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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
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#3

>>Towa


 船外カメラに映るアイリスが酸素供給フィールドを止めた瞬間、気づけば私はエアロックに向かって駆け出していた。感染防止のためだと船外にとどまっていたアイリス。私は、一秒でも早く姉のそばに行きたかった。もしフィールドを解除したことで万が一、アイリスが感染することになったとしても……私も一緒にいたいと思ったからだ。

 で、気づいたら目を白黒させたアイリスに抱きついていた。

 船長さんたちも私の様子を船外カメラで見ていたのか、みんな揃ってエアロックの外に出てきている。


「無線でやりとりするより、直接の方が良いですからね」

「すみません、妹がご迷惑を……」

「迷惑じゃない」

「いや、トワに迷惑かけたわけじゃなくて、トワが迷惑かけたんだからね?」


 つい船長さんとの会話に割り込んでしまった。我ながら感情のコントロールができていない。コントロールできていないという自覚はあるんだけど。そんな私の気持ちを察してくれたのか、口ではお小言のような事を言いながらもアイリスは私の頭をなでてくれた。


「それで、二つ目の報告ですが」


 アイリスが真面目な話を続けようとするので、名残惜しいけど、抱きつくのはやめて一歩下がる。


「ステーションへの来場者数が突然途絶えているのが気になって、軌道エレベーターの稼働状況を調べてみたんです。すると、7年2ヶ月前に緊急停止して以降、再稼働していないようなんです」

「なるほど、軌道エレベーターが止まれば当然、地上との行き来も完全に途絶えるわけですね。何か事故でもあったのでしょうか?」

「当時の映像は残っていなかったのですが、現状の様子なら」


 アイリスがフォトンタブに映像を映し出す。そこに映っていたのは……。え、なにこれ?エレベーターの搭乗口に荷物運搬用のカートが挟まってるんだけど。慌てて逃げる時に引っかかった?でも、カートは転倒もしていないし、押すなり引くなりすればすぐに動かせそうな位置だよね、これ。


「ご覧の通りの状況で、確かにこのままだとエレベータは動かすことができません」


 船長さんが眉をひそめる。たぶん、私も同じように眉をひそめていると思う。


「……状況は把握しましたが、これは……何かの意図で扉を閉じられない状態にしているようにも見えますね。そして、扉が閉まらない限り、軌道エレベーターは動きません」

「現状では真相は不明です。ただ、カートをどかせば再稼働はできそうなので……。それで、地表の状況はいかがでした?」

「それは航海長から説明を」


 アイリスが船長さんにそう訪ねると、船長さんは航海長さんに説明を求めた。


「観測の結果、夜の都市部に明かりが点在しているのがわかりました。自動点灯ならもっと整然としているはずなのですが、この不規則な点灯パターンでは……たぶん外灯の類いは全滅してますね。灯っているのは建物の窓から漏れる最低限の明かりぐらいでしょうか。あとは……他にも郊外と思われる場所にも不規則に灯っています」


 航海長さんは、私たちが状況を理解できるよう、一呼吸置いてから続けた。


「動く明かりがほとんど無いので交通インフラもダウンしていると思われます。ただ明かりの付き方を見ると、誰かが地上で生活しているか、そこを拠点にしている可能性が高いと考えられます」


 航海長さんの言葉に一同は顔を見合わせる。惑星上に生存者がいる?それも、かなりの数の。


「……どのエリアに照明があるか、わかるか?」


 その時、それまで黙っていた元軍人ぽいおじいさん――ヴァルトさんという名前だと聞いた――が低い声で口を開いた。


「え、ええ。軌道エレベータ地上駅近くのこのあたりに比較的大きなな不規則点灯群、そして150Kmぐらい西に離れた地域にも小規模な点灯群が見えます」

「大きい方は星都アルディナ、小さい方はノヴァーラ……芸術都市だな」


 地図も見ずに断言するヴァルトさん。この星の人だったんだろうか?思わず彼の顔を見つめてしまう。


「……若い頃にな、この星に住んでいた。死ぬ前にもう一度ノヴァーラの大音楽堂の音を聴きたくてな」

「大音楽堂?それ、確か船に積まれているC3の配送先じゃ……」


 アイリスが不意に顔を上げ、ヴァルトさんに尋ねると彼は無言で頷いた。偶然にしては出来すぎた話だと思ったけれど、船員さん達によれば大音楽堂のクリスタルオルガンはこの星での一大観光スポットで、近隣の星々にも有名らしいと聞いて腑に落ちた。星外からもその音を聴き来にくる人が多いとかで、軌道エレベータから大音楽堂のあるノヴァーラまでの交通インフラもかなり整備されているそうだ。

 なにそれ、ちょっと聴いてみたい。でも、オルガンの音色を聴くためには……私がC3を設置しないとだめなんだよね、きっと。


「それで……ここからは、提案というかモーリオンギルドとしての要請なのですが」


 アイリスが少し緊張した顔でそう切り出す。真剣な表情に、私も思わず姿勢を正した。


「私たちはギルドの職責として、C3を指定の場所へ届ける義務があります。私とトワで、その運搬を行わせていただきたいのです。そして……」

「そして?」

「……運搬の際に、フィルターパックの探索も並行して行います。いかがでしょうか」


 アイリスの「要請」は、私と二人で地表に降りるという内容だった。うん、まぁアイリスならそう言うよね。私が留守番でなければ、特に異論は無い。船長さんは少し顔を曇らせ、低い声でアイリスに答える。


「地表に降りるのは危険です。生存者がいるにしても状況が不明ですし、インフラも……。危険回避を最優先するならC3はこの軌道ステーションに残置し、多少のリスクは承知でこのまま出航する方がベターでしょう。回収できた物資は万全とは言えませんが、それでも無寄港を覚悟していた時よりも状況はかなり改善されていますし」

「でも、フィルターパックが見つかれば、もっと安全に航行できますよ?」

「確かにそれはそうですが……。仮に探索が必要だとしても、護衛をつけるべきだと考えます」


 アイリスはすぐに軽く首を振った。


「お気持ちはありがたいですが、ギルドの業務には守秘義務が課せられていますす。外部の方に同行いただくわけにはいきません」

「だとしても……地表には何があるかわからないんですよ?どうしても誰かを護衛に」


 アイリスは否定するが船長さんは引き下がらない。心配してくれてるのはわかるから、私は口を挟むことができない。なので、じっとアイリスの顔を見つめる。どうするんだろう?アイリスは軽く息を吐いてから、ふとヴァルトさんに視線を向けた。


「……なら、ヴァルトさんに同行していただくというのは?それなら問題ないでしょう」


 その言葉に、船長さんもヴァルトさんも驚いた顔でアイリスを見る。アイリス、守秘義務があるから部外者は同行できないって言ったよね?私も一瞬何のことかわからなかったけど、アイリスの目がきらりと光ってウィンクするのが見えた。


「ペレジス支部保安部の元大隊長さん、ですよね?」


 えっ、そうなの?私が急な話に驚いていると、ヴァルトさんが少し目を細めたかと思うと、短く鼻を鳴らした。どうやら隠していたつもりだったみたいだ。船長さんも驚いた表情でヴァルトさんを見ている。


「……元職ではあるが、な。まぁ行き先がノヴァーラの大音楽堂なら、それは儂の目的地でもある」


 アイリスが少し笑みを浮かべてうなずく。



 話がまとまったあと、コンテナに搭載されたC3やビークルの搬出作業が始まった。うん、地上での移動距離が長いから積み荷のビークルを使わせてもらうことになったんだ。

 でも搬出作業は素人の私達にお手伝い出来ることがないから、今は旅客スペースでアイリスとおしゃべり中なんだけどね。


「アイリス、ヴァルトさんと知り合い?」

「知り合いってほどでも無いけど、顔見知り、かな?向こうも私達の事覚えてたみたいだしね。トワも会ったことあるよ?」

「記憶にない」

「ほら、評議会へ乱入するときに……アリサの事を信じてくれた人」


 主観では二週間ほど前、ペレジスの時間では15年ぐらい前になる出来事の記憶をたどる。保安部の人がいたのは評議会のところだよね?あの時にいた人のなら……。


『シノノメ管理官補殿。勝算は、おありか』


 ああ、思い出した。


「勝算は、の人?」

「そう、それ……ってもう少し違う覚え方をしてあげて?」

「シノノメ管理官補殿?」

「いや、それアリサの事だよね?」


 そんな事を言っているとシノノメ管理官補殿……じゃなくてヴァルトさんがやって来た。


「二等管理官殿、いつから気づいておられた?」

「お顔を拝見したときに見覚えがあるな、と。声を聞いた時点で思い出しました。あと、私のことはアイリスと呼んでください、ヴァルトさん」


 すごいなぁ、アイリス。私はアイリスに言われても気づかなかったのに。


「承知した。しかしアイリス殿は……トラブルに巻き込まれやすい体質のようだ」

「あはははは……それは否定しようがないかな……。まぁ、この子と一緒にいると退屈はしませんけど」


 私のせい?……いや、概ね私のせいか。


「そちらは確かシンガー殿でしたな」

「トワ。よろしく」

「こちらこそ、トワ殿。なら今回の設置はトワ殿の役目ですな」


 うん、それは確かに。シンガーの仕事の一つだからね、C3の設置も。でもこれ依頼主が生きてるかどうかもわからない状況だよね?完了報告とか、依頼料支払いとかどうなってるんだろう。無報酬で働いたらダメなんだよね、確か。


「……この任務、お手当でる?」

「出ないんじゃないかなぁ……。今回はベルンハルトの尻拭いだからね、たぶんペレジスの支部にはもう前払いの報酬は支払われてるだろうし。まぁ、上手くいったらいつかペレジスに戻ったときにアリサに請求してみたら?」

「アリサに会うのが楽しみ」

「会ってすぐにお金の話しちゃダメよ?そんなことしたらあの子、絶対泣き崩れるから」


 アイリスはそう言って笑うけど、さすがの私もそこまで非常識じゃない。ちゃんと再会の挨拶をしてから、報酬を要求する予定だ。


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