#2
>> Towa
「放浪機……?」
初めて耳にする、聞き慣れない言葉。それなのにその響きはまるで馴染み深いもののように、恐怖と共に私の心の奥深くへと冷たく染み渡っていく。
「はい、間違い無く。これはその末端ユニットです」
カルティアの言葉に合わせる様に、エイギスが見覚えのあるコンテナを運んできた。あれは、私達が故郷から運んできたものだ。
開かれたコンテナの中に格納されていたのは、鋼の獣……いや、放浪機と言ったっけ。四つ足の獣に似た、でも獣とは根本的に異なる歪な存在。
「なんですか、これ……見ているだけで気持ち悪くなりますよ……」
「いや、ほんと。私達よくこんなの倒したよね。まぁ、トワがいなかったらアウトだったけど」
二人の姉が話している事が耳に入ってこない。私の目は、放浪機と呼ばれたそれに釘付けになっていたから。
「これは、なに?」
「人類の……いえ、生命の『敵』です」
カルティアの言葉に全てが繋がった気がした。G15達が戦争していた相手。
アルカンシェルが建造された理由。
フェイザーが向けられるべき相手。
そして……おそらくは私が造られた理由。
全ては、これだ。
私の事を人類の希望だと言ったG15に、私はもう戦争なんてないと言った。
でも、放浪機との戦争が終わっているなら、どうしてこれが……動いて、生命を殺していたの?
G15が私の言葉に答えなかったのは……まだ「終わっていない」事を、彼女は知っていたから?
「まだ……終わってないの?」
「申し訳ありません、セレスティエル。私はその問いに対する答えを持ち合わせていません」
カルティアのその答えは、私には「戦争は続いている」と断言したようにしか聞こえなかった。
>>Alyssa
「まだ……終わってないの?」
「申し訳ありません、セレスティエル。私はその問いに対する答えを持ち合わせていません」
カルティアの答えを聞いたトワ様は固まってしまいました。トワ様が言う「終わっていない」が何を指すのかは判りませんが……おそらくこの醜悪な、放浪機と呼ばれる存在と関係しているのでしょう。
生命の敵とはまた大きく出ましたが……昨日、アイリスさんに見せて貰ったデータでは対抗できない相手のようには見えませんでした。
それこそ、一体……いえ、数体ならツクヨミなりレゾナンスブレードなりがあれば、私一人でもなんとかなるレベルです。
「機姫カルティア。少し大仰では?確かに民間人相手ならば脅威だとは思いますが」
「テロマーよ、あなたは大きな誤解をしています。これは、放浪機そのものではありません。その末端ユニットなのです」
「本体がいるということですか?」
「そうです。放浪機の本体は航宙船。末端ユニットは地上侵攻のための尖兵にすぎません」
……航宙船サイズですか……それは、さすがに刀ではどうしようもないですね。ですが、こんなものをばらまいてくるとか、どこの悪の組織ですか。
「それで、人類はこの放浪機とやらと戦争をしてたのですか?誰か黒幕がいたとかですか?……まさか、ギルドの……」
「いえ、放浪機は人類とは起源を異にする機械知性体です。ですが、放浪機は私達機族に近い……いえ、近すぎる程に」
そう言うとカルティアは私達の前に一枚の画像を表示しました。そこに映っているのは……破壊された、機族?
先日オラクルで見かけた第一世代に似ていますが……なんというか、目の前にある末端ユニットに似た印象になっています。
「もしかして、これ……侵食されてる?」
「はい。放浪機は、機族や機械を侵食し、自らの一部とするのです」
「それ、危険すぎないですか!?」
「はい、とても危険です」
カルティアは平然とそう答えます。いえ、元々機械である彼女は感情の起伏というものを持ち合わせていませんが……それでもあまりにもドライな反応です。
「ですので、対策が行われました」
やはり、そう続きますよね。機族にとって致命的な侵食。そして画像に映っているのは「第一世代」。
対してカルティア達は「第二世代」です。そのモデルチェンジが意味するのは……。
「C3をコアにすると、侵食されない……ということ?」
「よくご存じですね。そうでした。あなた方はアヴァローンへ行かれたのでしたね」
第一世代の機族は「電子頭脳」と呼ばれるコアを制御核にしていたと聞いたことがあります。
おそらくはそのコアが放浪機の侵食を許してしまう脆弱性を持つのでしょう。
アイリスさんが指摘するように、第二世代の機族達は電子頭脳とは異なる媒体であるC3を使い脆弱性を回避しているということなのでしょう。
「艦艇についても同様です。レゾナンスフィールドに覆われている機体は侵食を受けません」
「だから、アルカンシェルは、フィールド実験船?」
「トワ様が私船登録された航宙船の事ですね。ええ、そうです」
そういえばトワ様が言っていました。アルカンシェルはレゾナンスフィールドの実験船として作られた物で、人類にその技術を託す事が求められていたと。
すでに人類はレゾナンスフィールドの発展技術であるレゾナンスドライブを保有していたので、アルカンシェルの使命は果たされませんでしたが。
「なら、対策もされているし、放浪機との戦いは終わったのでは?」
「少なくとも私が建造されて以来、放浪機は確認されていませんでした。26,183日前までは」
その数字は先ほど聞いた、トワ様を待っていた日数と同じものです。
つまりカルティアは、トワ様が放浪機の残骸を持ち込んだことで終わったはずの戦争を終わったと断言できなくなった……と言いたいのでしょう。
アイリスさんもその事に気付いたようです。
「この放浪機は私達の故郷、CM41F3Cで遭遇したものです。父の話では私達がこれと遭遇する15年ほど前、惑星上に墜落していた航宙船らしき遺跡から現れたと。そして、赤子だったトワも……同じ場所で冷凍睡眠しているところを発見されたと聞いています」
それは私が初めて聞く話でした。
トワ様の出自が通常ではないこと、長い冷凍睡眠状態にあったことは聞いたことがありました。ですが……遺跡と化した航宙船から発見されていたとは。さすがトワ様、ドラマチックな出自です。
「トワ様が眠っていた航宙船の遺跡、ですか?」
「ええ。ただ、調査隊が脱出する際に遺跡は崩落したと聞いています。それに惑星上の時間では既に100年以上前のことですから……もう確かめようもないですが」
「なるほど、ありがとうございました。では本件に関わる情報へ付記として、今のお話を追記しておきます」
「……終わったの?終わってないの?」
私にはカルティアの言葉は放浪機の件が完了したのだと受け取れましたが、トワ様はそうではなかったようです。
トワ様の問いにカルティアは一瞬逡巡した様に言葉を止めましたが、感情の無い言葉で告げました。
「申し訳ありません、セレスティエル。やはり、私はその問いに対する答えを持ち合わせていません」
落胆した様子のトワ様を見て、私は黙っていられませんでした。
トワ様を安心させたい。
なら、カルティアから、宇宙は平和だという言葉を引き出すしかありません。
「カルティア、では宇宙にはもう放浪機は存在していませんね?これが最期ですね?」
「申し訳ありません、テロマー。その問いにも答えを出すことができません」
「人類は、放浪機を制することが出来た。そうですね?」
「申し訳ありません、テロマー。その問いもまた私には……」
「なら、私達は既に放浪機の脅威からは解放されていますね?」
「申し訳ありません――」
「――ならっ!」
「アリサ」
どうしても望む答えを引き出すことが出来ず、つい声を荒げてしまいました。
ですが、そんな私を止めたのは、トワ様でした。
「ありがとう、アリサ。でも、大丈夫。大丈夫だから」
そしてトワ様はカルティアを見つめ、静かに問われました。
「放浪機は、また来る?」
「……はい、その可能性は否定できません」
「わかった。ありがとう」




