#16
>>Towa
「……あなたは、人間?」
アイリスのその言葉に心臓が止まりそうになった。私の姉は一体は何を言ってるんだ?アイリスの言葉はアリサにとって最後の尊厳を踏みにじるものであるように、私には聞こえた。アイリスはそんな意地悪をする人じゃないのに、どうして?怒りと疑問で心がかき乱される。
だけど、その問いに対するアリサの答えは私の予想を超えていた。長命種族、テロマー。それがアリサの背負っていた秘密だった。そのことを告げたアリサの表情はそれまでと同じ無表情だったけど、それでも私には彼女が孤独に泣いているように感じた。だから、私も声を上げた。
私も自分が普通の人間ではないと知ったとき、納得した部分も大きかったけど……それなりに悩みもしたし、苦しみもした。でもその程度で済んだのは、隣にアイリスがいてくれたからだ。私が普通でなくても。もしかしたら人間じゃなくても。隣にアイリスがいてくれればそれでいい。そういう支えがあったからこそ、私は自分の出自が不明であることを前向きに受け止められた。
でも、アリサにはそんな支えはなかった。 彼女はずっとひとりぼっちだった。例え彼女が救いを求めても。そしてそれに応じる人がいたとしても。救いの手は刻の流れと共にいつか老い、やがては彼女の前から失われる。きっとそれを知っているから、アリサは誰の手も取らずにいたんだろう。
なら、せめて。ヒトとは違うこの手で、一時であっても彼女の手を握りしめてあげたい。そう思ったんだ。
「トワ様……やはり、あなたが……?でも……」
アリサの小さな声が耳に届く。彼女はまるで何かを確かめるように、揺れる瞳でこちらを見つめていた。アイリスが帰ってくる直前にも似たようなことを口にしていた気がする。確か……「違う人なのか」と言うような、何かを諦めたような事を。
そして今度は「あなたなのか」と、かすかな希望と裏切られることへの恐れが入り混じった眼差で私を見ている。私はその意味を測りかねて、ただ彼女の瞳を見返すことしかできなかった。アリサは、誰かを待っているのだろうか?いつか自分を救ってくれるはずの人を。
……そんな風に感じた。
「アリサさん、もう少し話を聞かせてもらえるかな?」
アイリスが穏やかな声で問いかけると、アリサは小さく頷いた。ウォルターさんは既に退出していてこの場にはいない。
「はい……私に、わかることなら」
アイリスの瞳が真剣にアリサを見据え、少し間を置いてから核心に触れる。
「あなたが抱えている罪のこと。……それは、あなたの予知と関係しているの?」
「……!!」
「予知?」
私は思わず口に出してしまった。アリサが予知能力を持ってる?そんな突飛な質問に、返す言葉が見つからない。しかし、アイリスの言葉にアリサが目を見開いたのが分かった。
「……どうして、それを……?」
「テロマーには予知能力があるという資料を見たことがあるんだよ。もし予知ができるなら、不幸は避けられるはずだよね?それなのに、あなたの過去は……」
アイリスが言葉を紡ぐたびに、アリサが外套の裾をきつく握りしめていくのが見える。アイリスは淡々と話しているけど、それがアリサの心の古傷を抉ってゆくのがわかる。
「アイリス、お願い。もう、やめて」
「だめだよ。これは、必要なことなんだよ」
私はアイリスにもう止めるように懇願する。しかし彼女の口調は優しくも厳しい。
「私達が、そこまで知る必要ない」
「違うの。これは……アリサさんにとって必要なんだよ」
「どうして」
「アリサさんが、罪人なんかじゃないことを証明するために」
その言葉に、アリサがかすかに肩を震わせた。アイリスはあくまで真実を知ろうとしている。それが、アリサを救うためだと信じて。
「……私は、昔から……未来の出来事が視えました。視えるのは、断片的で……いつも映像がふっと浮かぶだけ。正確な時間や場所なんて、わからないことが多くて」
アリサはゆっくりと言葉を紡ぎ出し始めた。本当に、アリサには予知能力が……?
「でも、あのとき……視てしまったんです」
アリサはぎゅっと拳を握りしめ、視線を落とした。
「……クリスタル祭の日。あの日、父が……父が何か恐ろしい目に遭うのを。誰かに陥れられて……捕らえられてしまう、そんな映像が頭に焼き付いて……それを父に話しました。『クリスタル祭の日に何かが起こるかもしれない』と」
「それはシノノメ支部長が亡くなる直前の話だよね?」
「はい……だから、その前に、ベルンハルト……当時副支部長だった彼が、不正を行っていることと関係があると思って……。早く彼を告発するようにと……私、父に勧めてしまったんです」
アリサの声は震えていた。自分を責める気持ちが、言葉の端々に滲んでいる。
「それで父は、私の言葉を信じてくれて……クリスタル祭の日に告発を行おうとしました。でも……クリスタル祭の前日に、父が……突然、父が行方不明になって。その後、ギルドの人たちが支部長が不正に関与していたと噂を流して、父が逃亡したと言いふらして。……それから、しばらくしてから父の遺体が見つかったんです。事故だと……」
アリサは何度も息をつくようにして、言葉を途切れ途切れに続けた。これ以上見ていられない。私は何度もアリサを止めようとした。だけど、そのたびにアイリスが無言で私の介入を制止する。
「でも、わかってるんです。そんなの嘘だって……私の予知した通りに、父は……死んでしまった。いいえ、私が予知したから、父はあんな目に遭ったんです……。だから、私は……」
彼女の瞳は涙で曇り、絶望に満ちていた。
「だから、私がこの星でどれだけ罵られようと……仕方ないんです。私が、私こそが、父を死なせた罪人だから。この星の乱れは……私の、罪だから」
彼女は震える声でつぶやくようにそう語った。自らの予知がもたらした悲劇。それが彼女が背負った罪なのだとしたら……私に、それをどうにかすることはできるんだろうか。
今回は短めなのでもう1話追加で更新します




