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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
68/211

#2

>>Towa


 なんだかすごいことになった。目覚めてすぐに惑星が壊滅状態だと聞かされ、不安でアイリスが起きるのを待っていたら、起きてすぐのアイリスが状況をまとめて仕切ってくれた。……いや、知ってたよ、私のお姉ちゃんは無敵で完璧超人なんだって。

 前の船(キャメル067)と同じようにラウンジに設置されたホロディスプレイで、軌道ステーションへ船が接舷する様子を見つめながら、そんなことを考えていた。


 方針が決まった後、私もアイリスも探索チームに立候補した。船長さんは一瞬驚いたみたいだけど、最初の探索メンバーは4人と決めていたらしく、結局乗客はアイリス一人だけが選ばれる事になった。

 冷静に考えれば当然なんだけど、理解はしてもアイリスだけが危険な場所に行くなんて納得できない。だから小型のC3通信機を借りて、ラウンジからでもアイリスと連絡を取り合えるようにしてもらった。わがままだけど、それぐらいの事は許して欲しい。


 それでも、なんだか自分にがっかりしている。自分の目的のために旅に出たはずなのに、こうしていつもアイリスに頼りっぱなしだ。ペレジスでのことも、結局ベルンハルトを止めたのはアイリスで、私はただ見ていただけだった。最初にベルンハルトを倒すと決めたのは私だったのに、結果としてアイリスに手を汚させてしまった。


 私がアイリスを「お姉ちゃん」と呼びたくないのは、気恥ずかしいからだけじゃなくて、姉と呼ぶことでますます甘えてしまいそうで怖いというのもある。いや、むしろそちらの方が大きいかもしれない。大好きなお姉ちゃん。

 本当は、もっとベタベタして甘えたい。でも、宇宙を旅するなら……私も自立しないといけないから。でも、アイリスと離れるなんて考えるのも嫌だという矛盾した気持ちもある。

 成人したと言っても、結局私は姉離れできてないんだな……と自己嫌悪することしか、今はできない。


『こちらアイリス。トワ、聞こえる?』

「聞こえる。出発?」

『うん。行ってくるね』

「お土産期待してる」

『トワの好きなスラリー(どろどろ)探してくるよ』

グラット(満足)を希望」

『あははは……じゃあ、行ってくるね』

「気をつけてね」


 アイリスはいつも優しい。これから危険があるかもしれない探索へ赴くというのに、私のことを気にかけてくれる。そんなお姉ちゃんに、私はどうやったら報いることができるんだろうか。いや、私が報いるなんて考えること自体が烏滸がましいのかな……。


 他の探索チームの報告はホロディスプレイから音声が流れている。ラウンジでそれを聞いているの私と、アイリスが軍人さんと呼んでいたおじいさんだけ。病人さんは気分が悪いと冷凍ポッドで横になっているけど……あのポッド、寝にくい気がするんだけど。


 ホロディスプレイ越しに交信が聞こえてきた。どうやら探索が始まったようだ。探索チームの少し緊張した無線のやり取りに耳を澄ませる。


『こちらアンダーソン、旅客フロアに到着。照明がところどころ落ちているが、前方の様子は確認できる。人工重力もドッキングポートあたりと同じ0.6Gで安定してるな。聞こえるか?』

『こちらブリッジ、了解。旅客フロアの探索を続けてください。売店等に食料が残っていないか確認をお願いします』

『了解。……見たところ、食い物はなさそうだが……』


 誰かが息を呑む音がわずかに聞こえた。無線越しの呼吸音が微かに耳に響くたび、ステーション内の不気味な静寂が際立っている気がする。


『ランスです、貨物集積エリアに入った。こちらは照明が

半分落ちてるな。人影は……見えない』」


 しばらくの沈黙が続いた。空港のようなステーションの内部には、本来なら行き交っているはずの人影が全く見えないそうだ。映像がないので想像するしかないけど、考えただけでも不気味な光景だと思う。そして、そんなところにアイリスがいる。そう思った時、少し低めのトーンで報告するアイリスの声が聞こえた。


『正面奥まで視界クリア。ブリッジ、照明の落ちた区画に入ります。ランスさん、バックアップお願いします』

『ああ、任せろ』

『ブリッジ、了解。アイリスさん、無理はしないように』


 耳元に、探索チームの足音や呼吸の音が無線から漏れ伝わる。それ以外の音が何も聞こえないのが不気味だ。ホロディスプレイの向こうではきっと、アイリスも慎重に周囲を警戒しながら進んでいるのだろう。私は椅子を握りしめ、ただ無言で彼らの通信を聞いていた。


『こちらアンダーソン、旅客エリアの階下で物資倉庫らしき場所を発見。扉が……閉まってるが、開けられると思う。入ってみる』

『甲板長、慎重に頼みますよ』


 ブリッジが指示を出す。再び静寂。扉の開く金属音が響き、その先はまたしばらく音が途絶えた。張り詰めた静けさに、まるでこちらの息さえ音になるように感じる。


『……内部確認……おい、こいつは……既に誰かが物資を持ち出してるぞ』

『……こちらブリッジ、倉庫は空か?』

『いや、食料のコンテナは発見、必要な分量はありそうだ。水も……ああ、必要最小限だが、あるようだ。酸素触媒のコンテナらしきものも見える』

『進入ルートの情報を送ってくください。回収班をそちらに送ります』

『了解、おいフランク、お前はフィルターカートリッジを探しとけ』

『了解、甲板長』


 誰かに先をこされていたと聞いて驚いたけど、最低限の物資は手に入りそうだ。緊張の中に少し安堵の色が混じった声が無線から伝わり、私はようやく肩の力を抜いた。


『こちらランス、フォトン充填の設備を発見……だが、電源が落ちているようだ。……動きそうかい?』

『システムが落ちてますが、再起動してみますね……』


 アイリス達の声も聞こえる。アイリスが機械を操作しているのだろうか。ほんと、何でもできるな、私のお姉ちゃん。


『……再起動確認。大丈夫、壊れたりはしてないみたい』

『おお、アイリスさん、助かったよ』


 ブリッジ要員の声も弾んでいる。フォトンバッテリーはフォトンセルを大型化したもので、航宙船の動力源になるものだ。地上でもフォトンエネルギーの蓄積は可能だけど、宇宙空間で行う方が効率が良いらしくて軌道ステーションにはフォトンの充填施設が必ず用意されている……ってアイリスが言ってた。でも、これで地表に降りずに済みそうだ。そう思ったときだった。


『アンダーソンだ。面倒なことになった。物資倉庫を隅から隅まで探したが、フィルターカートリッジが見当たらない』



>>Iris


 ここまでは順調だったのに。フォトン充填作業の進捗を見守りながら無線を確認していた際にアンダーソンさんから寄せられた報告に思わず歯がみした。食料、水、酸素、エネルギー源までは手に入ったというのに、まさか浄化フィルターが無いなんて。

 航宙船に積める物資の量には限界がある。特に水や酸素といったかさばる物については積載可能な分量だけでは生命維持には到底足りず、濾過フィルターを使ったリサイクルが必須になる。つまり、水や酸素の現物があったとしてもフィルターカートリッジが無ければ焼け石に水……ってことだ。


『正確には見当たらないんじゃなくて、開封したパッケージが転がってる。……先に来た誰かか、もしくはここを退去する連中が持って行ったようだな』


 見当たらないならまだ見つかる可能性があるけど、開封されたパッケージが残っているとということは、既に持ち去られていてここには存在していないと考えるべきだろう。航宙船ほどではないにしても、軌道ステーションにも積載量の限界はあるからね。

 となると可能性としては低めだけど、地表に降りてフィルターパックを探す必要がある、か……。


「船長、アイリスです。船の積み荷にフィルターパックはありませんか?」

『今回の荷物はギルドの依頼で運んでいるC3、あとはC3を使った日用品ですね。フィルターに代用できそうなものは無かったと思います。あとは……ビークルが何台かありますが』

「C3の配送予定……?」


 ペレジスでそんな話は聞いた覚えは無いし、アリサはなにも言ってなかった。もっとも支部再建で多忙なあの子が、輸出する貨物の中身を一つ一つ確認しているなんてことは普通に考えれば有り得ないんだけど……。


『ここの大音楽堂に据え付ける予定の大型のC3だと聞いています。長く納品が遅れていたものらしいですが……』


 船長さんのその話を聞いて、理解した。おそらくそのC3はベルンハルトが横領していた物資の一つなんだ。確かに大型のC3は高価で希少なものだから、おおかた普通に売るよりも高値で引き取るところへ横流しをしようとでも考えていたのだろう。そして奴が倒れ、横領されていた品が正規の取引先に送られた……と言うことだろう。


「なるほど、理解しました。ではステーション内をもう少し探索して、フィルターが見当たらない場合は……」

『はい、地表へ降りざるを得ない、ということになります』

「地表の観測は……」

『既に開始しています。現在、昼側なので船のセンサーではあまり詳しい事はわかりませんが、夜になれば照明の具合で人が残っているかどうかは判断できるでしょう』

「わかりました。こちらはフォトンバッテリーの充填が終わり次第連絡をいれますので、回収班の手配をお願いします」


 船長さんとの通信が終わり、私は一息ついた。横領されていたC3か……それはやはり、正規の届け先である大音楽堂に届けないといけないだろう。たとえ届け先が無人の荒野であったとしても、受けた仕事は完遂するというのがギルドの理念だ。

 ベルンハルトのやらかしをギルドの一員として少しでも原状回復する必要があるだろうし、出荷はしたけど届きませんでしたなんて事になったら支部長代理になったアリサの顔に泥を塗ることにもなりかねない。……アリサならそんな事は気にしなくていいと言うとは思うけど。

 それでも友達の評判を傷つけるような事になるのはダメだ。うん、他の誰でもない、私が気にするんだ。


 とは言え地表に降りるのは問題が多い。トワを巻き込むのは気がかりでしかないから、あの子を危険な場所に連れて行くのは避けたいけど……。でも、大型で高品位のC3に対する調律と設置にはシンガーであるトワの力がどうしても必要になるだろう。なによりトワが留守番を受け入れるとも思えないし。


 あとは……今回フィルターパックを探す必要がある以上、探索と納品をまとめて行えば危険な地表に降りる人数が最低限で済むという合理的な理由もある。

 いろんな考えが頭を巡るが、どうにも落ち着かない。冷凍睡眠の後遺症がまだ残っているのだろうか。


『アイリス』

「聞こえてるよ。今の話、聞いた?」

『次は私も行く』

「即決なんだね?」

『いい女は悩まない』

「聞いたこと無いよ、そんな話。どこ情報?」

『私調べ。アイリスは悩まない』

「いや、今まさに悩んでるところだよ……」


 まぁ、そうなるとは思っていた。船長さんとの会話を聞いていたトワが自分が参加する事をためらう訳がないからね。さっきだって船長さんの裁定が下るまでずっと私と一緒に軌道ステーションの探索に参加するって主張してたし。

 地表へ降りること、それもトワと一緒に行くことが避けられないなら、もう少しここで情報を集めておく必要あるだろう。私はこの場をランスさんに任せ、ステーション内で情報を探ることにした。目的地は軌道ステーション側の中央コントロールセンター。情報を集めるならそこしかない。



 しばらく後、物資の回収作業が概ね完了したとの連絡があり、私もコントロールセンターを離れ船のエアロック前まで帰還した。感染対策のため、ステーションへ出た人員はまだ船内には入らず、無線で報告を行っている最中だ。

 船外班の中で一番上位者なのは甲板長のアンダーソンさんらしく、彼が代表して船長さんに状況報告を行っている。この後、エアロックを使って除染を試みる話になったところで、私は口を挟んだ。


「船長さん、少しよろしいですか?」

『アイリスさんですか?ええ、なんでしょうか』

「実は除染の件、必要が無いと思います」

『それは……どういう理由ですか?確実な根拠でも?』


 うん、さすが冷静な船長さんだ。ギルドの人間の進言とはいえ、はいそうですか、と納得する訳がないよね。


「はい、先ほどステーションの中央コントロールでいくつかのログを確認しました」

『中央コントロール?そんなところにどうやって入って……ああ、アイリスさんは管理官でしたね。確かに支部長クラスの権限があれば、ギルドの管轄下にある施設はアクセスフリーになってもおかしくはない』

「はい、そうです」


 ……実は支部長クラス(三等管理官)じゃなくて、統括局長(二等管理官)クラスなんだけど、まぁそれはこの場でひけらかす話でもないだろう。


「そこで得た情報が二つあります。まず最初に確認したのがステーションへの来場者数推移とヘルスモニタの記録(ログ)です」

『なるほど、読めてきました』


 ……優秀だなぁ、プレストン船長。ウォルターさんと同じく、こういう人が味方だととてもやりやすい。


「このステーションに最後に来場者があったのは7年2ヶ月前でした。そしてヘルスモニタに異常が感知された始めたのは8年程前。最後の来場者が訪れるまでヘルスモニタの異常検出数は増減していますが、来場者が途絶えた以降は全く検知されていないまま7年以上経過しています」

『……ヘルスモニタの設置位置はわかりますか?』

「軌道エレベータの乗降口と、私達がいまいる乗船ゲート周辺。あとは旅客ターミナル内にも数カ所設置されているようです」

『なるほど、それならこのステーション内には感染源となるものが存在しないと判断して良さそうですね。もしかしたら、この疫病というのは空気感染(エアロゾル)しないのかもしれませんね』


 そう、それは私も考えたことだ。少なくとも7年前の時点(・・・・・・)では接触感染だった可能性が高い。その後、地表でエアロゾル型に変異している可能性は十分考えられるので、降下する際には慎重に行動する必要はあるだろうけど。


「ですので、除染を試みて航宙船のエアフィルターに負荷をかけるのではなく、エアロックを通常解放してこの後の活動はステーション側へ拠点を一時的に移すことを提案します」

『交換用のフィルターが手に入らない可能性を考えると、その提案は妥当ですね。ステーションを拠点にすれば、消耗品の節約にもなりますし。……副長、甲板長、どう思いますか?』

『自分は賛成です』

「オレもそれが妥当だと思う」

『ではアイリスさんの提案を採用します』


 船長さんのその発言を聞いて、私はコスモスーツの酸素供給(エア)フィールドを停止して軌道ステーションの空気を初めて吸い込んだ。ヘルメットじゃないから不快感や閉塞感は無いとはいえ、キャメル067でのEVAを思い出すとなんとなく嫌だったんだよね、このフィールド……。


「では二つ目の報告です」


 そう切り出そうとした瞬間、船のエアロックが開いた。思わず振り返るとそこにはこちらに向かって飛びついてきたトワの姿があった。


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