#33
>>Iris
管理官としての断罪を終えた私は、ただひたすらに疲弊していた。トワに抱きしめられながら、このまま泣き出してしまうのではないか、あるいは気を失ってしまうのではないかと、内心で少しだけ怯えていた。
でも、なんとか踏みとどまった。ここで泣き崩れたらすべてが台無しになってしまう。そう自分に言い聞かせて。
「アイリスさん……。本当に、なんとお礼を言ったら良いか……」
アリサが涙を浮かべ、頭を下げる。そうだ、私は彼女の尊厳を取り戻すためにここへ来たんだ。私がベルンハルトを討ったことで、少しは彼女にギルドという組織の罪を償うことが出来ただろうか?
いや、これで仕事は終わりじゃない。失われた信用を取り戻しギルドを立て直す為の手配もあるし、まずは執行権を行使した報告を統括局にしなくては。まだなすべきことは多い。私はトワの抱擁をやんわりと解きほどき、事後処理を行うべく身を翻した。
「ブースタリア管理官、よろしいでしょうか」
と、今度はウォルターさんが声をかけてきた。いつものアイリスさん、ではなくよそ行きの管理官呼びだ。なにかかしこまった用事なのだろう。
「はい、なんでしょうか」
「統括局のメラニー・スゥ局長からのメッセージです」
メラニー・スゥ局長。それは、私が二等管理官試験を受けた際の面接官であり、この星域に展開するギルド組織を統べる統括局の長だ。彼女がわざわざ、しかもこのタイミングで連絡を?
戸惑う私にウォルターさんが彼のフォトンタブを私に向けてくれた。映像に映るのは、見覚えのある老齢の女性。そう、確かにスゥ局長だ。亜光速で航行可能な拠点、機動要塞「オラクルXVIII」に本部を置く統括局はこの周辺宙域にはいないはずだけど……って、まさかこれ、恒星間リアルタイム通信?
恒星間超光速通信、とくにリアルタイムの映像通信にはとてつもないコストがかかるため、ギルド内でも緊急時以外は文字メッセージか音声のみ、よくて静止ホログラム映像で行うのが普通だ。リアルタイムでの映像通信なんて、ギルド幹部会議でもないと行わないのに……!
「お久しぶりですね、アイリス……いや、ブースタリア管理官」
「ご無沙汰しております、スゥ局長」
映像の中でスゥ局長が微笑みながら声をかけてくれた。私は平静を装って応えたけど、緊張で思わず背筋が伸びる。映像の中のスゥ局長はどこか慈愛に満ちた眼差しをこちらに向け、私の硬さをほぐすように笑みを浮かべている。
「もうあなたも立派な二等管理官なのですから、そんなに構えなくていいのよ?」
「は、はい……!」
そう言われても、構えてしまうのが本音だ。今でこそ資格的には同格とはいえ、経験も人徳も能力も、私より遙かに格上の先達が相手なんだから。映像に映る局長の顔を見ていると緊張のせいか頭がぼんやりしてきて、間の抜けた返事しかできない。もっと気の利いた返事ができればいいのに、どうしてこうなった……。
「時間が限られているので、本題に入りますね」
スゥ局長は少し真剣な表情に戻り、静かに続けた。
「クレマン監察官から一連の件について報告を受けました。さらに議事堂での出来事もリアルタイムで確認させてもらっています」
……ウォルターさん、恒星間通信で生配信してたの!?惑星上で中継されている事は知っていたけど、まさか統括局にまで中継されていたとは思いもよらなかった。
背筋に冷や汗が流れる。リアルタイム中継していたと言うことは、私の稚拙な追求もスゥ局長に全部見られていた……!
「結論から伝えます。統括局として、あなたの裁定を全面的に支持します。0号処分についても同様です。局長として今回の処分は妥当だと認めますし、万が一責任問題となった場合、その責任は統括局局長である私が負います」
淡々と語る局長の声にはどこか優しさが滲んでいる。その言葉が示す内容は、今回私が行った判断を彼女が全面的に支持してくれるという事に他ならない。
「アイリス、私の監督不行き届きのせいで若いあなたに辛い役目を押しつけてしまったわね……本当にごめんなさい」
そう言って、スゥ局長は映像越しに頭を下げた。さらに、隣で呆然とした表情で映像を見ていたアリサに視線を向け、優しい目を向ける。
「ペレジス支部、アリサ・シノノメ管理官補……いいえ、アリサさん。あなたにもお詫びします。シノノメ支部長の件は、ギルドとして誠意をもって対応し、必ず彼の名誉を回復します。それに、あなた自身の尊厳も」
スゥ局長の真摯な言葉に、アリサは目を見開き、何度も頷いていた。信じられないといった表情が、少しずつ希望に満ちたものに変わっていく。
「事後処理についてはクレマン監察官に後ほど私から指示を行います。あなたの報告義務もすべて彼に任せてかまいません。アイリス、今日は妹さんとゆっくり休んでちょうだいね」
「……ありがとう、ございます」
それだけしか返事はできなかったが、少しだけ……ほんの少しだけ、肩の荷が下ろせた気がした。
通信が終わるとウォルターさんは統括局からの伝達を周囲のギルド職員に告げるため、その場を離れた。去り際に私に一瞬視線を向けた彼の顔には優しい微笑みが浮かんでいたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「アイリス」
「……うん」
スゥ局長とのやりとりの間、離れたところで独りぼーっと立って評議室の様子を眺めていたトワが声をかけて来た。映像は見えなくても音声は聞こえていただろうし、スゥ局長が私の負担を軽くしてくれた事をトワも喜んでくれているのだろう。
「今の人、誰?知ってる人?」
……違った。
「この星域を管理する、ギルド統括局の局長だよ。メラー・スゥ局長」
「ほほう」
「とっても偉い人なのよ?」
「超偉い人?」
いや、反応が薄すぎでしょ?局長と面識があったらしいウォルターさんはともかく、アリサや、周りにいて通信が聞こえていたギルド職員はみんな卒倒しそうな勢いだったのに。
「まぁ、どうでもいい。アイリスはゆっくり『ご休憩』するのが最優先。あの超おばちゃんもそう言ってた」
「局長をどうでもいいとか、超おばあちゃん呼びとか!?大体『超おばあちゃん』ってそれもはや悪口だよね?それだけはやめてね?他の人に聞かれたら大問題になるからね!?」
「『ご休憩』発言よりも?」
「当たり前でしょ!?」
少しだけ、いつもの調子が戻ってきた気がする。スゥ局長とトワに感謝しないと。
……あと、周囲にいた人に、トワの暴言について管理官権限で口止めしておかないと。
議事堂を去ろうとしたとき、倒れたベルンハルトの方へ視線を向けていたアリサが、小さく呟いた。
「……魂の輝きが、永遠に水晶に宿りますように」
それはギルドに伝わる弔いの言葉。自分を傷つけ、父を奪った相手にさえ弔いを捧げるアリサの心には、どれほどの葛藤があっただろうか。彼女の優しさが傷となって、また彼女自身を苦しめてしまうのではないか――そんな思いが胸をよぎる。
どうか、アリサの心が安らぎに満ちますように。私はただ、そう祈るしかなかった。




