#24
>>Iris
一瞬ひやっとした場面はあったけど、無事に地下保管庫へ侵入することができた。しかし、ベルンハルトの地下保管庫にはなぜかモニタリングの気配がなかった。アリサにも確認したけど、彼女もこの部屋についてはモニタリングされていると聞いた事はないとの答えが返ってくる。
しかしギルド伯の私邸、しかも地下に広がる保管庫という場所を考えれば、監視カメラやセンサーがあってもおかしくないはずなんだけど……。
ただ、モニタリングが行われていない理由として考えられる理由もないではない。まずここがベルンハルトの「私的コレクション」を保管している場所だということ。彼が自らのプライベート空間を守るために監視を避けている可能性はあるだろう。
もう一つ可能性があるとすれば、この場所がかつて迎賓館として使われていた頃の「脱出経路」だったという側面も影響しているかもしれない。
この地下保管庫はベルンハルトにとっては万一の場合の逃げ道としても想定されているはず。だからこそ、監視カメラの類いで外部に居場所を知られるような設備を設置していない可能性が考えられるわけだ。いざというときに、誰にも気づかれずに密かに脱出できるように。伝え聞くベルンハルトの性格を考慮すると、ここに監視がない理由はそういった類いのものなのだろう。
そんなことを考えながら保管庫の扉を開く。大きな金属製の扉は施錠されておらず、微かな軋み音とともに開いた。
「これは……壮観ですね」
「綺麗だけど、綺麗じゃない」
保管庫の中を一瞥したウォルターさんとトワはそれぞれの感想を口にした。保管庫内は想像していたよりも広々としており、簡易的なパーティションでいくつかの区画に分かたれているようだ。正面には高級な装飾品や異星の珍品が整然と並べられたエリアが見える。
一見すると豪華で華やかなそれらは、ベルンハルトが星内や税関で不正に横領していた品々なのだろう。私にはそれが、彼が愚かにも自らの罪を展示しているようにしか見えなかった。
入り口の脇には乱雑にコンテナが積まれた区画があり、見る限りだと到着したばかりで整理されていない物品が置かれているようだった。ちらりと確認したところ、私達の荷物もそこにあった。ギルドの封印がそのままなので、どうやら未開封のまま放置されているらしいことがわかり、ひとまず安心した。中身を見られると騒ぎになるだろうからね。
「アイリス。このままでいい?」
「うん。今はまだこのままにしておこう」
トワがコンテナを回収するかと聞いてきたけど、私達は徒歩だし今回の目的はあくまでもアリサの母親の絵だ。コンテナは大きくてかさばるから隠し持つことなんてできないし、このコンテナを正々堂々と持ち出せるようにするためにも、優先順位はしっかりと守らないとね。
周囲の様子を伺いながら慎重に奥へ進むと、美術品がずらりと展示されたエリアが見えた。薄暗い照明の下、古代の絵画や彫刻が整然と並び、その中には空になったスペースもいくつか見受けられた。何かを展示する予定のスペースなのか、それとも既に売り払われたか処分された美術品があるんだろうか?
そしてその展示エリアの奥に、ひっそりと隠れるように設けられているエレベータの扉を発見した。おそらくこれはベルンハルトの私室と直結している「危険な扉」だろう。ここからの奇襲には備えないといけないから、私はウォルターさんが持っていたツールキットを借りて手早く仕掛けを施すことにした。
トワの持っていた予備のイグナイトを白、つまり閃光手榴弾に設定変更してもらう。そしてエレベータの扉が開いた瞬間にスイッチが入り、5秒後……丁度扉が開ききって誰か……というかベルンハルトが保管庫に足を踏み入れるそのタイミングで炸裂するように細工した。
簡単な罠だけど、これがあればエレベータ側からの急襲に備えることが出来るし、撤退する際の時間稼ぎにもなるだろう。今回トワが用意してくれたイグナイトを使い切ってしまうけど、保険として使うなら十分だし、仮に今回使わなくても……いずれベルンハルトに手痛いお仕置きを与える仕掛けにはなるだろうからね。
それにしてもウォルターさん、こんな状況を想定してツールキットまで持っていたなんて、さすがに準備がいい。……ただ、そのせいでアリサを抱えて走るのが大変だったろうけど。
「……絵画は、あの奥みたいです……」
アリサが指さす方向にある絵画のエリアは特に広く、相当数の絵画が展示されているようだ。ちらりと見ただけでも名画が展示されているのがわかる。時間があるならゆっくりと観覧したいところだけど、今はそんな余裕はないのが残念だ。まずはアリサの母、マリエルさんの絵を探さないと。
でも私もトワも、スケッチを少し見ただけなのでどの肖像が正解なのかいまいち自信が持てない。見落としがあってはいけないのでここはアリサとマリエルさんの知己であるウォルターさんに任せ、私はトワの助けを借りて横領品を証拠物件として確保する準備を整えることにした。
フォトンタブで写真を撮って目録を作成しておけば、いずれベルンハルトの横領を裏付ける証拠として使えるだろうからね。
一通り証拠集めを終えて絵画エリアに戻り、アリサと合流する。彼女が言うにはこの展示場にはベルンハルトが権力を掌握する前に行方が判らなくなった絵画も複数展示されていたらしい。それはつまり、シノノメ支部長が追求していたベルンハルトの不正や横領というのが事実だったという証だ。
それにしてもアリサ、ざっと見ただけで絵の来歴までわかるとは……かなりの鑑定眼だ。いや、アリサの実家であるシノノメ家はペレジスでも有数の名家らしいし、本来アリサは上流階級のお嬢様のはず。なら芸術に詳しいのも当然と言えば当然か。
そんなことを考えながら奥に視線をやるとウォルターさんがさらに奥まった展示スペースに入って行くのが見えた。気になって彼の方へ近づいたとき、かすかな呟きが耳に届く。
「……マリエル」
どうやら彼は、「想い人」と再会できたようだ。
絵が見つかったことに気付いたアリサも加わり、私達は件の絵の前に集まって改めてその肖像画を観察した。確かに肖像画に描かれた女性はアリサによく似ていた。彼女が感情を取り戻し、そしてもう少し年を重ねればこうなるのだろうと思えるような、柔らかく微笑むとても綺麗な女性の姿がそこにあった。
ウォルターさんの目はまるで遠くを見るように、絵画の中の女性に注がれていた。そう、長い年月を超えてその人に語りかけているかのように。
「彼女は……私の初恋の人だったんです」
不意にそんな言葉がウォルターさんの口から漏れ、アリサも私も息を呑んだ。ウォルターさんは言葉を選びながら、まるで思い出を一つ一つをかみしめるように話し続けた。
「私とマリエルはこの星で生まれた幼馴染みでした。彼女は名家のお嬢様で、私はしがないギルド職員の息子でしたが、スクールの同級生で家が近いこともあってよく一緒に星を見上げて未来を語ったことを覚えています。ですが成人した後、監察官の資格を取った私は広域支部のあるヘリオスへの転属が命じられました。そして……私達の刻は引き裂かれてしまった。同じ時を共に生きることは、叶わなくなった」
ウォルターさんの声には、痛ましいほどの静かな苦悩が滲んでいた。私もトワも、そしてアリサも彼の言葉を黙って聞くことしか出来ない。
「私は彼女に、自分がいなくても幸せに暮らせるように素晴らしい伴侶を見つけてほしいと願い、私はこの星を去りました。無念でしたが、ギルドの一員としてそれ以外の選択肢は無かったのです」
彼は一瞬、言葉を切って深く息をついた。その表情は深い想いに彩られていたけど、彼の視線はずっとマリエルさんの肖像に向けられている。
「今回の任務に私が志願したのは彼女の足跡を探すためでもあったのです。マリエルがシノノメ支部長と結ばれたことは風の便りで聞いていましたが、彼女がそのことで幸せになれたのか、それとも辛い思いをさせてしまっていたのか……ずっと知りたかった」
ウォルターさんの瞳が柔らかく揺れた。
「アリサさん、私はあなたの存在を知らなかった。けれど、こうして出会えたことに感謝しています」
彼の声が少しだけ詰まった。アリサのこれまでの人生、その苦しみと孤独を知った彼は――。
「あなたのこれまでの苦難を、私がすべて理解できるとは思わない。けれど、せめて今からでも……できる限り支えさせてほしい。マリエルが遺したあなたに、私が寄り添うことを許して貰えるのなら」
ウォルターさんの言葉を聞きながら、アリサはゆっくりと涙を流し、やがて小さくうなずいた。そんなアリサを見つめるウォルターさんの目には恋愛感情のようなものは浮かんでいない。むしろその視線には、守りたいという静かな決意が込められている。それは……父さんがトワに対して見せていた、無償の父性愛の様なものであるように、私には思えた。
彼にとって、アリサは初恋の相手だったマリエルさんへの贖罪の象徴なのだろう。 同じ刻を生きられなかった過去への悔いと、それでも今できる限りのことをして報いたいという願い。 ウォルターさんはその想いを抱えて、これからもアリサを支えていくのだと、私は思った。




