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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船
26/64

#10

「……そう思っていた時期が私にもありました」

「なに、唐突に……」

「いや、だって暇すぎる」


 そう、暇なのだ。食事時に雑談をするとは言え、毎回同じ顔ぶれでは話題も尽きる。最初の頃は初めて聞く話しばかりで面白かったのだけど、最近は話のネタも尽きてしまった。そしてペレジス到着まで、あと5日は掛かる。


「僕たちは仕事中でもあるから、半舷休憩の時は暇な方が気楽なんだけどね。でもトワちゃん達はずっと休憩中みたいなものだから……」

「宇宙の旅がこんなに暇だったなんて」

「ははは……大空白以前にあったと言われる超光速航行なら暇を持て余す間もなく目的地に着くんだろうけどね。今は亜光速航行だから、遠くへ行くほど時間が掛かるのは仕方ないよ」

「アイリス、内職したい。コンテナ開けて、未調律のC3を調律する」

「いや、封印してあるし、未加工納品のやつを勝手に調律したらダメだからね?」

「ははははは……」


 今日の話し相手はジョウだ。確かに一日の半分は仕事をしている乗組員の人達と、日がな一日暇を持て余している乗客の私達では時間の感覚が違うというのは判る。


「ジョウさん、長旅で暇を持て余してる乗客って普通はどうやって時間を潰してるの?CM41F3C(うち)とペレジスの航路って恒星間航行としては割と近場だと思うけど、もっと長距離路線だと体感時間で数ヶ月とか年単位とかザラだと思うんだけど」

「そうですね……今回は体感時間が2ヶ月ぐらいなので普通に過ごしてもらっていますが、長距離航路だと『特等』と『下等』っていう旅の仕方があるんです」


 アイリスがふった話題にジョウさんが答えてくれる。この話はまだ聞いた事が無かったかな?うん、暇つぶしに飢えてる私はジョウの言葉に耳を澄ませた。


「特等というのは低速代謝薬と呼ばれる特殊な薬品を使って乗客の体感時間を短縮する方法ですね。薬品を使っていない乗員から見ると、乗客の人達は時間が止まっているように見えるそうですよ。乗客の体感的には数日とか数時間で目的地に到着するためストレスが少ない旅行方法だと言う話です」


 ジョウの言葉が伝聞なところをみると、この船にはその何とかという薬品は積んでないし、ジョウも経験した事が無さそうだ。「特等」ということは、お高いんだろうか?


「ただこの低速代謝薬というのが結構なお値段なので、富豪でもないととても手を出せない代物なんですよね……。当然、そんな富豪が乗るはずもない定期輸送船には低速代謝薬は積んでません」

グラット(満足)よりもお高い?」

「ええ、もちろん……と言うよりも比べものにならないぐらい高価ですね。そもそも特等旅行に対応している航宙船は豪華客船ですから、食事もグラット(満足)どころか疑似重力のレストランで地上の一流レストラン並の食事が提供されるそうですよ」

「なにそれ、乗ってみたい。アイリス、次は特等に乗る」

「いや、毎回特等に乗ってたら行く先々で仕事引き受けないとダメじゃない。ジョウさん、もう一つの下等っていうのは?」

「下等は……冷凍睡眠ポッドを使うんです。これだと眠っている間に目的地に着くんだけど……」

「寝てる間に着くなら、退屈しなくていい。むしろ、お腹も空かないから、お得」

「いや、やめとけやめとけ。嬢ちゃんたちならいくらでも稼ぐ手段があるだろ?あんたたちは特等で快適に旅した方がいいさ」


 ラウンジに入ってきた船長さんが、横から話に入ってきた。どうやら「下等」は気軽に勧められるものじゃないらしい。


「確かに下等なら寝てる間に目的地に着くし運賃も安いがな、その安さには理由があるんだよ。荷物扱いみたいなもんだ」

「それが避ける理由?」

「それもあるが……冷凍睡眠ってのはな、100%安全ってわけじゃないんだ。確率は低いが、失敗することもある」

「失敗……」


 思わず言葉を飲み込む。冷凍睡眠の失敗、それはすなわち死を意味するからだ。


「どうして失敗するのかは正確にはわかってないが、搭乗時の体調や本人の体質、年齢とかな、いろんな要素が絡むらしいんだよ。あとは機材の調子なんかもあるから、不確定要素が大きすぎるんだ。だから、お勧めできる方法じゃない。カネがなくて選択肢がない喰いつめ者が仕方なく乗る手段ってわけだ」

「僕もこの会社に就職する時に下等で旅をしたんですが……。同乗していた乗客が一人、結局起きてこなかった」

「俺も若い頃に何度か下等で移動したが、あれは正直いい気分じゃない。たとえ知らないヤツでもな、人が帰ってこないのを見るのはやりきれない。だから嬢ちゃんたちは、避けられるなら避けた方がいい」


 ジョウも船長さんも、その時のことを思い出しているのか、表情が曇っていた。たとえ見知らぬ人でも、旅の途中で誰かが命を失うのは決していい思い出にはならないのは当然だろう。


 ただ、体質と言う点ではたぶん私は問題無いと思う。なにせお義父さんの話によれば、私は赤子の時に千年単位で冷凍睡眠してたらしいし。冷凍睡眠に適した体質と言っても過言では無いだろう。


「トワ、何考えてるか判るけど……ダメよ?」

「わかってる」


 アイリスが釘を刺してくる。そりゃそうだ。いくら戸籍年齢数百歳の人がごろごろいる世の中とはいえ、自分が何千年も前に生まれた人間だなんて、そう簡単に話せるわけがない。体質以前の問題だ。私も軽く頷いて、話をしないでおこうと決めた。

 少し気まずい空気が漂ったところで、ジョウが場を取り持つように話題を変えた。


「そういえば、この船にも緊急用の冷凍睡眠ポッドがあるんです。航行中にもし船内の医療設備じゃ対応できない急病や重傷者が出た時に、一時的に身体機能を停止させるためのものが」

「それだけじゃないぞ?航行中に船体が致命的な損傷を受けた場合、一時的に乗員を全員冷凍ポッドに入れて、救助を待つ手段としても使われる。まぁ助かる可能性なんてほぼ無いが一縷の望みに賭けて、ってやつだ」


 ジョウの言葉を引き取り、船長さんが続ける。あれ、という事はもしかして……?


「船長さん、ならこの間のレゾナンスドライブの件は……」


 アイリスも気が付いたようだ。そう、航行中のレゾナンスドライブのトラブルはまさにその緊急避難に該当する事態だよね?


「もし乗客が嬢ちゃん達じゃなかったら。もし嬢ちゃんが失敗してたら。今頃は冷凍睡眠中だったろうな」

「そうだったんだ……」

「まぁ俺とアドバーグのやつは不寝番だがな」


 アイリスの言葉に、船長はにやりと笑って軽くそう言う。


「不寝番って……つまり、船長さんたちは冷凍睡眠しないってこと?」

「ああ。この船には4つしかポッドがないからな。嬢ちゃんたちとジョウを入れたら、残りのポッドは一つだけだ。となると俺と、アドバーグかボースンのどっちかが残ることは確定だからな」


 船長は淡々と言ってのけたが、それが意味することはあまりにも大きい。この船で最も経験豊富な彼らが、緊急時に自分たちを犠牲にして私達と若いジョウに生存のチャンスを譲るつもりでいたっていうことだから。

 船長さんが私達のためにそこまでしてくれるつもりだったとは。初めての船旅がこんな温かい人達と一緒で、乗ったのがこの船だったことがとても幸運だと思えた。C3の調律で彼らに少しでも恩返しができていたらいいんだけど。



 残りの船旅は何事も起こらず、順調に目的地であるペレジスに到着した。未知の領域を征く探検航行ではない、普通の定期輸送便なのだから何事もないのが当たり前なんだけど。


 ラウンジの大型モニタに映し出されたペレジスの軌道ステーションの姿がどんどん大きくなっている。軌道ステーションから惑星上に伸びた柱のような構造体が見える。あれはスクールで習った軌道エレベータというやつだろうか。そんな事を考えていると、ラウンジに入ってきたボースンさんが声を掛けてきた。


「ああ、ちっこい嬢ちゃん、最後に聞いておきたいんだが。この船のC3、ドックの連中に見せても問題無いのか?」


 ボースンさんの心配ももっともだ。過剰調律(チューン)されたC3の存在がバレると面倒なことになる。会社からギルドに同じような調律依頼があっても、対応できるは人いないだろうしね。


「大丈夫。ドライブ停止中は色が判らないように偽装してある」

「マジかよ…C3の偽装なんて聞いた事ねぇぞ……」

「C3は本気出すとすごい」

「いやだから、それはトワが……っていいけどさ」


 アイリスがいつものツッコミを入れてくる。だけど、本当にすごいのはC3だと言うのは私の偽らざる思いだ。C3は私の気持ちに、願いに応えてくれる。まるで命や意思があるかのように。



 船が軌道ステーションに接舷し、エアロックがドッキングポートに連結される。寄港時の一番忙しいタイミングだというのに、降船する私達を船長さん達全員が見送りにきてくれた。


 叶うことの無い再会を願う別れの言葉を交わし、私達はこの船を降りる。きっと船長さん達と私達の人生が再び交わることはないだろう。でも、それでも。


 ――いつかまた、大宇宙(おおぞら)のどこかで。



 ジョウがエアロックのところまで私達の手荷物を運んでくれた。


「お二人とも、ありがとうございました。こうやって生きてたどり着けたのはお二人のおかげです」

「もっと褒めて」

「もう、トワったら……。確かにがんばったのは認めるけど、あんまり調子に乗らないの。それにジョウさん、お礼はもう十分にしてもらってるから」

「はい……でも、本当にお二人は一体……」

「私達はギルドに所属している、ただの小娘」


 そう言ってアイリスはジョウに綺麗なウインクを決め、私達はペレジスの入星ゲートへ向かった。


「ただの小娘……?いやいや、むしろ僕たちにとっては女神ですよ」


 ――後ろから、そんな声が聞こえた気がした。


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