#14
「アイリスっ!」
すぐ隣でトワが声を上げる。どうやら、私の質問がアリサの尊厳を傷つけると感じたのだろう。その気持ちはわかる。だがアリサを守りたいからこそ、トワには辛抱してもらうしかない。
「トワ様、大丈夫です」
アリサがトワに向かって微笑みを見せ、毅然とした声で言った。
「私は……人間であって、人間ではありません」
「……テロマー」
私が口にした言葉に、アリサは少し驚いたようではあったが、黙って小さく頷いた。
やはり。私の推測は正しかった。
不老の存在について耳にした時に思いついた、二つの可能性。一つは人の形をした機械である、機族と呼ばれる存在。これは彼女の外見を見た今となっては即座に否定できる。
となると彼女の正体は、もう一つの可能性であるテロマーしかありえない。伝説の長命種。生身の人間でありながら、その寿命は私達とは比べ物にならないほど長く、千年を優に越えると言われている存在。彼女が少女の外見を保ったまま何十年も生きられる理由は、それだ。
「テロ、マー?」
「まさか……実在していたとは。なら、彼女も……?」
隣でトワが目を瞬かせながら呟く。ウォルターさんはさすがにテロマーという存在を知っていたようだけど、それでも驚きを隠せないようだった。
だが、今のつぶやきに含まれていた微かな違和感。「彼女も」?アリサではない、誰かを指している言葉の様に思えたが……。いや、今はそんな些細なことを考えている場合じゃない。
テロマー。それは宇宙へ進出した人類の中から出でし種族。宇宙の過酷な環境に適応し、人類を超えた能力を得たとされる、新しい人類。ギルドネットに散らばる、記録と呼ぶにはあまりに不確かな伝承。おとぎ話や神話のようにしか伝わっていない、遠い存在。それがテロマーだ。彼らはそのほとんどが大空白期に姿を消し、今では伝説の中にその残滓が残るだけ。
だが、私の目の前に、少女の姿をしたそのテロマーがいる。
「私の……両親は、どちらも普通の人間でした。ですが、二人ともテロマーの……因子のようなものを宿していたようで……。私は人間の、両親から産まれた……先祖返り、です」
「……わかりました。ありがとう、話しにくいことを教えてくれて。でもこれで、あなたが人々に忌み嫌われる存在ではないことははっきりしたよ」
アリサは黙って頷くだけだったけれど、少しだけ肩の力が抜けたようにも見えた。そのとき、これまでずっと黙っていたトワが急に口を開いた。
「私も」
……!私はトワが何を言おうとしているのか、気がついた。それは!
「トワっ!ダメっ!」
「私も、アリサと同じ。普通の人じゃない。千年以上冷凍睡眠してた。Sランクのシンガー」
「えっ……」
私の制止も聞かず、トワは平然と自分の秘密を口にした。千年単位で時を超え、人にはない特異な力を持つSランクのシンガー。彼女の出自を知ることが私達の旅の目的であり、そしてれは私が最も守りたかった秘密。だがトワは自分の秘密を守るよりも、人ではない孤独を抱えたアリサに寄り添うことを選んだのだろう。
うん、知ってた。そういう子だよ、トワは。しかしこの場にはもう一人秘密を聞いてしまった人物がいた。トワを守るためには強権を行使してでも口止めをしておくべきだろう。
「ウォルターさん、すみません。管理官としての権限を行使させて下さい。今の話は聞かなかったことにしてもらえますか」
「……ご命令に従います」
ウォルターさんは慎重に頷いたものの、わずかな驚きと面白がるような色がその瞳に浮かんでいた。
「いやはや……私が監察官だとカミングアウトしたときには、もう少しインパクトがあると思ったんですが。この場では私の告白が一番地味でしたか?」
ウォルターさんは冗談めかして微笑み、少し肩をすくめてみせた。もはや返す言葉も出てこない。
「……あははは」
笑うしかなかった。確かに、まさかこんな“伝説級”のカミングアウト合戦になるとは予想してなかった。
「私は席を外します。聞かない方が良い話も多そうですからね。情報整理もかねて一度宿に戻っていますので、後で要点だけお聞かせ願えますか?」
ウォルターさんはそう言って部屋を出て行った。流石は優秀な監察官。知るべきことと、知らなくて良いことの区別はしっかりしているようだ。
今回はもう1話(短いものを)追加で更新します




