#20
>>Towa
ギルド伯の私邸を調査するため、3人で街へ出ることになった。ウォルターさんは別行動でお昼に合流する予定。ウォルターさんの奢りで良いものを食べるのが楽しみだ。
いや、約束はしてないけど……奢ってくれるよね?こんなに可愛い女の子が3人もいるんだから、当然奢りたくなるよね?
それにしても、朝アリサを着替えさせたあたりからアイリスの様子がおかしい。 いつもはどんな時も明るく振る舞って笑顔を浮かべているのに、今日はその笑顔がどこにもない。言葉少なげで顔には陰りが差してる。これはもしかして、いわゆる「どん底まで落ち込んでいる」ってやつ?
どうやらさっきのアリサとの会話が原因らしいけど……。私にはアリサの仕事についての話は完全には理解できなかったけど、夜の仕事っていうのはたばんまともな仕事じゃないんだろうね。暗殺者とか、盗賊とか、スパイとか……どれもアリサには向いてなさそうだけど。
けど、きっとアイリスは自分がその話を引き出してしまったことに責任を感じてるんだと思う。自分が無理に聞かなければアリサがそんな話をせずに済んだ、とか考えてるのかも。
……これはアイリスに「気にしないで」って軽く言ってどうにかなるレベルじゃなさそうだ。私の説得スキルでは手に余る。どうしたものかと考えている間にも、すれ違った道行く人達が私達3人を見て、ぎょっと表情でわざとらしく視線を外していく。まぁそれも仕方ないかも。
無表情の2人に、暗い顔で歩く1人。正直なところ、私達が全員が美少女でも関わりたくないオーラが漂ってるのは否定できないからね。あ、これじゃウォルターさんがランチを奢りたくなくなるかもしれない。
アイリスの気を紛らわせるために明るい話題でも振ってみるべき?……いや、話題選びに失敗したら、今以上に気まずくなりそうだ。悩みながらも、ギルド伯の私邸を目指して歩く私達。目的地がどの辺なのかアリサに確認したところ、ギルド伯の私邸……というか城は街から少し離れたところにある小高い丘の上に位置しているらしかった。
アリサが指さす方向を見ると、確かに丘の上に豪華な建物が建っているのがかすかに見える。元は迎賓館だったらしいその建物は、城と呼ばれるのも納得がいく威容だけど……正直私は住みたくないな、ああいう派手なところには。丘の麓は木々に囲まれて……というか、森だよね、あれ。徒歩で近づくのはかなり大変そうだ。
乗り物を調達した方が良いとは思うけど、本来ならこういうときに真っ先にそういう提案をするアイリスが黙ったままなので、なし崩し的に私達は歩いて移動を続ける。たぶん今、私がビークルの調達を提案したら、そんな事に気付かなかったのかってアイリスはもっと落ち込むだろうと思って黙っておくことにした。
しばらく黙ったまま歩き続け、町外れに近づくと周辺の光景が華やかなビル群から地味で小さな建物に変わっていった。そんなときだ。通りの片隅でスケッチブックを開いている老人が目に入ったのは。
髪は白く体は少し猫背だけど、丁寧に鉛筆を動かしているその様子は趣味で絵を描いているというより本業の絵描きさんのように見えた。
私が絵描きさんを見ていることに気付いたのか、アリサが口を開いた。
「あの方は、ペレジスでは有名な画家の方です。若い頃に芸術の星ヴェリザンから移住されたと聞いていますが、もう引退されたと……。今は時々、街で絵を描かれています」
「知り合い?」
「いえ……お話ししたことはないですが……以前、何度かお見かけしたことが」
私とアリサのやりとりに気付いたのか、少し前を歩いていたアイリスが足を止めた。
「アリサ、興味があるのなら、少し絵をみせてもったら?」
老人を見るアリサの様子に気付いたアイリスがそう提案する。アイリスの気分転換にも良さそうなので、私もアリサを促して3人で老人の絵を見せてもらうことにした。
スケッチブックに描かれているのは美しい女性の姿だった。静かな微笑みを浮かべ、優しげな眼差しでこちらを見つめている。どこか懐かしさすら感じる、不思議な雰囲気のある絵だった。あれ?この人……どこかで……?
「……この方は、どなたですか?」
アリサが、老画家にそっと尋ねる。私達に気付いていなかったのか、老人は初めて視線を上げてこちらを、声を掛けたアリサを見る。まるで遠い記憶を辿るような表情をしてから、老人は柔らかく微笑んで言った。
「これはな、もうこの世におられない方じゃよ。だが、こうして記憶の中に留めておけば、少しでもその人が生き続けているような気がしてのぉ」
「亡くなった方、なのですね」
「うむ、もう30年近く前の話じゃがな……」
老画家と言葉を交わすアリサの声はいつになく小さく、どこか切ない響きを帯びていた。そういえば、アリサのお母さんも早くに亡くなっていたと聞いた。まるでその記憶が呼び起こされたかのようなアリサの表情に、私はここへ立ち止まった事を少し後悔した。老人は軽く頷いてから、微笑みを浮かべたまま絵に視線を戻した。
「昔、頼まれて描いた絵を思い出してな、こうやって手すさびに描いておるんじゃよ。モデルになってくれた女性は……そう、お嬢さんによく似ておったな。高貴な血筋のお方ながらとても穏やかで、それでいて芯の強い人じゃった」
「……もしかして、その女性の名前は……マリエル、ではありませんか?」
アリサの言葉に老人は一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間、ゆっくりと頷いた。
「……うむ。彼女の名前は確かに、マリエル。マリエル・プランタジネット様じゃ」
その言葉を聞いた瞬間、アリサの瞳が潤だのがわかった。
「それは……私の、母です」
「なんと……?じゃあ、お嬢さんがアリサ嬢か?言われてみれば若い頃のマリエル様によう似ておるな」
どうやら老人はアリサの母親の知り合いで、そしてアリサの事も知っているようだ。となると当然アリサが不老である事も知っているはずなのに、その口調には嫌悪や忌避の感情は全く感じられないし、むしろ慈しむような空気すら感じられる。
……そっか、この街にはアリサに対する悪意しか存在しないと思っていたけど、こういう人もいたんだ。私と同じ事に思い至ったのか、アイリスも少し笑顔を浮かべ、老画家と楽しそうに話をするアリサを見つめている。アリサの邪魔をしないように私達は少し離れたところで2人の会話を見守る。
「わしが描いたマリエル様の絵をシノノメ様はたいそう気に入って下さってなぁ」
「そう、なんですか?……私、母の絵は見たことが、ないです」
「おや、そうじゃったか?わしの一番の傑作でなぁ、アリサ嬢にも是非見てもらいたいのじゃが……。シノノメ様が亡くなられたおりに絵が行方知れずになってな。わしも探してみたんじゃが、どうにも……」
「母の絵を探す……?母を、探せとは……まさか、そういう事……?」
老人の言葉にアリサが何かに気付いたように、私達の方を見る。
「トワ様、アイリスさん。……お話ししたいことがあります」
アリサの表情から、その話が大事なことだと気付いた私達は、老画家に話を聞かせてもらった礼を言うと急いでその場を離れた。




