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【第1部完結】少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船
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#6

>>Iris


 ラウンジに戻った瞬間、トワに体当たりをされた。いや、体当たりのように抱きつかれた。


「『初めて』の船外活動、どうだった?」

「あはは……バレてた?」

「隠し事はしないことになってる」

「……そうだね。ごめん」


 船長達を安心させるための嘘だったけど、トワにはお見通しだったようだ。少し拗ねたような口調のトワに、素直に謝っておく。


「で、嬢ちゃん、ボースン、どうだった!」


 ボースンさんがラウンジに戻ってきたタイミングで船長さんが待ちきれなかったように声を掛けてきた。


「結論から言うと、かなり絶望的な状況だ。推進用C3に異常がある」

「……くそっ」

「まず、現状について俺の判る部分を報告する。C3を固定する器具に劣化による緩みが出ていた。その状態でレゾナンスドライブを稼働させ続けたせいで、C3が振動して細かな傷が入っちまってる。取り付け器具は手持ちの資材で修復できるが……肝心のC3はどうにもならん」


 ボースンさんの言葉通り、固定が不十分だったせいでC3が振動し、表面に細かな傷が無数に出来てしまっていた。でも、本来ならその程度では異常共鳴を起こすような状態にはならない。


「C3については私から説明します。本来、C3には多少の損傷があっても動作に支障をきたさないように余裕が設けられています」

「だったら、なぜ?」

「それは……おそらく、この船のC3を調律したシンガーが優秀であり、同時に愚かだったことが原因ではないかと」

「優秀で、愚か?」


 船長がそう聞き返してくる。まぁ普通はその二つはあまり同時に評される形容詞じゃないから、疑問に思うのも当然だ。だけど今回は優秀で愚かとしか評することが出来ない状況だった。なので、私は軽く肯いてから説明を続ける。


「そうです。そのシンガーはC3の性能を極限まで引き出す、きわどい調律を施していました。普通ならば、多少の損傷や不測の事態に対応できるよう余裕を持たせた調律をするものですが……この船のC3にはその余裕が無かった」

「どういうことだ?」

「これはギルド外にはあまり知られていないことなのですが、C3はその限界を超えた調律を施されると構造が不安定になり、場合によっては文字通り砕けてしまう性質があるんです。シンガーはその限界を慎重に見極めて調律するのですが、この船のC3はその限界ギリギリまで調律されていました」

「じゃあ、傷が入ったら、限界を超えてしまうってのか……?」

「はい。 C3は品質やサイズによって受け入れられる調律の限界が決まりますが、表面の欠損はその限界点に影響を与えうる要素です」


 いつだったか、トワがやらかしたオーバーチューンと似た現象。C3が調律を受けるキャパシティは品質とサイズによって変化する。つまり、ひっかき傷によってサイズがほんの少しでも小さくなると、それに連動してC3のキャパシティも少なくなるんだ。だから……。


「通常、推進装置に使うC3には多少の損傷では動作に影響しない程度のマージンを残しておくものですが、今回は性能優先の調律だったのかその余裕が全くありません。つまり、無数の傷によってC3が限界を超えてしまい、負荷に耐えられなくなっているんです。おそらく航行スケジュールの遅れを取り戻すためにドライブの出力を強化されたと思いますが、それもC3に悪影響を及ぼしていると考えられます」


 私の言葉に船長達は言葉も出ないようだ。わずかな傷が推進システム全体に影響を及ぼし、遅れを取り戻すための対策が元で自分たちが危機に瀕している。軌道ステーションや宇宙ドックならまだしも、漂流中の状態ではC3の修理も交換も不可能だ。


 どうして安全マージンを無視するような調律を行ったのだろうか?私は名も知れぬそのシンガーに強い憤りを感じた。確かに見かけ上高性能なC3は高値で売買される。ギルドとしての利益を考えれば安全マージンよりも性能を重視したほうが利益は大きくなる。

 だが、それが人命の掛かった不測の事態を招きうる要素になるとしたら?それは決して許される事ではない。それは、愚かとしか言い様がない行為だ。


「ギルドの管理官として、このような問題を引き起こしたことを深く陳謝いたします」


 だが、シンガーへの個人的な憤りよりも先にすべきことがある。私は、管理官としてギルドの不手際によって迷惑を掛けてしまっている事を謝罪せずにはいられなかった。


「いや、これは嬢ちゃんのせいじゃない。むしろ器具の劣化に気づけなかった、俺たちの落ち度だろう」

「ボースンの言う通りだ。それに、今この状況で誰を責めても事態が好転するわけじゃないからな……まずはなんとか生き延びる方法を考えるのが先決だ」


 お前達のせいだと、半狂乱になって責め立てられる事も覚悟していた。しかしボースンさんも、船長さんも私達を責めるような事は一切口にしない。無言のままでいる副長さんも。……ジョウさんは流石に顔色が悪くなってるけど。

 ――そしてトワは。


「アイリス、C3の詳しい情報を知りたい」

「推進装置のC3はAランク、上限ギリギリまで蒼で調律(チューン)されてたよ。損傷度合いから考えると今は1段階感度が落ちてると思う」

「安全マージン考えると、2段階ぐらいバッファ必要?」

「そうだね。でも2段階も落としたら速度がガタ落ちになるよね?食料も水も酸素も、そんなに余分は積んでないと思うし」

「蒼の推進系は燃費と安定性重視。朱で出力と速度を上げれば、十分に間に合う。ただ細かいコントロールが難しくなる。だから碧も必要」

「感度を落としつつ、全体的に底上げ強化で再調律(リチューン)するイメージ?」

「うん」


 私とトワの会話が理解出来ないのか、船長も副長も黙ってこちらを見ている。だが、機関長であるボースンさんは私達の会話が意味することを理解したようだ。


「おい、ちょっと待て……何の話をしてる?まさかC3に手を加えるつもりか?」

「うん。ギルドのシンガーとして、責任をとる」

「馬鹿な……さっきでっかい嬢ちゃんが言った通り、船の推進システムで使ってるC3はAランクだぞ?AランクのC3を扱えるシンガーなんてペレジスにも一人もいねぇ。いや、シンガー全体でも何万人に一人のレベルだって聞いてるぞ?」

「……そうなの?」

「そうだよ!第一、でっかい嬢ちゃんだってCランクだ。ならちっこい嬢ちゃんだって……」

「私はSランク。ギルド章、見る?」

「な、何っ!?……おいおい、本当にSランクになってるぞ……」


 目を白黒させるボースンさん。船長達も唖然としている。うん、それはそうだ。Sランクのシンガーは私達の星区では両手で数えられるぐらいしかいない貴重な存在なのだから。私の妹(トワ)には全くその自覚が無いようだけど、それでも彼女は伝説級のシンガーなんだ。


「信じがたいが……確かにSランクってのは本当だとしても、だ。それでも無理だ。調律済みのC3に後から手を加えるなんて聞いた事がない。そうだよな、でっかい嬢ちゃん!?」

「たしかに、私も再調律が出来る人なんて聞いた事ないかな」

「そうだよな、無理だよな?」

「……トワ以外では」

「な……に……?」

「だから、トワ以外には出来ないって」

「じゃあ、ちっこい嬢ちゃんは……出来るのか?」

「できる。あと、私はちっこくない」


 なぜか再調律は無理だと同意を求めてくるボースンさんだが、トワの方はまるで当たり前かのようにできるとあっさり断言する。ちっこい胸を張りながら。

 確かに普通に考えればあり得ない話だけど、実際にトワは出来るからね、再調律(リチューン)。C3の損傷を知ってなお、私があまり焦っていなかったのはトワのこの能力を知っていたからだ。

 異常共鳴でC3が砕ける前にドライブを停止できれば、トワの再調律(リチューン)でなんとか出来る。そう思っていたからこそ私が最初に船外活動へ出て、トワを温存したんだ。


「……今の話、正直理解出来たとは言わんが……。要するに俺達はとんでもなく幸運だった、と理解していいのか?」

「その通りです、船長。なんとこの船には、C3の調律を極めた伝説のシンガーが偶然にも乗っていたんです。ただし宇宙食の味にケチをつける、わがまま人材ですけど」

「アイリス、宇宙食の話は関係無い」


 いつも通りのやりとりをする私達をなんとも言えない表情で見つめる船長達。変に崇拝されたりするのも居心地が悪いし、ちょっと変わった小娘達ぐらいに思われているぐらいが丁度良い。

 いや、宇宙で数人と言う時点で、ちょっと変わったというレベルではないのは判ってる。でも私は急に態度を変えられるのは嫌だし、トワだってそんな事は望んでいない。ならいつも通りの私達でいるのが一番だ。


「と、ともかく作業手順の確認をさせてくれ。ボースン、推進装置の方の修理はすぐにできるか?あとちっこい嬢ちゃんはEVAの準備をたのむ。ジョウ、手伝ってやってくれ」

「わかりました。トワちゃん、こちらへ!」

「うん」


 さぁ、生き延びるための戦いだ。……あれ、でもこの段階になると私にはすることがないね。トワの応援でもがんばろうかな。


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