#13
>>Iris
「アリサさんがここにいる理由はわかったよ。トワがアリサさんの事を助けたいと思ってることも、ね」
トワから一通りの事情を聞き出し、妹の唐突な行動に頭痛を感じながらも私は話を進める事にした。
ウォルターさんが敵ではなく味方である可能性が高いことは理解しているけれど、彼の本心がどこにあるのかまでは読み切れない。
そしてそれはアリサという少女も同様だ。無言でベッドに腰掛けた彼女の雰囲気と、街で聞いた忌まわしい噂がどうにも結びつかない。しかしそれでも、支部長交代劇の背後に彼女が関わっている可能性は捨てきれない。
正直、今の段階では完全には信頼しきれない2人を目の前にして情報交換をするのはリスクが伴う。どちらか一人だけならまだしも、2人が相手となると少々やっかいだ。だけど、今は情報収集が何よりも重要だし、なによりこの場でしか得られない手がかりは多いだろう。ここで臆して黙り込むわけにはいかない。
もっとも、私達の方は彼らに知られて困るような情報はそれほど多くはない。万が一、手の内を少しさらしたところで大きな支障はないし、いざとなったら管理官の強権を発動して荷物を奪還してこの星を離れれば良い。そうすれば、トワの事を守れる。そう判断して、私は話を切り出す決意を固めた。
「私とトワは他の星から来た旅行者ですが、ギルドの一員でもあります。トワは高位のシンガー、そして私はギルドの管理官です」
首元から黒水晶を取り出し、アリサとウォルターさんに見えるように提示しながら、私は二人の反応をうかがった。
「その若さで管理官ですか……?もしかして、ブースタリア管理官?」
「ええ、アイリス・ブースタリア。二等管理官です」
ウォルターさんは私の名前を知っていたようで、私の名乗りに少し驚きながらも納得した表情を浮かべた。歴代最年少の年齢で二等管理官の資格を取った時に一時的にギルドネットで私の事が話題になったことがあるので、情報に敏感な人なら知っていても不思議ではないだろう。あまり悪目立ちしたくなかったから、ギルドの広報情報には管理官権限を行使して顔写真の掲載を止めたんだけどね。
アリサも軽く目を見開いたが、何かを言うことはなく、ただ黙って聞いている。
「私とトワはある物資をクレリスに搬送するために旅をしているのですが、その物資がこちらの入管で没収されてしまいました。それを取り戻すためにこの星へ降りることになりました。ギルド伯の話はウォルターさんに聞くまで知りませんでしたが、職務上今はもう見過ごすわけにはいかないと考えています」
「そうでしたか。なるほど、事情がわかりました。では、私も名乗らせてもらいます」
そういうとウォルターさんは静かに頷き、こちらを見据えた。
「私の名前はウォルター・クレマン。ヘリオス広域支部所属の監察官です。統括局の命によりペレジスへ派遣されました」
そう言うとウォルターさんも黒水晶を掲げる。ギルド章に刻まれた文字とウォルターさんの名乗りには相違点は無い。
統括局は各地に人員を配置しているため、通常であれば現地スタップが監察や対応を行う。にも関わらず、統括局が近隣星域の管理を行う広域支部から監察官を現場へ派遣すれるというのは……相当に重大な案件がある場合に限られる。つまり、ギルド伯の不正はかなり上部でも問題視されているということだろう。
「ギルド伯に関する調査ですか?」
私は確信を持ってそう問うた。だが、ウォルターさんの回答は、私の予想と少し違っていた。
「そうとも言えますが、そうではないとも言ええます。私が命じられたのは、この星で起きた支部長交代に関する調査です」
「それは9年前の事。どうして今頃?」
トワが疑問の声を漏らす。もっともな質問だけど、私には遅延の理由が理解できた。
「C3を使った亜光速通信のおかげで、統括局はペレジスで起きた異常事態をほぼリアルタイムで把握することができました。しかし、監察官を実際に現地に派遣するとなると話は別です」
そう、ペレジスでの事件は統括局に即座に伝えられたが、人の移動には物理的な制約がかかる。亜光速での恒星間航行には相当な時間を要するため、統括局が即座に監察官派遣を決定したとしても、こうして実際にウォルターさんが到着するまでには9年の歳月が流れてしまったというわけだ。
「それにしては私達と同時にこの星に着いたなんて、妙にタイミングが良かったように思いますけど。ウォルターさん、軌道エレベータの時点で私達がギルドの所属だと気付いてたでしょう?」
私の指摘にウォルターさんは少しだけ苦笑した。
「ああ、そのことですか。確かにあのときは『到着したばかり』と話しましたが……実を言うと、私がこの星に降り立ったのは3ヶ月前なんですよ」
そう言ってウォルターさんは肩をすくめた。彼がペレジスを訪れたと語った話には、おかしなところがあったことに私は気づいていた。彼はこの星に来る度にペレジスがおかしくなってゆくと言ったけど、実際にこの星の状況が悪化し始めたのは9年前。つまり数光年先の星とここを往復しているのなら、彼がペレジスの状況悪化を知ることができるのは今回が初めてのはずだから。
どうやら私達が旅慣れない小娘だと侮ったのだと思うけど、話の流れそのものはそう不自然ではなかったから、たぶんトワはだまされていたと思う。欺こうとされたのは気に入らないけど、むしろ状況に応じて最適な欺瞞を自然に行う彼の抜け目のなさ、したたかさを再認識させられた。
「じゃあ、3ヶ月も?」
トワが少し驚いたように訊ねる。
「ええ。到着して以来ずっと軌道ステーションを訪れてはで横領に関する内偵調査をしていました。そんな折にアイリスさん達がギルドの封印付き荷物についてトラブルに巻き込まれているのを見かけて、接触を決めたんです」
「ギルドの封印、ですか……」
私はその言葉に小さく頷く。なるほど、私達が封印付き荷物を運んでいると言う事を耳にして、私達がただの小娘、普通の旅行者ではないと察したのだろう。
「はい。ギルドの封印が施されているとなれば、それなりの立場か特殊任務の可能性が高いでしょう?それに、ギルドの物資がこうした状況下で押収されているのは見逃せませんからね」
ウォルターさんの説明を聞きながら、確かに話の筋は通っていると感じた。だがそれ以上に、彼が慎重に情報を伏せつつ状況を把握していく手腕に……彼の監察官としてのセンスを再確認した。
となると、公文書館で声を掛けてきたのも、偶然ではないということだろう。取りあえずウォルターさんの背後関係についてはこれぐらいでいいだろう。
問題は……会話に加わらず、黙ってトワの方を見つめたままのアリサだ。
「では、アリサさん」
「……は、はい」
皆の注目が自分に集まった事で彼女が緊張しているのがわかる。これから私が行う質問はアリサにとって不愉快で、秘密にしたい話題であることは重々承知している。だけどそれは、避けては通れないものだと私は考えている。
「あなたに関することを、少し尋ねさせてもらってもいいかな?もしかしたら、不躾で失礼な質問になるかもしれないけど」
「……かまいません」
アリサは一瞬だけ目を伏せ、しかし小さな声で静かに答えた。私の言葉を聞いた途端、隣にいるトワが私に咎めるような視線を送ってくる。
彼女がアリサに同情しているのはわかっている。でもこれは必要なことなんだ。トワも無言で我慢しているようだけど初対面であるアリサを守るために怒ることが出来るトワは……私の大事な妹は、本当に優しい子だと思った。
「ありがとう。誤解しないでほしいんだけど、興味本位で聞くわけじゃないから。あなたの事を知ることが、この星で起きている問題を解決する糸口になると私は信じている。だから……」
「はい」
アリサは覚悟を決めた瞳でこちらを見つめている。罪悪感を感じるが、踏み込むしかない。
「……あなたは、人間?」




