笑しているようにも見えた。
「それもそうだな、失礼した。私達は使える物資を漁っているところでね、エレベータが降りてくるが見えたので確認しに来たんだ。なにせ、こいつが動くのは……もう7年ぶりか?よく動いたものだ。ああ、自己紹介がまだだったな。私の名はエルド、この星のインフラ技術者……をやっていた」
その名乗りに、私は軽く頷く。彼の隣の女性が、わずかに肩をすくめて口を開いた。
「ナタリア。元トレーダーだけど、今はただのスカベンジャーってとこ?で、あんたたちはどんな目的で来たの?今さらこんな星に用なんてあるとは思えないけど」
話は通じる相手のようだし、相手は礼儀を守って名乗ってくれた。私を守るように横に控えてくれていたヴァルトさんが少しだけ警戒を緩めた気配を感じる。なら、次はこちらの番だが……。
「私はアイリス、こちらは妹のトワ。一緒にいるのは護衛のヴァルトさん。私達はギルドの人間で、任務のためにこの星に来ました」
「任務?ここで?このいつ終わるかもわからない星で?」
少し馬鹿にしたような表情でナタリアさんはそういう。確かに、この惨状の前に、任務も何もないだろう。私は大げさに肩をすくめて見せてから、彼女に合わせて少し言葉のトーンを変え言葉を紡ぐ。
「私達がペレジスを出たのは15年前だよ?少なくとも、そのときは何も問題は無かったと思うけど」
「……ナタリア」
「……ちっ、悪かったわよ」
どうやらエルドさんが主導権を握っているらしい。ナタリアさんは私達にあまり好意的では無いみたいだけど、エルドさんは私達と対話する意思があるようだ。私達はあまりにもこの星の状況を知らなすぎる。情報収集のためにも少し話をしておくべきだろう。
「それで、上の状況はどうなっていた?」
「軌道ステーションですか?無人で放置されていました。一部機能は停止しているところはありましたけど、船のスタッフが可能な限り復旧を行ってくれています」
「フォトンバッテリーの充填設備はどうだ?まだ稼働してそうか?」
「ええ、過充電で停止していたので再起動させました」
「おお、それは……この数年で初めて聞く朗報だ」
……今が状況を聞き出すチャンスと見た。
「一体何があったんですか?星外に向けて緊急警報が発令されていた事は知ってるんですが」
私の言葉にエルドさんは深いため息をつくとこの星に起きたことを語ってくれた。




