#25
>>Towa
ウォルターさんがアリサのお母さんの幼馴染みで元恋人?あまりの展開に頭が追いつかない。だけど、アリサを見るウォルターさんの目は真剣で真摯なものだ。彼ならアリサの事を守ってくれるんだと、素直に思えた。
アリサは私の事を救いの手と言ったけど、やっぱり私は単なる切っ掛けでしかなくて、本当にアリサを助けてくれるのはアイリスやウォルターさんだよ。それに、私もアイリスも、この件が片付けばこの星を離れる。ずっとアリサの傍らで支えてくれるであろう、ウォルターさんの存在はアリサにとって何よりの救いになると思った。
……あ、そういえばこの絵を調べるないといけないんじゃなかったっけ?アイリスに目で訴えかけると、軽く頷いてウォルターさんに声を掛けた。
「ウォルターさん、この絵を外しても?」
「あ、ああ……すみません。お恥ずかしいところをお見せしました。任務に戻らねば」
いつものウォルターさんに戻ったようにも見えるけど、心なしかまだ動揺しているのようにも見える。まあ、あんな告白をした後じゃしかたないだろうけど。私から見るとウォルターさんはおじさんだけど、少し動揺したように見える姿にちょっと可愛いところがあるな、と思った。
私がそんなことを考えている間にもウォルターさんは慎重に肖像画を壁から外し、裏側を調べ始めた。もしここに「証拠」がなければ手詰まりになる。シノノメさん、信じてるからね……?
私も取り外された額縁を見てみたけど、ぱっと見では不審な点はないし、どこにも「証拠」らしいものが見当たらなかった。だけど、ウォルターさんは額縁の厚みに違和感を感じたようだ。
「思ったよりも厚みがありますね」
「……そういう場合、よくある手は……」
「はい、裏板を外してみましょうか」
アイリスとウォルターさんが当たり前のように頷き合っている。えっ、ちょっと待って?証拠の隠し方に「定番」なんてあるの?誰が何のためにそんなに頻繁に何かを隠しているんだろう。私が驚いている間に、ウォルターさんは手慣れた様子で額縁の裏板を外し始めた。
ずいぶんと手際がいいけど、監察官ってこんなことを日常的にしているんだろうか。いや、監察官のウォルターさんはまだ判るけど、どうして私の姉がそんな事に手慣れてるの?少なくとも故郷ではそんな場面に出会ったことは一度も無かったはずだけど。
「……やはり、ここだったね」
「ええ、当たりのようです」
二人が確信に満ちた声で言うので、私とアリサも慌てて覗き込む。裏板と絵の間に、切り欠きが施された厚めの台紙が挟まっていて、台紙の切り取られた部分に小さな手帳がすっぽりと収められていた。
「これは……父が愛用していた、手帳です。いつも肌身離さず持っていたのに、なぜここに……?」
アリサの呟きこそが、手帳がここに隠されていた理由なんだと私は思った。この手帳はずっとベルンハルトの近くにあった。それも、彼が愛でていた美術品の中に。まったく皮肉な話だよね、自分を裁く鍵を抱えていたなんて。ベルンハルトがこれを知ったら、どんな顔をするだろう。
そんなシーンに出くわすことが出来たら、シノノメ支部長にもそのベルンハルトの顔を報告してあげたいと思った。時間は掛かったかもしれないけど、あなたの策はちゃんと成功したんだよ……って。
アリサは手帳を取り出し、まるで大切な思い出を抱くように表紙をそっと撫でている。ずっと探していた母と父の痕跡に触れたことで、彼女の瞳にはほんの少し光が戻っているような気がする。
アリサは深呼吸をしてから静かにページをめくり始めた。私達も息を潜めてアリサの手元を見つめる。古びたページに現れた文字の断片に、みんなの視線が吸い寄せられる。
ベルンハルトの名前と共に書かれた日付や短いメモ。それらが無造作に走り書きされているけど……正直、読めば読むほど私は違和感を覚えた。
『──「新たな資材流用」の話、彼が主導』
『不明瞭な資金の流れ……どこへ?』
『証拠……ステーション倉庫のB区画、輸送管理の記録?』
ほとんどのページは簡潔なメモで埋められているけれど、いくつか特定の場所や書類を示唆するような断片的な記述も混じってる。けれどそれらはどれもあくまでも手がかりのように曖昧で、これだけでは確証にはならない……そう、決定力とかいうものに欠けてるように思えたんだ。
もしかしたらこれを読んだ人間がさらに追跡調査することを前提にしてるのかな? これまでに触れたシノノメ支部長の慎重で思慮深い性格を考えると、そんな仕掛けになっているんだろうと思えた。
アリサがページをめくると、次々と短いメモが目に入る。
『ギルドを裏切る背信行為……統括局への報告は不可(自力で解決するしかない?)』
『備えとして、旧ギルド保管庫へ』
『評議員D、H、Mは信用できない』
『クジョウも向こう側?いやむしろ彼が』
『アリサを、必ず守ること(※最重要)』
最後のページに書かれた「アリサを守る」という言葉が胸に刺さる。シノノメ支部長は、もし自分が倒れたとき、この手帳がアリサを守る道標になることを望んでいたんだろうか。それとも、彼は自らの命を賭してでもアリサのことを守りたかったんだろうか。
どちらにしても……シノノメ支部長がどれほどアリサを愛していたかなんて、疑う余地もない。
「お父様……」
――そして、その愛情がアリサに伝わっていることも。
さて、問題はこの手帳だよね。このままではあまりにも断片的すぎるから決定的な証拠にならないのは素人の私にだって判る。ベルンハルトにこれを突きつけても言い逃れをされる可能性は高いだろうね。なら、この手帳が示すものを追えば、もしかしたらより詳しい証拠が手に入るかも……?
そう思ってアイリスの方を見ると、何故かアイリスは手帳をじっと見つめたまま考え込んでいた。断片的な記述の中から何かを読み取ってる?もしかしたら、私が気付かないだけでこれは暗号になってるとか?慎重なシノノメ支部長のことだから、ありえない話じゃないけど。
「アイリス?」
邪魔をしちゃいけないと思いながらもつい声を掛けてしまった。はっとした様子のアイリスはアイリスは小さく首を振った後、何かを決意したような目で私を見返してきた。
「……大丈夫。これで大丈夫」
その一言に、私は希望と共に若干の違和感を感じた。これで、大丈夫?この手帳は「完璧な証拠」には程遠いのに?
私達は今、ベルンハルトを追い詰めるための断片を手にしているのは確かなんだけど……。もう少し手帳を調べないと、と思っていたその時だ。遠くから低く唸るようなフォトンドライブの音が聞こえてきたのは。
――地下通路の方から、車両が近づいてくる!
「……車が来る」
私があげた警告の声に、3人は慌てた様に入り口の方へ視線を送る。アイリスとウォルターさんはややや不審げな表情で。アリサははっとした表情で。
「何も聞こえないけど……トワが言うなら間違いないよ。取りあえず、あそこのコンテの影へ移動しよう」
「手帳はアリサさんに、絵は私が!」
アイリスの鋭い指示にウォルターさんが小声で答え、私達は入り口の近くまで移動して壁際に乱雑に積まれたコンテナの影に身を潜めることにした。完全に身を隠せるわけではないけど、今はここしかない。暗がりに身を潜め、息を殺して耳を澄ます。
フォトンドライブの駆動音が停止し、やがてビークルのドアが開く重い音が響いた。私達は息を潜め、音の主の様子を確認しようと保管庫の外に注意を向ける。
「……い、このコ……テナ……くず……」
聞こえてきた声はぼそぼそと断片的だったが、すぐに緊張が背中を走った。今の言葉、男たちはどうやら侵入の痕跡を見つけたってことだよね?アイリスの方を見るが、まだ何も気付いていないように見える。……そうか、今の声が聞き取れなかったんだね。
聞こえた内容をアイリスに伝えるか迷っているうちに保管庫の扉が静かに開き、ブラスターを構えた警備兵らしき3人が慎重に左右の様子を伺いながらゆっくりと保管庫に入ってきた。視線を巡らせ、辺りの異常を見逃すまいとしている。私達にはまだ気づいていないけど……その手際の良さから、彼らがただの警備兵以上に厄介な相手なんじゃないかと感じた。
「……人の気配は無さそうだが……一応、警戒しておけよ。あのコンテナが崩れてたのは偶然かもしれねぇが、万が一の可能性もある」
その言葉で私は気がついた。さっき断片的に聞こえたのは保管庫に入る前にアリサが崩してしまった廃コンテナの山、あれに気づかれたってことだったんだ。
「オレは雑に積んであったモノが勝手に崩れただけと思うがねぇ?まぁ警戒しすぎる方が長生きできるのは事実だがよ」
もう1人の警備兵は軽口を叩きつつも、その視線は周囲をしっかりと捉えている。冗談を言っているようで、警戒は怠っていない。面倒な相手のようだ。
「昨日街で騒ぎを起こしたヤツがいたって聞いたっすけど、その連中っすかね?」
「バカ言え、そんなチンピラが伯爵様の美術品を狙って来るかよ」
「まぁ……でも美術品が無くなってたら、伯爵様がキレるのは確かだな」
敵が徐々に警戒を高めているのがわかる。気を抜いている風を装いつつも、彼らの目は保管庫内を鋭く見回している。逃げ場はどんどん狭まっていくように感じる。いや、実際に彼らが探索範囲を広げるごとに私達が見つかる可能性は――。
「よし、俺たちは奥を見てくる。新入り、お前はここで入口を見張っとけ」
「うっす」
二人が奥の美術品エリアへと向かい、扉の前には新入りと呼ばれた一人が立って、入り口を見張り始めた。出入口を押さえられている状況だと、いずれ袋のネズミになるよね?
ここにいると私達の存在が完全に露見してしまう。この状況をどう切り抜けるか、頭の中で次々と策を巡らせるけど、考えがまとまらない。どうしよう。どうしたらいいの?




