#1
>>Towa
ペレジス。私達が訪れる、故郷以外の初めての星。軌道ステーション本体へ繋がる搭乗ゲートの窓から見える眼下の星に私はワクワクした気持ちを抑えられない。軌道上から見た故郷の星は少し茶色っぽくてあまり綺麗じゃなかったけど、ペレジスは青くて、とても綺麗で。……きっとあそこは、ホロムービーに出てくるような自然あふれる綺麗で素敵な所なんだろうね。
「トワ、ちょっといい?」
入星ゲートへ向かう途中、低重力に設定されている軌道ステーション内の通路を進みながらそんなことを考えていると、隣にいたアイリスに小声で声を掛けられた。
「なに?」
「ゲートでの手続き、ギルド章は出さないで口頭報告だけにしよ?」
「どうして?」
「ペレジスにはギルド支部があるでしょ?で、私達は乗り継ぎでここを通り過ぎるだけ」
「そうだった」
忘れていた。この星は通り過ぎるだけで、あの綺麗な所へは行かないんだった。初めて訪れる他の星だから、少し勿体ない気はしたけど……まぁこれからアイリスと二人でいろんな所へ行くんだ。1つぐらい見送っても問題ないだろう。でも、ギルド章を出さないというのはどういう意味なんだろう?
「わざわざ管理官だとか、Sランクだとか名乗る必要ないでしょ?そんなことしたら面倒な仕事押しつけられそうだし」
「わかった」
アイリスの言うとおりだ。ギルド支部には引き受け手のいない高難易度の調律依頼や管理官の業務が待ち受けている事は想像に難くない。急ぐ旅じゃないけど、そんなところで身分を名乗って無駄に足止めされるのも面倒だよね。アイリスの表情を見ているとそれ以外にも理由があるようにも思えたけど、口にしないなら今は私が知らなくても良い事なんだろう。なので、それ以上の理由は聞かずに了承した旨を伝える。
「ありがと。あとね、ステーションのショップで服を買うから」
「それは拒否する」
「残念、トワに拒否権はありません!」
「解せぬ」
少し声量を上げて、年頃の友人同士がふざけ合っている様子を演じながら入星ゲートへ向かう。いや、実際に年頃の友人同士がふざけ合っているんだけど。
直近で到着した乗客は他にいなかったのか、ゲートで手続きするのは私達だけのようだ。ゲートには制服らしきものをだらしなく着崩した、あまり感じの良くない中年男性係員が一人。
「モーリオンギルド所属、アイリス・ブースタリアです。入星手続きをお願いします」
「ギルド所属、トワ・エンライト」
「さっき到着した輸送船の客か?どこから来た?」
「はい、惑星CM41F3Cからです」
「CM……ああ、番号星か」
その瞬間、係官の口から出たナンバーズという言葉は初めて聞いた言葉だけど、何故か妙に気に障った。確かにCM41F3Cは何の名前も与えられていない、ただの識別番号でしかない星だけれど。それでも。ナンバーズというその響きには、無名の辺境星に対する見下しが透けていたように感じたから。
「ええ、それが何か?」
「いや、なんでもない。あそこはギルドの人間しかいないからな、ギルドのお使いだろ?その歳じゃ身分証明ももらってないだろうし、そのまま入っていいぞ」
言い返そうとした私をアイリスがそっと手で私を制した。彼女は静かに目配せし、怒りの表情を見せないまま係官を見つめている。係官はもうこちらには興味を失ったのか、やる気なさそうな仕草で顎をしゃくり、ゲートの先を指す。なんだろう、この人。本当に感じが悪い。さっきまで一緒に居た、船長さんや船員のみんなとは大違いだ。
たった一人と短い言葉を交わしただけなのに、新たな星を訪れた喜びが一瞬で台無しになってしまった。知らない世界に踏み出すワクワクや期待が、冷たい嘲笑で薄れていくのがわかる。
ひょっとしたらこの星のことはあまり好きになれないかもしれない。この星がどんな場所かまだ何も知らないのに。でも、ひょっとしたらこの星はただの乗り継ぎであって良かったのかもしれない。
少し重い気分を抱えたまま、キャメル067から搬出された荷物を引き取るために手荷物受取所へ向かう。他の到着便がしばらくなかったのか私達以外の人影はまばらで、商人や旅行者とおぼしき人達が数人いる程度だ。
貨物室に搭載されていたC3のコンテナはギルドの専用搬入口から軌道エレベーターへ運ばれていくみたいで、キャメル067から受取所に搬出される手荷物はアイリスが機内に預けた手荷物と私が家に忘れそうになった鋼の獣の残骸を収納したコンテナぐらい。しばらくすると私がオシャレBOXと勝手に呼んでいるアイリスの手荷物が運ばれてきた。
「アイリス、オシャレBOXでてきた」
「何?そのオシャレBOXって」
「アイリスのオシャレが詰まってる」
「いや、普通の着替えだよ?制服はともかく、礼服とかドレスとか入ってないからね?」
「アイリスの服は基本オシャレ」
「一応褒め言葉だと受け取っとくよ。……それにしても遅いね、もう一つのアレ」
うん、いくら人数が少ないとは言え人目のあるところでメタルビーストとか口にするのは憚られるよね。どうみても怪しい単語だし。それはそうとして、確かにアイリスが言うように出てくるのが遅い。いや、それ以前に……。
「搬出口、閉まった」
「えっ?本当だ……ちょっと確認してくるね」
アイリスは荷物の搬出が止まった理由を確認しに、手近な係員の元へと向かっていった。荷物が出てくる様子がないので、私もアイリスのシャレBOXを抱えて彼女の後ろに続く。
「すみません、荷物の搬出が途中で止まっているようなんですが」
「ああ、アレはお嬢さんの荷物か?危険物の疑いがあるから止めたんだよ、特別検査が必要でね」
神経質そうな男性係員はちらりとアイリスを見下ろし、少し面倒くさそうに応じた。
「え?乗り継ぎの荷物なんですけど?」
アイリスは少し困惑しながら言ったが、係員は鼻で笑って信じられない事を言い放った。
「乗り継ぎだろうが何だろうが、うちは安全第一だからね。ギルドの封印がある荷物でも、中身が確認できないものは危険だって判断してるんだよ。確認して問題無ければ返却できるし、危険物なら没収だよ、お嬢ちゃん」
係員は私達を子供扱いして侮っている事を隠そうともしない態度だ。入星ゲートの係員に続いて、ここの係員この態度。この星の人はなんて不愉快なんだ。私がそんなことを思って憤っている間にも、アイリスはわずかに眉をひそめて話を続ける。
「……ギルドで封印されている荷物を勝手に開封するのは通商規約違反ですよ?私達はここに滞在する予定もなく、最終目的地で通関すれば良いはずですが」
アイリスが言っている事は正しく、そして旅の常識だと私も聞いてる。それなのに、係員はうっすらと笑みを浮かべ、少しあきれたように肩をすくめてみせた。
「あー、ちょっとお嬢ちゃん達には難しい話かもね。うちはギルドのペレジス支部が決めた規定に従ってるだけだから、詳しいことは惑星の通関本部で話してくれるかな?それとも警備を呼んだ方が良いかい?」
この星の規則であれば、入星ゲートで何か案内があってもよさそうなものだけど、そんな説明はなかった。しかも係員はまともに取り合うつもりがないようで、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「……わかったわ。本部とやらで話を付ける」
「そうかい、ご苦労さん」
アイリスはこの場でのトラブルは避けて一旦引くことを選択したようだ。ここで食い下がってもおそらく時間の無駄だし、騒ぎになると面倒なのは私にも判る。現に受取所にいた人達が私達の方を注目しはじめてるし、入星ゲートにもあった監視カメラにも捉えられてるしね。私もアイリスの判断は正しいと思うけど、どこか引っかかるものが残ることも事実だ。
そういえば入星ゲートでの扱いもそうだった。少なくとも故郷の星では軌道ステーションの係員は身内だということを差し引いても丁寧だったと思うし、航行中も船長さん達にとても良くしてもらった。それがここでは到着早々、不躾な対応をされてばかりだ。この軌道ステーションの、そしてこの星の雰囲気には違和感ばかり感じる。
けれど、もしかしたらこれが「宇宙の標準」なのかもしれない。たまたま、これまでが幸運だっただけなのか、それとも今が不運なのか。経験の少ない私達には判断がつかない。
あの係員たちの不機嫌そうな顔や上から見下すような物言いに妙な居心地の悪さがじわじわと広がっていく。もしかしたら、私達は歓迎されていない?それも、ギルド支部のある星で?何がどうなっているのか私にはわからなかった。




