#30
告発劇にわずかな期待を抱いていたかのように見えた評議員達も、私達の劣勢を察して表情を暗くしている。中にはあからさまに私達を非難するような目を向けている評議員すらもいる。
ベルンハルトのこじつけまじりの反論を聞いていた私は苛立ちと不安を感じ始めていた。もしかすると、アイリスも少し弱気になっているのかもしれない。数を重ねたとは言え、どの証拠も決定打にならなかったことに不安が頭をよぎる。
そしてアイリスの告発が途切れ、これ以上の罪状列挙がないと判断したのかベルンハルトはゆっくりと立ち上がった。高座の上から私達を見下ろし、冷笑を浮かべながら大仰に手を広げる。
「ふん、なんという無礼だ。私をこのような公の場で吊し上げようとは……。無実の私を貶め、地位を奪おうなどとは。この、反逆者どもめ!」
その声は議事堂全体に響きわたり、ベルンハルトはまるで自らが高潔な被害者であるかのように振る舞っている。その顔には怒りよりも、自らの正しさを信じる傲慢さが浮かんでいた。
「貴様らこそが罪人である!私がこの星の秩序を守っているにもかかわらず!不正を働き民を惑わすのはそちらの方だ!」
ベルンハルトの視線が私達を一人ずつなぞる。明らかに大げさで自己愛に満ちた言葉が続くけれど、そのどれもが証拠も無く、ただ私達を叩きのめそうとする言いがかりに過ぎない。
「私がこの星を繁栄させたというのに!高潔な私が自らの立場を利用して何をしたというのだ?横領?窃盗?たかが妄言ではないか!無実の罪を着せようとする反逆者の常套手段よ!」
あきらかに根拠のない主張ばかりだ。その場にいた評議員も彼の発言に困惑や疑念の色を浮かべている。だけど、ベルンハルトは周りの反応なんか気にも留めていないようだった。むしろ、自分の言葉が絶対的な真実であると、自らの言葉に酔っているようにすら思える。
「そして、前支部長の死について、だと?そもそも私がそれに何の関係があるというのだ?あの男は勝手に転落しただけではないか!幾ばくかの走り書きを根拠に私をその死に結びつけるとは、なんたる無礼!」
シノノメ支部長の死はベルンハルトの不正に気づいたがためのものだと、これ以上なく明白なはずなのに。それでも、彼は自分を無垢な被害者として演じ続けている。まるで役者みたいな表情で。
「断罪されるべきはむしろお前たちだ!ギルドの掟を乱し、我が統治に泥を塗ろうとする……そう、この星の平和と秩序を乱す者こそが真の罪人なのだ!」
その言いがかりと見え透いた嘘ばかりの自己弁護に私は吐き気すら感じる。でも、アイリスは何も反応せず、彼の独り芝居を静かに見つめている。
そして、ベルンハルトはついに最後の切り札を取り出すかのように、自信満々に玉座の上で手を掲げた。
[Photon Flag, deployed.]
無機質な機械音声が響き、玉座の上に光の紋章が展開された。あれは……ベルンハルトの名が記された、管理官としての彼の身分を示すギルドの正式な紋章……フォトンフラッグだ。
私も故郷で何度もお義父さんが掲げるフォトンフラッグを見たことがある。
結婚式で人生の門出を迎える二人を祝福する時に。
新しく生まれた生命の誕生を祝う時に。
死出の旅に向かう同胞を悼むときに。
お義父さんは人々の事を心から想い、ギルドの代表として祝福や弔意を示すためにフラッグを掲げていた。お義父さんの紋章もギルド管理官のものだけど、そこには威厳と優しさが表現されていた。まるでお義父さん本人の人柄を表すかのように、温かな光を放っていた。
だけどベルンハルトのこれはなんだ?確かに正式なフラッグだけど、とても無機質で、。ただ誰かを支配する事だけを目的にしたような、そんな冷たい印象を受ける。そもそもフォトンフラッグを掲げて名乗りを行うときには正式な作法があるのに、それすら無視しているじゃない!
「見よ!この紋章こそ私が正統なギルドの支部長であり、この星の唯一の支配者である証である!貴様らごときが私を断罪することなど出来はしないのだ!」
フラッグが投影された事で、評議員達は一斉に臣下の礼を取った。合議制によって統治される惑星の、評議会の場だというのに。フラッグを掲げるベルンハルトの顔には、勝利を確信したかのような笑みが広がっている。
しかし、私の視線は自然とアイリスに向いた。彼女の静かな眼差しは変わらず、微動だにしていない。
「……あなたは」
静かな声で呟く、アイリス。
「……どこまでギルドの誇りを貶めれば、気が済むのですか」
フォトンフラッグの輝きを背景に君臨するベルンハルトを冷たい目で見つめながら、アイリスは続けた。
「小娘が、頭が高いぞ!たとえ貴様らが監察官やその助手であったとしても、管理官の紋章に跪いて忠誠を誓うがいい!」
「……なるほど、あなたはギルドの職員は上位者に跪いて、忠誠を誓う必要がある、と言うのですね?」
「当たり前だ」
「わかりました、では」
アイリスはそう言うと、さらに一歩前に出る。
「あなたの流儀に、合わせてあげましょう」
そう呟くと、アイリスはコートの裾を翻して自らのギルド章を取り出し、それを左手で高く掲げた。アイリスは低く、力強く言葉を発する。
「ギルドの標たる黒水晶よ!」
[Voice recognition, activated.]
アイリスの声に反応し、左手のフォトンタブが無機質な機械音声で応答を始める。同時に、黒水晶を象ったギルドの紋章が空間に投写された。
機械的に投影されたベルンハルトのフォトンフラッグとは異なり、アイリスがこれから行うのはギルで定められた正式な作法に従った名乗りだ。
「アイリス・ブースタリアの名において命じる!」
[Voiceprint, matched.]
[C3 internal data, verification initiated.]
[All personal data, verified.]
ギルドの紋章を取り巻くように、アイリスの名前を意匠化した文様がまるで花開くように展開する。アイリスの美しさと気高さ。そして内に秘めた知恵と勇気を感じさせるその文様は、お義父さんのものとどことなく似ている気がした。
「我が身の証を、光と共に示せ!」
[Photon Flag, deployed.]
[Honor the name of Boosteria, Second-Class Administrator.]
アイリスの最後の言葉に反応し、周囲に眩い光が一気に弾けた。空間が震えるほどの威圧感が漂い、アイリスの頭上に完成した紋章――フォトンフラッグが荘厳に浮かび上がる。
ベルンハルトの掲げていたフラッグは今も確かに権威を示す冷ややかな輝きを放っているけど、それはもはや霞んで見えた。
アイリスの紋章が放つ、精緻で神聖な輝きの前ではベルンハルトのものなどまるで子供の手による粗雑な模倣のようだ。比べようとすること自体が烏滸がましいほどの絶対的な差が、両者の間に広がっている。
その瞬間、評議員たちがざわめき立った。彼らは呆然と目の前に浮かぶアイリスの紋章を見つめるしかなかった。あまりの威容に立ち上がって呆然としている者もいる。圧倒的な存在感の中で、アイリスはただ静かに立っている。
そしてベルンハルトは――
「二等……管理官……だと?こんな、小娘が……?」
ベルンハルト三等管理官は、譫言のようにそう呟いた。




