インターミッション『非日常な日常』CM41F3C-迷走の惑星
宇宙の果ての辺境に一人の少女がいた。彼女の名はトワ・ブースタリア。資源惑星であるこの星を統括する開拓団長の次女である、長い銀色の髪と虹色の瞳を持ち優秀なクリスタルシンガーとして将来を嘱望されている彼女は……今、大いに悩んでいた。
「おかしい……どうしても、わからない」
ぶかぶかのTシャツ一枚を身に纏い、自室で机に向かって何やら小さな部品をいじっているトワはここ最近熱中している「開発」に行き詰まっているようだ。彼女が作っているものは「フォトン・イグナイト」と彼女が名付けた、小型の兵器である。
3週間前、未知の脅威と遭遇し戦闘となった彼女と姉のアイリスは辛くも勝利を収めたが、その際にトワが感じた携行武器の火力不足を補うために着想したものがこのイグナイトと名付けた小さな機械部品だ。
開発の出だしは非常に順調だった。着想点であるブラスターの予備カートリッジを流用した兵器開発というアイデアが良かったこともあるが、トワの手によるC3内蔵型の小型発火装置は外部からの衝撃を加えずともカートリッジを連鎖崩壊……つまり破裂させることを簡単に達成できた。
次に着手したのは内蔵するC3を調律する事で連鎖崩壊時に何らかの効果を付与するという試みだ。
不思議なことに、C3がフォトンエネルギーに反応してどのような効果を発揮するのかは必ずしも一定ではなく、組み込む機器や装置に大きく影響さを受ける。そのため朱を組み込めば自動的に効果が決まる……という訳でもないのだ。
例えばブラスターに組み込まれた朱は威力の増加やエネルギーの蓄積効果をもたらす。しかし通信装置に組み込んだ場合は通信可能な距離を拡大し、航宙船の推進装置に組み込んだ場合は推力を増加させる。また小型の家電製品に組み込んだ場合は熱や炎を発生させる熱源となったり、回転運動などの動力を生み出したりもする。
ただ一見すると無秩序な効果にも見えるこれらの作用にはおおよその共通項がある。例えば朱は増幅や活性化、熱や運動と言うプラスの効果を持つものであり、状態を安定化させたり冷却せたり精密化させたりということはない。それは蒼の役割だから。そのため、原理は不明ながら多くの場合は組み込まれた機材の性質や機能に最適化された形で色ごとの効果が得られると、一般的には理解されている。
問題は「ブラスター本体」ではなく「ブラスターのカートリッジ」に最適化される効果が何であるのか、がわからないということだ。
なので、トワは実証実験を行うことにした。イグナイトに組み込んだ朱のC3は彼女の予想通りカートリッジを爆裂させる手榴弾へと変化させた。効果そのものは予想通りのものだったが予想より大きな効果であったため、結構な騒ぎになった。トワは聡い少女ではあったが時々肝心なところで抜けている事があり、今回も特に深く考えずに朱のテストを自宅の裏庭で行ってしまったからだ。
結果、ブースタリア邸の裏庭にはかなりの大穴ができてしまい、その夜トワは義父と姉にこっぴどく叱られた。もっとも本人はめげたり落ち込んだりすることもなく、説教が終わった直後に再び自室に籠もってイグナイトの改良に取りかかったのだが。
次にトワが試したのは蒼のC3。朱の例からトワは冷却弾のような効果があるのではないかと想像していたが、予想に反して蒼のイグナイトが発動した場所──さすがに今回は自宅の裏庭ではなく居留地から少し離れた風吹きすさぶ原野──には何の変化も無かった。そう、何の変化も。
周囲には風が吹いているというのに、蒼の効果範囲内は下草すらピクリとも動かなかった。大抵の事には驚かないトワも、流石にその光景には目を疑った。それはまさに停滞フィールドと呼ばれる大型の装置でのみ発現する時間低減……いや、時間停止の効果だったから。
幾度か実験を繰り返し、トワは蒼がもたらす時間低減とその効果範囲についての詳細なデータを得た。この結果に彼女は自信を付け、調子に乗った。いつもどおりの真顔ではあったが、アイリスが見れば一目で「ドヤ顔」だとわかる程度には調子に乗っていた。
調子に乗った彼女はこのまま全ての調律パターンを試してみようと、碧に加えて混合による紅紫、藍紫、黄金の合計四種を一度にテストすることにした。だが、結果は惨敗だった。
碧は何か効果が発動している気配はあるのだが、どういう作用なのかは全く不明。混合については効果すら発揮しない。研究開発の難易度を思えばこれまでが順調に行き過ぎただけではあるが、トワはこの失敗に大いに頭を悩ませた。
しかし彼女は常に前向きな少女だったので、わからないことはわからないと割り切って次に進むことにした。つまり全色調律……白を試したのだ。こちらは不思議と素直に効果を発揮した。閃光手榴弾の効果を。どうせ効果なしだろうと油断していたトワは、至近距離で炸裂した閃光と轟音の直撃を受け、当然のことながら昏倒した。
実験していたのは夕方だったはずなのに、目が覚めたときはいつの間にかどっぷりと日が暮れ夜になっていた。しかし夜間の作業が続いていて寝不足気味だったトワはさほど気にせず……いや、むしろさっぱりとした気分で帰宅した。
帰宅が遅くなった彼女はまた義父と姉に叱られた。このとき、義父と姉がトワが作ったものが非常識な効果を持つ事を把握していなかった事はトワにとっては幸いだった。彼らがその事を知っていたら、イグナイトの開発を禁止されていただろうから。
腑に落ちないとトワは思った。もちろん叱られた事に、ではない。トワはマイペースな少女ではあるが、失敗したことは反省できるし、義父や姉に心配を掛けたことは悪いと思っていたので。彼女が納得できなかったのは混合が失敗して全色調律が成功した事だ。
普通に考えれば全色混じった白の方がより成功する可能性が低いはずなのに。だが実際、白は発動するし効果も──身にしみて──わかったので、それはそれで、とトワは割り切った。
となると問題は碧だ。単色で発動しているのに効果がわからない。効果範囲内に動植物や物体など様々な対象を捉えて実験したというのに、目に見える効果がまったくない。あまりにも何度も実験を繰り返したので、カートリッジを大量消費してしまったトワは資材部に所属する知人から無駄遣いについてお叱りを受けた。ガンスミスであるヘルミナにとってはリサイクル可能なはずのカートリッジを破損させる行為は無駄遣いであり、許せなかったのだろう。
カートリッジの代金を支払うためにお小遣いのギルドクレジットが底をついていたトワは、ヘルミナの信用を取り戻すため資材部でバイトをするハメになった。卓越したシンガー能力を生かしたC3の調律でお金と資材部の信用を得つつ、トワは再び実験に着手する。
ただし、無駄遣いはなるべく避けるようにして。トワは反省の出来る少女だったから。
──そして話は冒頭に戻る。
碧の研究に行き詰まったトワはC3に関する文献を読みあさっていた。天性のクリスタルシンガーであるトワはこれまでC3に関する座学についてはあまり真面目に受けた事が無かった。なにせ、授業を受けるまでもなく自由自在に調律が出来たし、他の誰にも出来ない再調律や混合などという、人並みはずれた芸当まで自然に会得していたので。
しかし今回スランプに陥った彼女は基本に立ち返ることにし、初歩からC3について学び直すことにした。実技では100点満点……いや300点は取れそうな彼女だが、座学は落第点だった事にようやく気付いたのだろう。それから数日は昼間のバイト、夕方からイグナイトの改良、夜遅くまで勉強する日々が続いた。
そしてある日の深夜。バイト疲れと連日の夜更かしで眠気とかすれ目に悩まされつつ研究を続けていたトワは、うっかり室内で碧のイグナイトを作動させてしまった。これが朱なら大惨事になるところだが、幸いにも碧には破壊的な効果はない。とは言え、突然の失敗に驚きのあまり目が覚めた……と同時に先ほどまで霞んでいた目がクリアになっている事に気がついた。
「……これ……眼精疲労の解消?」
全く納得がいかない。そんな思いがこもったトワの言葉であった。
翌日、トワはフォトンバイクに乗って碧の実証実験に出かけた。帰宅後、夕食のシチューを食べながら姉のアイリスに今日の実験について報告する。閃光手榴弾でやらかして以来、実験を行ったときは必ず報告するようにと約束させられていたので。
「――それで、バイクで原生生物を追い回して、限界まで疲労させてから碧を試した。疲労の回復はしないようだった。残念」
「トワ、それ動物虐待だよね?さすがにそれはお説教しないとダメなヤツだよね?」
お肉のシチューを食べながら、アイリスは怖い笑顔を浮かべた。
さらに翌日、トワは低威力の貫通型に再調律したブラスターを持って再び碧の実証実験に出かけた。帰宅後、夕食のソテーを食べながら姉のアイリスに今日の実験について報告する。
「――それで、死なないように急所を外して四つ脚を何度か撃ってから、碧を試した。傷の治療効果はなかった。残念」
「……トワ、ドン引きだよ……」
四つ脚のソテーを食べながら、アイリスはげんなりとした表情を浮かべた。トワは姉のことが大好きな優しい子なので、特に何かを指摘することはなかったが。
それからも何度か実験とアイリスからのお説教を繰り返し、トワは少しずつ碧のイグナイトが持つ性質を理解していった。外傷や体力の回復効果は無いこと。多少の疲労回復効果はあるものの、極めて限定的であること。若干の覚醒効果――といっても、カフェイン入りの飲み物程度の微々たる効果があること。
どうやら、神経に作用するような内的な効果ではないかと推測した時点で時間切れになった。
トワ・ブースタリアはトワ・エンライトへと戻り、大宇宙へ羽ばたく日が来たのだ。
アイリスの助言に従い、悪用されないようにイグナイトに関する研究資料は全て廃棄した。しかし頭の中に研究データは全て入っている。いつか碧のイグナイトを完成させよう。きっと、それが誰かを救うことに繋がるから。そう思いながら、トワは故郷を旅立った。
彼女が星を旅立って幾年かが過ぎた。
ブースタリア邸の裏庭にできた大穴は埋め戻されず、今もそのままにされている。義父ハロルドは時折、書斎からその穴を眺め、昔のことを懐かしむ。
突拍子も無く、破天荒で、マイペースな――しかし大切な娘のことを。




