#35
そして出発の前夜。アリサがトワを呼び出した。……アリサの気持ちを知っているだけに、少し悪いことをしているような気もするけれど、心配でもあった。なので、私は物陰から二人の様子をそっとうかがうことにした。何故かウォルターさんも一緒だが、もちろん覗きなんかじゃない。ただ見守っているだけだ。
やましい気持ちは欠片もない。そうですよね、ウォルターさん?
「トワ様……あなたのことを、お慕い申しております。愛しています」
アリサが精一杯の勇気を出して、はっきりとトワに告白する。いや、青春だね。でもね、アリサ。トワにはもっと直接的でないと……たぶん伝わらない。
「ありがとう、アリサ。でも、私は『帰らないといけない』から」
「……」
「だから。いつかまた、大宇宙のどこかで」
それは星々を旅する者にとって定番の別れの言葉だ。刻の流れという壁に阻まれ、普通に考えれば二度と再会できない事を覚悟した上で、なお再会を願う祈りの言葉。だがテロマーであるアリサにとって、その言葉はまた別の意味合いを持つ。
トワ、その言葉は少し残酷だよ。アリサはこれからの長い人生、ずっとあなたの帰りを待ち続けることになる。
「……はい」
目尻に涙を浮かべ、微笑みながら答えるアリサの表情が、いつまでも待ち続けると語っていた。
「いつか……再び、お会いできるでしょうか?」
「うん。その時まで、ここで待ってて欲しい」
アリサは涙を流しながら頷いている。……そうか、トワはここへ戻ってくるつもりなんだ。そうだね、私達の旅はあてのない旅。再びここへ戻ってくることもあるだろう。なにせ、ここは私達の故郷のお隣の星なんだから。
そんなことを考えていると、今度はトワがアリサに語りかけていた。
「アリサ、私からも話がある」
「……なんでしょう」
「足、見せて欲しい」
アリサの視線が、ドレスの長いスカートに隠された自らの左足に落ちる。支部長代理として治療を受けられるようになったことで、アリサが負っていたひどい傷跡の多くは目立たなくなっている。だが、左足は神経が損傷していて動かすことができないままで、医者もその傷ばかりは回復は難しいと診断していた。
「トワ様が……望まれるのであれば」
恥ずかしそうに、しかしトワを信じているのかアリサは静かに頷いた。やはり自分の好きな人に、傷跡を見られるのは気が引けるだろう。けれども、彼女は覚悟を決めてトワに脚を預けた。
「少し試したい事がある」
「試したい……こと、ですか?」
「絶対に傷つけたりしない。信じてくれる?」
「もちろん。トワ様のことを信じています」
その返事を聞いて、トワはイグナイトを取り出した。微かに見える色は……碧?アリサは一瞬、不思議そうにトワの手元を見つめていた。
「目を閉じて、じっとしてて」
トワはイグナイトを起動するとそれをアリサの左足にそっと添え、数歩下がった。5秒のタイムラグの後、鮮やかな碧の光が辺りを満たし、二人を柔らかく包み込む。
「……今のは……?」
アリサが戸惑ったように自分の足を見下ろす。ウォルターさんも何が起きたのか分からず、私に視線を向けるが、私にもトワの意図がわからない。なにせ「碧」は効果が不明なのだから。
「アリサ、歩いてみて」
「はい。……あっ」
トワの言葉にぎこちなく数歩歩いたアリサは何かに気づいたように歩みを止め、トワを見つめる。
「少しだけですが……左足、が」
「うん」
「……動きます」
「うん」
効果不明だとずっとトワが悩んでいた「碧」。疲労回復でもなく、体力回復でもなく、傷の治癒でもない。だけど、かすみ目は解消される。トワは神経系に作用するのかも、と言っていたけど……。
「でも、どうしてこんな事が……」
「これはアリサがくれたSランクのC3」
「報酬でお渡しした?」
「アリサの足が治りますように。そう祈りながら調律した」
碧に神経系を修復する効果があるのか、トワの能力がC3に特殊な効果――キャメル067の時と同じような――を与えたのか。どちらかはわからない。でも、どちらでも良かった。
「「アリサっ!」」
「えっ、アイリスさん?ウォルターおじさま……?」
私も、ウォルターさんも、思わず飛び出していた。アリサが突然現れた私たちの方を振り返り、少し戸惑った後……真っ赤になった。告白を覗き見していたのがばれたらしい。トワの方は少し照れくさそうに視線をそらしながら、ぼそりと付け加えた。
「……実験成功」
「トワ様。ありがとうございます、本当に。それで……アイリスさん、ウォルターおじさま?少しお話がありますので、後で執務室へ来てください」
ちなみにいつの間にかアリサはウォルターさんの事を「ウォルターおじさま」と呼ぶようになっていて、ウォルターさんがたいそう喜んでいたのだが……それは今はどうでも良い話だ。いや、現実逃避していないで、少しアリサに叱られてくるとしよう。
翌朝、軌道エレベータ乗り場の前までアリサとウォルターさんが見送りに来てくれた。コンテナと手荷物を先に積み込み、二人と最後の別れを交わす。
いつかまた、大宇宙のどこかで。
私とウォルターさんにとっては、おそらく永遠の離別の言葉。だが、アリサとトワにとっては、再会を誓う言葉だ。
別れの後、アリサが記念写真を撮って欲しいと言い出した。
「ウォルターおじさま、写真を撮っていただいていいですか?」
「もちろん、お安いご用です」
自然に「ウォルターおじさま」と呼ぶようになったアリサの様子に、ウォルターさんはやはり満面の笑みだった。彼女のことをこれからも守ってあげてね、ウォルターおじさま。アリサは私とトワと彼女の3人で、と言ったがここは少し気を利かせておこう。
「ごめん、少し髪を直したいから先に2人で撮ってもらって?あとで私も入るから」
「わかった」「はいっ!」
どちらがアリサの返事かは言うまでもないだろう。トワは相変わらずの表情で、アリサは本当に嬉しそうに表情を変えながらポーズを決め、二人は何枚も写真を撮っている。あの写真も、マリエルさんの肖像画と同じくアリサがこれからの長い年月を生きるための、かけがえのない肖像になることだろう。
「もうすぐエレベータが出発する時間」
「アイリスさん早く!3人での写真がまだです!」
そんなことを考えていたら、2人に呼ばれた。振り返ると朝日に煌めくクリスタンティアの街並みが目に入った。初めて見たときは虚栄に満ちた醜い街だと思ったけど。
光景そのものはそれほど変わっていないのに、少しだけこの街の事が好きになれた気がした。
これにてペレジス編は終了、トワとアイリスは危険な冷凍睡眠で次の惑星ヴェリザンへと向かいます。
次回・次々回更新はトワ達の故郷で語り継がれることになるとある「伝説」にまつわるインターミッション(2話構成)をお送りします。




