#8
>>Towa
ウォルターさんに教えてもらった宿泊先は私達の宿よりも立派で高級そうなホテルだった。こんなホテルに泊まることが出来るなんて、きっとウォルターさんは商売繁盛してるんだろうな。……いや私達もギルドで依頼を受ければ、それなり以上の稼ぎにはなるとは思うけど。
ともあれ、受付でウォルターさんを呼んでもらおう。
「ウォルター……ああ、クレマン様ですか?失礼ですが。お客様のお名前を伺っても?」
「トワ」
「トワ様ですね。お話は伺っております。訪ねてこられたらお通しするようにと仰せつかっております。……ただ、クレマン様はただ今外出されておりまして」
なんと、間の悪いことに不在らしい。私達が訪問するという話が通っているということは、取引先との商談は終わってチェックインは済んでるということだろう。となると、外出してからそう時間は経っていないんじゃないかな。念のため確認しておこう。
「戻る予定は?」
「申し訳ございません、私どもには判りかねます。ただ、出かけられてからまださほどお時間が経っておりませんので、少し時間がかかるのではないかと思いますが……」
「わかった、出直す。戻ったら、トワが来たと伝えて」
「承知致しました」
連絡先を伝えに来ただけなので、フロントに伝言を頼んでも良いのかもしれないけど……ここは慎重に動いた方がいいと思った。アイリスが言うようにギルドに不正があるんだとしたら、ギルド伯が高級ホテルを監視している可能性もあるからね。うん、少なくともホロムービーではそう言うパターンはよくあるし。
でも時間を潰してから再度訪問するのはいいとして、これからどうしたものだろう。アイリスは情報収集に出かけているだろうから宿に戻ってもすることがないし。少し街を散策したら何か情報が得られるかな?
そんなことを考えて、私はホテルを離れ街を歩いてみた。
――そして、あっさり道に迷った。
街というのはどうしてこう、道があちこちに入り組んでいるんだろう。一面荒野で建物は大きくても二階建てだった故郷と違って、ビルが多すぎて空も見えないし太陽の位置もわからない。
いや、この星の恒星がどの時間にどちらの方角に見えるのかはわからないから、見えても何の参考にもならないけど。たぶんアイリスならそのあたりも調べてるんだろうけど……。惑星に降りるとわかっていれば、私だって事前に調べておいたんだけどな。
そんな事を考えながらあてもなく歩いていると、気づけば表通りからずいぶん離れた裏通りのさらに奥まで入り込んでいたようだ。周囲には老朽化した建物が並び、崩れかけた壁がむき出しになっている。廃墟かと思ったけれど、五感を研ぎ澄ませるとそこかしこに人の気配が感じられる。
どうやら、ここはホロムービーで時々出てくる貧民街……いわゆるスラムというやつのようだ。表通りの路地でも座り込んでいる人を見かけたけれど、ここはもっと酷いね。座り込んだり地面に寝そべっている人の数が立っている人よりも多いくらいだし。
アイリスは私に「そんな服装で外を歩くなんて信じられない」と言うけど、私のだぼだぼのTシャツとワークジャケットがここではむしろまともな格好に見える。なにせ周りの人は、大人も子供も、もっとひどい状態の服を着ているから。ここだと逆にお嬢様然としたアイリスの格好の方が周囲から浮くんじゃないかな。
表通りの華やかさはたぶん「伯爵様」が人々に見せたい顔。でもこのスラムには見せかけの光の裏に隠されたもうひとつの現実。この荒れた景色こそがこの星の抱える矛盾、そして虚栄の証っていうことなんだろう。そして、その虚栄をもたらしたのが……ギルドなのだとしたら。
胸元に下げたギルド章が急に重たく感じられた。私はこの星のギルド支部に所属しているわけじゃない。それでも同じギルドの一員である以上、無関係でいることは許されない。一介のシンガーでしかない私に出来る事なんて、そう多くないのはわかってるけど。
その場に留まっていても仕方ないので、街を歩き続ける。ふと道端に集まった子供たちが目に入った。痩せた体と薄汚れた服。少し前に私が模範調律を披露したクラスの子達と同じぐらいの年齢だけど、希望に満ちた目をしていたあの子達と、希望の欠片すら見えない眼前の子達のこの落差はいったいなんなんだろう。
この子達の未来を照らし続けることなんて出来ないけど、今、ほんのひとときだけなら私にでも希望を与える事はできるかもしれない。偽善?そんなことはわかってる。こんなのは一時しのぎで、偽善にすらならない。それでも私は、ジャケットのポケットに放り込んだままのグリットを手に、子供達に声を掛けた。
「お腹すいてる?宇宙食なら、ある」
キューブ状になった固い宇宙食。お世辞にも美味しいものではないけれど、少なくともお腹は膨れるし生きていくための栄養も採れる。子供たちは突然声を掛けてきた私に驚いた様子だったけど、食べ物と聞いておずおずと手を伸ばしてきた。
「本当に?いいの?」
「もちろん。でも、ちょっと食べ方が難しい。すごく堅いから、かじらずに口の中でゆっくり溶かして食べて。はら、こんな感じ」
食べ過ぎだと後でアイリスに叱られるかもしれないけど、これは必要な事だから。そう自分に言い聞かせて、食べ方の実演をする。
「甘い!」
「美味しい!」
子供たちは私の真似をしながらグリットを口に含み、小さく歓声をあげる。
甘くて美味しい?まるで口に砂を含んだように感じる、あのグリットが?その言葉に、涙がこぼれそうになった。この子達には、船乗り達が不味いと敬遠する宇宙食ですらごちそうなんだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。どうしてボク達に優しくしてくれるの?……お姉ちゃんはアリサお姉ちゃんのお友達?」
ひとりの男の子がそう声を掛けてきた。とても痩せていて、いつ倒れてもおかしくない風貌に見える。私はその子にもう一つグリットを手渡し、尋ねた。
「アリサ、お姉ちゃん?」
私の問いに他の子供たちも頷いて答えた。グリットはまだある。私は、子供達に手持ちを全て分け与えながら、話を聞く。これは施しじゃない。正当な情報料の支払いだ。
「うんギルドのお姉ちゃんだよ。私達にお菓子やパンをくれたりするんだ」
「大人はみんな悪く言うけど、優しいんだよ!」
「大人達はお姉ちゃんのことバケモノっていうけど、アリサお姉ちゃんはすごい美人なんだよ!」
「でも いつも疲れた顔してるよね……私、心配だよ」
「前にね、お母さんを探してるっていってたよ」
「あまり笑ってくれないけど、時々笑ってくれるとすごく優しく見えるの」
「ボクも見たことあるけど、ちょっと寂しそうな感じにみえたなぁ」
子供たちは口々にアリサと言う女性の事を教えてくれた。大人達に悪く言われているけど、子供に優しい、ギルドの人。どんな人物かはわからないが、不思議とカフェで聞いた前支部長の娘の事が脳裏に浮かんだ。
同じ人物かどうかはわからないけど、どちらもギルドに行けば会えるかもしれないし、子供たちだけが知る「優しいお姉さん」の存在は心に刻んでおこうと思った。グリットが無くなったことで少し軽くなったジャケットを羽織り直し、私はその場を離れた。




