#6
>>Towa
思っていたよりも、ずっと深刻な状況かもしれない。
いつもは冷静で温厚なアイリスがここまで頭に血が上っているなんて。彼女は一見いつも通りの穏やかな表情を保っているけど、私にはわかる。周囲に向けられる視線の奥には焦りと、それ以上の怒りが渦巻いている。これはヤバイやつ……激オコってやつだ。
冷静な観察眼はいつも通り鋭いけど、感情のバイアスががかかっているのか物事に対するコメントが普段のアイリスよりもずいぶん辛辣だ。態度に露骨に出るわけじゃないし、暴言を吐いたりすることもない。けど、長い付き合いの私でもこんなアイリスを見るのは初めてだ。
多少はクールダウンできたみたいだけど、まだ不安は残る。アイリスはこのあと住民やギルド関係者に接触して情報を集めるつもりだろうけど、今の状態だと不満が顔に出て相手を警戒させてしまうかもしれない。流石に誰彼かまわずケンカをふっかけたりはしないと思うけど……しないよね?信じてるよ?アイリス。
かといって私が情報収集を引き受けるわけにもいかない。情けない話だけど、自分のコミュニケーション力の無さは私自身が一番わかってるからね。私はどうやっても思った通りに言葉を発することができず言葉足らずになってしまうし、意図しない言葉が出ることもままあるから、私が前面に立つと余計な誤解を招くだけだろうし。うーん、どうしたものか……。
アイリスの後をついて歩きながら思案を巡らせる。と、通りの少し先にカフェがあるのが目に入った。まるでホロムービーの中に出てくるような、洗練された雰囲気が漂っているお洒落カフェ。あれだ!アイリスみたいなオシャレ女王が、あのカフェを気に入らないはずはない。
「お洒落カフェ」×「オシャレ女王アイリス」=問題解決
うん、これで行こう。
「アイリス」
「……ん?どうしたの?」
「あそこ。お洒落カフェ」
「……素敵だね」
反応が鈍い。女子力に満ちあふれた普段のアイリスなら間違いなく食いつくであろう、私達には初体験となるお洒落カフェをもってしても、興味を惹くことすらできないなんて。だが、まだ戦いは始まったばかりだ。
「歩きすぎて、もう死ぬ。あそこで休憩する」
「……まだ10分も歩いてないよね?」
「このままだと酸素切れで倒れる」
「いや、惑星上だからね?酸素はいくらでもあるからね?……まぁいいか、私もなんだか疲れちゃったから一休みしていこっか」
「うん」
勝った。深い満足感に包まれる私。あれ?何と戦ってたんだっけ。
でも、勝利の高揚を感じていられたのはほんの一瞬だった。カフェに足を踏み入れた私は自らの致命的な戦略ミスに恐怖したんだ。
「ペルセウスブレンドのライトロースト・ハニーラテ、シルキーフォームで」
「アルカディアマーブルマッシュルーム・フラットホワイト、チョコレートシェーブ追加」
「テラコッタアーモンドフラワー・カプチーノ、ベリーフレークトッピング、氷は抜きで」
カウンターで次々と呪文を唱える人々。……え、ここカフェだよね?カフェって「コーヒーください。大盛りで」ってオーダーするんじゃなかったの?この人たち、何を召喚しようとしてるんだろう?理解不能すぎて怖い。
ひょっとしてここはホロムービーで見た「生ける炎」とか言う邪神を崇拝する暗黒教団の秘密結社とかだったりするんだろうか?私、うっかり足を踏み入れてはいけない世界に足を踏み入れちゃったとか?
「エリュシオン・リーフのディープリラクゼーション・カモミールティー、ホットスチームとローズマリーエッセンス追加で」
私の隣でアイリスが長々しい呪文を唱えている。何それ?アイリスもこの暗黒教団の一員だったってこと?もしかしてここはカフェじゃなくて、炎の邪神に捧げる生贄の儀式を行うところ?オシャレ女王じゃなくて邪神の女王なの?逃げた方がいいの?逃げないと死ぬの?
「……この子にも同じものを」
「かしこまりましたー!」
混乱して固まっていた私を見かねてアイリスが助け船を出してくれた。呪文で何が召喚されるのかは判らないけど、どうやら生贄にはならずに済んだらしい。ありがとう、お姉ちゃん。私は心の中でそっとアイリスに感謝する。
それにしても、なんで私はカフェならリラックスできるとか思っちゃったんだろう。お洒落カフェが私には手強すぎるなんて、容易に想像できたはずなのに……。何故その事に気付かなかった、私。
しばらくするとアイリスが召喚した飲み物が運ばれてきた。これがなんとかリーフティー……?金色の液体からふんわりと漂う香りはたしかに花っぽいけど、私にはただの「ホットティー」にしか見えない。なぜこれにあんな呪文みたいな注文が必要なんだろう?
そんな疑問を胸に抱いている間に、アイリスは優雅にカップを手に取り、香りをそっと楽しむ仕草を見せた。目を閉じて、一口含んでから満足げに小さな息を吐いている。こうやって見るとお嬢様だよね、アイリスは。
「ありがとう、トワ」
「うん。どういたしまして。……何が?」
「落ち着けたよ」
「そっか」
誘った甲斐はあったみたいだ。私も一息ついて、ようやく周りの様子を眺める余裕が出てきた。店内のインテリアは落ち着いた色合いで統一されていて、壁にはさりげない装飾が並んでいる。お洒落なんだろうけど、私には少し肩がこるような空間だ。こういう場所に慣れてるアイリスと違って、ただ座っているだけでちょっと緊張する。
……あれ?でも故郷にはこんなお店は無かったし、アイリスが慣れてるはずはないんだけど、どうしてこんな自然に溶け込んでるの、アイリス?
今は時間的に昼下がりのティータイムらしく、周りのテーブルにも数組の客がカフェ会話を楽しんでいた。控えめな笑い声やカップが置かれる音が響いていて、ここにいる人たちは私と違って皆こういう時間の過ごし方に慣れているみたいだ。街の裏側の光景を見た私にとってはなんとなく違和感を感じるけど……これもまたこの街の姿の一つなんだろうね。
私もホットティーに口を付けてみたけど、味は良くわからなかった。テーブルに置かれた角砂糖の入ったポットを手に取ろうかと考えている最中に、角砂糖を見ててふと思いついた。これ、グリットに似てるよね?なんとかティーの味も良くわからないし、グリットを溶かしたら逆に美味しくなるかも。そう思ってポケットからグリットを取りだそうとしたらアイリスに目で止められた。
「トワ」
「うん」
「それは、ダメ」
「ダメ?」
「やめておきなさい」
どうやら抗弁の余地がないぐらいの絶対禁止らしい。あきらめて私は角砂糖を何とかティーに入れることにしたけど、4個目を入れようとしたところでアイリスにまた止められた。解せない。
ふと奥の席から聞こえてくる低い声が耳に入った。何気なく聞き流そうとしたけれど「伯爵様」という言葉が聞こえた瞬間、思わず意識がそちらへ引き寄せられる。この星で伯爵と呼ばれるのは、ウォルターさんが言ってたギルド支部長のことに違いないから。
アイリスは気付いていないようなので、私が視線で隣を指して小首をかしげると、彼女は驚いた様にそちらに注意を向けた。しばらく会話に耳を傾けたあと、どうやら彼女もその女性たちの会話に何か感じ取ったようだ。私も改めてそちらに意識を向ける。二人の女性が控えめな声で何かを話している。その会話の断片が、少しずつ頭の中に入ってくる。
「……この間も伯爵様の後ろで大人しくしてるのを見たけどさ、やっぱりなんか気味が悪いよね、あの子。ずっと見た目が変わらないらしいし、前の支部長だか、四大名家だかが何かおかしな実験でもしてたんじゃないかって」
ギルド伯その人ではなく、その周辺にいる人物の噂なのかな。あの子?それに見た目が変わらない?おまけに実験?頭に疑問符が浮かぶ。「この伯爵様の後ろで大人しくしてる子」っていうのは、もしかしてギルド伯と関係があるのだろうか。しかも、ずっと見た目が変わらないなんて普通じゃない。そんな事を考えていると、連れの女性が、少し困ったように顔をしかめながら返した。
「まあね、確かに見た目が全然変わらないのは不思議だけど……でも、悪い子には見えないのよ。いつも大人しくて目立たないようにしてるし、きっと前の支部長の娘ってだけで色々言われてるし。なんだか辛そうに見えるのよね」
前の支部長の娘?私達が認識していない新しい人物の話題のようだ。噂に出てきた伯爵様とは、今のギルド支部長、そしてその後ろに控えるずっと見た目が変わらない子は、どうやら前の支部長の娘。更衣室でアイリスに聞いた話では、前の支部長は伯爵様とやらに謀殺された可能性があるって言っていた気がするけど、どうしてその娘さんが?
「でもさ、伯爵様ににああやって厳しく管理されてるってことは、やっぱり何かあると思うんだよね。前の支部長のことだって、色んな悪い噂が出てたし」
「うーん……それでも、あの子自身に何か罪があるとは思えないかなぁ。誰かと話してるところも見たことないし、街中でもいつも一人で影みたいに歩いてるでしょ?見てるとちょっと可哀想な感じもするし」
その言葉に、少しだけ間が空いた。気味悪がっていたほうの女性も、少し考え込むようにため息をつく。
「まあ、そうかもね……父親のことがあっても、あんな風にされてるのは同じ女性として、さすがに気の毒かも」
気の毒?それに罪とか悪い噂とか、出てくる言葉がどれも曖昧でぼんやりしているくせに、全てが不穏な事ばかりだ。断片的な話から全体の話の流れをつかむのは難しい。見た目が変わらないってどういうこと?罪って何のこと?私の頭の中にさまざまな疑問が次々と浮かんでは消えていく。
ギルド伯に関係がありそうな話だけれど、関係性が曖昧。しかも話の意味を掴み切れない。この前支部長の娘という子は何者で、どう関係しているんだろう。
アイリスも何か考え込んでいるようで、無言で眉間にしわを寄せている。どうやらさっきの会話に何か引っかかることがある……いや、引っかかることしかないよね、あの話は。
私も疑問に思ったことを色々とアイリスに聞きたいけれど、こんなカフェの中で話すわけにはいかない。ギルド伯や支部のこと、しかもそれを疑っているという話なんて他人の耳に入っていい話題じゃないだろうし。この星に来たばかりで、まだ何が安全かも分かっていないんだ、安全第一にしないと。
そう考えていると、アイリスと視線が合う。彼女もきっとここで話すわけにはいかないと感じているに違いない。小さく頷いて、私はそれとなく提案してみることにした。
「アイリス、そろそろご休憩したい」
「その言い方、語弊があるけど……。確かにちょっと落ち着ける場所は必要だね」
アイリスは少し呆れた様子で同意してくれた。あれ、私なにかおかしな事を口にしたかな?ともあれ、アイリスの顔にうっすらと見える緊張をほぐすために、私は軽く肩をすくめてて続けた。
「ご休憩の宿は基本的にお洒落。私を宿に連れ込んで」
「トワ、後でゆっくりお話ししようね?それはもう、ゆっくりと」
「アイリス、笑顔が怖い」
「誰のせいかな?」
そう言って、アイリスは微笑む。目はまるで笑ってないけど。とりあえず、落ち着いて話が出来る宿を取ろう。
「とりあえず普通の宿を探しましょ?しっかり落ち着ける場所で……『話』ができるように、ね」
「わかった。でも、優しくしてね」
宿に落ち着けばあの噂話の意味をアイリスとゆっくり話ができるだろう。
……先に色々と叱られるかもしれないけど。姉の説教一時間コースは勘弁してほしい。




