#22
>>Iris
アリサの説明によると保管庫は迎賓館として利用されていた時代に作られた、緊急脱出用の地下通路を拡張したものらしい。脱出ゲートへ至る道は秘匿性を高めるためか非常に狭くなっていて大型車両が通れる幅ではなかった。そのため今は封鎖された上で放置されていて、その代わりに大型車両が通れるようにギルド伯の私邸へ続く道路脇に新たな搬入口が設けられたのだと言う。
私達が今、様子をうかがっているのはその新しい「臨時物資搬入口」だ。私邸へ正規の物資を搬入する場所ではなく、横領品などの後ろぐらい物品をこっそり運び込むための場所らしく、出入りする車両の姿はしばらく待っても見当たらない。木々に遮られたこの場所は薄暗く、周囲に動きがないこの状況がかえって不穏な気配を漂わせているようにも思えた。
不用心にも開いたままになっているゲートの前には警備員が一人、所在なげに立っているだけだ。服装や立ち居振る舞いから見るとギルドの職員やゴロツキの類いと言うよりは軍人、それも雇われの傭兵か何かのようにも見える。
見た限りでは表向きの警備は手薄に思えるけど、油断はできない。高く頑丈な壁で敷地全体は囲まれているし、ゲートそのものも分厚く強固な造りになっている。開いているうちはまだしも、一度扉が閉ざされれば突破は容易ではないだろう。
しかしゲートが開いたままなのは少々気になる。美術品の搬出作業が予定されているとは聞いているけと、車両の到着が遅れてるのだろうか?それに、ゲート前にいる警備員も特に緊張感がない。何かを待っているようだが……物腰はプロのそれのわりには士気が低いのか面倒そうにあくびを隠しもしない。日常的に用いられる搬入口ではない、退屈な持ち場ということなんだろうか……?
一見すると侵入しやすそうな状況だけど、今の状態はもしかすると侵入を誘っているのかもしれない。私達がここへ来ることを見越した罠の可能性も――
「アイリス、眉間に皺よってる。美少女だいなし」
難しい顔をしていたのか、トワにそんな事を言われた。気楽に行くわけにはいかないけど、気を張りすぎるのも良くない、か。
「では可能な限り近づいてからトワさんに停滞フィールドを展開して頂くということで」
「うん、まかせて」
「トワ、どれぐらいの時間展開できそう?あと具体的な効果範囲も」
「アイリスが指定した通りに設定する」
「えっ?……ああ、そういうことか」
ゲートと見張りの位置、私達が気付かれずに接近できる距離。諸々を考えると……1/50に速度を鈍化させ、10秒ほど維持できれば安全にゲート内へ走り込めそうだ。
……いや、待て。これじゃダメだ。アリサのことを失念していた。彼女は足が不自由だから走るのは難しい。かといってここに残していくわけにもいかない。マリエルの絵の発見には彼女が必要だし、それ以上に危険な場所に一人で残すわけにはいかないからね。そんなことを考えていたら、不意にアリサが小さな声で呟いた。
「……私。足手まとい、ですよね」
私が一瞬、アリサの脚に視線をやった事に気付いたのか、アリサが謝ってきた。なんてことだ。私はまた、彼女を傷つけてしまった……。
「……ごめん。そんなつもりじゃなくて、ただ、あなたの安全を最優先にしたくて」
一生懸命フォローしようとするものの、自分の言葉がどうにも歯切れが悪いことを痛感する。私がどう言い繕っても彼女の抱く気持ちを和らげる事は出来ないだろう。なにせ、彼女が走れないことは事実なのだから。最初からそれを計算に入れていれば、彼女にそんな思いをさせなくて済んだのに。自己嫌悪が胸に広がる。
すると、その沈黙を破るようにウォルターさんが声を上げた。
「アイリスさん、アリサ嬢の脚のことですよね?でしたら、私が彼女を背負って走れば問題は解決するのでは?」
その言葉に、私もアリサも驚いてウォルターさんの顔を見た。彼は至って真剣な表情で、まるで当然のことを言ったとでもいうような様子だ。ウォルターさんの助け船に私は少しだけ肩の力を抜くことができたけど、アリサの目には一瞬怯えたような表情が浮かんだようにも見えた。
……彼女の過去と現状を考えれば、男性との接触を忌避するのは当然だろう。だけど、今は少しだけ我慢してもらうしかない。結局、どういう手段を選んでも私は彼女の傷をえぐってしまうんだ。今は自己嫌悪している場合じゃないけど、やはり気が滅入る。
私の指定通りに再調整されたイグナイトは設定通りの効果を発揮した。自覚の無いまま急激に体感時間が鈍化した警備員の脇を、私達は一気に駆け抜ける。途中、アリサを背負ったウォルターさんが躓きそうになったが、それでもなんとか効果時間内に無事、駆け抜ける事が出来た。
ゲートから少し離れた敷地の内側、警備員からも搬入口へ至る道路からも死角になる場所へ移動して一息つく。身一つで走った私とトワは息を整える必要も無い程度だったけど、アリサを背負って走ったウォルターさんは息を切らしてその場にしゃがみこんだ。まぁ、無理もないよね……いくら細身なアリサが軽いとはいえ、屈強な体格とは言い難い彼には相当な負担だっただろうし。
「す、すみません……ウォルターさん。私のせいで……」
アリサはウォルターさんの背から降り、座り込んだ彼に申し訳なさそうに声を掛ける。ウォルターさんは顔を上げて、かすかに笑みを浮かべた。
「いや、いいんですよ。むしろ、私のほうがお礼を言いたいくらいです。貴女のことを支える機会が持てて感謝しているくらいで」
「??」
そう言って、彼はふと遠くを見るような目をした。どこか懐かしむような、言葉にしがたい表情で。アリサとトワが不思議そうな顔でウォルターさんを見つめている。もっとも、二人とも基本は無表情なので、あくまでも不思議そう毎日に思ってるんだろうな……と私が感じてるだけだけど。
「……貴女の、お母様に。昔、とてもお世話になったんですよ」
だが、彼が続けて口にした言葉にアリサが驚きの表情を浮かべた。ウォルターさんはそれ以上は何も言わず、ただ笑っている。
私はその言葉を聞いてウォルターさんとアリサの母、マリエルさんがかつて深い関係にあったことを確信した。どういう関係かまではわからないけど、おそらく彼にとってマリエルさんは特別な存在だったのだろう。アリサを背負うと申し出たのは彼のマリエルさんに対する想いがあっての事だったのかもしれない。
「ウォルターさん」
思わず彼の名を呼び言葉をかけようとした私に、彼は少しおどけたように笑って手を軽く上げた。
「管理監殿、ギルド憲章第22条第3項でお願いできれば」
「……わかりました」
そう言って、彼はウインクしてみせた。その仕草に私も思わず小さく微笑む。
ギルド憲章第22条第3項。それは「業務で知り得た内容に関する守秘義務の徹底」だ。ウォルターさんの胸に秘められた思い。それをそっと見守るのが、今の私にできる最善なんだろう。
トワとアリサの二人は私達の会話が理解出来ないのか、首をかしげて顔を見合わせている。いや、二人ともギルドの一員でしょ?特にアリサ、あなた実務から離れてるとは言え管理官補なんでしょ?ギルド憲章ぐらい覚えておきなさいよ。そんなことを考えていると、アリサがトワのそばに近寄り何事かを話しかけていた。
「そういえば、トワ様……」
「うん?」
「あの、先ほどの……停滞フィールド、というのは?確か、大型の装置が必要だと……」
「小型化した。褒めて」
「トワ様、凄いです……!」
薄い胸を張って称賛を求めるトワの姿に苦笑してしまうが、アリサの方はと言うと妙にキラキラした瞳でトワを見つめている。心なしか頬が赤くなってる気がするけど、気のせいだよね?今更だけど、アリサって何故かトワだけ「様」付けで呼んでるよね……。アリサのそれ、もしかして恋する乙女の表情じゃないよね?




