#26
>>Iris
少々……いや、かなり不味い状況になってしまった。出口に見張り、奥に二人。おそらく奥に向かった二人はそこから手前方向に向かってクリアリングを進めるつもりだろう。そうすれば挟み撃ちが出来るからね。やはりあれは単なる警備兵ではなく、傭兵か何かなのだろう。軽口を叩いている割には随分と手慣れている様子だし。
見張りをなんとかしない限りいずれ見つかってしまう。しかし迂闊に音を立てて気づかれると奥の二人に挟撃されてしまう。どうする、アイリス?考えろ!
焦る気持ちを抑え、私は周囲に使えそうなものがないか視線を巡らせた。未開封のコンテナに何か使えるものが入っている可能性はあるけど、山積みされているコンテナを開けて中を探る時間も余裕もない。展示された装飾品や高級品も、今はまったくの無用の長物。アリサの母の絵は大切な証拠だから、絶対に守らなければならない。奥の美術エリアには……待て、ここからエレベータが見える?
目をこらすと先ほど仕掛けたフォトン・イグナイトが小さく見えた。あれを狙撃して起動することができれば……!
目標のサイズは幅10cm程度。距離は約100m。幸いなことにブラスターは今、精密射撃用の蒼だけど……狙撃の難易度はかなり高い。これが射的なら何射か試せば当てられる自信はある。だけど今回は一度きりのチャンスだ。外せば気づかれ、すべてが水の泡になってしまう。でも――やれる。ううん、やらないといけない。
私はそう判断すると、フォトンタブを起動し文字を入力した。
『エレベータの閃光手榴弾を起動、奥の二人をなんとかする。入り口の見張りが動いたら合図をするので、その隙に外へ。ウォルターさん、アリサをお願い。あと車の運転も。トワは絵を』
文章を推敲する時間がないから雑な言葉になったけど、まあ何が言いたいかは伝わるだろう。3人がフォトンタブに表示された文字を読んでいる間に私はスカートをたくし上げ、サイホルスターからブラスターを引き抜く。
私がブラスターを手にしたことで「起動」の意味に気づいた3人だけど、ウォルターさんとアリサはエレベータと私のブラスターを見比べ驚愕の表情を浮かべた。うん、わかる。私だってアレを撃つと言われたらにわかには信用できないよ。
でもトワは違った。黙って頷くとアリサから絵画を受け取り、いつでも走り出せるように準備を整えている。何も言わず信じてくれる妹の期待を裏切らないために。
フォトンタブのモード変更。望遠モード。私が独自にXthキャリバーに施した改造、フォトンタブとの照準リンク……完了。
フォトンタブをスコープ代わりに、静かに立て膝で狙撃体勢をとる。あとは周囲を伺いながら慎重に進む奥の二人がエレベータに近づけば……。
指先が軽く震えそうになるのを抑え、集中を極限まで高める。肉眼での視界にはフォトン・イグナイトが小さな点のように、フォトンタブには小指ほどの大きさに映っている。
――ゆっくり息を吸う。息を止める。ゆっくり息を吐く。息を止める。
周囲を警戒しながらじりじりと進む二人を視野に入れ、呼吸を整える。あともう少し。私は息を止める。もうあと3歩……2歩……1歩……今だ!
細く圧縮された蒼い光線は、引き金を絞った瞬間にイグナイトに着弾した。
閃光と轟音、そして衝撃波が男達をはじき飛ばす。離れたこの場所にいても一瞬、目がくらんだ。
「ど、どうしたっす!?」
突然の事態に慌てた新人が持ち場を離れて奥へ走り出す。狙い通りだ。経験の浅そうな見張りが奥の異常に気をとられ、こちらの動きを察知できなくなる距離まで……離れた!
私は身振りで3人に出口を示す。絵画を抱きしめて走り出すトワ。ウォルターさんはアリサを抱き抱えて走り出した。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。非常時だというのに、心なしかアリサが嬉しそうにしているように思えた。
……それにしてもトワ、閃光手榴弾ってああいうものじゃないよ?なんで閃光手榴弾なのに男達が思いっきり吹き飛ばされてるのよ。町中で暴徒鎮圧のつもりで使ったら思いっきり怪我させるじゃない、アレ。そんな事を考えながら、私も2人の後を追って走り出した。
最後に扉を通った私は後ろ手に扉を閉め、輸送用ビークルの荷台に飛び乗った。鍵をかけられたらいいんだけど、生憎とそんな気の利いたものはない。無い物ねだりをしても仕方ないだろう。
荷台にはすでにアリサとトワがいる。ウォルターさんは指示通り運転席に回ってくれている。幸いなことにこちらはキーが付いたままだったようで、すぐにフォトンドライブの起動音が地下駐車場に響く。
だが、これで完全に私達の存在に気づかれた。一刻も早くここを脱出しなければ……!
「ウォルターさん、お願い!」
「わかりました!飛ばします、どこかに掴まってください!」
鈍重なビークルがゆっくりと動き出すと同時に保管庫の扉が開き、ブラスターを手にした3人の傭兵が飛び出してきた。新人らしき1人は元気だが、あとの2人は少々ふらついている。いくらトワ特製とはいえさすがに屈強な男達を完全にノックダウンする事はできなかったか……!制止の声も無く、いきなり発砲する男達。
荷台に身を伏せ、私も応射しようとしたが……しまった、単射のスナイプでは分が悪い。となれば……。
「トワっ」「アイリスっ」
目を合わせた瞬間、互いの名を同時に呼んでいた。互いに自分のブラスターを差し出しながら。
さすが私の相棒、同じ事を考えていたようだ。応射なら間違いなくトワのラピッドの方が適しているからね。
ずしりと重いトワのブラスター、「ガーディアン」を受け取った私は両手でそれを構えると3人に向けて碧の光弾をばらまくように射撃する。揺れるビークル上からの射撃に手元が大きくぶれ、ほとんど命中しない。だが、それでいい。殺すために撃っている訳ではなく、これは牽制なんだから。ビークルが加速すれは徒歩の彼らに追いつくす術はない。
そう考えながら牽制を続ける私の後ろでトワが歌い始めた。視界の端に朱い輝きが灯る。……ありがたい、ブラスターのモードを変更してくれてるんだね。本当に気が利くんだ、私の自慢の妹は。
やがでビークルは加速をつけ、男達との距離が開く。これならもう一安心だろう。
「アイリス、これ」
「ありがと、助かったよ」
互いのブラスターを再び交換する。トワのブラスターは亡くなったこの子の父、アルフレッドおじさんの形見だ。普段は口には出さないけど、トワは父親のことを今でもずいぶんと慕っている。間違ってもその形見を傷つけないよう、丁寧にトワに返却した。
……本人はあまり気にしていなのか、いつも通り無造作にジャケットのポケットに突っ込んでいたけどね。
「もっと褒めて」
「無事に宿まで帰り着いたらね。アリサ、怪我はない?」
「はい、大丈夫です……。ですが、トワ様?さっきのは一体……」
「アイリスのブラスターを蒼から朱に戻した」
「えっ……?ブラスターって、そんな事……できるんですか?」
「できないよね、普通は」
「できる」
「それ、トワだけでしょ」
武器には詳しくなくともアリサもギルド所属だ。C3の再調律がいかに非常識な事であるかは当然わかっているだろう。
「トワ様、素敵です……」
目を丸くしたアリサは熱っぽい視線をトワに向け、頬を赤らめている。いや、驚くのはわかるけどそこは赤面する場面じゃないよね?どうして視線にそんなに熱が籠もってるのよ……。




