#11
>>Iris
ふと窓の外を見るとずいぶんと陽が落ちてきている事に気がついた。閉館時間まではまだ少し余裕があるけど、トワを待たせているだろうから……ギルド伯について誰かに話を聞いたら今日は引き上げるとしよう。そう考えて、私は隣の席でニュースペーパーを呼んでいた若い男性に何気なく話しかけた。
「すみません、少しお聞きしてもいいですか?こちの星ではギルド伯という方がいらっしゃるそうですが、どんな方なんでしょうか?」
それまでは特段変わった様子の無かった男性の顔が一瞬こわばり、疑念に満ちた目で私をじっと見つめた。
「……あんた、よそ者か?どうしてギルド伯に興味がある?」
その問いかけは冷たく、明らかにこちらを怪しんでいた。この反応はよろしくない。油断していた……やはりこの話題はタブーだったか?私がどう答えても、彼の疑念を晴らすのは簡単ではないだろう。だが、何か言い訳をしないと、事態は悪化しそうだった。
「えっと、興味というか、街の歴史を調べていたらお名前があったので……。有名な方みたいなので、どんな方なのかな、と」
できるだけ自然な口調で答えたつもりだけど、内心の動揺を見抜かれてしまったのだろうか。男性はさらに疑いを強めた様子で、席から立ちこちらへ距離を詰めてきた。自然と太ももに巻いたホルスターの感触に意識が行くが、さすがにここでブラスターを抜くわけにもいかない。
「観光客がいきなりギルド伯に興味を持つものかね?あんた、どこから来たんだ?どこかの星のスパイか、それとも……」
失敗した。場合によっては物理的な制圧も選択肢にいれながら、対応を検討する。だが、彼が問い詰めるようにそう言いかけたそのとき、不意に背後から別の声が割り込んだ。
「おや、これは先ほどのお嬢さんじゃないですか。こんなところでまたお会いできるとは奇遇ですね」
振り返ると、そこには軌道エレベーターで同席した自称トレーダーのウォルターさんが立っていた。彼は友好的な笑みを浮かべながら、私と男性の間にさりげなく立つと、場の空気を和らげるように振る舞った。
「いやぁ、この子は私の知り合いなんですけど好奇心旺盛でしてね。私がギルド伯のことを教えたせいで気になったようです。だってほら、ギルドの噂話って面白いでしょう?」
彼は親しげな口調で男性に話しかけ、場を取りなすように肩をすくめてみせた。その態度に、男性も少し戸惑った様子で、口ごもりながら視線を逸らす。
「……そうか。まぁ、そういうことならいいんだが……余所の人間がギルド伯のことを気安く話題にするもんじゃないぞ」
男性は一応の納得を見せたものの、まだ少し不信感が残っているようだった。それほどギルド伯に関する話題は星外に公言することが憚られるということか。ウォルターさんはそれを感じ取ったのか、軽く笑って私の肩を叩く。
「さぁお嬢さん、そろそろ閉館時間ですよ。妹さんが待ってるでしょうから、そろそろ帰った方がいい」
「……はい、わかりました」
私はウォルターさんに促されるまま、その場を離れた。彼が場を取りなしてくれなければ、思わぬトラブルに発展するところだった。切り抜けられない事態では無かったけど、余計な注目をされるのは好ましくない。そういう意味では、彼の介入はありがたいが……。廊下に出た後、彼が小声で私に囁いた。
「危なかったですね。この星の住人を相手にギルド伯のことを話題にするのはやめておいた方がいいと思いますよ」
先ほどの男性の反応を見れば、ウォルターさんの言葉はもっともだ。だが、同時に思うところもある。なら、どうしてそのタブーとなっている話題を、彼は私達に話した?
それ以前に……どうして彼はここにいたんだろう?トワに聞いたから?いや、トワにも公文書館へ来ることは伝えていない。
軌道エレベータの中での出来事を踏まえると、彼の接触タイミングにはやや不自然さを感じる。彼の正体に思い当たるふしがない訳ではないが……彼に対する警戒レベルを少し上げておく必要があるかもしれない。
「ご忠告、感謝します」
「いえいえ、美しいお嬢さんが困っていたなら、助けるのは当然ですよ」
「お世辞がお上手ですね。でも、どうしてここへ?ずいぶんとタイミングが良かったように思いましたが」
自分でも固い声だとは思うが、仕方ない。私の言葉にウォルターさんはかすかな微笑みを浮かべると、そっと近寄りある言葉を耳打ちしてきた。
「……第14条第2項。深部での探索は己のみならず仲間の帰還もまた成し遂げるべし」
「……わかりました。あなたを信じます」
……やはりか。
彼が囁いた言葉は、ギルド憲章の一節。C3採掘作業時の心構えについて書かれた部分だ。だがしかし、その文言にはもう一つの隠された意味がある。
ギルド内部、特に監察官や管理官といった秘匿任務に就く人間が必要に迫られて同じ立場の相手に自らの身分を伝える際に用いる秘密の符丁。つまりこの言葉は、彼がただの商人ではなくギルド内部で重要な任務を負っている人物であることを示しているんだ。
そしてその一節に即座に反応した私を見て、彼の目がわずかに光る。私が理解したことを確認したのだろう。おそらく彼は早い段階で私達がギルドの一員であることは気付いていたと思う。だが、今のやりとりで私が彼の符丁を理解出来る立場の人間だと伝わったということだ。
そういうことなら、隠し事はなしにして情報交換を行っても問題はないだろう。私はウォルターさんを宿に案内してそこて話をすることにした。今日私が手に入れた情報も、ギルドネットから得た情報も。全て開示すれば、状況把握も進むだろう。もちろん、情報収集にはまだまだ時間が掛かりそうではあるが。
……と思っていた。宿に到着して客室のドアを開けるまでは。
ウォルターさんを連れて宿の部屋に戻ると、トワが見知らぬ少女を連れ込んでいた。青い瞳に襟元で二つに結んだ長いアッシュブロンドの髪。無骨な眼鏡を掛けていてなお、人形のような美しさを誇る少女。
瞳には少し怯えたような色こそ見えるけど、彼女の顔には表情というものがほとんど浮かんでいない。トワも表情が読めないタイプだけど……その少女とトワは根本的に違うように思えた。この少女は、感情が欠落しているような、人として少し壊れているような印象すら受けた。そして、その事がより一層彼女を人形のように見せているのではないかと思えた。
そして少女が纏う薄汚れた黒い外套もまた、その容姿には似つかわしくない。服装からして何かの事情……いや、有り体に言えばトラブルを抱えているであろうことが見て取れる。
そんないわくありげな少女がトワと並んでベッドに座っている。なんだ、この状況は。ウォルターさんも状況が理解出来ないのか、鋭い目で見知らぬ少女を見つめている。心なしか動揺しているようにも思えるが……大丈夫、私も理解が追いつかない。
「アイリス、おかえり。ウォルターさんを連れ込み?」
「見知らぬ女の子を連れ込んでるトワに言われたくないよ」
「この子はアリサ。アリサ、これはアイリス。私の親友で幼馴染み、お姉ちゃん」
「……あっ、はい。あの、アリサ……と、申します」
トワの紹介に、アリサという少女は少し怯えた様子で自らの名を名乗る。
「これはどうも。で、そのアリサさんはどういう知り合い?どうしてここへ連れてきたの?」
「アリサは、シノノメ」
「!?」
トワの雑な説明に私の目が点になった。シノノメといえば、前支部長の姓。ということは……彼女が?




