#2
カレンの日記は文字こそ几帳面だったが、理路整然とした文章ではなく、その時々に感じたことを断片的な短文として記したものだった。
記述が始まったのはおそらくカレンの幼少期だろうか。予知の力を持って生まれたことへの戸惑い。そして「選ばれし者」としての不安と苦悩。
母……つまりアキラにとっては曾祖母にあたる、当時の巫女頭の愛憎入り交じった想いと、彼女の振るう天剣「アマテラス」によって傷つけられた過去。
「大伯母上のあの傷は、アマテラスが……?でも、これ……昔の記録じゃ……」
アキラには知るよしも無かったが、カレンは母の振るった天剣アマテラスによって傷つけられた傷が消えないよう、数十年にわたり定期的に自らその傷跡を自傷することで傷を維持し続けていたのだ。
まるでその傷が自らと母親の絆であるかのように。
日記には繰り返し幻視に現れる「燃えるタカマガハラ」と「滅びを迎える故郷の星」の姿に苦悩するカレンの想いが綴られていた。
それまでにもいくつもの予知がカレンの意図とは関係無く現実のものとなったことも記されており、カレンは滅びの光景が避けられない未来なのだと怯えていたことが文字からも痛いほど伝わってくる。
そしてある日、カレンは予知により開祖が生きている事を知り……自らの産まれた理由や宗教の意義を問うために、開祖の元を訪れる決意をしたことが記されていた。
だが、その記述の中で開祖の名を記していたと思われる箇所はペンで乱雑に塗りつぶされていた。
同じページにカレンらしからぬ乱雑な文字で記されてたのは怒りと憤り。そして裏切られたという言葉。それは、アキラも同じ思いだった。
だが、ページをめくり、再び几帳面な文字に戻った記述が示していたのは、アキラの想像を超える事実だった。
記述は語る。
ヒコマロが持つ往還艇と航宙船はタカマガハラが持つ唯一の星外へのアクセス手段だった。しかし、ヒコマロはギルドに自らが行った抜け駆け行為がばれるのを恐れて、タカマガハラの事を誰にも口外しないつもりだとカレンに言い放ったのだという。
タカマガハラはその存在を誰にも知られることなく、滅びる運命にあることを知ったカレンは……滅びの予知を回避するために、ヒコマロを手に掛けたことが記されていた。
「大伯母上が……開祖を……?なら、滅びは……」
アキラは急いでページをめくる、しかし、そこに記されていたのはカレンの絶望だった。
ヒコマロを粛清してなお、カレンの滅びの幻視は続き、カレンが自分には未来を変えられないと絶望していく様子が記されていたのだ。
同時にカレンは身勝手なヒコマロが作った宗教統治に対して感じる怒りと絶望が、壊れたものが役に立たない、捨てるべき存在だと諦念を抱く切っ掛けになったと記していた。
そこからの記述はそれまでの断片的なものとは異なり、理路整然とした文章で……アキラは、カレンがいつか誰かが――つまり、アキラがこの手記を読むことを予知し、自らの想いを残すために記すようになったのではないかと感じた。
その後、カレンは粛清した開祖から奪った入植期の知識や技術を使って独力で往還艇の修理を完了させ、滅びの未来を防ぐ方法を求めてタカマガハラを旅立ったことが記されていた。
カレンはタカマガハラを離れて最初に訪れた惑星で出会った人々に故郷の危機について話したが、星図にも乗っていない星のことだと相手にもされなかった無念を記していた。
そして、タカマガハラを星図に載せて貰えるように様々な組織や機関に働きかけたが、カレン個人の言葉では信用されず、またタカマガハラが実在していたとしても鎖国している状況では航路を設定する理由が無いと拒否されたことも。
故郷を救う手立てが無いまま、絶望の中で便乗した航宙船でプレストンという親切な船長に出会い親身にして貰ったこと、そして同時に相手にされなかった過去の記憶から結局助けを求めることが出来なかったことも記されていた。
そして、プレストンの船から降り立った惑星で、壊れうち捨てられた都市と新たに建造された都市を見て、壊れた物は捨て去るしか無いという思いを新たにしたことが鮮烈に記されていた。
日記にはその後もカレンが絶望と共にいくつかの星を渡り歩いたことが記されていたが、あるとき自分が歳を取らないことに気付き……同族との出会いを経て自身が人間では無くテロマーと呼ばれる存在である事を知った経緯も記されていた。
それらのことがカレンの孤独感を増し、誰にも頼らずに一人で問題を片付けようという精神が養われていく様子が、アキラには手に取るように理解できた。
そしてある時、カレンはギルドの内情を深く知ると同時に、タカマガハラで産出される「濁った水晶」がギルドの扱うC3であると気付く。
カレンはギルドをタカマガハラに呼び寄せることが出来れば、衰退し滅びを迎えるタカマガハラを救えるかもしれないと考える。
だがその一方で、自分の予知は変えられないため、自分が関与すればタカマガハラを炎上させてしまうことに苦悩する。
ならば……。そう前置きをした上で、記されていたカレンの言葉がこうだった。
「炎上の未来の後に訪れる滅亡の未来を変える。そのために、血と炎を持ってタカマガハラの宗教統治を根絶し……その後、滅びの前に私の命が絶たれれば。滅びの未来を観た私が死ねば、滅びが回避できるのではないだろうか?」
そして、宗教統治への憎しみと、故郷への愛情をもってカレンは……ギルドから奪ったC3を手に、再びタカマガハラへ舞い戻った。
宗教統治を終わらせ、永遠にも等しい自らの命と引き換えに、故郷が迎える滅びの未来を変えるために。
二人の手記を読み終えた時、朝を告げる鐘が鳴っていた。
アキラはカレンの記録を反芻しながら考えた。カレンは宗教を否定しながらも、自らの内にある信念を最後まで信じ抜き、その信念によって命を投げ出し星を救った。
その生き様はまさに「信仰」そのものではないか、と。そして、その信念こそが、今のタカマガハラに最も必要なものであるとアキラは確信した。
では、自分が民に示すべきものは何なのか?アキラは自問し、一つの考えにたどり着いた。
信仰とは、何かを崇め、ただ縋ることではない。自らの内から湧き上がる力。それは、どこかに救いを求めるのではなく、自らの意思で未来を切り拓くための力だ――そう、カレンが示したように。
思えば、カレンは宗教統治の象徴たる「選ばれし者」だった。しかし彼女は教義に従うのではなく、自らの信念を道標として歩み、戦い、命を賭けて星を救った。
彼女の生き様は、その一つ一つが「未来を切り拓く力」そのものだった。
アキラは、そんなカレンの生き様に強い憧れを抱かずにはいられなかった。だが、彼女は同時に気づいた。憧れるだけでは意味がないことに。
カレンやアイリスが示した未来への道は、自らの足で歩んでいく必要があるのだと。
カレンの日記の最後のページをそっと閉じ、アキラは小さく呟いた。
「憧れるだけなら、それは宗教と同じじゃないか……。でも、ボクは……あの人たちに憧れるだけじゃなくて、あの人たちと同じように未来へ向かって歩いていきたい。これが……ボクの、ボクだけの信仰なんだ。そうだよね、大伯母上……」
その後、アキラはいくつかの方針を民に示した。
まず彼女が打ち出したのはこれまで神官階級が独占していた「教育」を民全員に開放すること。
これまでタカマガハラで民に与えられる教育とは、教義を示す「掟」の教育にほかならなかったが、それは民を隷属させるために作られたものであり、民が自らの意思で考えることが出来るようになるための教育ではなかったのだ。
アキラはこれを改め、基礎的な教養と共に……これまでは不要だとされていた、考える力を養う教育を行うと宣言した。
年配の民の中には教育を拒む者もいるだろう。これまで何も考えずに生きてこられたのだから、今さら新しいことを覚えたくない、難しいことを考えたくないと。
だが、それもまた本人の選択だ。アキラは望むものには年齢を問わず教育の機会を与え、拒む者にはあえて無理強いはしなかった。それが、アキラの考える自由のあり方だったから。
そして次に打ち出したのは民の間から選ばれた代表による、協議の仕組み。
それは外部の惑星では議会制民主主義と呼ばれるものだが、これまでタカマガハラには存在しなかった、新しい統治の形だった。
おそらくしばらくの間はこれまで知識を独占していた元神官達が統治者として選ばれることになるだろう。中には、宗教統治の復活を目論む者も混じっているかもしれない。
それでも……教育の成果が出始めれば、やがては民の中からも政に参加する者が現れる。そうなれば、タカマガハラの改革は加速すると、アキラは考えたのだ。
最期にアキラは、アイリスが残した恒星間通信装置を通じてギルドに援助を求めた。
タカマガハラの未来を共に作ってくれる、技術や知識を持つ若い外部の人材をタカマガハラへ招致すること。
現状のタカマガハラには足りないものが多すぎる。新たな文化を一から産み出すだけの時間的余裕が無いと考えたアキラは、外部からそれをもたらすことを考えたのだ。
「要望受領。直ちに人材の手配を行う」
ギルドの回答は短く、そして明瞭だった。アキラは要望の対価として多くのことが求められることを覚悟していた。
しかし、アイリスが提示した「ギルド直轄地」というタカマガハラの地位と、アイリスの密かな尽力がアキラの要望をかなえる後ろ盾になっていたのだ。
ギルドが直轄地の支援として募る人材である以上、胡乱な人間が送り込まれる可能性は少ないだろう。
それでも外部からの急激な変化は時に危険を伴う。だからアキラは一方的に変化をもたらす存在ではなく、共にタカマガハラを作ろうと考えてくれる若者を希望した。
もちそんそれが理想論であることはアキラにも判っていた。だが、自分達を救ってくれたカレンやアイリス達のような人達が、もしまだ他にいるのなら。そんな未来に賭けてみたいとアキラは考えたのだ。
そしてその協力者に、外部の視点でタカマガハラの統治が再び宗教に依存しないよう監査してもらうことができれば……。
惑星外からの、新しい風をもって、古い因習に囚われ淀んだタカマガハラの空気を変えてゆく。
それが、アキラの出した答えだった。
かくして宗教国家としてのタカマガハラは終焉を迎え、自由と信念を信奉する国としてタカマガハラが新たな一歩を踏み出した。
その一歩はカレンが望んだ「星が滅亡しない未来」そのものだったが、その歩みが向かう先はまだ決まっていない。
なぜなら――未来とは、変えられるものなのだから。
次回からはタカマガハラ編の後始末、アイリスの二等管理官復帰にまつわる短めの物語、第2部5章となる『真実は影と共に眠る』をお届けします。
★評価やブックマーク、リアクションなどでの応援よろしくお願いします!




