#4
>>Iris
昨日と同じ会議室に案内された私達を待っていたのは、確かにメラニー・スゥ局長だった。
昨日の危篤状態がまるでお芝居だったかのように微笑む彼女は、どうみても健康体にしか見えない。そういえば昨日は椅子に腰掛けていたのに、今日は普通に立っているし。
昨日のあれは私達を欺くフェイク?いや、でもそんなことを仕掛けてくる理由に心当たりが……。
「おはよう、アイリス。それにアリサも。トワ様、ご機嫌麗しゅうございます」
「おばあちゃん、健康?」
「ええ、おかげさまで。昨日はお見苦しいところをお見せしてしまい、ご心配をおかけしたようで申し訳ありません」
トワとやり取りするスゥ局長の様子に不審なところはない。いや、不審なところがなさ過ぎる点がかえって不審なんだけど。
フェイクを仕掛けるなら今日も体調が悪い振りをするべきだろうから、正直彼女の状態は訳がわからないが……ただ、どうであれ要件だけは済ませておかないといけない。
「スゥ局長、昨日報告した件について確認をお願いしたいのですが」
「タカマガハラの件ですね。ええ、あなたの報告と措置は正式に受理されていますよ。タカマガハラはギルド直轄地として期限付き編入、C3通信網については最寄りのギルド支部……そうですね、クレリスにでも設置すると良いでしょう」
昨日報告した内容は正しく受理されているようだ。でも、昨日は私の裁定が越権行為だと言っていたと思うけど……いいんだろうか?
いや、でもここで確認して藪蛇になるとアキラに迷惑が掛かるかもしれない。黙っておいた方が賢明かな。それに……別に確認したいことがいくつかある。
私は質問の順序を頭の中で検討し、スゥ局長へと投げかける。
「ところでスゥ局長、体調の方はよろしいのでしょうか?昨日は……その、とても翌日にこのような面談が出来る状態には思えませんでしたが」
「あら、アイリスも心配してくれるのね。でも、見ての通り私は元気ですよ?」
しまった、質問のしかたを間違えた!
そう答えられるとこれ以上体調について突っ込んだ質問が出来なくなる。ここはもっとストレートに「どうして昨日は死にそうだったのに、今日は元気なのか」と聞くべきだった。
……まぁ、正直に答えてくれるとは思えないけど。なら、他のアプローチを試みてみるか。
「昨日は機族の方が緊急対応されていたようですが……」
「機族……ああ、セバスチャンの事ですね。あの子には昔からお世話になっているのよ」
昔から、と来たか。確かに第一世代の機族は「昔」の存在だけど、昔のレベルが大昔過ぎるだろうに。だけど、これも正直に聞いても答えて貰える気がしない。
なら、少しでも情報を引き出すには……。
「そうなのですね。ですが、ギルドに機族のメンバーがいるとは知りませんでした」
「あら、セバスチャンはギルドの一員ではありませんよ。私の、個人的な執事です」
「……そう、なのですか?」
個人的な執事と来たか……。なら、それ以上彼についてつっこむのはプライバシーの侵害だと拒絶される可能性が高い。だが、セバスチャンという名前があの機族の本名だとしたら、何かの手がかりになるかもしれない。
「古いお知り合いなのですね」
「ええ、それはもう」
……どうやらこの件についてはこれ以上話すつもりはないと言うことだろう。なら、次に確認しておくべきなのは……。
「ところでタカマガハラへの支援体制についてなのですが」
「ええ、直轄地ですからね。十分な支援を行います」
「具体的に、どのような?」
「管理官の派遣と、C3交易に必要な支部の設立は必須ですね。あとは……報告にあった惑星環境を改善できる様な物理的援助かしら」
スゥ局長の提示する支援は基本的には妥当だと思う。
だけどあの星には今、安定した統治体制が存在しない。アキラが暫定的な指導者だけど……あの子はまだ12歳の子供だ。
管理官が到着するのは早くても数年後とは言え、タカマガハラがギルド直轄地である以上、手練れの管理官が派遣されるとアキラが行政に携われず、将来的なタカマガハラの自立に悪影響を及ぼす可能性がある。
「局長、現在のタカマガハラの指導者についてなのですが……報告には含めていませんでしたが、代表者であるアキラ・キサラギはまだ12歳の少女なのです」
「おや……そうなのですね。それは、想定外でした」
まさかスゥ局長から想定外という言葉が聞けるとは意外だったけど、でもアキラの、タカマガハラの事を考えると、管理官の派遣については再考して貰う必要があるだろう。
「タカマガハラの直轄運営は限定的なものです。管理官を派遣して全ての管理を行ってしまうと、ギルドが手を引いた後の惑星運営に支障を来す懸念があります」
「なるほど、確かにあなたの言うとおりです。なら……状況を理解している管理官を割り当てますか?」
そう言ってスゥ局長は私の横に立っていたアリサに視線を送る。いや、確かにアリサは統治経験もあるから適任だけど。
「お断りします。私、あの星では姫巫女を斬った大罪人ですし、なんなら神敵扱いされてそうですから。それに、政治家も支部長も既に引退しましたし」
「つれないのね、アリサ」
「……ともあれ、支部の設立は必須ですが、タカマガハラから要請が無い限りは統治に関する支援は行わない形で進める事はできませんか?問題が生じた場合は私の責任で対処します」
「アイリスがそう言うのであれば。では名目上、タカマガハラの支部長はあなたということにしましょう。そうすれば他のギルド幹部からの介入は防げますよ」
そして、責任の所在も私の元に……か。まぁ、元々そのつもりなので問題は無い。私はスゥ局長の言葉に無言で頷いた。
じゃあ次に聞きたいのは……個人的な事だ。そして、この答え次第では……私は、自ら管理官の立場を退くことになるかもしれない。
正直聞くのは怖いけど、それでも聞かないと行けないこと。それは……。
「では、ミッション前に伺った件ですが」
「あなたの管理官としての資質について、ですね?」
「はい。局長は私を、トワを守るために管理官にしたのですか?」
確かに私は今回のミッションを達成した。
しかし、その方法は管理官としてはイレギュラーなもので、正直自分に管理官として必要な資質があるかどうか、確信を持てなかった。
少なくとも一般的な管理官と私のスタンスは違うし、私が管理官でありたいと思うモチベーションも、その大半は「トワを守るため」だったから。
なので、もしスゥ局長がこの問いに肯定の返事を返してきた場合は……私が責任あるギルドの二等管理官という立場に留まり続けることが妥当だとは思えなかったんだ。
「そうですね、その問いに対する答えは……『はい』であると当時に『いいえ』でもあります」
「どういうことですか?」
「アイリス、あなたがトワ様の守護者として選ばれた事は事実です」
「……なら」
「ですが、あなたは……実力でその地位を勝ち取ったのですよ」
どういうことだろう。私はトワを守るために選ばれ、管理官に任命された。
だけど、それは私自身の実力によるもの?でも、そんなに都合の良いことがあるんだろうか。
「アイリス、あなたの他にもトワ様の守護者候補として挙げられていた人物はいました。例えば……あなたの知る人物であれば、ジョッシュ・ホルムスやエミリー・オンス」
局長が挙げる名前は、おそらく既に故人となっているであろう、故郷の友人達だ。
ジョッシュは私のクラスメイトで、後に父さんから開拓団長の地位を引き継いだと聞いた。
エミリーはトワと仲の良かったクラスメイトでトワ以外にクラスで唯一シンガーになれた子だけど、結局はシンガーではなく監察官になる道を選んだと聞いている。
なら、私はその二人と比べられ、選ばれた……?いや、それ以前にスゥ局長は私達が旅立つ前から、トワがいずれ旅に出ることを知っていた?
「……ジョッシュは管理官になったと聞いています。なら、私ではなく彼が守護者でも良かったということですか?」
「私、アイリスじゃないとやだ」
これまで黙って話を聞いていたトワが私の腕にしがみついていくる。だけど……トワがこうだから、私が選ばれたのだとしたら……。
「トワ様の気持ちを優先するというのももちろん重要な要素です。その意味ではエミリー・オンスはともかくとして、ジョッシュ・ホルムスは不適合者ですね」
「ジョッシュは……悪い奴じゃありません」
私は、何を言ってるんだろうか。今はそんなことを言っている場合じゃないのに。
「ですがアイリス、あなたは……私が守護者を決定する前に、自ら守護者の座を勝ち得たのです」
「……どういうことですか?」
「あなたが二等管理官の試験を受験すると申請してきたときには驚きました。統括局内でも、あなたに管理官は無理だという声は多かったのです」
「……」
だから、トワの意思を尊重したコネで……?
「なので、私はあなたの管理官試験に通常の試験内容に加え、さらなる課題を課しました」
「……はい?」
「あなたがただ二等管理官になりたいというだけなら、普通の試験で事足りました。ですが、あなたがトワ様の側にいつづけるために管理官を目指していたことは判りましたから。ですから、守護者たりえるかを計るための課題を」
「それはつまり……私の試験は、普通よりも難しいものだった、と?」
「ええ。おそらく、今いる二等管理官の誰もが合格できないであろう課題です」
「……私も、ですか?」
スゥ局長の言葉に戸惑う私を余所に、アリサが不服そうな表情で横やりを入れている。うん、アリサにクリアできない課題というのはちょっと想像が付かない。
トワへの愛情を抑える試験とかでもないかぎり……いや、でも守護者候補というなら、ありうるか?




