#9
>>Iris
「すみません。この星の近代史について勉強しに来たんですが……。有名な出来事とか、調べるきっかけになりそうなことを教えていただけませんか?資料が多すぎてどこから手を付ければ良いか迷っていて」
公文書館の書架エリアで、私は歴史資料を調べている初老の女性に声をかけてみた。すると女性は少し驚いたように私を見てから、にっこりと微笑んだ。
「あら、学生さんかしら?最近で有名な出来事というと、やっぱり9年前にあったギルド支部長の代替わりかしらね。ほら、この星の産業ってギルドに依存しているところがあるでしょう?それでシノノメさんという前支部長さんが、突然不正を告発されたことが大きな騒動になったのよ」
「シノノメさん……資料にもありましたが、どんな評判の方だったんですか?」
「私の知る限り、シノノメさんはギルドの方としてとても誠実で堅実な方だったわよ。この星の基礎を作ったシノノメ家に連なるご当主でしたからね。あの方が支部長さんだった間は街はとても平穏だったから、ギルド支部の人達もみんな礼儀正しくてきちんとしていたし、住民も安心して暮らしていたの」
女性はそういうと懐かしそうにため息をつき、続ける。その様子には少し陰りが見えるように思える。
「だからね、不正の告発があった時は本当にみんな驚いたものよ。誰もシノノメさんがそんなことをするとは思わなかったから。でもね、告発の直後に彼が姿を消してしまったでしょう?それでやっぱり疑いは本当だったのかしらって、皆が信じるようになったのよ」
「そうだったんですね……。その後、街の雰囲気は変わりましたか?」
「そうねぇ……新しい支部長さんに代わってから、街は以前よりも少し息苦しい感じがするわ。私には、なんとなく自由が失われていくような……あらいけない、今のは聞かなかったことにしておいてね」
老婦人は少し眉をひそめ、どこか寂しげな表情でそう付け加えると調べ物に戻った。私は彼女に礼を言い、今の話を反芻する。今の話が本当なら、シノノメと言う名の前支部長は評判が良かったはず。それなのにある時突然変質したことになるのだろうか?そして街の人達からの評価もまた、彼が姿を眩ませた事を契機に一変した。
これは……少し不自然な気がする。何か切っ掛けがあったのか。それとも、偽装が行われているのか。
その後、話ができそうな人を探して何人かに同じような話を振ってみた。その結果、シノノメという人物に対して多少の評価のぶれ幅こそあったものの概ね同じような話を聞くことができた。不正の発覚と彼の失踪。この二つが同時に起こった事こそがシノノメ前支部長の評価を、そして運命を変えた鍵に違いない。
私は考えを整理しつつ推理を巡らせた。人々の話を聞けば聞くほど、シノノメと言う人物が悪事に手を染めていたという印象は薄れていった。
支部長としての評判は高く、長年にわたって人々に信頼されていた人物。しかも長く続く星の名家の当主でもあり、もともと何不自由ない生活をしていたはずのエリート。それがなぜ突然不正を犯し、その後弁明もせずに逃亡……もしくは失踪する必要があったのか。
不正が発覚したことで彼は失踪することが不可避になった?それとも、誰かが彼を失脚させるためにわざと不正を発覚させた?
いや、どちらも違和感がある。もしかすると、不正自体がシノノメを貶めるための罠として仕組まれていた?当時副支部長だったベルンハルトがギルド伯として君臨し、強権的な支配を行っている今の状況を考えれば、むしろ罠があったと考える方が自然だ。
シノノメが消えたことで、その座を引き継いだ現支部長が得をする構図。だけど、あからさまに怪しいというのにメディアも含めて誰一人としてそれを追求した形跡がなかった。そう、記録が無いことが逆に不審さを増すポイントになっている。
そこから導き出される、私の推論はこうだ。シノノメは罠に掛けられ、真実を知る時間も弁明の予知も与えられず、何者かによって消されてしまった。おそらくは、その事実を探ろうとした者も含めて。
シノノメ前支部長の不正と失踪。その裏に潜む陰謀があったとして、そこに街で噂される「娘」はどう関わっているのだろう。前支部長の娘。不老の存在、忌み嫌われる罪人と噂される「少女」。住民たちの話によれば、彼女はまるで影のようにギルド伯の後ろに控え、ただ従順に従っているだけだという。だが、父である前支部長が不名誉な形で死を遂げた今、彼女は何故ギルドに、それもギルド伯の傍らに留まっているのだろうか?
表向きは物静かで、ただ目立たぬように暮らしているその姿こそが逆に不気味に思える。街の人がは彼女の存在を遠巻きにし、忌み嫌っているというのは単なる不老の噂話が原因と片付けてしまっていいのだろうか?
私が推測する彼女の正体が正しければ。「あの能力」を持つ存在なのだとすれば。彼女の立ち位置には腑に落ちない点が多い。
支部長交代の裏で、彼女は何を見て、何を行っていたのだろう。父であるシノノメの罪が偽りで、彼が嵌められたのだとしたら……彼女は一連の出来事でどのような役割を演じていたのだろう。そしてギルド伯が彼女を手元に留め置いている理由は?
――ただの慈悲か、それとも監視か。利用価値がある事を知っているのか。
わからないことばかりだ。まずはギルド伯本人についての聞き込み。その次は彼女についても調べてみる必要があるだろう。




