#2
>>Iris
悪い予感に限って良く当たるものだ。トワを伴って軌道ステーションの薄暗い通路を進みながら、私は皮肉な気持ちで自分の「鋭さ」に苦笑する。果たしてこれは良いことなのか、悪いことなのか。いや、考える余地もないか。
この星に到着してから、何かがずっと引っかかっていた。航行中に聞いたペレジスでのインフレの話と、それを裏付けるようなステーション内に示されていた異常な為替レート。
ギルドクレジットが暴騰しているのではなく、明らかにペレジスの地元通貨が暴落している状態だ。船長さん達は宇宙食の価格が上がっていると言っていたけど、もしかしたらインフレだけでなくて、食糧供給そのものに問題が生じている可能性もある。
そして、フォトンタブで確認したこのギルド支部におけるC3の流通量の減少に関するデータ。CM41F3Cからペレジスへ輸出しているC3の量に関する報告が、私の記憶している量よりも明らかに少なく計上されている。それは……つまり、どこかでC3の横流しが行われている可能性を疑えるようなシリアスな事態だ。
さらにギルドネットで配信されていた……9年前に起きたという支部長交代劇にまつわるキナ臭い情報も、私のいやな予感を後押しした。
表向きには経済悪化とインフレという、辺境宙域ではよくある状況に見えた。でも、私の知り得た複数の要素を関連付けて考えると……この星の資源や利権を握る存在、つまりギルド支部がおかしな動きをしている兆候に思えて仕方がない。
特に気になるのはC3の流通量減少だ。ギルドの生命線であるC3は通常であれば厳密な流通管理が行われている。そんな重要資源の流通が帳簿の上で減少している?それはすなわち表に出せない取引や横流し、何らかの不正が行われていると公言しているのと変わらないじゃない。
監査が厳しいはずのギルドで一介の職員が流通量に影響を及ぼすレベルの不正を行うのはほぼ不可能だし、もし実際に不正が行われているなら、ここのギルド支部全体が……?
それだけじゃない。この宇宙ステーションでの対応も不自然だ。私達の荷物に無理やり言いがかりをつけ、押収しようとする態度。私達の正確な身元は伝えていないから、彼らにとっては私達はただの旅行者に過ぎない。それにもかかわらず、執拗に荷物を調べるということは、私がギルドの管理官だからと目を付けた訳ではなく、この星に立ち寄る全員をターゲットにしていると考えるほうが妥当だろう。
この星に限らす、多くの惑星において軌道ステーションはギルドの管理下にある施設だから、一部の係員達が独断でそんな事をできるはずもない。そして、ギルドの管理施設ですら問題が生じているということは、この星のギルド支部全体が腐敗していることも考えられる。
おそらく、ここペレジス全体が内側から食い荒らされつつあるのだろう。この星で起こっているのは、単なる経済悪化や不景気じゃなくて、もっと根の深い闇が絡んでいる。もしそうなら新しく着任したという支部長が関与しているのかもしれない。
だからこそ、地表には降りず乗り継ぎでここを早く立ち去るつもりだったのだけど……世の中は上手く行かないものだ。せめてもの救いは、ギルド章を見せて正式な身元確認を受けなかったことだ。もし支部に私達のことが知られていれば、きっと身動きが取れなくなっていたはずだから。
とはいえ、知ってしまった以上は見過ごすわけにもいかないか。一瞬、故郷の父さんに相談しようかとも思ったけど新人とは言え、私も監察権を持つ二等管理官の一人なのだから。妙なことにトワを巻き込みたくなかったけど……。
「……リス?……お姉ちゃん?」
「えっ、急に姉呼び!?どうしたの?」
「ずっとぼーっとしてたから」
「あ……ごめん、考え事をしてた。あのね、実は……」
どうやら考えに没頭しすぎていて、トワに心配を掛けてしまったようだ。現状について考えを共有しておこうと口を開き掛けた途端、トワが急に私の腕に抱きつき、顔を寄せて小声で呟いた。
「待って。たぶん、アイリスが話そうとしている事、ここで話すとまずい」
「え?」
「監視カメラ。そこかしこに設置されてる」
「!!」
「ゲートや受取所、通路。でも死角になっているところも多そう」
「いつの間にそんな確認してたの?」
「私だってやるときはやる。配置のパターンは大体わかった。たぶん、更衣室にカメラは無い」
確かに以前からトワの知覚力は私を含めた周りの人間より遙かに優れているとは思っていたけど……それにしてもこの子、いつの間にそんな所を見てたの?トワの言葉に驚きながらも、監視者に内緒話を気づかれないように少し大きめに声を出して白々しく言ってみた。
「惑星に降りる事になっちゃったから、コスモスーツを着替えないといけないね」
「私はこのままでもいい」
「いや、さすがに地上でコスモスーツは目立つからね?隣で歩く私の身にもなって?」
「オシャレリーダーの要求水準は高すぎる」
「私、いつの間にリーダーになったの?というか要求水準のレベル低くない!?」
トワとじゃれ合っていると先ほどまで考えていた重苦しい内容が少し軽くなった気がする。私達はさりげなく馬鹿話を続けながら、カメラの目を避けるように更衣室へと向かう。……不自然に見えなければいいのだけれど。




