#17
>>Iris
「私が、私こそが、父を死なせた罪人だから。この星の乱れは……私の、罪だから」
そう告白するアリサの瞳にはどうしようもない罪悪感と絶望が宿っていた。予想していた通り、彼女の「罪」は彼女の予知にまつわることだった。そしてアリサは自分の予知が、父親の最期を招いたと信じているようだ。しかし、その説明には違和感があった。
「話してくれてありがとう。そして、辛い話をさせてごめんなさい。……でもその話には、少し違和感があるんだよ」
私は慎重に言葉を選びながら続ける。
「どうして、予知通りの未来が現実になったの?予知を回避するために行動したはずなのに、結果として予知通りになるというのは普通の事なの?一度予知した未来は変えられないものなの?」
「……いえ、それまでは、予知した危機を回避したことは、何度もありました」
やはりか。予知というのは絶対的な確定した未来を教えるものではない。過去と違って未来は不確定で揺らぎに満ちたものだ。なら、予知を切っ掛けに事象を好転させることは十分に可能なはず。なのに、どうしてアリサは自分の父の命という大切なものに関わる予知で「失敗」したのか?それが、私の感じている最大の違和感だ。そして、おそらくそれは――。
「なら、そのときだけ回避できなかったというのは、偶然なのかな?もし副支部長が罠を張ってシノノメ支部長を陥れるような用意周到な人間なら。あなたの予知の内容を……何らかの形で知って悪用していた可能性は考えられない?」
「え……?」
私の言葉に、アリサは目を見開いた。おそらく、そんな可能性は考えた事もなかったのだろう。
「でも、私……誰にも話していませんし、父も秘密にしていた……はず、です」
「……そう?でも本当に秘密は守られていたのなら、告発は成功していたと考えた方が自然だよね?それまでの危険回避の実績から考えれば」
そんな筈はないとでも言いたげなアリサに、私はさらに問いかけた。
「アリサさんの話を聞く限りでは副支部長が不自然なくらいにあなた達の動きを先回りしているように思えるんだよ。考えてみて?もしかしたら副支部長が何か不正な手段であなたの予知の内容を盗み取っていたとしたら?」
「……盗まれて……いた?」
アリサの顔が少しずつ青ざめていくのが分かる。彼女は驚きと恐怖の入り混じった表情で、小さな声で続けた。
「たしかに、父が不正の証拠集めを始めたころから、ベルンハルトの動きが奇妙に正確で……。父も、証拠集めが難航していると、いつも一歩先を読まれているような気がすると……」
「それだよ!シノノメ支部長が正しかったんじゃないかな?あなたの予知やシノノメ支部長の動きをどこかで監視していたと考えれば……だから、副支部長はあなたの予知に対抗するように動けた。そういうことじゃないかな?」
アリサは呆然と私の顔を見つめ、そしてかすかに震えながら呟いた。
「……もし、それが、本当なら……私は……私は……ずっと、自分のせいで、父が死んだと……」
「違うよ、アリサさん。それは、あなたのせいじゃない。お父様は、あなたが予知を頼りにして不正と戦った。けれど、その予知が副支部長に悪用されてしまった。罪に問われるべきは副支部長……いえ、ギルド伯ベルンハルト」
アリサの瞳が揺れる。
「……わた……しは、ずっと……」
かすれた声が、凍りついていた心の奥から漏れ出るように響く。それ以上は言葉にならないようだったが、その瞬間、彼女の頬をつたって一筋の涙が流れ落ち、次第にその小さな滴は後から後からあふれ出て、やがては滂沱の涙へと変わっていった。
アリサは表情を変えることなくただ虚空を見つめ、まるで静かに崩れゆく氷のように涙を流し続けた。抱え続けた罪の意識が氷が解けるように涙となって流れ出し、彼女を少しずつ解放していくかのようだった。
トワが、そっとアリサの肩を抱きしめた。何も言わず、ただ彼女の震える体を支えるように。アリサはその温もりに縋るようにして、長い間押し殺していた痛みをようやく吐き出している。
私は、祈るような気持ちで見守った。どうかこの涙が、彼女の心を解きほぐし、救いの光となりますように。罪無き者の故無き贖罪がこれで終わりますように、と。




