#5
>>Iris
軌道エレベータから降りた私達は、取引先の商会に先に顔を出すと言うウォルターさんと別れて情報収集を行うことにした。おそらく通関本部へ行っても良くて門前払い、下手をすると捕らわれる可能性もある。なにか行動を起こすにしても情報を集めないと方針すら決められない。やっかいなことだ。
ウォルターさんからは何かあったときのためにと連絡先を教えてもらった。私達は予定外の訪問で宿泊先も何も決まっていないので、宿が決まったら連絡を入れると伝えておいた。
……おそらく、彼とはまた会うことになるだろうと確信していたので。
軌道エレベータの発着場、いわゆる地上駅から外に出た途端、ペレジスの星都であるクリスタンティアの煌びやかな街並みが私達の目に飛び込んできた。視界の先には光を反射して輝く豪奢なビル群が空へ向かって伸びる塔のようにそびえている。街全体がクリスタルにちなんだ名にふさわしい煌めきを放っていて、あちこちに豪華な装飾が施されている光景は壮観そのものだ。
通りには巨大なホロディスプレイが投影されていて、そこには華やかな映像や広告が賑やかに映し出されている。圧倒されるような光景にトワが黄金色の瞳を目を丸くしている。この子が瞳の色だけでなく、表情まで変えるというのは本当に珍しい。
「すごい都会。うちと全然違う」
確かに、トワの言葉も無理はない。名も無い資源惑星でしかない私達の故郷にあるのは「居留地」であって「街」と呼べるような規模のものではない。なにせ、惑星全体でも2,000人ぐらいしか人がいないからね。それに比べてこの街では派手な衣装を身にまとった人々が忙しそうに行き交い、店のウィンドウには贅沢な宝飾品や最新型の機器が並べられて……言うならば街全体が一つの巨大なショーウィンドウのようだ。そう、まるでホロムービーに登場するおとぎの国のようにも見える。
……だけど。
「それは否定しないけど、逆にうちと同じぐらいの田舎は他にはないんじゃない?」
軽く肩をすくめながらトワにそう返したけど、私はどうしても眼前の光景を冷ややかに見てしまう。通りを進みながら辺りを注意深く見回しても、目の前に広がるこの華やかさが不自然に思えて仕方なかったからだ。
煌びやかな建物が立ち並ぶメインストリートの裏手に目をやれば、老朽化したビルが無理やり新しい外壁で覆われているのが見え隠れしている。通りに植えられた植物も所々枯れかけていたし、装飾が薄汚れた看板もちらほらと目に入る。
路地裏に視線を送ると薄汚れた服装をした人が座り込んでいるのがちらりと見えた。物乞いなのか、それとも病人や負傷者なのか……。町中に視線を戻し、ショーウィンドウを見やると店先にならんだ商品の値付けや品揃えもおかしかった。事前に調べていた通貨レートの変動を織り込んでなお、かなり高価になっているし……心なしか品薄であるようにも感じられる。
「これがクリスタンティア。ベレジスの星都、か」
「アイリス?」
心の中で呟いたつもりだったけど、口に出てしまっていたようだ。隣にいたトワが真っ直ぐな目で私を見つめている。少し心配そうなその瞳に、私は何事もないように微笑みを返した。
この街は遠目にはクリスタルのような輝きを纏っているように見えるけど、よく目を凝らせばその煌びやかさの裏には綻びが散らばっている。虚飾を重ねたその輝きは、私には偽りのものにしか見えなかった。
そして……この綻びには、きっとギルド支部が絡んでいるんだろう。この星が内側から食い荒らされている原因はおそらく……。
「アイリス。あれ、C3みたい。キラキラしてる」
トワが楽しげに指差す方向には、大きなクリスタルのオブジェが飾られていた。目を輝かせているトワの横顔に、私はふと違和感を覚えた。この街の虚飾を聡いこの子が気づかないわけはない。それでもあえて子供のようにはしゃいでいるのだろうか? それとも私の目には映らない何かが、彼女には本当に美しく見えているんだろうか。
トワの細い指先が指すクリスタルのオブジェをよく見れば、土台には細かなひびが入っていて飾りの一部も剥がれかけているのがわかる。オブジェは街そのものの象徴であるかのようで、虚栄の輝きに包まれながらもほころびを隠しきれていない。その様子に、何故か苛立たしさを感じる。
「……そうだね。でもトワ、この輝きに惑わされないで」
少し冷たい言葉になってしまったかもしれない。無邪気にはしゃぐトワに水を差したくなかったのに、どうしても今の私はこの街の輝きを肯定する気にはなれなかった。
目をやると街頭の巨大ホロビジョンにはギルドの広報映像らしきものが映し出されていた。支部長による改革の成果をアピールし、ギルドの活動がいかに星の未来に貢献しているかを自賛する内容。私もギルドの一員だというのに、今はその白々しい内容に嫌悪感すら感じる。
気づけば、トワがまた私の顔をじっと見つめていた。さっきまでキラキラと金色に輝いていたトワの瞳はいつの間にかくすんだ黄銅色に変わっていた。私がその視線から逃げるように足早に歩き出そうとしたその時、ふわりとトワの両腕が私を包み込んだ。
「大丈夫。私がついてる」
彼女の優しい声が、私の頭をクールダウンさせてくれた。ああ、そうか。私は焦っていたのか……。冷静さを失っていた私をトワは気遣ってくれていたのに。それに気付く事が出来なかった。
情けないな。私のほうがお姉ちゃんなのに。妹の優しさにも気づけず、ひとりで苛立っていたなんて。
「ありがとう。もう大丈夫」
そう言うと、トワはかすかな笑みを浮かべた。その瞳は再び黄金の輝きを取り戻していた。




